第37話 棒緑 2
「この一発で、この荒野ごとてめえをミンチにして二度と誰にも見つからないほどに跡形もなく消し去ってやるよ」
そして、棒緑は拳を振り上げた。
その瞬間だった。顎にアッパーを食らい、そこで倒れていたはずの千温が、目の前から消えていたのだ。そして、棒緑は数秒後に、自分の胸のあたりに灼熱の激痛が襲っていたことに気づいた。
「な、なんで、てめえ……」
棒緑は振り上げていた拳を、力なくゆっくりと降ろしていく。千温は棒緑の懐へ潜り込み、防御貫通と魔力を最大まで込めた短剣を、棒緑の胸を目掛け貫いていたのだ。
千温は口角を上げ、ぐりぐりと棒緑の内臓を抉る。そしてそのまま腹に蹴りを食らわせてその場に倒れ込ませた。千温は暴力を見下すように見下ろし、顎をさすりながら、小さい声で、早口で話し始める。
「はあ……顎いてえな。にしても、やっぱりお前は脳筋ゴリラだな」
「な、んだとテメエ……がはっ……てかテメエ、なんで顎にもろに食らって余裕で立ってんだ……」
「知りたい?そうだなあ。お前、秀才に助言貰っただろ」
「……そうだ、だがそれがどうした」
「バカなお前はそのプライドで一回は断ると予想した。案の定、お前は自分の戦闘スタイルを途中まで貫き通していたな。でも、全く攻撃が当たらないことにイラ立って、お前は秀才の言葉を思い出す。悔しくもそれを実行した。そんなところだろ」
バカな棒緑でも、少しは察したようで、大量出血で衰弱していく身体で拳を震わせた。
「秀才っ!あいつもグルだったのか畜生!」
「お、気づいた?秀才の助言を実行して、本当に思い通りにアッパーをお見舞いできたお前は完全に勝ちを確信する。俺が動けない状態なら、確実に殺せるようにフルパワーの攻撃を放つために魔力を右手に集中させる。攻撃される心配もないから、身体を覆っていた魔力もおざなりになってたわけだな。俺はそこしかお前に攻撃が通るチャンスが無いと、この計画を練っていた。
秀才の助言を信じてアッパーが飛んでくることは事前に分かっていたから、俺の全魔力を込めて顎に魔力を集中させて防御した。あとは勢いを殺すためにお前が拳を振り切る前に当たりに行って火力を殺した。それでも痛かったけど、なんとか意識は保ったよ。にしても、全部思い通りで草生えたわ」
「てめええええええ……ぐはっ!」
「おいおい傷が開くから怒らないほうが良いと思うよ」
棒緑は怒りで叫ぼうとするが、胸の傷が開き、さらに吐血する。千温はまるで汚物のような目で棒緑を見下ろす。
そして千温は考える。胸をざっくりいかれたこいつの命ももうわずか。今までの屈辱、鬱憤、嫉妬、憎悪、怒り、悲しみ……そしてポチを失った理不尽な八つ当たりを全てをこいつにぶつけるなら今しかないと思った。
千温はそのまま棒緑にまたがり、そのまま無言で棒緑を殴り始めた。何度も何度も。棒緑にはもう殴り返す力もほとんどなくなっていた、ただただ顔を殴られ続けた。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!なんで俺だけが!こんな、こんなクソみたいな理不尽な人生を歩まなきゃいけねえんだ!俺はただ気持ち悪い容姿に生まれただけで!いじめられ!ポチにもフラれ!友達も全然できねえ!モテねえ!才能にも恵まれずに何の努力も実らねえ!何のために俺は産まされたんだよ!なんでなんだよクソがああ!」
千温は叫び続けた。殴り続けた。手が真っ赤に染まるまで、ひたすら八つ当たりを続けた。しかし、すでに棒緑は事切れていたことにも気づかず、ただ殴り続けていた。
だが、千温は急に手を止めた。多数の人の気配がしたからだ。千温は恐る恐る、ゆっくりと振り返る。
そこには、岸やクラスメイト達が俺を恐怖の目で、怒りを込めた目で、面白そうなものを見る目で、裏切られたという目で、様々な視線がこちらに向けていた。
「な、なんで……この場所がバレた?……ここにいるなんて誰にも言ってねえのに?」
千温はクラスメイト達を見回す。そして、ある2人を見て、千温の心は完全に砕けた。
「ポチ……」
池麵の隣にポチがいたのだ。俺の、ポチ……。あのクソイケメン野郎のせいで……。
池麵は俺を信じられないと目を見開いていたが、冷静に隣にいるポチに声をかけた。
「ポチが荒野に行けば分かると言っていたのは……ポチはまさか、千温がスパイと言うことを今まで知っていて……?」
「う、うん。ごめんなさい……なかなか、言えなくて……」
千温は動揺を隠せなかった。
は?どういうことだ?ポチが俺の居場所を池麵にばらしたのか?しかも、ポチのあの態度はなんだ?俺を見るあの憐れみの目はなんだ?俺をさらに裏切るのか?被害者面かよ?
千温はさらに視線を横へ移して行く。
「え、あれ?」
見えたのは斗真と、斗真の少女に化けた魔獣。まるで恋人のように手を繋いで、千温のことを悪魔を見るかのように見つめていた。斗真はその魔獣を守るように前に出る。
は?何だよあれ……あいつもポチと同じ魔物だろ?なんで、あんなに、恋人みたいに……イチャイチャして……。ポチは俺を嫌悪して出ていったのに?親に情が湧かないなんて言っていたのに?
斗真の魔獣はなんであんなに、斗真のことをまるで恋人のように接してるんだ?俺が、きもいから?斗真は、生理的嫌悪がないから?
もう、千温の目は動いていなかった。
そして、池麵はポチの肩に、優しく手をポンと置いて、千温を睨みつけた。
「ポチ、もう大丈夫だ。千温に人殺しを手伝わされていたんだよな……辛かっただろう。でも、俺がここでこの悪夢を終わらせる!覚悟しろ千温!」
池麵は鞘から聖剣を抜き、そのまま千温に向かって高速で接近していった。池麵は棒緑の本気の突進よりも速く、まるで光の速さで千温へ飛び込んでいった。
千温のメンタルはすでに完全に崩壊していて、もはや反応すらできなかった。千温は死を覚悟していた。もう、どうでもいいや。
しかし、千温は何者かによって抱きかかえられ、池麵の剣撃から免れた。
「誰だ!」
池麵は千温が消えた方を振り向けば、そこにいたのは千温を抱きかかえた魔王マオだった。池麵は歯を食いしばり、マオに剣を向けるが、マオは何も言わずに、千温を抱えたままそのまま荒野を後にした。
「千温!魔王!お前たちは絶対に許さない!明日がお前たちの命日だ!絶対にお前たちを倒して、平和をもたらして見せる!みんなを救って見せる!覚悟しろ!」
マオが消えた荒野で、池麵の叫び声がむなしく響いた。




