幕間 三 黙示録、神話となり
はるか未来、どこかの国の、とある学校。
授業が終わった放課後になると、教室へ残っている生徒はまばらにいる程度だった。
「やっぱお前の祖先スジィーカだよな。きつね耳だしさ」
二足歩行の犬のような様相をした獣人の少年が、人の姿にきつね耳を生やした少女へ向けてそう言った。
「お前はヨーフェイの血濃いよなー、ほんと羨ましい」
「いいなー。あたしティアマコの血筋だから丸耳だもん」
「ほとんどの獣人にヨーフェイの血が入ってるそうだけど、お前くらい濃いの珍しいって校長先生言ってたぞ」
「なんかまだ生きてるって言ってたよな。ビーストキング」
「ヤム・アーシタ・キ・ヨーフェイ。伝説のビーストキング、またの名を巨獣喰らい……。てかそんな神話の登場人物がいるわけないって」
獣人や半獣人と呼ばれる子供たちが集まって話していると、青白い顔の魔族の少女が話の輪へと加わった。
「わかんないよ。私たちの始祖たる不死の女神もいるって話だし」
「ヴァンパイアクイーンな。ヤム・アーシタ・ムィカ。不死なのは魔族の中でもこの人だけなんだっけ?」
「ユァーマ・グ・ウーチもそうだろ。この間テスト出てたじゃん」
「あれ?そうだったっけ?」
獣人の子どもと魔族の子どもが一緒になって、どの祖先が最強かを話し合っていると、一人の子が「てかさー」と話を切り出した。
「ヨーフェイ、奥さんいすぎじゃね? ムィカにスジィーカに、ティアマコだろ?」
「あとヨーリとユォーコとツィーエにキャノン」
「エイルィでしょ、ヨゥアーでしょ」
「マクシムもそうだったっしょ」
「あいつはヤム・アーシタ族じゃなくない?」
「たしか子どものスフィアはヨーフェイの子孫だったはず」
「奥さんいっぱいいるのになんでほかの女に手を出してんの?」
「英雄色を好むってやつじゃない? 神話なんてそんなもんだよ」
好き勝手に話して盛り上がっていると、教室の入り口から「ふっ、ふふふっ!」と笑い声が聞こえた。
「あ、校長先生!」
「盛り上がってるわね~。ビーストキングさんの話?」
「はい! 奥さんいっぱいいるのに浮気性なんだなーって」
「ふっ! ふふっ! そうね~、きっと女の子が好きなのね~」
校長先生と呼ばれた金髪の女は「あまり遅くならないようにね~」とだけ言って去っていった。
「なあ、校長先生さ、俺の爺ちゃんのそのまた爺ちゃんのときから校長やってたんだってよ」
「ええ? 今何歳なんだよ。てか魔族だったの?」
「魔族でもあの老化速度はおかしいって話出てるよね」
「見た目は三十歳くらいにしか見えないのになー」
「魔族なんてみんなそうなんじゃないの? 平均寿命二百歳でしょ?」
「いいよなー。俺たち獣人は百五十歳くらいまでしか生きられないのに」
「じゃあ校長先生も始祖なんじゃねーの?」
「まっさかー」
子どもたちの話題に上がった校長はというと、校長室でひとりの半獣人と対面していた。
肘から先がきつねの毛皮を持つ獣の手になっており、それにきつね耳と尻尾も持っている。
「久しぶりね~。直接会うのは二百八十五年と四ヵ月ぶりよ~」
「よく覚えてんね。私、子どもがいなくなってから年月数えるのやめちゃったよ」
「まあ、あれは凛ちゃん本人の意思を尊重してだから、しかたないことよねぇ」
「うん、わかってるって。だいぶ前に吹っ切れたし」
そう言ってきつね耳の女は寂しそうに笑った。
「あの人は? ビーストキングさん、ふっ、ふふっ……」
「ちょっとやめてあげなって。その呼び方されると未だに恥ずかしそうにしてんだから」
「信者に囲まれて祭壇に祭られていた時は傑作だったわ~」
「神輿に乗ってわっしょいされてたよね」
「ふっ! ふふふっ!」
校長はひとしきり笑うと「それで」と話を戻した。
「キングさんになにかあったのかしら?」
「いや、そっちは問題ないよ。小夜んとこの国で内戦起きそうだって泣きつかれて止めにいったくらいで」
「あの子、また反乱されてるのね。懲りないわねぇ」
「まあまだまだ子どもだよ。問題はさ、また子どもできたみたいで、もうすぐ産まれそうなんだって」
「またって、クイーンさん? 何人目よ~」
「二十三人目。私はもう自分の子どもの死ぬところが見たくないから無理だけど、あのふたりはほんとタフだよねぇ」
「ま、そこは価値観の違いじゃないかしら。はぁ~、クイーンさんの出産、いろいろ準備しないといけないから嫌なのよね~」
「あの人も出産のたびに取り乱して、ずっと遠吠えしてるしね」
「何年経っても落ち着かないわねぇ……」
はあ、とひとつため息をつく。
「そういえば、アメリカ大陸は取り戻せそう?」
「あー、今は詩織が橋頭堡を築いてるとこ。でもあと何年かかるかなー」
「スィー・オーリさんね」
「前から思ってたけど誰が言いだしのそれ?」
「獣人の子。発音がしにくかったらしくてねぇ。あ、さっきうちの学校の子たちがあなたの話してたわよ。スズィーカさん、会ってあげたら?」
「誰も私がスズィーカと同一人物だと思わないでしょ。最強女戦士スズィーカ、残虐で残酷だが慈悲深い、だっけ? 私とかけ離れすぎてるでしょ」
「そのまんまじゃないかしら~」
呆れたように笑うと、バタンとドアが開いた。
入口で聞き耳を立てていた子どもたちだった。
あのあと一人の子どもが「校長先生の秘密探ろうぜ!」と言いだした。
旧知の仲らしい女性と親密に話しているところを見て、興味がわいてしまったようだ。
「あらあら、盗み聞きとか悪い子たちね~」
「行儀悪いなあ」
呆れる大人二人だったが、子どもたちからきらきらと輝く目を向けられていることに気がついた。
「校長先生! この人がスズィーカって本当ですか!?」
「やっぱいたんだ!」
「ていうか校長先生は何歳なんですか!?」
「三千八百九十二歳よ~」
「三千!? もしかしてビーストキングの奥さんですか!?」
「違うわ~」
「スズィーカ様って証拠ありますか!?」
「ないけど」
「バカ! 見ればわかるだろ! あの尻尾九本あるぞ! 伝承通りだ!」
「九尾の狐になりたいって言うから開発するの苦労したわ~」
「だってかわいいじゃん。バレないように普段は一本に見えるようにまとめてたんだけどねー」
「キングの浮気は許していいんですか!?」
「私が正妻じゃないから許すもなにもなくない?」
「やっぱりクイーンが正妻なんだ!」
「どこに住んでるんですか!」
「好きな食べ物は!」
伝説上の存在が目の前にいる。
子どもたちのテンションは最高潮に達していた。
そこへドガンとなにかを破壊する音、そして激しい足音が聞こえてきた。
やがて部屋のドアがブチ破られ、真っ白な毛並みの獣人が飛び込んできた。
「ミシェル!! 助けてくれ! 美香が、血が!! ウオォォォン!!」
「うわ、恭平も来ちゃった。てか生まれるの来週だったんじゃ?」
「俺が! 俺が我慢できなくて! ちょっとだけ美香としちまったんだ! 俺がすべて悪い!! 殺してくれ!!」
「はあ~、バカねえぇ~」
突然現れた巨大な狼獣人に子どもたちが驚き固まっていると、その中のひとりがぽつりと「ビーストキングだ……」とこぼした。
伝説だったスズィーカと仲のいい校長。
その校長に、見知った仲といった様子で頼み事をする、伝承に描かれた姿そのままの巨大な狼獣人。
全員が目の前の人物が「ビーストキングだ」と結びつくのは当然のことであった。
「ビーストキング! ビーストキングですよね!」
「あ!? うるせー! 俺をその名で呼ぶんじゃねえ!! そんなことより美香が!!」
「キング! なんで奥さんいっぱいいるんですか!?」
「ビーストキング! なんで子どもいっぱいいるんですか!」
「ビーストキング!!」
「うるせええー!! その名前はやめろ!! それだけはやめろ! マジで!」
「ふっ、ふふふっ!」
「ミシェル! 笑ってないで、すぐに出産の準備を! 俺はどうすればいい! ワオオオォォォン!! 腕を切ればいいのか! 血を出すんだっタオォォォン!!」
「血を出すんだったおぉんっ……くっふふふっ!」
「はあー……ダメだこりゃ」
混沌とした空間に「ちょっと落ち着きなさいよ、恭平」と女性の声が響いた。
室内の全員が静かになり、そちらへ注目する。
青白い顔の年若い臨月の妊婦が立っていた。
「あ、美香も来たんだ。大丈夫? もう産まれそう? とりあえず座って」
「ありがと、鈴鹿。三日前におしるしが出ただけよ。それで大騒ぎしちゃって」
「あら? じゃあもう明日にでも産まれるかもしれないわねぇ~」
「うん、ミシェル、またお願いしてもいい?」
「任せて~」
女たちの会話がひと段落したのを見計らい、一人の魔族の子どもが口を開いた。
「あの、もしかしてですけど、ヴァンパイアクイーン様ですか……?」
「ええ。私がクイーンよ。あっちが夫の、ふっ、ビースト、キ、ふふ、キングよ」
「ちょっと美香、笑っちゃかわいそうだって」
「だって」
強大な獣人が尻尾も耳も倒してしょんぼりとしていた。
これが伝説のビーストキング?
子どもたちは訝しんだ。
「皆、今日見たこと、あったことは誰にも言っちゃダメだよ。特にキングの様子はね」
「なんでですか、スズィーカ様?」
「ほら、やっぱキングって力の象徴というか憧れあるでしょ? それを崩しちゃダメだし、それに普段はとても強いし頼りがいがあるんだよ」
「私は黙っときます! キングが浮気性なのも奥さんの出産でうろたえて役に立たないのも!」
「そんなふうに見えたか? 辛辣じゃないか?」
「僕も黙っとく! キングがこんなんだって知ったらみんながっかりしちゃうし」
「こんなん……?」
「ちなみにミシェル、恭平の痴態が衆目に晒されたのは何回目?」
「ん~、今回で二千五百十一回目ね~。八ヵ月ぶりくらいよ」
「三年に二回とか全国民にバレてそうじゃん。皆、お父さんかお母さんにだけはビーストキングにあったって話してもいいよ。たぶん知ってる」
「ま、暗黙の了解よねぇ~。子どものうちは正義のヒーローの本当の姿とか知ったら幻滅しちゃうだろうし」
「恭平も変にかっこつけるところあるから。あ、いたっ、陣痛来たかも……」
「美香!? すぐに分娩室に! 俺の血を吸え!! ウオオォォン!!」
「あー、もう騒がしいったらないわ。ミシェル、私も手伝うよ」
「ありがと~。それじゃ隣の病院に行きましょ。あ、皆も今日のことは夢かなにかだと思いなさいね~」
伝説の存在たちが部屋からいなくなると、嵐が過ぎ去ったかのように静かになった。
子どもたちはお互い顔を見合わせ、このことは絶対に黙っていようと心に誓った。
そしてそれを確かに守り、悪い夢でも見たのだろうと思うことにした。
しかし数十年後、自分の子どもに「あのさ、ビーストキングに会ったんだけど」と言われ、当時の大騒ぎを思い出し「お前も会ったか!」と吹き出してしまうのであった。
そしてまた、その子供も誰にも言うことはない。
いつか自分の子どもが、伝説のビーストキングに会うその日まで。
これにておしまい。お疲れ様でした。




