幕間 一 山下恭平、十七歳
第五話にちらりと出てきた恭平の過去です。
山下恭平という人物を一言で表すなら、『人形遣い』だろうか。
状況に合わせ、理想の操り人形を自分自身の中へ作り出し、その通りにふるまうのだ。
某ゲーム風に言えばペルソナを使い分ける、といったところか。
その能力が開花したのは小学校時代、遊園地に行ったときだった。
クラスの皆で遊びに行き、気になる子の前でジェットコースターが怖くて乗れないというのが恥ずかしくて覚醒したのだ。
そこで生まれた人格は、『アドレナリンジャンキー』。
急降下の恐怖に皆が悲鳴をあげる中、恭平だけは『ギャハハハ!! フウゥー!』とか叫んでいたのである。
男子も女子も皆が、様変わりした恭平にドン引きであった。
お化け屋敷に入ったときに発生した人格は『ホラー評論家』。
友人の後押しもあり、気になる子と一緒に入ることに成功した。
しかし恭平の人格が、『ここで来るね。うん、王道過ぎ。もう少しひねりが欲しい。次、あの辺で脅してくるよ。右に意識させてるからこっち。ほらね?』とか言ってしまい、女の子に興ざめされてしまった。
もちろんその後、気になる子とは疎遠になり、幼い恋が叶うことはなかった。
中学校時代、恭平は演劇部に入り『ペルソナ』という言葉を知った。
理想の自分を演じるためにいろいろと試し、『キザ男』、『紳士』、『王子』などの人格を作り、それに磨きをかけた。
誰だってモテたいのだ。
思春期真っ只中の恭平も例外ではなかった。
別人格を使い、同級生から先輩後輩まで手当たり次第に粉をかけ、学校中にその浮名を流していた。
振られても自分ではないからノーダメージ。
成功しても、この子が好きになったのは自分ではなく仮面なのだから、俺はモテない。
恭平の心はかなり複雑なものに進化していった。
高校に入っても恭平の女癖の悪さは直っていなかった。
別に手を出したわけではない、無理強いをしたわけではない。
ただ普通に話して、相手に自分を意識させていただけ。
告白させれば大成功。
自分から告白して、いい返事をもらえば成功。
振られたら失敗。
なにが恭平をそんな人間に変えてしまったのか。
それは本人にもわからなかった。
ただ、そんなことばかりを毎日やっているせいで、先輩から呼び出しを食らった。
人気のない場所に不良の先輩が十人はいた。
自分の未来が簡単に想像できた恭平は、漫画や小説、映画などを参考にひとつの人格を作りだしてしまった。
それが『外道チンピラ』。
やるなら徹底的に。
やられたら百倍返し。
覚悟を決めた恭平は、その呼び出してきた先輩の全員を返り討ちにしてしまった。
数人は指の骨を折られ、また別の数人は歯を折られ。
恭平が自分は被害者だと訴えても、停学は免れなかった。
その日から恭平の生活は一変してしまった。
『誰かこのクソ生意気なやつボコしてくれ。できたやつは一万払う』
そんな文言と共に恭平の写真が不良の間で出回った。
見知らぬ不良から喧嘩を売られ、必死に戦って返り討ちにし、武器や刃物を使った殺し合い寸前までやるようになってしまった。
まだ倫理観を失っていなかった恭平は、殺すことや一生もののケガを負わせることだけは避けていた。
そのおかげで、最悪な事態になることだけは免れていた。
行かなくなった高校は冬休みの間に自分から退学した。
それからは、毎日のように喧嘩していた。
どこにいても不良に絡まれる恭平は、寝ても覚めても『外道チンピラ』を演じ続けていた。
もはやそれが本当の自分なのではないかと思うくらい板についてきたときのことだった。
「えー? 嘘でしょ。それじゃあの逃げちゃった猫がコーヒー盗んだってこと?」
「ほんとだってばー。あのときちゃんとそのシーンあったでしょ。もー、ちゃんと見てよねー」
向かいから歩いてくる美男美女のカップル。
映画でも見たのだろうか。楽しげに話している。
恭平の中の『外道チンピラ』が騒ぎだす。『イケメンと美女のカップルとか絡んで蹴散らすべきだろう』と。
その声に従い、恭平はカップルの元へと大股で歩き出す。
顎を突き出し眉を吊り上げ、目をひん剝いて睨みつける。
どこに出しても恥ずかしいチンピラの完成であった。
「おいこら! 道端でイチャついてんじゃねえぞてめえら!!」
大声を出す恭平をカップルの女が冷たい目で見る。
「はあ? なによこいつ、うざいんだけど……」
「ちょっと、ほっといて行こうってば」
うんざりした様子の女を見て、恭平のこめかみに青筋が浮かぶ。
男のほうは大人しくしている。
だが、この女は生意気だ。
「なにこそこそ話してんだおい! ぶっ飛ばされてえかよ!?」
「うっさいわねぇ……。なに? 喧嘩売ってんの? 買うわよ?」
女が恭平へ手を向けて、くいくい、と挑発するように曲げる。
「上等だこら! 女だろうが関係ねえぞ! 謝んなら今の──」
「黙りなさい」
「んぐぅ!?」
女の金的からの回し蹴りを側頭部に受けて植木へと突っ込む恭平。
この出会いが、自分の運命を変える。
気絶して夢の中へ旅立った本人がそのことを知るのは、しばらくしてからだった。




