後日譚 第五話 帰る場所
「あー、見て恭平、お酒の自販機あったわ。まだ中にビールあるかしら?」
「ビールは家にいっぱいあるからよくないか? それに昼間っから飲んじゃダメって前に決めたろ?」
「わかったわよ。あー、恭平のせいでここに置き去りにされるビールちゃんたち、きっと泣いてるわ」
酒の自販機は電気が止まっているせいで沈黙していた。
インフラを一ヵ所に集約するとかで、この辺の電気や水道は止められてしまっている。
俺と美香は一緒にアパートへ帰ってきた。
美香が二十歳になったタイミングで同棲を始め、そのときに借りた部屋だ。
二人で暮らしながら積み重ねてきた思い出が、たくさん詰まったアパートだ。
「ふーん、ここがパパとママの住んでたとこかー」
そしてもう一人。
小夜と名づけた、俺と美香の娘だ。
吉岡の元から救出したとき、小夜は五歳くらいの見た目だった。
ミシェルいわく、『母胎の中で美香の栄養たっぷりの血を吸って育ち過ぎたんじゃないかしら~? なにもわからないわ~』だそうだ。
俺の中でミシェルは世界最高峰の科学者だと思っている。
そのミシェルが仮説しか立てられないんだから、俺なんかが考えるだけ無駄というものだ。
あれから二年。小夜の成長速度は他の子どもと同じようで、今では七歳児くらいの見た目になっている。
頭のできは俺よりも美香に似たようで、とてもいい。
生まれて二年だというのに、既に小学校高学年の計算ドリルを解いている。
頭のよさは、なにやらいろいろと検査やテストをしていたミシェルのお墨付きだ。
「へー、狭いねー。今のおうちのほうが広いからいいよね。他のママもこの部屋に住んでたの?」
「ここは私と恭平の二人だけよ。ていうかあの百貨店と比べたらどこも狭いわよ」
アパート全体を見た小夜の感想は『狭い』だった。
一階と二階、全部あわせて十二部屋あるんだけど、それでも小夜には狭いらしい。
玄関の鍵は開いていた。
以前、ここで花乃ちゃんと合流し、もし美香が帰ってきても開けられるように、と閉めないでおいたままだった。
「えー、狭いよー。パパ体大きいのにこんなとこ無理だよー。お耳、天井に当たってるよ?」
「昔はここまで大きくなかったんだよなー」
今の俺は頭までで二・五メートル、耳まで入れたら二・八メートルある。
体重百六十キロ、尻尾の長さは一・二メートルだ。
ここに住んでいたときの俺は六十キロもなかったんだぞ。信じられるか?
「ここに住みはじめたころは、お金なくて大変だったわね。私が働いても、職場の上司と喧嘩してすぐ辞めちゃうせいで、ほんと恭平には迷惑かけたわ……」
「いやいや、あんなクソブラック企業、やめて正解だって」
あのときの美香は、自分にはなにもできない、とかなり落ち込んでいたからな。
あのクソ上司、思い出したらムカついてきた。
「あ! これママ写ってるよ! 隣の人は?」
「あー、それがパパだよ。昔は皆と同じ姿だったんだ」
「へー、ふーん。これがパパかー」
写真立てにあった俺と美香のツーショットを、小夜が目ざとく見つけ、しげしげと眺めている。
若いな。
たしかこのとき、二十一とかだった気がする。
美香は……変わってないな。
相変わらず、きれいだ。
「でも私は今のパパが好きだなー。このパパなんか堅そうなんだもん」
「ぷっふふ……。恭平、ひょろひょろで肉少なかったもんね」
「言うなって。あれでも鍛えたり食べたりしてたんだから」
当時は、食べても食べても太れない苦労を美香にこぼしていたが、『羨ましいわね』と言われただけだった。
太れない、太りやすい。お互い、芝が青く見えていたのだろう。
もちろん俺はスリムな美香も、肉感的な美香も好きだ。
痩せてるから好き、太ってるから好き、ではなくて、美香だから、だ。
「パパはねー、柔らかいから好き。ママも柔らかいけどねー、パパのお耳とか、ぴょこんってしててかわいいし」
小夜がつらつらと話している。
「あとはこの尻尾!」
「おっと」
小夜が尻尾にしがみついてきたので、力を入れて持ち上げる。
こう、お尻にきゅっと力を入れると、尻尾が上下に動くのだ。
小夜は持ち上がった尻尾にまたがり、嬉しそうにしている。
「ふわふわで大きい尻尾はねー、シロもきなこもないんだよ。パパが一番おっきいもんね」
小夜もそうだが美香も俺の尻尾がお気に入りなようで、気がつけばさわさわふわふわと触られている。
百貨店の女性陣にも人気で、結愛と愛理を筆頭に、いつも誰かしらがもふもふとしている。
尻尾の毛並みを褒められると誇らしい気持ちになるのは、ほんとなんなんだろうか。
「はあ、なんだか月日が経つのは早いな。美香とここを出て何年だ? 二年か?」
「九月だから三年ね。小夜が生まれたのが翌年の三月だもの」
「もうそんな経つか。そりゃ百貨店の設備も壊れてくるわ」
「元々古かったしね」
つい先日、百貨店の空調が壊れてしまい、九月の残暑に皆で大汗をかきながら業務用エアコンを取り付けた。
百貨店全体の配線やら設備やらは、機械や電気設備に詳しいマキシーンいわく『ヤバイネ』だったのでたぶんヤバいのだろう。
「どこか新しいところへ引っ越さないとダメかもな。思い切って郊外に行ってみるか?」
「せっかく縄張りとして管理できてきたから、百貨店の近くのほうがいいわね」
「物資の移動とかもあるしそのほうがいいか。敵もいるかもしれないし、既に誰かが住んでいる可能性もある」
「そうね。新しく建てるっていうのもひとつの選択肢よ。恭平がやったみたいに大きい駐車場のアスファルトをはがしてさ」
「いいね。ついでに畑もできるな。今の屋上菜園じゃ手狭だったから」
「ならあそこの中学校とかどうかしら? 敷地も広いし、校庭で畑や牧場ができそうじゃない?」
「そうだな。今度偵察に──」
「もー! パパもママも小夜のことほっといて難しい話しないでよー!」
「あーあー、ごめんごめん」
尻尾で遊んでいるから大丈夫かと思いきや、小夜はご立腹だった。
頼むから尻尾の毛を抜こうとしないでくれ。
学校と言えば、こんな世界になったから当たり前と言えば当たり前なのだが、小夜は学校へ通っていない。
なのでミシェルを筆頭に、拠点の全員で勉強を教えている。
学校に通えない恵理奈ちゃんや優子ちゃんと一緒に、小夜は楽しそうに勉強をしていた。
机の上でノートに字を書くことが苦痛でしかたなかった俺からしたら、勉強をしながら笑う意味がわからなかった。
優子ちゃんは『新しいことを知るって、とても楽しいですよ』と言っていたが、俺にとってそれと勉強は別物なのだ。
まあ『勉強嫌い!!』と言う子よりは百億万倍マシなのはわかっているけど。
「さて、取るものもとったしそろそろ戻りましょうか? 産まれたばかりの赤ちゃんたち、パパがいなくて寂しいって泣いちゃうわよ」
「そうだな……」
鈴鹿に珠子、それと友里が、気がついたら二人目を妊娠していて、つい先日出産したのだ。
字面だけ見るとなんだか俺がクズ男のように感じるな……。
その子たちの顔を見れば、先に生まれた子や小夜と同じく、ああ、俺の子だ、という気持ちになる。
安心とも安堵ともつかない気持ちで心が満たされていくのだ。
必ず守らなければ。
子どもが増えるたびに、その気持ちはどんどん増していく。
これが父親になるってことなのだろうか。
「産まれた子も妹だったねー!」
「そうね、なんでか知らないけど産まれる子は女の子ばっかり。恭平のハーレム願望かしら?」
「ちょ、まだそれ言う? 悪かったって……」
「ふふ、冗談よ。恭平の愛は、ちゃんと伝わってるから」
「美香……」
笑う美香の顔に見惚れていると、尻尾を離した小夜が「もー!」と目の前に躍り出た。
「パパとママ、すぐイチャイチャするんだから! 小夜もいるのに!」
「はは、ごめんごめん」
「小夜もパパ好きよねー? 将来結婚するっていつも言ってるし」
「たぶん俺、小夜だけじゃなくて娘全部が嫁に行くショックで死ぬんじゃないかな」
「子どもが全員女の子っていうのも大変ね。主にパパの心情が」
「今からそんな心配してもなんだけどなー。考えないようにしとこ」
「ヤケ酒しても足りるようにビールの製造ラインも復活させないとよね」
「そんな理由で?」
「もー! またイチャついてる!」
俺も美香も笑っている。
いろいろなことが起きた。
世界も様変わりした。
それでも、こうやって普通の家族のように過ごせることに、柄にもなく神さまへと感謝をしてしまった。
これで後日譚は終わりです。
現在、幕間をポチポチかいてます。
後日譚、友里だけ出し忘れましたね…。
ああ~ごめんよ~(´;ω;`)
きっと幸せにすごしてるよ~(´;ω;`)
(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)




