第四十六話 家族
命からがら駅ビルから脱出した俺たちは百貨店までの道のりを歩く。
全員が満身創痍であったが、その足取りは軽かった。
脱出は、突入したときよりも比較的簡単だった。
エレベーターを降りた俺がまずしたことは全員へ向けて「作戦成功! 撤退だ!」と叫ぶことだった。
その声を合図にマキシーンとシロが、奈津美たちと犬たちが、自衛隊の皆が吹き抜けへ飛び出したのだ。
下のフロアを経由する者もいれば、そのまま一階まで飛び降りる者もいた。
先に降りた皆に見守られながら、俺もまた鈴鹿と美香を抱きかかえて一階まで飛び降りたのだった。
衝撃はすべてこの体で吸収し、俺の腕の中の美香、そして美香の腕の中にいる我が子には届かせなかった。
百貨店までの道を歩く。
時折、変異体と出くわすので俺が先頭、すぐ後ろに鈴鹿と詩織、菊間と山口が後ろという隊列を組んでいる。
振り返り、皆の顔を見渡す。
疲れてはいるが、満足そうな顔だった。
しかし、その中に、小池さんと斎藤さんの顔だけがなかった。
「小池さんたち、残念だったな……」
「せっかく、たまちゃんがご馳走作って待っててくれてるのにね……」
「あれが食べられないなんて、かわいそうッスよ……」
鈴鹿と詩織がそう返すと、しんみりとした空気になっていく。
奈津美や明穂はしかたないといったような苦笑いを浮かべていた。
「おい! おいおいおい! 小池隊長が死んだみてーな空気にすんのやめろ!」
菊間が大声を出す。
「そう。ただ駐屯地に説明と応援要請に行っただけ」
「でもパーティーに参加できないのはかわいそうッスよ……」
「珠子のごちそうは、筆舌に尽くしがたいうまさなのにな……。残念だ……」
「でも恭平、その姿になって食べられなくなっちゃったものとかあるんじゃないかしら。玉ねぎとか」
「俺は犬か。……いや、犬か」
建物のガラスに映る血まみれの大きな怪物。
たくさんの毛が生えていて、大きな手足を持ち、鋭い牙が口から覗き、さらには尻尾まで生えている。
どう見たって物語に出てくる悪役の怪物だ。
そんな俺の姿を見た皆の反応は様々だった。
小池さんは俺の姿など気にも留めずに「ご無事で」と声をかけてくれ、斎藤さんは「おお、すごい!」と感嘆の声をあげていた。
菊間は「恭平かよ……」と呆然とし、山口は「いい」と呟いた。
奈津美は「こりゃまたすげーな」と感心し、明穂は「やっぱ最終的に狼人間になっちゃったかー」と笑う。
詩織は「でっかいワンちゃんがもう一匹増えたってことでいいッスか?」と言い鈴鹿にかなり強めに殴られていた。
鈴鹿は「恭平の顔を好きになったわけじゃないし。あ、ブサイクって意味じゃないよ?」と謎のフォローをしてくれた。
美香は皆の意見を聞いたあと、「私の旦那様だもの。これくらいかっこよくなっちゃうのは当然よ。それに恭平、前から大型犬っぽいところがあったし」と笑っていた。
俺の姿が好意的にとらえられているのは嬉しかったが、やはりガラスなどに映る自分の姿は怪物にしか見えなかった。
後ろを振り返る。
筋弛緩剤を打たれた美香だが、大量の血を失ったあと、俺の血を満足いくまで吸ったからなのか、まだおぼつかないものの自分の足で歩いている。
血を吸いたいと言われたときは驚きよりも喜びのほうが大きかったのは、我ながら変態性が高い。
物音がした。
周囲を見回し、意識をそちらへ向ける。
大きなカラスが店の中でなにかをついばんでいる。
変異体ではなさそうだ。
においもしない。
そろそろ危険地帯は抜けただろうか。
後ろを見る。
奈津美と明穂に支えられながら歩く美香の腕の中には、五歳くらいの少女がいる。
俺と美香の子だ。
目をぱちぱちとしながら辺りを見回している。
見るものすべてが珍しいのだろうか。
慈愛に満ちた顔で、美香が愛娘の様子を見守っていた。
周囲の警戒をしつつも後ろの様子もうかがう。
少女と目が合った。
不思議そうにジッとこちらを見るその目に吸い込まれてしまいそうだ。
今の俺は怪物の見た目だ。
怖がらせていないか。
泣いてしまうのではないか。
不安で胸がいっぱいになる。
少女は少しすると花が咲いたかのようにニパッと笑い、こちらへと手を伸ばしてきた。
胸がなにかに射抜かれたかのような衝撃が走った。
足から力が抜けそうだ。
「あーう」
「あら、この子、恭平のことぱぱってわかるのかしら? あの人があなたのパパよー。わかる?」
「ぱあー」
頭がガツンと殴られたかのような衝撃に倒れそうになる。
「い、いま、パパって言った……」
驚き固まってしまった俺へと、「おいおい」と菊間から呆れたような声がかけられた。
「パパさんよー、まだ安全じゃねえんだぜー? ちゃんと前見て歩けよ」
菊間の言葉に我に返った。
そうだ、俺がちゃんと周囲を警戒し、この子も美香も安全に百貨店へと連れていかねばならない。
意識を切り替え敵はすべて排除すべく歩き出す。
お腹とか空いてないだろうか?
後ろをちらりと見る。
「ふっふふっ! 恭平、あの子のこと気になってしかたないみたいだね」
「安全なとこまで行けば好きなだけ抱っこできるッスよ」
「そうだな。早くつかないかな」
気持ちだけが急いでしまう。
焦るな、冷静に、ビークールだ。
「Oh、キョーヘー頭イカれること増えるましたネー。でもわかるマース」
「ワン! (子は可愛いものな)」
「だよな」
シロが体をこすりつけるように寄り添って歩いてくれた。
しかしその背には未だにマキシーンが乗っているので、騒々しいので少し離れて歩いてほしかったりもする。
すまない、シロ……!
百貨店につくと、無線で帰還と伝えていたのもあり、総出で迎えてくれた。
ほぼ全員が美香の腕の中にある俺たちの娘へと群がり、俺の横にはこの体を研究したそうなミシェルと、深冬と千恵だけが残った。
「おかえり恭平。ところで、その体どうなっているのかしら?」
「ただいまミシェル、解剖とかやめてくれよな」
「しないわよ。ちょっと血とか肉をわけてくれればいいから」
マッドサイエンティストかよ、いやそうだったわ。
「おかえりなさい。またすごく変わっちゃったね」
「ああ、ただいま深冬。お前に選んでもらった服とか靴とか、全部なくしちゃったよ。ごめんな」
「ううん、いいよ。また選んであげる。今度はその体にあったやつ選びに行こ」
今の俺は全裸だ。
毛で大事なところが隠れてはいるが、やはりなんだか落ち着かない。
あいそうな服は早々に探しに行こう。
「恭平さん、おかえりなさい」
「ただいま、千恵。……ん? お前、ちょっと……」
「きゃっ」
千恵に近づき鼻をすんすんと動かしにおいを嗅ぐ。
やっぱりそうだ。
「もしかして、俺の子が……?」
「うん……。いるよ」
「……ミシェル! お前、ダメだろ! 高校生だぞ!」
「あら~? 日本じゃ十六で結婚できるんでしょ。問題ないわよ」
「問題しかないだろ……」
俺が憤っていると、千恵が俺の手をそっと掴んだ。
「恭平さんは、あたしが子を産むの、迷惑ですか……」
「迷惑とかじゃなくてだな……」
「いや、ですか……?」
うるんだ瞳で泣きそうな顔をしてこちらを見上げる千恵。
ああ、もう、わかった。
これはもうわかる。
覚悟を決めたんだろ、恭平。
お前は責任を取るんだろ。
慕ってくれる女性を守り、群れを守り、子を守り、そう決意をしたんだろ。
「わかった。大丈夫だ、千恵。お前の産む子も、お前も俺が守る。深冬もだ。ただし、絶対に無理はするな。いいな」
「……うん、わかった」
「はぁ、よかったね、千恵」
深冬が千恵を優しく抱きしめていた。
「ねーねー! 次あたしだって! だっこさせろー!」
「結愛より先にあたし! ねえ美香さんいいよね! 早く早く!」
双子の騒がしい声がする。
「可愛いですねー。美香さんと恭平さんの子、きっと美人になりますねー」
「あ、笑ってるね。目がすごく美香さんに似てる」
「お姉ちゃんの小さいころとそっくりだよねー!」
娘は珠子の腕の中にいるようだ。
友里が顔を覗き込みほっぺたをつついている。
花乃ちゃんが美香の横でにこにこと笑っている。
「恵理奈にいもうとできたみたい! かわいいね!」
「でも赤ちゃんじゃないのはなんでなのかな……」
「恭平さんが竜王に成ったのですし、その子がプロモーションしても不思議ではありません。いいですか、優子さん? キングとクイーンが揃いました。そこにプロモーションしたポーンが揃う。私たちがすることは明白ですね?」
「涼子さん、ごめんなさい、なにもわからないです」
涼子が不満げな顔をしてこちらを見る。
ごめん涼子、俺はチェスはわからない。
「アン! (おかえり)」
「おお、きなこか。お前も俺の姿見て怖がらないんだな」
「ウワン? (こども?)」
「ああ、そうだ。俺と美香の娘だよ。仲良くしてあげてな」
「アン! (いもうと!)」
嬉しそうに尻尾を振って美香たちの元へ駆けていったきなこは、双子に捕獲され尻尾をしょげさせながら抱きかかえられていた。
「おーい、小池さんと斎藤、今日中にこっち来れそうだってよ」
「パーティーの準備する」
菊間と山口が無線でやり取りをしていたらしく、祝勝パーティーに二人が参加できることが決まった。
超絶美味な料理の数々で、その舌を虜にさせてやろう。
作るのは俺ではなく、神さま仏さま珠子さま、の珠子だが。
「ねー、斎藤さん来るって。直美おめかししなよ。喜ぶよ絶対」
「でも私なんかがきれいにしても高が知れてるし」
「そんなことないって。メイクしたげるからさ」
「うーん、じゃあお願いしよっかな」
「やっぱ直美もその気あるんじゃーん」
香織と直美がきゃあきゃあと女子トークを繰り広げている。
よかったな、斎藤さん。
これはクソ鈍感野郎と言われる俺でも絶対にわかるぞ。
皆が楽しそうにはしゃいでいるのを見て、頑張ってよかったと、心の底からそう思えた。
※ ※ ※
緑に侵食されアスファルトが見えなくなった駅前のロータリーで、たくさんの子どもたちが走り回っている。
全員が女の子で、同い年の子たちだ。
今年で五歳になる。
「きゃー!」
「待ってよー!」
「こっちー!」
「フゥーー!!」
「イエェーーー!!」
テンションが上がりすぎておかしくなっている子がいるが、いつもこんな感じだ。
全員が、俺の娘。
俺の子を産むと選んだ女性たち、全員の子だ。
鈴鹿、珠子、マキシーン、花乃ちゃん。
友里、千恵、愛理と結愛。
俺の、守るべき家族たちだ。
今は子どもたちが駅での戦いの話を聞き、聖地巡礼ではないが見に行きたいと騒ぎ始めたのでやってきた。
「ふはは! われは小池! ぜったいむてきなのだー!」
「やまぐちソード! 相手はしぬ!」
「菊間のがつよいもんね!」
「えー! あたし斎藤やだー!!」
ロータリーでは自衛隊とマキシーンが大活躍をしたと話すと、子どもたちは架空のキャラを作り出して遊び始めた。
それに斎藤さんは強いんだぞ。いやがるんじゃないよ。
「フゥー!! うちのママはさいきょーだぜー! RPG! ドカーン!」
「そうネー。でも使ったのはBarrett M82ヨ」
「バレットアタック! ドカーン!」
「Hell yeah!!」
マキシーン母子は楽しそうだ。
さすがにビルの中は経年劣化などで危ないかもしれないので、今日はこのロータリーで遊んで帰る予定だ。
走り回る子どもたちを見守っていると、ひとりの子がやってきた。
「ねーねーパパー? なんでパパのおみみとおめめはそんなにおおきいのー?」
「ああ、それは──」
「あんたがいたずらしてんのをすぐ見つけるためだよ」
「えー、いたずらしないもーん」
「はあ? こないだだってきなこの尻尾に絵具塗りたくってたでしょうが! いい加減にしないと怒るよ」
「あたしじゃないもーん」
「はあ……」
そう言って鈴鹿の娘は走って行ってしまった。
あの鈴鹿がたじたじである。
子育ての難しさというものを日々痛感させられる。
俺たちの話を聞いていたのか、もうひとりの子がとてとてとやってきた。
「パパのおててが大きいのはなんでー?」
「皆を抱きしめるためですよね?」
「えー? ママ抱っこー」
「まだまだ甘えん坊ですね」
珠子が子どもを抱き上げる。
ふたりは楽しそうに笑っている。
「おはなが長いのはー? ビーム出る? おはなビーム! ドカーン!」
「Womp womp、ローストビーフを味わうためデスネー。オベントはローストビーフサンドデスヨー。五種類あるマス」
「フゥー! あたしこれ一番好き!!」
マキシーン母子はローストビーフが大好きすぎて、今では野生に戻っていた牛を大量に捕まえて牧場なんかをやっている。
至高のローストビーフを作るのを目指しているのだとか。
もちろん作るのは珠子だが。
マキシーンたちの騒ぎに興味を持ったのか、子どもたち全員が俺を取り囲む。
「ねーパパーー! おくちはー!」
「なんで大きいのー!!」
「パパー!!」
「ねーえー!!」
「なーん-でー!!」
「パーパー!!」
きゃあきゃあと騒ぐ娘たちに思わず笑みがこぼれる。
強化された聴力に娘たちの声が響くが痛くも痒くもない。
意識してゆっくりと、低い声を出す。
「それはね……」
大きく口を開け、牙を見えるようにする。
「お前たちを、食べちゃうためだー!」
「きゃあー!!」
「食べられるー!」
「わー!!」
「逃げろー!」
「たいひたいひー!」
「ははは!」
散り散りに逃げていく子どもたちを見て大きな声で笑ってしまった。
世界は変わってしまった。
政府が、国という概念がなくなり、法律もなくなった。
今もどこかでは同じ人間同士で殺し合い、怪物におびえて暮らす人がいる。
文明は崩壊した。
小池さんをはじめ、自衛隊や警察などの少数の有志が治安を守っているが、世界すべてを守れるわけではない。
悪人が跋扈し怪物が潜む、そんな世界へと変わってしまったのだ。
でも、絶対に悪いことにはならないはずだ。
だって、俺たちには、希望があるから。
嬉しそうにはしゃぐ子どもたちと、大きくなったお腹を愛おしそうに撫でる美香を見て、そう思った。
最初から読んでくださった方は六年も待たせてすみません。
土下座で詫びます。__|\○_
これで完結です。
数話後日譚を書き、幕間を書ければ書きます。
お付き合いありがとうございました。
後日譚二話はすぐに投稿します。




