事なきを得る
“スタジオの皆さーん、聞こえますか?”
“私は今、なんと迷宮の入口付近に来ています!”
そう言葉に出したかったのだけれど、さすがに躊躇われた。
見つかると、最悪の場合は人間の国と戦争になってしまう。
この通路の先に、迷宮の入口である門がある。
まあ、私にとって、そこは『出口』なんだけれど。
その門の横には、厄介なことに、人間の兵士が立哨していた。
<合体騎士>バガッシュさんから話を聞いて、初めて知ったのだけれど、人間たちの間では、アルクさんを神として崇めている宗教があるらしい。
そして、<奈落の迷宮>の入口のある場所を、自国の領土としている王国の中では、その宗教の門徒は『悪魔も信仰している怪しげな宗教の信者』として粗雑に扱われているという。
謂わばこの迷宮は、この国の統治機関から邪教の聖地扱いされている迷宮なのだ。
とは言え、まだ破防法には引っかかっていない。うちらは外で悪さしてないしね。
どちらかと言えば私たちは、ここの国が出来る前から存在している先住民だ。
むしろ手厚く保護されてしかるべき立場じゃないのか?
それに、ここの国民の殆どは、アルクさんを崇める宗教に悪い感情など持ってはいない。らしい。
魔法とは簡単なものなら、ちょっとした才能さえあれば扱える、身近なもの。とのこと。
『『50人に1人くらいは、<着火>程度の魔法は使えますぞ』』とは、バガッシュさんの弁だ。
魔法の習得には勉強が必要だけれど、各地に建てられている『邪教』の教会が、無料で魔法を教えているようだ。邪教認定されているような宗教に入ってて、大丈夫なんだろうか。
都市部ではあまり必要性を感じないかもしれないけれど、過酷な環境の土地に住む人にとって、魔法の恩恵は計り知れないだろう。
そういう人間にとって、魔法を生み出したアルクさんは、感謝こそすれ憎む理由がない。
当然、アルクさんを崇める宗教に抱く感情も同様だ。
アルクさんやこの迷宮に悪感情を持っているのは、この国の王族や貴族など、上流階級の人間たちだ。
『『奴らは<神々の主神>を信仰していますからな』』と、バガッシュさんは吐き捨てるように言った。
出た、<神々の主神>。
その神様こそが、アルクさんの遺産である<魔導の書庫>を奪おうとしている、私たちの“敵”なのだ。
しかしアルクさんはまだ死んでないのに、なぜ『遺産』なんだろう?
たぶん私が思うに、音の響きがカッコイイからだと思う。
話を戻そう。
敵は裏で人間を操って、アルクさんの遺産を狙おうとしてるかもしれない。
事実、この迷宮の入口は国が管理している。迷宮のすぐ外は、<神々の主神>の影響下にあると思っていいだろう。
セコいことに、国は迷宮への入場料を取ることで冒険者に開放しているらしい。
まったく。他人の迷宮を使って、勝手に商売をやらないで欲しいな。
こっちも税金払ってないけどさ。
バガッシュさんから話を聞き終えたあと、『大事になる前に、ちょっとその王国を滅ぼしてきなさい』と、アルクさんに冗談を言われたが丁重にお断りした。
なんにせよ、まずは敵情視察ですよ。
ついでにお買い物です。調味料を買わなくては。
そんな訳で私はいま、迷宮の外に出るために、身を潜めています。
さて、どうやったら兵士に疑われずに突破できるかな…。
冒険者のふりをして、何食わぬ顔で通り抜けても大丈夫かな?
出入りするときに、兵士から名前のチェックを受けないだろうか?
しまった。相手の情報がないから迂闊に動けない。
もっと詳しい話を、バガッシュさんから聞いておけばよかった。
取り敢えず<透明化>の魔法をかけてみるけれど、これは陽の光の下だと影ができてバレちゃんたよね。
一人で通り抜けるのを諦めて、中から冒険者の一団が出てくるのを待とう。
数人が歩いているところに混ざって通れば、大丈夫かもしれない。
半時ほど待っていると、迷宮の中から5人の冒険者が出てきた。
私は透明化したままの姿で、彼らの後ろをこっそり付いて行く。
兵士の居る門まで後10メートルのといったところで、先頭を歩いていた冒険者の足が突然止まる。
「マックス、どうしたん?トイレにでも行きたいん?」
マックスと呼ばれる大男のすぐ後ろにいた、チャラそうな男が尋ねる。
「いや……、何でもない」
何でもないと言いつつも、歩き始めず止まったままだ。
まさか……気づかれたかな?
「だいじょーぶだヨ、マックス。殺気は全然ないカラ平気だヨ! ネー?」
そう言いながら、私のすぐ眼の前を歩いていたフードを被る女の子が、『ネー?』のタイミングで後ろを振り向いた。
(嘘っ!気づかれてる!?)
私は即座に<思考加速>を起動しつつ、対応を考える。
対策1:このまま脱兎のごとく逃げる。
対策2:軽く事情を話し、協力してもらう。
対策3:取り敢えず『誰もいませんよ?』と返事をする。
対策4:<魔神の吐息>で全てを無に返し、事なきを得る。
対策5:諦めよう。現実は非情である。
女の子の突然の行動でパニックになり、酷い選択肢しか浮かんでこない。
私に気付いていながらも『怪しいので斬りかかる』という選択をしてこなかった彼女に賭けて、対策2を選択することにする。
「申し訳ありません。少々込み入った事情がございまして、兵士に気付かれず通り抜けたいのです。ご助力を頂けませんでしょうか?」
私は姿を見せずに、透明になったままお願いしてみる。
これで斬りかかってくるようなら、対策4だ。
「……後で事情は説明してもらうぞ」
マックスさんは、そう答えてから歩き出した。他の人も、その後に続く。
女の子は『ニシシ』と歯を見せて、見えないはずの私に笑いかけてきた。
「ありがとうございます」
取り敢えず何とかなりそうだ。
でも、兵士の目の前についたときに、バラされる可能性もないわけではない。
通り過ぎるまでは、気を抜かずに行こう
兵士の立つ門を抜けると、小砂利が敷き詰められた広場に出た。
周囲は低木に囲まれて、空は突き抜けるように広く、青かった。
迷宮以外の、本当の意味で私にとって初めての『異世界の風景』だ。
「まだ階段の下にも衛兵がいる。少しここで待っていろ」
私が景色に見とれていると、マックスさんたちは広場の端にある建物に入っていった。
影で気づかれちゃうから、私も慌てて付いて行く。
建物の前には『受付』と書かれた看板がある。
ここで迷宮探索の結果報告でもしてるのかな?
それとも姿が見えない不審者の報告だろうか?
中に入るのは止めておこう。
いつでも<高速飛翔>で逃げられるように準備をしてから、周囲の様子を確かめる。
迷宮の入口になっているこの広場は、小高い山の頂上付近にあった。
石作りの長い階段を登ったところにある、お寺や神社のような場所だ。
実際、この広場から下へと降りる階段の所に、鳥居のような柱が立ってる。
アルクさんを神と崇める宗教の人たちが、昔に建てたのだろう。
階段を降りた先には三千年前には無かったはずの、町並みが広がっていた。
かつて“宗教都市ホープソルナ”と呼ばれたその街は、アルクさんを信奉する人たちが作った門前町だ。
今ではこの国の貴族が統治していて、宗教都市ではなくなって、ただ“ホープソルナ”と呼ばれている。
それでも遠目に見えるいくつかの建物には、かつては宗教施設だっただろう名残りが見える。
迷宮の入口となるこの場所を背に、U字の形で大きな城壁が二重に作られ、その外側にすら人の住む家々や畑が広がる風景を見て、この街は長い歴史を持つのだろうと感じた。
「待たせたな。では街まで行こう」
誰に言うでもない独り言を呟いて、マックスさんたちは階段を降りていく。
いや、私に言ってくれたんだろうけどね。
広場から下へと続く階段を降り、一番下にいた衛兵を通りすぎて暫く歩いた後に、マックスさんが「もう大丈夫だ」と言って足を止め、こちらを振り向いた。
そこで私は<透明化>の魔法を解除して、冒険者たちに姿を現す。
「助かりました。皆さん有難うございます」
私は深々とお辞儀をして、彼らに感謝を示した。
「おう」
「うっそ!すっげー可愛いじゃん!美少女じゃん!」
「あたしと同い年くらいだネー」
「とても冒険者には見えませんが、どうしてあの場所に?」
「結婚して下さい。彼氏とか居ますか?」
冒険者たちから一斉に声をかけられ、答えに困った。
でも結婚はしません。
「みんな止めなヨー。このコ、困ってるよ?酒場に行って、そこで話そうネ」
私の透明化を一発で見破った女の子が、フードを取って顔を見せてくる。
「ワタシはカティっていうんだヨ。キミの名前はナニカナ?」
カティは垂れた犬耳が可愛い、獣人さんでした。
そうか、臭いでバレたんだな…。
「私は……ユマリアといいます。どうぞよろしくね」
酒場に行くなら驕ってあげたいところだけれど、現金を持っていないんですよね。
だからアルクさんから預かってる宝石類を、まず換金したいです。
皆さん、この街に換金所ってありますか?




