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アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺と終末家族~   作者: 鬼管いすき


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幕間 二 ナッツクラッカーの恋心

 昔から男が嫌いだった。


 自分より弱いくせに偉そうで。

 女はこうするべきだ、と決めつけて。


 ああだこうだとうるさいクラスの男子は殴って蹴って黙らせた。

 父の勧めで習い始めた空手が、とても役に立った。


 喧嘩をして、相手を泣かせたと知られると、師範からは懇々と説教を受けた。


 住む人も少ない田舎の山間部。

 狭い村社会だから、私のやったことはすぐに知れ渡ってしまうのだ。


 父は『お前はそれでいい』と言う。

 母は『お淑やかにならないと嫁の貰い手がない』と言う。

 妹は『姉ちゃんかっこいい!』と褒めてくれる。


 嫁の貰い手なんてこっちから願い下げだった。


 なにもしてないのに偉そうにする男は嫌い。

 女が下だと当然のように思っている男も嫌い。


 この村も嫌い。

 男に媚びる女も嫌い。


 村社会が嫌い。

 閉鎖的だから嫌い。


 だから私は街にある高校に行くことにした。

 寮もあるし、知っているくだらない男もいない。


 父は賛成してくれたが、母は猛反対をした。

 なので空手の大会で優勝して、特待生として選ばれたことで母を黙らせた。


 高校生活はとても快適だった。

 中には下心で近づいてくる男もいたが、興味ないと冷たくあしらえば引いていく。

 根性もないし、そもそも本気でもない。

 そんな男は私の人生には必要なかった。


 夏休みに妹が遊びに来た。

 本当はいけないが私の寮の部屋にこっそりと泊まってもらい、毎日出歩いて遊んだ。


 中一になった妹は、ぐんぐんと背が伸びて百六十センチを超えていた。

 手足も長く、私にはないリーチが羨ましかった。


 映画を見た帰り道、ヒョロガリ金髪のイキった男に絡まれた。

 一番嫌いなタイプの男だ。


 実力もないのに見た目だけで脅そうとする。

 ギャンギャンわめいて脅かしている気になっている。

 頭が悪いようにしか見えない。


 うるさい男は股間を蹴ればすぐに黙る。

 私が小中高と男を黙らせてきた常套手段は、その男にもばっちり効いた。

 植木の中で気絶した男を放置し、ムカつきを発散させようと、門限ぎりぎりまで遊んだ。


 その日から、その男に付きまとわれるようになった。


 翌日、妹を連れて美味しいコーヒー屋さんのクリームたっぷりで甘いコーヒーを楽しんでいると、あの男と遭遇した。


「探したぜぇ……。リベンジだ!」


 とアホみたいなことを言っている男を無視して、横を通り過ぎようとするとその男に肩を掴まれた。

 妹がとっさに「ちょっと! お姉ちゃんに触んないでよ! 変態!」と叫ぶと、男が怪訝な顔をした。

 肩に置かれた手はすぐに払っておいた。


「お前、男のくせになんだよその話しかた! オカマかよ! ギャハハ!」


 そう言って大笑いする男だが、特大の地雷を踏み抜いたことに気がついていなかった。

 妹は、昔から男より背が高く、男女とよくからかわれていた。

 そんな妹が男と間違われたうえでバカにされたらどうなるか。


「殺す!!」

「ぐぇ!」


 こうなる。

 男のみぞおちに前蹴りが突き刺さっていた。

 しばらく息ができないだろう。


 妹は男の足を払うと馬乗りになり、そのまま何度も拳を振るった。

 鼻血を出して意識を失った男を、妹は念入りに殴りつけている。

 別に男がどうなろうと構わないが、妹を前科者にするわけにはいかない。


「花乃、その辺にしときなさい。行くわよ」


 まだまだ殴り足りないといった妹だが、渋々といった様子で男の上から立ち上がった。


 これでこの男も懲りただろう。

 暴力の世界は、一朝一夕ではどうにもならない。

 戦いのセンスか、積み重ねてきた経験がなければ、実力差がひっくり返ることはまずない。

 この男も少しは暴力の中で生きてきたのだろうが、私たちとじゃ圧倒的に経験が足りていない。


 ここまで痛めつけてしまえば、もう怖くなって来ることはないだろう。


 そこから数日は男と出会わず平和だった。

 しかし、妹と買い物をしていた日、またもや男が現れた。


「よお! ちょっとツラ貸せや!!」

「うわ、また来たわよ」

「しつこい男は嫌われるよ!」


 この日も妹がボコボコに殴り、男を気絶させた。


 三日後。


「やってくれたなぁ!! 百倍返しにしてやんぜ!」

「またあんた?」

「何回来ても無駄だよ!」


 妹の猛攻をなんとか防ごうと動く男。

 多少は動きを見て覚えたかもしれないが、妹が攻撃のパターンを変えればすぐに沈んでいった。


 二日後。


「探したぜぇ!!」

「懲りないわねぇ」

「よし! あっちでやるよ!」


 鼻息の荒い妹が張り切っていたので、任せることにした。

 男は守りに徹して妹の攻撃を見ている。

 繰り出された前蹴りを、前足を軸に身体をひねり、手で払った。


「へえ、やるじゃない」

「えっ、すご! じゃあ次はこれだよ!」

「ぐっ」


 妹の得意とする胴回し回転蹴りをもろに頭に食らった男は、そのまま気絶した。

 妹と一緒に公園のベンチへその男を運び、そのまま放置して帰った。

 羽のように軽く、栄養失調なのでは、と少しだけ思った。


 次の日。


「よお、もう一回だ!」

「何回やっても一緒よ、諦めたら?」

「公園行くよ!」


 妹の攻撃をかわし、さばき、防ぐ男。

 有効打は何発かもらっているが、まだ立っている。

 戦い始めて既に二分、妹も肩で息をするようになっていた。


「はい、そこまで。一度休憩しなさい」

「ふー、疲れた。普通に試合と同じ時間やってんだけど」

「……当たらないのは大振りを見られているからだ。なら小さく振る。最小の経路で突けば最速になる。体中の動きをスムーズにして力の伝達を……」


 男はなにやらぶつぶつ言っていた。

 真剣なその表情は、ただのヒョロガリイキりヤンキーには見えなかった。

 力を欲するその姿勢だけは、評価できる。

 真面目に練習をすれば私や妹よりも強くなれる素質があるのかもしれない。


「次は私とやる?」

「……おう」


 しかし上には上がいると徹底的に教え込む。

 妹の開始の合図と共に繰り出した私の蹴りは、迷うことなく男の股間へと吸い込まれていった。


「ぐぅっ、それ、だめだって……」

「うるさいわね」


 股間を押さえて前かがみになった男の頭を蹴り飛ばすと、男は意識を手放した。


「うわ、お姉ちゃん容赦ない」

「そもそもこいつと遊んでる暇なんかないのよ。今日はまだ買い物したいし、あとあそこも行く予定だったから。あの新しくできたクレープ屋さん」

「わあ、行こ行こ! すぐ行こ!」


 男をベンチに寝かせ、妹との遊びを楽しんだ。


 この日を境に、男は夏休みの終わり間近までその姿を見せることはなくなった。


 妹がそろそろ実家に帰るので、最後に行こうとなって遊んだプールの帰り道。

 妙な男が私の前に現れた。


「あ、久しぶり、ちょっといいかな?」

「はあ? 誰よあんた」


 地元の同級生なのだろうか。顔をあまり覚えていない。

 上背があるが全体的に体が細い。

 細い眉が困ったような八の字になっている。

 誰だこいつは。どこかで見た顔だが。


 怪訝そうに見ていると、男は「あはは」と苦笑した。

 新手のナンパか。

 そう思って無視しようとしたとき、妹が「あー!」と大声をあげた。


「お姉ちゃん! ほらずっと絡んできたヤンキーの人だよ! 髪が黒くなってるから気がつかなかった」

「……ああ、あれね」


 服装も変わり、チンピラの面影がなくなった男は、どこにでもいる普通の若い男に見えた。

 同年代なのかもしれない。


「あの、ちょっと話があるんだけど、いいかな」

「いやよ、私にはないもの」

「まーまーお姉ちゃん。私はこの人の話に興味あるからさー、聞いてみようよ。あっちの公園行く?」

「……しかたないわね」


 公園のベンチに妹と並んで座り、飲み物に口をつける。

 男が勝手に買ったものだが、捨てるのも忍びない。

 商品に罪はないのでそのまま飲むことにした。


「それで、話ってなによ」

「あ、わかった。弟子にしてくれとか言うんでしょ」


 少年漫画が好きな妹は、自分が師匠ポジションになれるかもしれないとうきうきとしている。

 だけど、私と妹の前に立った男は、腰を九十度まで曲げて、深く頭を下げた。


「まずは謝らせてほしい。今まで不快な思いをさせたこと、わずらわしい思いをさせたこと、本当にすみませんでした!」


 その言葉を聞いて、目が点になってしまった。

 妹と顔を見合わせると、妹もキョトンとした顔をしていた。


「目が醒めました。自分がなにをしているのかもわからず、暴走していました。それを止めてくれて、感謝しかありません。ありがとうございます!」

「え、ええ。よかったわね……」

「あーと、うん、おめでとうございます?」


 この男はなにを言っているのだろう?

 よくわからなかった。


 男が顔を上げると、なんだか晴れやかな顔をしていた。

 最初に見た顔とはまったくの別物だ。


「これからは心を入れ替えて真面目にやっていこうと思う、ほんとありがとう」

「ええ、そう。話は終わり? じゃ、頑張ってね」


 ベンチから立ち上がり帰ろうとしたが、男の「待ってくれ!」という声で引き留められた。

 まだなにかあるのか、としかめっ面になりながら男を見ると、「えーと」となにかを言い淀んでいる様子だった。

 妹はベンチに座ったままわくわくとした顔をして見ている。

 その顔はなんなのだろうか。


「なに? 早くしてよね、帰りたいんだから」

「あの、俺、初めて本気で人を好きになれたかもしれなくて」

「ああ、そう。で? 恋の相談でもしたいの? よそでやってくれない?」

「ええと、君、です」

「なにがよ?」

「君に、惚れてしまいました……。」

「……はあ? 頭を蹴りすぎたのかしらね。一度病院に行ってみなさいよ」

「キャー!」


 妹が口を手で押さえて足をバタバタとさせている。

 楽しいのだろう。


「本気で、好きなんだ。もっと君のことが知りたい。君と仲良くなりたい」

「そう。私はそうじゃない。はい、この話は終わり。じゃ、もう関わらないでね」


 男なんて少し相手をしてやっただけですぐにつけあがる。

 この男も勘違いをしたのだろう。

 帰ろうとしても妹はベンチから離れず私と男を交互に、目を輝かせて見ている。

 

「どうにかチャンスをくれないか。一度でいい」

「いやよ。もう消えてくれるかしら? 学校も真面目に通っていない不良となんて仲良くなりたくないわ」

「……わかった。君にふさわしい男になる。他にはなにかないだろうか?」

「なにかってなによ」

「直してほしいところというか、いやなところ」

「細い眉なんとかしなさいよ。私はそれ嫌いだから」

「わかった。他には?」

「ピアスも。チャラチャラした男、大嫌いなの」

「直すよ。他にはあるか?」

「あとはしつこい男は嫌いなの。だからもう消えてくれる?」

「……わかった。でも連絡先はくれないだろうか。君にふさわしい男になって、もう一度会いたいから」

「いや。諦めなさい」


 すげなくあしらっていたが、伏兵は思わぬところから飛び出した。


「まあまあ、お姉ちゃん。ほら、これ私のメアドと番号。連絡先交換しよ。あ、湯浅花乃です。中一です」

「え、中一!? あ、あー、これ、俺の。山下恭平って言います」

「うん、オッケー。ワン切りするね。かかった?」

「あ、来た。大丈夫」

「お姉ちゃんに用事あったら私に連絡ちょうだいね」

「え、いいのかな」


 男が私をうかがうようにして見る。


「なにもよくないわよ」

「大丈夫大丈夫。じゃあお兄さん、頑張って!」


 名残惜しそうにする男、山下恭平をその場に残し、寮へと帰った。


「花乃、あいつが嘘ついてたらどうする気? 危ない目にあうかもだから着拒しときなさいよ」

「大丈夫だってばー。お姉ちゃんの彼氏になるかもしれない人だしねー」

「あいつが? ないない。花乃は男を見る目がないわ」

「お姉ちゃんよりはあると思うよ?」


 相手をしなければ、なににもならないというのに、妹はなにもわかっていない。

 そう思っていた。


 妹が実家に帰り、二学期が始まって、大会へ向けての練習や勉強へ精を出していると、一通のメールが携帯へ届いた。


『あのお兄さんがデートしませんかって』

『断っといて』


 妹はあの男と頻繁にやり取りをしているらしく、定期的に私宛てのメッセージを転送してくる。

 やれ『好きな食べ物はなんですか』だの、『空手教室へ通い始めました』だの。

 私がの興味ないことまで送ってくる妹には少しだけうんざりさせられた。


 三学期が終わり、冬休みに入った。

 男、山下恭平からのデートの誘いは相変わらず続いていた。


 いいかげん、妹からの転送メールに辟易してきたので、直接やり取りをするからメアドをよこしなさい、と妹から男の連絡先を教わった。

 ひと言文句を言ってから着信拒否にしてやろう、と思い、『あんた、そろそろうざいわよ』とメールを送る。

 すぐに返信があり、そこには『美香さんですか! うわ、嬉しいな。やっとやりとりできる。ありがとうございます!』とあった。

 尻尾を大きく振る犬のイメージが一瞬だけ頭によぎり、着信拒否にすることは忘れてしまった。

 名前を勝手に教えた妹には苦情を入れておいた。


 二年へと進級し、高校生活二度目の夏休み。

 あまりにも懇願してくるので、山下恭平と一度だけデートをすることになった。

 会うのは一年ぶりだろうか。


 直接会って諦めさせるのが一番早いと思った結果、デートの約束をしてしまったのだ。


 駅で待ち合わせをする。

 いちおう、私もそれなりな格好をしてきた。

 妹に話したら『絶対おしゃれしてって!!』と言われたためだ。


 さすがにダボダボTシャツにハーフパンツとサンダルなんて格好で行ったら、礼を欠くことくらいはわかる。

 服は以前、花乃と一緒に買い物をしているときに『絶対似合うから、これ買って!』と押し切られて買ったワンピースを着た。


 待ち合わせ時間の五分前に駅についた。

 五分前行動は小中と学校で口うるさく言われて育ったので身についた。

 迷ったり突発的なことが起きたりする可能性があるので理にはかなっている。


 待ち合わせ場所のコンビニ前には、すでに山下恭平が立っていた。

 あいかわらずヒョロガリだが、少し肉がついただろうか?

 眉は遠目ではわかりにくいがしっかり生えているように思う。


 以前のあいつを知らなければ、きっとさわやかな好青年に見えるのだろう。


「待たせたかしら」

「おはよう、ひさしぶりだね。今来たとこだよ」


 漫画やドラマで見る恋人たちのお決まりのやりとりのようで、気まずくなる。


「その服……」

「ん? 変かしら? 妹がどうしても買えっていうから買っただけなんだけど」

「そうじゃなくて、すごく似合ってる。かわいいよ。前の服は活発でかわいくてよかったけど、この服もすごくきれいでいいよ」

「あら、そう」


 ストレートな好意にむず痒くなる。

 口が軽い男は好きではない。

 しかし自分の容姿を褒められるのは、それはそれで嫌いではないのだと自分の一面を知ることができた。


 デートはビルの中にある水族館に行き、そのビルにあるレストランへ行く、という流れだと説明された。

 正直に言えば『助かった』という気持ちが強かった。

 妹に勧められた服にあうように、一緒に買ったヒールの高いサンダルを履いてきてしまったからだ。

 普段履き慣れていない靴で長く歩いたら靴ずれが起きそうで怖い。

 同じビル内なら移動時間も少なくて済む。


 水族館は思いのほか楽しかった。

 不思議な生態を持った魚を見て、『なんでかしら?』と疑問を投げかければ、『この魚はこうこうで~』と答えがすぐ返ってきたからだ。


 他の男みたいに、偉そうにしながら教えてやろう、といった感じでもなく、こちらが聞いたときだけ答えてくれる。

 幻想的な水槽を一緒に感動できる、おもしろい魚を見て一緒に笑える。

 そんな相手が横にいるのは悪くないな、と思った。


 水族館の中にあった水槽に囲まれたカフェで休憩をしているとき、山下恭平という人間に少しだけ興味がわいた私は、今までのことを聞いた。


 自分が臆病で違う人格を演じること。

 そのせいで喧嘩になり退学したこと。

 私に叩きのめされ目を覚ましたこと。

 学校に復学し、勉学に励んでいること。


 学校の話を聞いたときは素直に『頑張りなさい』と応援できた。

 嬉しそうに笑って頷く姿が、昔、祖父の家で飼っていた大型犬そっくりだった。


 レストランで食事を終え、別れることとなった。


「次は、いつ会えるかな」

「そのうちね」


 諦めさせるつもりだったが、このままでもとくに問題はなさそうなので現状維持とした。

 話を聞く限り、そこまで性根の腐った男ではない。

 今は真面目にやっているようだし、経過観察が必要といったところか。


 嬉しそうに大きく手を振る山下恭平に見送られ、駅へと入っていった。


 その日にあったことを妹に報告すると、『私も遊ぶ!』と鼻息を荒くしていた。

 誰かが男を連れ込んだのがバレたとかで、妹を寮には泊められない。

 そう伝えると、自分のお年玉やおこづかいから捻出して宿代を確保するから問題ない、と返ってきた。

 あとで聞いた話では父が母に内緒で出してあげていたらしい。


 やってきた妹が『お兄さんと遊びたい!』と言い出し、デートからわずか数日で再会した。

 手を振る姿は相変わらず嬉しそうで、尻尾の幻影がよく見えた。


 妹がいる一週間毎日、山下恭平と遊ぶことになった。

 しかし学生の本分は勉学。

 図書館でお互いの勉強を見たり、苦手な科目を教えあったり、穏やかな時間を過ごすことができた。


 妹が帰ったあとも、一緒に図書館での勉強を続けた結果、私の学力は学年九十位から三十五位まであがった。

 メールで『教えるのがうまいからね、ありがとう』と報告すると、自分のことのように喜んでくれた。


 そんな穏やかで平和な時間が続き、高校を卒業する日になった。


 私と恭平は、何回かのデートや勉強などのやり取りで、お互いに名前を呼び捨てで呼ぶくらいには仲良くなった。

 他の男と違い、一緒にいて居心地がいいのはこの人だけだ。

 そう自覚はするが、これが恋や愛といった感情なのかはわからない。


 卒業式の後、恭平から会って話がしたい、とメールが届いていた。

 たぶん告白をしてくるのだろうな、と感づくも、自分がそうなったときにどう返事をするのかがわからなかった。


 恭平のことを好きかどうかはわからない。

 嫌いかと問われれば違うと答えられる。

 隣にいてもいいとは思えるし、居心地もいい。


 この感情がなんなのか答えを出せないまま、呼び出された公園へとたどり着いた。


「待たせたかしら」

「ちょっとだけね」


 恭平は緊張した様子もなく、自然体でベンチに座っていた。

 もしや告白云々は自分の早合点だったのでは?

 自意識過剰だったのかもと少しだけ反省しながら恭平の横に腰掛けた。


「それで? 話って?」

「ああ、前にも言ったけどさ。俺やっぱ美香のこと好きなんだよ」

「うん、それは知ってる。それで?」


 ああ、ちゃんと告白であってた。

 内心で安堵していると「だからさ」と恭平が少し緊張した様子で私の前に膝をついた。


「これ、受け取ってほしい」

「なにこれ……。指輪?」

「ああ、俺と、結婚してほしい」

「ん? あれ? 告白じゃなくていきなりプロポーズ? ……ふっふふふ!」


 私が笑ってしまったことで恭平の幻影の耳と尻尾が垂れていた。


 恭平のことは嫌いではない。

 それにたまに抜けたことをするのもかわいいと思っている。

 この先、恭平を超える男はいないかもしれない。


 脳裏に昔に聞いた母の『嫁の貰い手がなくなるわよ』という言葉がチラつく。


「私ね、まだ好きとかそういう感情わからないのよね」

「……ああ」

「そんな、失礼な考えでも結婚していいのかしら?」

「いいよ、全然いい! 俺が絶対好きにさせるから、幸せにする、本当に、なにがあっても……」

「んー、そっか。じゃあ結婚する? あ、でもまだ早いか。付き合って、自然と子供ができたらにする?」

「それで! それでいい! ありがとう、美香!」

「ん、いいわよ。ちなみにこの指輪、どこで手に入れたの?」

「えーと、まあ、この日のためにずっとバイトで貯めてたんだよな」

「けなげねぇ」


 思わず頭を撫でてやると、恭平は嬉しそうに笑った。

 その様子に少しだけ胸の奥がむず痒くなった。


 高校卒業後は、大学で学びたいこともとくになかったので就職した。


 しかし上司の理不尽な要求に反発し、警察沙汰になって退職することになった。

 そんなことが二十歳になるまでの間に三回も起き、自分は無能なのでは、社会不適合者なのでは、と病みかけていたところを、恭平に何度も救われた。


 二十歳になって同棲をしようとなったときに、恭平を両親へ紹介すると、母が尋常じゃないくらいに恭平のことを気に入ってしまった。


「美香に相手ができるなんて思わなかった」

「孫の顔を見るのは花乃に託していた」

「よく見たらめちゃくちゃイケメンね!」


 そんなことをテンション高く話し続け、恭平もたじたじになっていた。

 父も恭平を気に入ったようで、口数少ないながらもずっと質問を繰り返していた。


 恭平が家族に認められたことが、とても嬉しかった。


 それから五年。

 残念ながら子供には恵まれなかったが、籍を入れることになった。


 それが二ヵ月前、七月七日のことだった。

 そのあとすぐに国家非常事態宣言が発令され、アパートに閉じこもり、そしてこのバイクショップにいる。


 恭平の汗ばんだ肌に頬をこすりつける。

 深く眠りに落ちているのか、身じろぎもしない。


 脱出やゾンビとの遭遇の恐怖で疲れ切っているのだろう。

 恭平はビビりだから。


 顔を覗き込めば難しい顔をして眉間にしわを寄せている。

 怖い夢でも見ているのだろうか。


 指でくにくにと押すと皺が解消されにこりと笑った。


「好きよ、恭平。愛してる」

「んんー……俺も……」

「ふふ、かわいい……」


 起こしてしまわないように、そっと唇を重ねる。


 どんな世界になろうが、恭平は自分の最愛の人だ。

 たとえなにがあっても、自分の命に代えても、この人だけは絶対に守る。


 そう固く誓った夜だった。

美香の過去。

最後は、第一話と第二話の間でのことです。

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