第29話 半寒 2
「ふうむ、千温が死んだこと、なんと言い訳をしようか……とりあえず、後で適当に考えておきましょう。これでクラスの殺人鬼は消えたことを喜びましょう」
半寒は髪をさらっとかきあげながら、千温の死体を小屋に残したまま、外へと出る。小屋のすぐ外は静かだが、耳をすませば、かすかに遠くから戦闘中の激しい音が聞こえてくる。
「さてと、棒緑たちのところへ戻らなければ」
半寒はそのまま森の中へと歩き出そうとしたが、わずかに魔物の気配を感じ、刀に手をかけ、体勢を低くする。すると、草木をかき分け、姿を現したのは、体長3mほどはある、巨大なゴリラの魔物だった。
「おや、さっき僕たちを吹き飛ばしたゴリラじゃないか。フッ、ちょうど斬り足りないところだったし、ここはスマートに討伐しておきましょうか。ああ、千温はこの魔物に殺されたと言えばいいじゃないですか。丁度いいところに来ましたね」
半寒は刀を鞘から抜き、魔物の様子を窺う。魔物も、低い声で唸りながら半寒の周りを、品定めでもするかのように歩き回る。そして、魔物が思いきり足を地面に踏み込んで半寒を襲おうとした瞬間、魔物の首は一瞬のうちに宙を舞っていた。
そして魔物の首はドサッと音をたてて、地面に落ちていった。
半寒はそのまま、いつものように髪をかき分けキザモードに移行するかと思ったが、険しい顔をして何か違和感を覚えていた。
(なぜだ?なぜ、今このゴリラを斬った時に違和感を覚えた?ゴリラの首は、スッと斬れたものの、千温の首に比べて、あまりにも固かった。魔物を斬ったのはこれが初めてではない。魔力を纏った生物は、ある程度の”固さ”があることは分かっている。
だが、さっきの千温の首は、まるでリンゴを斬った時の固さ、いや、それ以上に軽かった。抵抗が無さすぎた。人間を斬ったことないから、そんなものだと思っていた。
やはり、魔物も人間も同様、同じ魔力を纏った生物ならば、ある程度の斬り応えのようなものが無いとおかしい。
さっき僕が見た千温は確かに千温だった。斬った時、血も飛んでいた。本物の千温のはずだ……いや、待て、1対1で、誰にも見られないこの状況……僕にとって千温を殺すのに好都合だと思っていたが……。
魔物に吹き飛ばされる直前も、なぜか最初から分かっていたように口角を上げて笑っていた……)
半寒はハッとして顔を上げる。そして千温を殺した小屋の方に振り向いた。
「まさか、あいつが僕と二人きりになるためにこの状況を仕組んだとしたら、誘われたのは僕の方か!?」
「せいか~い」
その瞬間、半寒の目の前に、首を飛ばしたはずの千温が、薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。そして千温は手に持っていた瓶を半寒の顔にぶちまけたのだった。
「うああああああ!熱い、あづいいいいいい!!!いだあああああい!」
何かをかけられた半寒は、顔全体に走る灼熱の痛みに叫び、地面をのたうち回った。千温は暴れている半寒を見下ろしながら、ポイとその瓶を小屋の方に投げ捨てた。そして地面にしゃがんで、楽しそうに話しかける。
「うわあ、いたそ~、大丈夫?いやごめんね?これ地球で言う硫酸みたいなものでさ。魔物と間違えてかけちゃった」
「てめえええええ!チーぎゅうううううう!!!」
半寒は地面に這いつくばりながら、千温の胸倉を掴もうとしたが、千温はひょいと横に飛んでそれを躱す。
「それにしても、半寒君、流石の反射神経だね。ちゃんと片目だけは手で守ってたんだ」
「殺す!殺す殺す!」
「話聞けよ……スマートじゃないなあ」
いつものキザったらしい余裕な態度は消え、ただひたすらに千温への殺気を振りまいていた。千温はさすがにうざいと感じたのか、半寒の髪の毛を掴み、そのまま顔から地面にめり込ませるほどに叩きつけた。
「少し黙れ。俺の言うことを聞け。まずは待て。犬でもできるからな?」
そのまま千温は半寒のめり込ませた顔を引き抜いて、無理やり正座させる。半寒は一瞬気を失っていたが、すぐに正気を取り戻す。しかし、半寒はすぐに逆らえないと立場をわきまえ、落ち着きを取り戻す。
どこか隙を見つけて、自慢の反射神経と速さで逃げ切れば……。半寒は話題を逸らすために、千温に話しかける。
「ぐ、ち、千温……僕はさっき、お前を斬ったはずだが、なぜ生きているんだい……」
千温は待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうに語り始める。
「ああ、それっすか?簡単簡単。まずは、あの索敵で魔物が見つかった時、全員が魔物に気を逸らしてる間に、ポチが俺そっくりな分身を作ってくれたんだよ」
「分身……だと?」
「それで、分身は俺の意思がないと簡単な動作しかできないから、俺はさっさとあの隊から抜け出して、この小屋を見つけたんだわ。そして小屋の裏に隠れて、隠密を発動させる。そして本物の俺を小屋の裏に待機させて、俺は意志を分身に移動させた」
「意志を、移動?そんなことが?」
「ポチに教えてもらってたからね。あとはその分身であの隊列に付いて行って、お前を誘導しつつ、あいつが操る魔物に俺たちを小屋までぶっ飛ばせた。ちょっとあの身体動きづらかったというか、違和感すごくてね。身体に感覚が無いから動かすのは苦労したわ。その代わり斬られても吹き飛ばされても痛くないけどな」
「そして、分身の千温が斬られた瞬間に、裏で待機していた本物の千温に意識を移した……ということか」
「おい、最後まで言わせろよ。スマートじゃねえな」
「こんな汚いやり方をしたあなたに言われたくないですけどね……」
すると、半寒は違和感を覚え、千温に問う。
「だが、あれが分身で感覚もないのだとしたら、なぜ血が噴き出したんだ?」
「え、ああ、あれはただの血のりだよ。分身に持たせてただけ。案外バレないもんだね」
「……用意周到ですね全く」
千温はここまでのネタばらしを話し終えた後、半寒は負けじと千温のことを脅しにかける。
「しかし、良いんですか?僕を殺して……この後どうなっても知りませんよ?」
「いいに決まってんだろ。殺されたくないからそんなこと言ってんすか?」
「フン、確かに殺されたくないのは事実ですが、僕が殺されれば、あいつが黙っていない」
「知らねえよあいつがどうとかこうとか。なんか面白くねえな、もっと絶望した顔見たかったんだけど。はあ……じゃあ今、お前を死にたくさせてやるよ」
千温はため息をつきながら、服のポケットからガサゴソと何かを出す。それは、武器でも毒でもなんでもない、ただの鏡だった。
「は?それで何をするというんだい?それが僕を殺すための秘策とでも?」
「ああ。見せてやるよ」
そして千温は半寒に向けて鏡を見せた。そこに映るのは、いつものスマートで美しい顔だちではなく、前髪は焦げ、赤く焼けただれた醜い顔だった。
「あ……ああ、だ、誰だい?こ、この、醜い、顔は……」
「知りたい?」
「い、いや、言うな、言うな、知りたくない、言うな!絶対に言うな!」
半寒は尻もちをついて千温から離れるために後ずさりをしていく。しかし、千温は歩いて追いかけながら、再び半寒の髪をひっつかんで、鏡の目の前に出してやって、ゆっくりとこう言った。
「お・ま・え・だ・よ」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!僕はこんなに気持ち悪くなんかないんだあああああ!」
「うわ、おもろ。……にしても、最後は全然スマートじゃなかったね」
そのまま、千温は短剣を取り出し、精神を取り乱している半寒の首をスッと斬った。絶望の表情の半寒の首はそのまま地面に落ち、千温はそれを拾った。
「その首、あの小屋の中に、俺がスマートに飾ってあげるよ。じゃあな」




