後日譚 第二話 百貨店で
恭平が市役所でもみくちゃにされている頃、百貨店の四階では珠子たちが集団育児をしていた。
四階の紳士服売り場が改装され、ベビーベッドや粉ミルク、消毒液やベビー用品におむつなど、子育てに必要なものが山と積まれていた。
張りきった恭平が街中からかき集めてきたのだ。
「ねえ鈴鹿さん、まだおっぱいでます? 私今日なんだか母乳の出が悪くて」
赤子を抱いた珠子が困り顔で鈴鹿に話す。
「ん、出るよー。じゃんじゃん出る。はーいこっちおいでー。おっぱいだよー」
「ありがと、鈴鹿さん。ん-張ってはいるんだけど、なんか出ないんですね」
珠子の子に母乳を吸わせながら「うーん」と鈴鹿が考える。
「たまちゃんさ、一回ミシェルさんに見てもらったら? 聖女珠子さまになにかあったら皆、気が気じゃないだろうし」
「聖女はやめてくださいよー」
処女のまま赤子を産んだ珠子は、聖女だ聖女だとからかわれることが多い。
処女懐胎。体外受精の技術が進んだこの時代では容易になったのかもしれないが、それでも珍しいことにかわりはない。
もちろんミシェルの設備を用いた体外受精だと全員知っているが、珠子の反応が面白くついついからかってしまうのだ。
この拠点唯一の聖女である珠子は、料理の腕も相まって、神格化されつつあった。
それはふざけ半分ではあるが、それでも半分は本気ということだ。
「あ、もうお腹いっぱいかな? はーい、げっぷしてねー」
「鈴鹿さん、ありがとう。あとは私やりますよ、凛ちゃんの相手してあげてください」
「そう? じゃあはい。ママのとこ行きましょうねー」
赤子を受け取った珠子は、肩へと抱き、その背中を軽くトントンと叩き始めた。
鈴鹿は、不格好なハイハイでどこかへ行こうとしていた自分の娘、凛をつかまえ「どこいくのー!」とくすぐっている。
凛は母の愛情を一身に受け、「キャッキャ」と笑っている。
赤子が生まれたタイミングで、鈴鹿と珠子は名前を改めた。
井上鈴鹿は山下鈴鹿になり、その娘は山下凛となった。
珠子も細川から山下へと姓を変え、娘も山下長江となる。
たとえ恭平との肉体的つながりがなく、妻にはなれなくても、家族の一員にはなれる。
恭平とのつながりをどう強くしようか、と必死に考えた鈴鹿と珠子が出した案であった。
これを聞いた恭平は少し苦い顔をしていたが、美香に尻を蹴り上げられるとふたりの決断を歓迎した。
それ以降、子どもが生まれた女性は、本人の意思で山下姓にしてもいいというルールがこの百貨店に追加された。
百貨店内ではそれぞれが自分にできる仕事をやっていて、手が空いた人が育児をする、という協力体制が築かれていた。
子育ての多くは育児経験のある年長者に助けられて行うものなのだろう。
だがこの拠点にはそのような人間はいなかった。
恭平の子を産んだ女性たちは、肉親と死に別れているか、生き別れとなっている。
そのためこの協力体制は、全員が手探りで模索している間に自然とできあがったものだ。
現在、この育児室には赤子が六人、大人が四人いた。
赤子たちはすうすうと静かな寝息を立てて眠っている。
起きているのはハイハイで冒険へ行こうとしている鈴鹿の子と、お腹がいっぱいになって半醒半睡となっている珠子の子。
それとお腹を撫でられて「キャッキャ」と喜んでいる、深冬の子である咲良だけであった。
「はぁ~、かわいい。今日もかわいい。ずっとかわいい。咲良はいい子だね~」
すっかり親バカになってしまった深冬を、明穂が眩しいものでも見るかのようにして眺めていた。
「ふふ、目元はウチ似かな? 口はパパそっくりだね~。面影あるよ。ほら、こちょこちょ~」
「かー、パパだって。いいねえ、幸せそうで」
「うん。パパだもんね~咲良~」
「ふふっ」
深冬の幸せそうな姿を見て、明穂は思わず笑いがこぼれた。
運送屋に監禁され凌辱を受けていたときの地獄と、今の平和な日々が本当に繋がっているのかと疑ってしまうほどだった。
しかし、深冬の身体や、自分の太もも、腹に残った、煙草を押しつけられた火傷跡や、遊びで斬りつけられた切創のあとがその考えを否定した。
それでも、深冬は笑っている。
それだけで明穂もまた幸せな気持ちで胸がいっぱいになるのだった。
「あんたもさ~」
「うん?」
明穂がぼーっと考え事をしていると、深冬が笑ったまま話しかけてきた。
「あんたも子ども産みなよ。ミシェルさんが産めるように研究してくれてるんでしょ」
「え~? う~ん……。私は旦那に操を……」
恭平の子を妊娠するには、恭平と同じKウイルス感染者にならなければいけない。
美香と同じMウイルス感染者は、肉体強化の代償に、二度と子供どもが産めないとされていた。
それをミシェルがなんとかしようと、日夜研究を進めている。
「やっぱ子どもかわいいよな~……でもな~……。恭平くんがパパか~、ありかもな~」
「それがいいよ。そうしなよ。あんたと一緒に子育てとかしていきたいじゃん」
「え? 深冬が……デレた……?」
最近はツンデレのツン成分が鳴りを潜めて素直だった深冬。
それでもデレられると嬉しくなってしまう明穂なのであった。
深冬のデレに明穂が喜色満面になっている頃、トレーラーハウスにはミシェルと菊間の姿があった。
「はい、これでおしまい。身体になじむまで三日くらいかしら? その間に体の動きとか観察してまとめておいて」
「あいよ。そういや、あたしの卵子はどうなった? ちゃんと受精したか?」
「細胞分裂したのはないわね~。この薬が身体になじんだ頃、もう一回採卵してみましょうか」
「そんな簡単じゃねえよなー」
菊間は、Mウイルス感染者が再び子どもを産めるようにする実験に協力していた。
動物実験もせず、いきなり人間で試しているあたり、ミシェルはやはりマッドな科学者であった。
それを本人に言えば「だってそのほうが早いじゃない」と返ってくるに違いない。
ミシェルはソファでくつろいでいる菊間にコーヒーを出すと、自分のカップに口をつけ、ふうと一息ついた。
「それにしてもなんでこんな危ない研究に付き合う気になったのかしら? 私が言うのもなんだけれど。あ、やっぱり恭平のこと愛してるから?」
「ちげーっての。美香だよ」
「美香さんがどうかしたの?」
「美香のやつ、これから先、恭平の子を産めねーんだろ? それはあんまりにもかわいそうじゃねーか」
「あなた……。いい人ねえぇ~~。いや~、私、浄化されちゃうわ~」
「ちゃかすなっつの!」
照れて顔を赤くした菊間は、ごまかすようにコーヒーへ口をつけ「アチッ!」と言った。
「やっぱさ、他の女からぽんぽこ子ども産まれてるのに自分だけ産めないのはつれーだろ」
「ふっ、ぽんぽこって、ふふっ、ちょっと、笑わせないでよっ、ふふふ」
「んぁ? なんかおもしろかったか?」
お互いに物怖じせずに思ったことを言う。
この二人は意外と相性がいいのかもしれない。
二人がそのまま近況報告などの談笑に花を咲かせていると、その平穏をぶち壊すような騒がしい足音が近づいてきた。
「ねーえー! ミシェルさーん! あたしの赤たんいつ産まれんのー!」
「お、葉子もいる。ういうい~!」
騒がしい双子の登場に、ミシェルは薄く笑い、菊間はやれやれとため息をついた。
「お前らさー、妊娠何ヵ月かわかってんのか。そんなでかい腹で走るんじゃねーっての」
「走ってないし! 出していい限界速度で競歩したし!!」
「めっちゃお尻プリってたけど」
「それなー!」
なにが面白いのか、けたけたと笑う双子だったが「じゃなくて!」といきなり大声を上げた。
切り替えの早さについていけず、菊間が顔をしかめ身体をのけぞらせた。
「ねーねー! ミシェルさんさー! あたしらの子いつ産まれんのー!」
「もう妊娠十ヵ月だけど、だいじょぶそ?」
「そ~ね~、明日とかじゃないかしら~?」
ミシェルがてきとうにそう返すと双子は「明日とかテンションあげみざわ~!」と喜んでいた。
話してくれればなんでもよさそうであった。
ミシェルもそれをわかっているからか、応答が雑だ。
「てかさー、あたしら二人とも双子身ごもるとかやばみざわじゃね!?」
「神ってるよねー。愛理と一緒に双子の赤ちゃん産むとか。エモいわ~」
双子は放っておいても好き放題ずっと喋る。
なのでミシェルは気になることがあったら、双子が言葉を発している最中であろうがぶった切って話す。
「ねえ、あなたたち、もう子どもの名前は決まったのかしら?」
その話題は双子の琴線に触れたのか、その瞳がひときわ輝き始めた。
愛理が「女の子っしょ? ならね~」と語り始める。
「やっぱあたしらの愛の字が入ってたら最&高だしー、望んだ愛で望愛、叶った愛で叶愛! どーよ! かわたんっしょ!」
「じゃーあたしは心の愛で心愛、愛で笑って愛笑かなー。センスよくね? 優勝はあたしんもんだぜ~」
双子がちゃんと真面目に考えていると知り、「へえ」と菊間が感嘆の声を漏らす。
ミシェルも「意外ねえ」と評価していた。
「てっきり名前に卍とか入れるものだと思っていたわ。『卍さいつよ娘ラブリン卍』とか」
「ぶっふぉー!」
菊間が飲んでいたコーヒーを吹き出し、テーブルの上が悲惨なことになってしまった。
「ちょ、葉子! なに笑ってるしー! って、いたた……」
「ちょいちょい、どした愛理……。あ、痛い、いったぁ……」
「あらあら、始まっちゃったみたいね」
「始まったってなにがだよ?」
「陣痛に決まってるじゃない」
「二人いっぺんにかよ……」
お腹を押さえてうずくまる双子を見て慌てる菊間。
ミシェルは冷静に二人を観察し、菊間へと指示を出す。
「手のあいている人、全員呼んできて。分娩室のベッドは足りてるわね。ほら二人とも、立てる? そこのストレッチャーに乗ってくれるかしら」
「うー、やばたにえんなんだけど……」
「明日って言ってたのにー……」
「ごめんなさいね? あなたたちの『ラブリー卍さい&こう娘卍』たちが早く出たがっちゃったみたいね」
「さっきと名前ちげーし!」
「てかそもそも名前ちげーし!」
「ぷっ、くくく……。まあそんだけ元気そうなら大丈夫だな。すぐ皆呼んでくるわ」
菊間が口調とは裏腹に焦った様子で駆け出す。
この百貨店に、新たな命が生まれようとしていた。




