第39話 決戦
翌日。ついに勇者の池麵が攻めてくる。恐らく、岸やクラスメイトも一緒に来るだろう。それに、ポチも。
正直に言えば、俺の頭はまだバグり散らかしていた。
あんなに酷い言葉で全否定されて、勇者に寝取られて、俺の居場所を密告された。普通なら、骨の髄まで憎みきって、今すぐ殺したいと思うのが普通だ。
だけど、俺はまだ引きずりまくってる。
小さい頃、俺の胸に飛び込んできたポチのあの柔らかい温もりも、あの可愛い笑顔も、モフモフな尻尾も、俺と一緒に任務を遂行して達成感を味わったことも……俺を癒やしてくれた何年間もの記憶が、どうしても頭から消えてくれないんだ。
あんなに可愛がってたんだぞ? 一瞬で嫌いになれるわけねえだろ。だからこそ、狂いそうなほど頭が痛くて、吐き気がする。
あの愛しかった記憶のすべてが、今は俺の心を抉り続ける最悪の『呪い』に変わってやがる。
ポチのあの可愛い笑顔を思い出すたびに、それを奪った池麵への殺意と、俺をきもいと切り捨てたポチへの、愛憎の混ざったド黒いドロドロした感情が胸の奥で暴れて、気が狂いそうになる。
戻ってきてほしいのか、それとも俺と同じ地獄に叩き落としたいのか、自分でももう分からねえ。ただ、一つだけ確かなのは、あいつらが俺を”悪”として殺しに来るっていう冷徹な現実だけだ。
「チハル、行きましょう」
「行くぞ、チハル。あいつらを迎え撃とうぜ」
「あ、はい」
俺はマオ達に呼ばれて、装備を持って立ち上がる。そしてふとマオの横顔を見る。……ああ、俺がイケメンだったら、せめて普通の容姿なら、俺は魔族を救って、この美少女とイチャラブできたんだろうか。幸せだったんだろうな……。
でももう、そんな叶わないようなことを考えても無駄だと悟る。今は池麵との決戦に集中しなきゃならない。
そういえば、マオは俺と初めて出会った時のような、黒い鎧に身を包んで、背中には漆黒の剣を携えていた。可愛いのにかっこいいのかよ。
すると、会議室の天井の天板を外して上からひょっこりとクロが顔を出す。
「あ、もう行くの?いってら~。自陣はアタシにまかせてちょ」
「はい。きっと勝って戻ってきますから。城の方は任せました」
登場の仕方はシュールだが、久しぶりに見たクロは以前のようにだらけた格好で、飴を咥えながらけだるそうに俺たちを見送る。
クロはこの城を結界で守る役目があるとのこと。まあ毎日やってることと変わらんらしいが。
そんなクロに見送られながら、俺たちは会議室を出ていった。
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3人で城の階段を降りている中、マオは軽く作戦の振り返りを始める。
「勇者の方は私が引き受けますので、シロとチハルは周りの殲滅をお願いします。あ、シロ、できるだけクラスメイトの皆さんは殺さないように半殺し程度で」
「ああ、分かってる。人間にも、話が分かる奴もいるってのは分かったからな」
う~ん、殺さないけど半殺し程度って表現が地味にジワる。マオってほんと天然というかなんと言うか……。ただ、それはまあありがたい。ある意味、クラスメイトは勝手に転移させられてきた被害者だからな。
あ、もちろん俺をいじめてきた奴は例外なく殺してきたが、何の未練も後悔も無いし可哀そうだと思ってねえ。
「あ、そうだ、チハル。ポチのことは、どうしますか」
「え、ああ……その」
俺は言葉に悩む。頭の中では、もうポチは取り戻せないだろうと言うのは分かってはいる。でも、それでも今までのポチとの思い出とかが、俺の判断を揺るがしてくる。俺と唯一一緒にいてくれた存在が……。
だが、ここは異世界だが死ぬか生きるかの現実だ。その少しの迷いの判断が魔族を劣勢に巻き込むことになる。
だが、自分で自分の子供を殺すようなものに感じてしまって、どうしても頭から離れない……。俺が言葉に詰まっている中で、マオは俺に告げる。
「チハル……これだけは覚えておいてください。もし、ポチが私たちを阻む障害となるなら、私かシロが、躊躇なく殺します」
「え、あ……はい。それで、いいです」
俺は胸が押しつぶされそうになったが、現実を受け入れ、か細く返事を返す。
マオも、少し俯いて俺から顔を逸らす。マオも俺とポチが仲が良かったのを見ていただけに、本当は殺したくはないんだろう。だが、マオ達魔族は、魔族のためならなんだってしてきた。俺に裏切れば死ぬ契約したように。
階段を降り終え、俺は重い足取りでマオとシロに付いていく。シロはドアを開け、明るい陽射しが俺たちを差した。
「行きましょう」
そして俺たちは決戦の森へと歩みを進めた。
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俺たちは昨日棒緑と戦ったあの荒野へと足を運ぶ。
遠くを目を凝らせば、すでに人間領側には大量の黒い人影がひしめき合っていた。人間側は兵士も含め総出ということか。
魔族側も魔族兵を引き連れてはいるが、人間側よりは圧倒的に数で劣っている。しかし、恐らく俺よりも強いか、同格の鍛え抜かれた魔族兵が数十人、ずらりと並んでいる。
いや、魔俺も多少は強いと思うが、俺は闇や環境に乗じて人を一撃で殺すことに特化した職業柄、タイマンならまだしもこういう総力戦だとマジで使い物にならないと自負している。うん。
魔族と人間族が、ゆっくりと互いに近づいていく。俺は緊張で足が震えている。相変わらず本番には弱い。
そして、だんだん人間族のシルエットが鮮明になっていく。先頭を歩いているのは、騎士団長の岸と、勇者の池麵……そしてこいつの隣にはポチがいる。2人で肩を並べて歩いている。
ああ、うぜえ。街中でイチャついているカップルを見るよりも、精神的に来る。イライラするし、悲しくもなるし、他責も自責もしたくなる。あのイケメンは俺からポチを奪った。お前さえいなければ……
いつの間にか、池麵に対し殺意を抱いていた。どちらにしろ、人間族の言い伝えを信じて一切疑わず、魔族を悪と断定して殺しに来ているあのクソ勇者は、殺さなければいけない。そんな理不尽、あってはならない。
俺はポケットなどを探り、いつもの短剣や毒など、武器の確認をする。今日の眼鏡も、いつもと違う気合の入れたものにした。なんも見た目は変わらんけど。
そして、二つの種族が対面する。池麵は前に出て、聖剣を鞘から引き抜き、太陽が照りつく大空に掲げる。そして、大きく振り下ろし、俺たちにその剣先を向けた。
「魔王!今日でお前たちの支配を終わらせる!人間の、この世界の平和のために、俺は……いや、俺たちはお前たちを倒す!」
いや支配されてんのは魔族なんですけど。てか何なのその無駄な動き、気持ちわりいな。かっこつけてんのかゴラア。……と心の中でとどめておいた。
にしても、人間ってのは、自分が気に食わないこと、嫌なことをする人を悪として排除したいだけなんだよな。そしてその正義の自分に酔いしれて、承認欲求を得る。
チー牛だって、きもいからってだけで、こいつならやりかねないと犯罪者予備軍扱いされたり、冤罪に嵌められたり。
それに、こいつらは実際に魔族の現状など何も知らない。疑おうとすらしない。ただ人間族の言われたままに行動しているだけ。まるでネットで真実かどうかわからないことでバカみたいに騒ぎ、叩き、自分はそっち側ではないことに酔いしれる。
正義を掲げている側は無意識に、こいつらの言う悪に成り下がっていることも多い。めんどくさいよな、全く。
俺は隣のマオを見ると……シロと俺を交互に見ながら、「え、どうすればいいんですかこれ、私名指しされましたけど、なんか言ったほうが良いんですかね?ふはは、よく来たな人間ども、とか?」とあたふたしていた。
いやまあ、実際困るよねこういうの。
シロは呆れた顔で「ガン無視でいい」とだけ答えた。俺もそれでいいと思う。案の定、池麵は全員に向けて、大声で叫んだ。
「行くぞ!みんな!」
『おおおおおおおお!』
号令をかけ、池麵を先頭に人間族は一気にこちらへ駆けてくる。やべえ、すげえ迫力だ。戦国時代の武士たちはみんなこの緊張感を味わっていたのか?
「では、構えてください。チハル、シロ、サポートをお願いします」
「おう、任せてくれ。マオ様もどうかご無事で」
俺も、地面が揺れるほどの大群を目の前に心臓が止まりそうなほどに緊張していたが、マオ達を見て、やるしかないと短剣を強く握った。
そして、魔族と人間族の全面戦争が始まった。




