第36話 棒緑
翌日。約束の昼。俺はただただ広く、岩や砂以外に何もない北の荒野にて、棒緑を待っていた。コンディションは最悪。昨日はイライラしてあまり眠れなかった。
ポチがあのクソイケメン完璧超人の池麵に寝取られた。あいつのイケメンが尾を思い出すたびに、嫉妬で、憎悪で、殺したくなっちまう。なんで俺はこんな顔に、低身長に、こんなきもい声に生まれちまったんだ。
俺という存在が、ポチに不快感を与え続けていた。クラスの奴らも俺が不快だからいじめてくる奴もいたんだろう。人間は単純だからな。ああ、イライラする。
ポチは恐らく、もう戻ってはこない。ポチのあの可愛い笑顔を思い出すたびに、泣きそうになる。甘かった。魔獣だから無条件で懐くなんてことは無かった。心も人間になってしまったポチは、俺を拒絶したんだ。
ああ、俺が女だとしても、池麵になら抱かれてもいいしずっと一緒にいたいって本能的に思ってしまう。かっこいいもん。眼福だもん。頼もしいもん。俺はその真逆の存在。
こんなこと考えてたらダメなのは分かってはいる。でも、頭の中から離れない。豆腐メンタルだからな。今日の棒緑戦、上手く戦える自信が全くねえ。ただでさえ本番に弱い俺が、昨日の件でメンタルボロボロにやられてんだ。今日が俺の命日かもな。
すると、風が吹き荒れる音が響く中、遠くから一つの黒い人影が見えて来た。目を凝らして見れば、約束通り一人で歩いてきている棒緑だった。
俺は一気に心臓の鼓動を加速させる。怖い。このコンディションじゃ一発食らって殺されるかもしれない。今更逃げることもできない。逃げ出したい。どうせなら死にたい。
だって、こんな人生もうどうでもいいもん。復讐したってイケメンになるわけでも女が手に入るわけでもねえ。このまま異世界で生きても、地球に戻っても、楽しいことなんて何もねえ。
だが、棒緑が目の前で立ち止まり、俺は顔を上げて彼の顔を見た時、俺の感情は180度逆転した。殺したい。今は何でもいいから、誰でもいいから何かを壊したい。こいつだって、地球では俺の人生を壊しに来たんだ。
地球でのいじめの出来事を思い出して、怒りがこみ上げてくる。ああ、うぜえ。ポチもうぜえし、池麵もうぜえ。ああ、ああああ。こいつ殺して俺も死んでやろうか?いや、あの池麵の死に顔を見るまでは死ねねえ。
やってやる。俺は棒緑と真正面から向かい合う。そして棒緑が何か言う前に、俺は言葉を発した。
「おい、俺の八つ当たりに付き合えよ、脳筋ゴリラ」
「……!?てめえ、今なんて」
「聞き取れなかったか?俺の八つ当たりに付き合えって言ってんだよカス」
「殺す!」
そして棒緑はフルパワーで俺に向かって拳を振るった瞬間、辺りは風圧で砂が竜巻かのように荒れ狂い、周りの岩々が次々と崩れていった。俺は咄嗟に躱し、後ろの高くそびえたつ岩に飛び乗った。棒緑は俺を見上げて舌打ちをする。俺は挑発するように手招きをした。
「来いよ」
「……いいぜ!おもしれえな、てめえはぜってえミンチにして跡形もなく殺す!」
こうして棒緑とのタイマンが幕を開けた。
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暗殺者の千温と、狂戦士の棒緑の戦いは数分間もの間続いていた。数分と言えば短く感じるが、千温にとっては何時間のように長く感じていた。
この死合の内容は、ただただ千温が棒緑の攻撃を見切って躱すだけ。千温が思っていた通りの防戦一方になっていた。
棒緑の攻撃は秀才の言う通り、ほぼ必ず右足を軸に左足を前に一歩踏み出して右拳を振るわせ攻撃する。千温はまるで、ゲームのボスのように、あらかじめ仕組まれた攻撃をただただ躱す作業ゲーをやっている気分だった。
しかし、ゲームと現実は違う。当たれば即終了だ。長引けばそれだけ集中力が必要になり疲労も蓄積する。かといってこちらが攻撃しても固くて攻撃が通らずにカウンターを食らう。
これを何度も繰り返せば、たかが数分でも長く感じるのも必然だろう。
千温はマジでダリいな、隙自体は多いが、やはり魔力で覆われた硬い身体に攻撃が通らねえし、このままでいいのか……と雑念が混じっていく。
しかし、棒緑も攻撃が全く当たらずにイライラが積み重なっていった。
「クソが!全然当たらねえ!あのゴキブリチー牛が!」
棒緑は飛び回る千温を追いかけるも、すぐにまた躱される。棒緑はスキルで地面を破壊し、その鋭い岩の破片を風圧で千温を狙いぶっ飛ばしても、千温は目にもとまらぬ速さでフィールドを駆け抜け躱していく。
更に、棒緑は腕を思いきり突き出して、遠くの千温を風圧で潰そうと試みるも、千温もそれを読んで横に飛んで躱す。
棒緑は物理で殴るのを諦め、千温を捕まえようと腕を伸ばすも、千温は後ろに体勢を逸らして免れる。棒緑は我を失うほどにイライラして青筋を浮かべていた。
「畜生、腹立つ……逃げてばかりでよお……落ち着け……」
「……え?」
千温は驚愕していた。棒緑は一旦その場に立ち止まり、深呼吸をして自らの怒りを落ち着かせようとしていた。あの脳筋が?妙な緊張感が千温を襲った。
棒緑はその時、秀才から貰ったあの助言を思い出していた。
確かにあいつは利き手の右手を守るように、俺の攻撃ができるだけあいつから見て左に来るように躱してる。ただひたすら殴るだけじゃ埒が明かねえ。プライドは捨てて、秀才の助言を信じてみるか。
俺は魏屋琉、モブ崎、そして半寒の仇を討つためにこの千温の挑発に乗った。あいつらの無念を晴らすために、この好き勝手やってるチー牛を殺す!
その瞬間、棒緑は地面を思いきり踏み込んで、一瞬で千温の目の前に肉薄する。
「は?」
棒緑は右手をスピードを乗せて前に突き出す。千温は咄嗟に反応して横にずれる。千温は少し驚いていた。棒緑は今まで体に魔力を纏わせつつも、手足に魔力を大目に纏わせスピードを殺していた。
しかし、今の攻撃は魔力を減らし、スピードを乗せて拳を振るわせていた。急な高速な攻撃に千温は若干反応が送れ、体勢が少し崩れてしまっていた。
しかし、今の攻撃は少し前に突き出しただけのフェイント。棒緑は左手をすぐに突き出せるようにすでに右足を踏み込んでいた。
棒緑は不敵な笑みを浮かべた。
「ガラ空きだぜゴラア!」
千温の顎に、スピードを乗せた左拳のアッパーがさく裂した。
千温ほどの紙装甲なら、魔力を多く纏わずともノックアウトくらいは余裕と判断しての攻撃だった。
まともに食らった千温はそのまま宙へ吹き飛んで、重力のまま地面に落ちて倒れた。
棒緑はそのままフンっと鼻を鳴らし、吹き飛んだ千温の元へと歩く。その間に、棒緑は怒りを込めて、右手に魔力をすべて注ぎ込んでいる。そして、千温の前で立ち止まった。
「この一発で、この荒野ごとてめえをミンチにして二度と誰にも見つからないほどに跡形もなく消し去ってやるよ」
そして、棒緑は拳を振り上げた。




