第35話 性的魅力
あの後、俺はポチと二人で部屋で明日に向けて休んでいた。今日は珍しく、ポチも俺の部屋で休んでいる。前も言ったが、ポチは最近は自分で出かけることが多くなった。
それに言葉遣いや匂い、仕草も人間にどんどん近づいて行って、いまじゃケモ耳と尻尾さえなければほぼ普通の人間の少女と言っても過言ではない程に可愛くなっていた。
その分、俺との会話も少しずつ減って行ったり、ぎこちなくはなっていたけど。それでも俺のことは慕ってくれてたし、言うことも聞いてくれていた。
ああ、これが我が子を育てる親の気持ちなのだろうか。知らんけど。まあ一生子供はおろか彼女すら絶対できないってのは考慮しないものとする。
う~ん、ポチは幼いころから俺が育ててやって、俺に抱き着くほど懐いていた。まあ大人になっていくってのはそういうものだとは思ってたし、今は多分、反抗期みたいなものか、照れてるだけっていう可能性は十分にあるとは思う。
正直、ケモ耳や尻尾が付いていても、ほぼ人間の少女だ。こちらも恋愛感情は湧いても仕方ないし、興奮だってする。いつかはポチと付き合えたり……なんてことも思っていた。
俺はこの戦いが終わったら、2人で暮らそうかなとかも思っていた。俺にとっては、ずっと一緒に仕事をしてきた友人か相棒?いや、それ以上の関係だと思っている。
動物は俺がどんなにブサイクなチー牛でも懐いてくれる。感謝を伝えてくれる。……あれ?でも、ポチは人間に近づいて行って……。
「ご主人様、ちょっといい?」
「え?あ、はい」
俺はポチに声をかけられて現実に戻る。改めてポチを見るが、本当に可愛い。またあの時みたいに、モフモフな尻尾を触りたいな……と思ってしまう。最近はレスだからな。いや夫婦じゃないけど。
俺が尻尾を触ろうとすると、なぜか尻尾をぴくっと振るわせて避ける。あれ?やっぱり、照れてるんだろうか。
「その、今は大事な話があるから……その……」
「え、あ、ごめん……」
ポチは俺から目を逸らす。なんだろう。大事な話って。明日の棒緑をとの決戦に付いて?これからについて?告白……?んなわけあるか。
すると、ポチは意を決したかのように俺の顔を見て、そして、再び逸らした。そして、ポチは言い放った。
「ご主人様……ごめんなさい。ポチはもう、あなたと一緒にはいられません」
「……え?」
俺は耳を疑った。そばにいられない?どういうことだ?俺は落ち着きたいのに落ち着けず、首辺りをかきむしる。意味が分からない。もうすぐでこの復讐も終わるって時に。明日は決戦って時になんで?
俺は恐る恐るポチに聞き返す。
「ポチ、なんで一緒にいられないんだ?」
ポチは目を逸らしたまま、子供が怒られるのを覚悟しているかのように、小さな声で語り始めた。
「ポチは、もう耐えられないの。なんでかは、分からない……いや、分かるの。でも、これを言えば、ご主人様を傷つける……感謝はしてるから、だから言えな――」
「言え。隠される方が俺は嫌だ」
俺は鋭い声でポチの言葉にかぶせる。もう、自分でも動揺しまくってて訳が分からない。でも、嘘をつかれるより、隠されるより俺は真実を知りたい。俺はポチに何かしてしまったのか。それとも何かを吹き込まれたのか。
だが、答えはあまりにも残酷だった。
「分かりました。……ポチは、ご主人様のことが生理的に受け付けられない」
「……は?」
「ポチはどんどんあなたと同じ人間に近づくにつれ、女になっていくにつれ、ポチはご主人様に生理的嫌悪を抱くようになってきた。ポチも、なんでか分からなかったけど、ご主人様は私よりも弱くて、容姿もその……気持ち悪くて、ポチの価値に似合わないというか……好きという感情がどうしても芽生えなくて。
でも、ポチはポチを育ててくれた恩は忘れてなくて……ご主人様は私に好きという気持ちを向けてくるけど……気持ち悪くて。でも、感謝はあるから、本当のことを言うのが怖くて……」
「……簡単に言えば、俺をオスとして見れないし気持ち悪いから出ていきたい。そういうことなんだな」
「……うん。か、勘違いしないで欲しいんだけど、ポチはここまで育ててくれたこと本当に感謝してるし、でもそれと生理的嫌悪とはまた別なの――」
「黙れやクソアマ!」
俺はいつの間にか、ポチの言い分を遮り、叫んでいた。ポチは怯えた子供のように身を震わせ、隅に追いやられる。
「俺がどれだけお前を可愛いと思って育ててきて、お前に認められようと、好きになってもらおうといろんな言うことも聞いてきて、それがきもいから一緒にいたくない?ああ、やはり人間のルッキズムってのは恐ろしいな。メスは自分より強く、健康的で優秀な遺伝子を本能的に望むもんな……当たり前の結果だ。なぜこうなることを俺は予想できなかった?ふざけんな!この世界に来ても俺は容姿を理由に遮られ続けるのか?おい、なんなんだよお前ふざけんなよ!」
俺はもう思考が上手くできずにただ出てきた言葉を言い放ち続けた。しかし、そこへポチが冷徹に言い放つ。
「……一言いいますけど、あなたは親に恋愛感情を持ったことがありますか?」
「は?あるわけねえだろ」
「そうだよね。それと同じこと。ポチはご主人様を親として感謝はしてる。でも好きになるかは別。ご主人様はポチの感情を縛り付けたいの?お願い、ポチを自由にさせて」
俺はそう言われて、嫌でも納得してしまう。息子が母を好きになる。娘が父を好きになる。それは親として。恋愛感情としてはまずありえない。
俺はポチを縛り付けたいわけじゃない。俺を縛り付けて来た自分の親のようにはなりたくない。
俺は、こう答えるしかなかった。
「……行けよ」
ポチは、一粒涙を流し、そのまま寮の部屋を出ていこうと駆けていった。だが、一つ、親として聞きたいことがあった。
「待て」
「なに、チハル」
いつの間にか、ご主人様という呼び方ですら無くなっていた。でも、今はそんなことどうでもいい。
「誰を好きになったんだ。その言い草だと、好きな人ができたように感じるんだが」
「……」
ポチは俺に背を向けたまま俯き、言い淀んでいたが、一言だけつぶやいてドアを開けて出ていった。
「池麵様です」
俺はそれを聞いた瞬間、絶望の淵に落とされた。
俺は放心状態で、頭の中に思い浮かんだ呪いの言葉を反芻した。
『性的魅力:1』
俺はステータスプレートを取り出し、その言葉をじっと見つめる。
「クソが、クソがクソがクソがクソがクソが!消えろ!なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけねえんだよ!俺に恋する権利も何もねえのかよ!神はなんでこんなクソスキルを与えた!せっかくの転移なのになんでこんな余計なもんを地球から引き継がせた!くそがあああ!」
俺はプレートの”性的魅力:1”という文字に向かって、なんども短剣を刺すけれど、消えることは無かった。俺はこの呪いを一生、背負って生きなければならないんだ。




