第20話 郁也と夕美 3
森の中へと入っていった郁也は、ただひたすらに走って夕美を探す。魔物と戦っているかもしれない。もし、俺のせいで自暴自棄になって、誤解で悲しい思いまでさせて、そのまま食われでもしたら……。
しばらく走っていれば、地面に矢が刺さっているのを発見した。これは、夕美の使っていた矢?ということは、夕美はここら辺にいるはず。矢を使っているということは、訓練か、戦闘か……。
とにかく急がなければ。
矢が放たれただろう方角へ向かって走り出す。それにしても、魔物が思っているより少ない……というかいないのだ。それにところどころ魔物の死体で、鉄のにおいが鼻をつく。
夕美がやったのか?
そして、ガサゴソと物音が聞こえて来た。
「夕美!いるのか!」
呼びかけたが、返事はない。そして物音のするところへ駆け抜け、草木をかき分けてたどり着いたのは――すでに夕美が大型の魔物に食われているところだった。
「ゆ、夕美……?」
郁也は固まる。自分よりはるかに格上の、体長3mはあるであろう、狼のような姿をした大型の魔物が、夕美の肉を鋭い牙でむしゃむしゃとしゃぶりつくしている。
郁也は恐怖よりも、抑えられない怒りと自責に襲われた。拳を握りしめ、プルプルと震わせる。声にならない声が出る。俺の……せい?俺のせいで夕美は……夕美と仲直りすらできずに……?
「う、うあ、あああああああああああああ!!!」
郁也は背中の鞘から剣を引き抜き、ただひたすらに魔物へと突っ込んでいった。
しかし、魔物はひょいと前足を軽く小突いただけで、郁也は吹き飛ばされる。そのまま後ろの木へと背中から激突した。衝撃で、肺が思いっきり押しつぶされる感覚に顔をゆがませ、「がはっ」と吐いてしまう。
「ゆ、ゆみ……」
魔物は夕美の遺体をむさぼっていたのを止め、標的を郁也に絞った。魔物は、そこら辺の木の破片を咥えて、まるで自分の獲物だというように、夕美の遺体に地面ごと突き刺す。
「あ、ああ……」
郁也は地獄の光景に絶句した。もう、自分も助からない……。足音を立てずに、ゆっくりと自分を獲物と認識して、自分へ近づいてくる。
鳴りやまない心臓。自分は食われるんだ……夕美も助けられずに……。せめて、あがいてやる。勝てなくても……。
郁也は痛みに耐え、最後の力を振り絞り、剣を地面に突き刺し杖にして立ち上がる。もはや、立つので精いっぱいだった。
「夕美……お前のところに、行くから……」
そうつぶやいた瞬間だった。
突如魔物の背後からナイフが目にもとまらぬ速さで魔物に向かって飛んでいった。ギリギリ認識できるほどだ。それが魔物に突き刺さり、痛みで吠え始める。
一瞬暴れていたが、なんと、しばらくして大人しくなっていき、その場にお座りするかのように倒れ込んだのだ。
「な、なにが、起こった?」
郁也は目を丸くして周りを見渡すと、向こうの木の影から黒い人影が大きく宙を舞ってこちらに向かってくる。そして、郁也の目の前に着地した。
郁也は驚きのあまり、口をあんぐりと開けていた。
「お前……千温……?」
しかし、千温が助けに来たにしては、なぜか口元を震わせ、笑いを堪えるようにニヤニヤしているように見える。郁也は、自分が疲れているからだと疑問に思う。
それに、千温はクラスメイトの前で、職業をニートとばらされた。ニートがこんな強い?戦闘職の自分よりも強い訳がない。
しかし、助けられたのは感謝するしかない。こいつの態度がおかしいのも、きっと気のせいだろう。郁也は何とか頭を下げた。
「ち、千温、助けてくれて、ありがとう……」
「は?何言ってんの」
「……え?」
郁也は一瞬、聞き間違えかと思った。千温ってこんなしゃべり方だったっけ?でも確かに声は千温だ。さっきから俺は夢を見ているのか?さらに混乱する郁也に、千温はどこから持ってきたのか、文字が書かれた木製の看板を郁也に掲げた。
「ドッキリだいせいこ~~う」
「……」
「……」
流れる沈黙。千温の顔はどんどん赤くなり、恥ずかしさで死にそうになった。は?なんでこいつ何も反応しねえの?この状況でバカにするように言えば、こいつならキレだすと思ったのに、ざけんなこのクソイケメンリア充!
そのまま八つ当たりの如く看板をその場に叩きつけてバキッと折った。どこまでも他責な千温である。
「ご主人様、滑ってるなの」
「ごめん、忘れて。絶望顔が見れると思って……」
「ぽ、ポチは面白いと思ったの!」
千温の後ろからひょこんと出てきた、メイド姿に化けたポチが顔を出す。その姿を見て、郁也はハッとする。
「このメイド……さっきの……?」
「今更気づいたん?でも良かった、キュートなケモ耳隠させておいて」
「もう耳だしていい?尻尾もきついの……」
ポチはそのままひょこんとケモ耳を出し、モフモフな白い尻尾もスカートを突き破って出した。
「ま、魔物?獣人?」
郁也がさらに混乱している中、千温は一旦深呼吸をして落ち着かせた後、ずっとネタばらしをして絶望の顔を見ることを楽しみにしていて、早口で語り始めた。
「いやあ、それにしても大変だったんだよここまで」
「……は?なんのことだ?」
「お前に冤罪擦り付けて、夕美と仲違いさせた後に、魔物に食われて絶望させるって計画さ」
「は?」
「城にいるメイドに、郁也に変化させたポチを向かわせてナンパさせたんだよな。さすが郁也、イケメンだからナンパも簡単だな。で、郁也はその時間いつも外にランニングしに行ってるし、その間に城内デートさせたから、目撃者も多数。どうやら、陽菜や本田に目撃されたっぽいね」
「……」
郁也は黙って聞いていたが、剣を握る手をプルプルと震わせ、手が壊れそうなほどに力を込めている。千温はそれを見て心の中であざ笑いながら、さらに続ける。
「あとは、あえてお前らを仲直りチャンスを与えて、その直後にメイドに化けたポチをイン。夕美は必ず怒って飛び出すだろうと思ってな。いいよなあ。やっと誤解が解けたと思ったら絶望。デュフ」
「あの時は首掴まれて地味に痛かったの」
「今頃、城では郁也はメイドに八つ当たりしたやばいDV野郎って噂されてるかもな」
郁也はまだ黙って聞いている。そしてさらに千温は畳みかける。
「一番大変だったのはここだよ……魔王城近くの大型の魔物を頑張って転移魔方陣に誘導してこの森に転移させたんだわ。いや、マジで死ぬかと思った。で、実は夕美って岸に訓練のための許可取って森を出入りしてたんだわ。意外とこの森の魔物は弱いから、日々の訓練を真面目にやっている夕美なら大丈夫と判断したんだろう。そして自暴自棄になって夕美は森へ入った。そこに、俺がサプライズで用意したこのでかい魔物に食われたってわけ」
「……てめえ」
「お前のせいだぞ?」
「黙れ……」
「お前が浮気したから、夕美は死んだ」
「黙れ!俺はやってない!」
「夕美が死んだのはお前のせい」
「黙れ!」
「お前のせいだ」
「だま……れ……」
「お前がもっと早く気づいてれば、もっと強ければ……食われなかったのになあ」
「だまれ!……うあああああああ!」
郁也は千温に切りかかろうとしたが……足が動かない。まるで全身が痺れているような感覚。腕も、足も、すべてが動かそうとしても動かない。そのまま体幹を維持できずに地面に倒れ込む。
「お、ポチの催眠が効いたかな?ポチ、よくできました」
「もっと褒めてなの!」
「偉い偉い」
「えへへ……」
千温はポチの頭を撫でると、ポチは耳をぴょこぴょこさせながら、尻尾を大きく横に揺らせて千温に甘えている。そのままはしゃいで、麻痺して眠っている狼の魔物に飛んでいき、むしゃむしゃと食べようとした。
「めっ!ナイフに仕込んだ麻痺毒刺さってんだから、ポチも麻痺しちゃうでしょ!」
「あ、そうだったの!おいしそうだから……う、ちょっとしびれてきたの」
「だから言ったのに……」
この状況で楽しそうに茶番をする千温たちに、怒りを露わにする郁也。しかし、体は動かない。どうにもできないのだ。
しかも、いま、あの魔物を麻痺させたって言ったよな?まだ、生きてる?
「あ、目覚めちゃったじゃん」
「ごめんなさいなの」
「いやまあ、ちょうどいいし」
眠っていた大型の魔物は、麻痺が解けて、ついに目が覚める。千温とポチはそのままこの森を去ろうとしていた。
「ま、待てよ……なぜ俺にこんなことしやがる。お前に俺がなんかしたのか……?なんでなんだよ!」
千温はその問いに、笑顔で返してやった。
「いや?お前は俺に直接的にはなんもしてない。でも、単純に、イケメンに生まれて女作ってわざわざいちゃつくのを見せつけてきたことにイライラしたんだよ。俺を不快にしたんだよ。俺はなりたくてこんな容姿になったんじゃねえ。俺だけがお前らに不快にされ続けるなんて、不公平だろ?だから、俺もその何倍にしてお前らにやり返した。幸せをぶち壊した。ああ、最高だったぜ?お前のその絶望した顔」
「お前、く、クズかよ……」
「ああ、最高の誉め言葉だよ。お前ら陽キャが、毒親が、この社会が、俺というクズを生み出した。自業自得だよバーカ」
しかし、そうして話している間に、魔物は俺たちに気づいて、獲物を狙うかのように視線を定める。郁也は千温の笑った顔を見て、この後の運命を察した。俺を食わせる気だと。郁也は自らの危機を察して、千温に命乞いを始めた。
「頼む……助けてくれ……俺が悪かった……」
千温はその命乞いを聞いて――デュフっと笑い、郁也に醜い顔を近づけた。
「いやだよバーカ。良かったな、お前の愛する女と同じ末路を辿れて。俺って優しいな」
「あ、ああ、待って……くれ……死にたく……ない」
そのまま千温とポチはこの森を飛び去った。郁也は涙を流しながら最後に見た光景は、魔物の口の中だった。
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