表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺と終末家族~   作者: 鬼管いすき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/54

第四十一話 子

「恭平、ごめん、ごめんなさい……」


 美香が泣いている。

 泣きながらひたすらに謝り続けている。

 あんなに強かった美香が、今ではぽきりと簡単に折れてしまいそうなくらいに弱り切っている。


「大丈夫だ美香。なにがあった? 教えてくれ」

「ごめんなさい……ごめん、恭平、ごめんね……!」


 美香の正面に膝をつくと、すがるように抱きつかれた。

 美香を、俺の最愛の人を泣かせたのは、誰だ。

 怒りで毛がざわつく。


「恭平、落ち着いて。美香さん、言いにくいよね。落ち着いて話せなそうだから私が説明しても大丈夫?」


 俺の腕の中にいる美香がこくりと頷いた。

 あの鈴鹿が美香にここまで気を使っている。

 美香の身になにが起きたんだ。

 背中を抱きしめ撫でると俺に抱き着く腕にさらに力がこもった。


「恭平、本当に落ち着いて聞いてね」

「ああ、ああ、大丈夫だ。落ち着いている。なにが起きた、話してくれ」

「うん……。あのね、あの産婦人科医の言っていた胎児さ、あれ美香さんの子」


 鈴鹿の言っていることの意味が分からない。

 美香の子? 美香の子ども?

 それは、つまり、なんだ。


「恭平とね、美香さんの子。流産して、早くに旅立っちゃった子。埋葬したお墓から、いなくなっちゃったんだって」


 俺の子? 俺と美香の……。

 美香が顔を起こす。

 涙でぐちゃぐちゃになった顔でこちらを見ている。


「ごめ、ごめんね、恭平……! わた、私が、噛まれて、感染したから……! お腹の子、恭平の子を、殺した……! 私が殺しちゃったの……!! ごめんなさい……ごめんなさい……」

「私が合流してすぐのことだった。私が墓を作り埋めた。美香を責めないでやってくれ」


 美香が泣いている。

 山口が墓を作ったと言う。

 そして鈴鹿が、吉岡の言う胎児が俺たちの子だと言う

 

 子どもができていたこと、そしてそれが気がつかぬうちに失われていたこと、心がぐちゃぐちゃになりそうだった。


 いやまて、吉岡はなんと言っていた。

 胎児を別の女に入れていた。


 俺たちの子を?

 あいつが、命を冒涜しているあいつが。

 俺たちの子を、もてあそんでいるのか。


 視界が怒りで赤く染まる。


「殺す……全員殺してやる……!! 駅ビルにいるやつらは全員殺す! 吉岡も殺す、俺たちの子を、よくも……!!」

「ダメだよ恭平、落ち着いて。どうやって子供を取り返すかじゃないの?」

「ごめんね、恭平……」


 考えがまとまらない。

 脳が煮立っている。

 全身の毛が逆立つ。


 今すぐ我が子を取り戻しに行かねば。


 立ち上がり、歩き出す。


「はいダメよー、落ち着きなさいね恭平」

「うっ、ガッ……」


 背中にチクリとした感触のあと、全身の力が抜け床へ倒れこむ。

 なんだ、なにをされた。


「へえ、これ恭平にもちゃんと効くのね。ということは変異体にも効きそうだわ」

「ミシェル! なにしたのよ!」


 鈴鹿が怒鳴る。

 美香は俺にしがみついて泣いている。


「これ? 筋弛緩剤よ。ちょっと強力なの。これなら落ち着くまで早いわ~」

「荒っぽすぎるでしょ! 恭平で試さないでよ!」

「はいはい。とりあえず恭平、怒りのまま行動するのはやめなさいね。今は美香さんに寄り添い支えてあげるべきなんじゃない?」

「俺、の……俺たち、の、子どもが、捕らわれて、いる。助けに、行くべき、だろ……!」


 今も駅ビルで宗教団体に利用されている。

 そんなの許せるわけがない。


「その気持ちはわかるけど落ち着きなさいって。変異体の数がすごいんじゃないの? どうするの?」

「行くしか、ないだろ……!」


 敵が多いから諦めますなんて言うわけがない。

 刺し違えてでも俺たちの子を救ってみせる。

 体はまだ動かない。

 はやく行かなければいけないのに。


「ミシェル、私とかマキシーンも恭平のウイルスで変異してるんだよね? 皆で行けば戦えそうじゃない?」

「それはちょっと無理ね。あなたたちに入れたウイルスは凶暴性や変異性を調整して抑えちゃってるから。普通の人とあまり変わらないわよ」

「そっか、役に立てないのか。悔しいな。あ、でもだったら私は銃で戦うよ。それなら戦える」

「小池隊長や菊間も呼び戻そう。斎藤もついでに」

「いいね、総力戦だ。恭平もさ、ひとりで全部やろうとしないでよね」

「他に戦いを希望する人もいるかもしれないわよ。皆に相談した方がいいんじゃない?」

「あとはあの男に変異体がどれくらいいるか聞いたり駅ビルの内部がどうなってるのか聞いたりかな。美香さんもそれでいい?」

「ありがとう、鈴鹿さん……。ごめんね……」

「謝らないでよ! 大丈夫だから、絶対に助け出すんだからね」

「ええ、そうね……、ありがとう」


 美香と鈴鹿がいつの間にか仲良くなっていた。

 その様子を俺は床にぐちゃっと倒れたまま見ることしかできなかった。




 ストレッチャーに乗せられてレストランまで来た。

 奇異の視線に晒される。

 別に俺だって好きでこうなってるわけではない。


「あの、恭平さんはなんでこんなことに?」


 レストラン内には拠点にいる全員が集まっていた。

 というか美香のこの話はデリケートな問題だ。

 この場にいる全員に話すべきではないのでは?


「えーとね、皆も知っての通り美香さんの子どもさ、流産しちゃったじゃん」


 皆知っていたのか。

 知らないのは俺だけだったか。

 俺が鈍いからなのか、皆の隠し事がうまいからなのか。


「それで、美香さんが恭平みたいになったときに、お腹の子もそうなっちゃってたっぽいんだよね」


 皆は鈴鹿の話を黙って聞いている。


「美香さんのその子が実はまだ生きてて、墓から掘り返されて駅ビルの宗教施設の別の女のお腹に入れられて育てられてるらしい。んでその女の人は人じゃなくなっちゃって、その血を使って変異ゾンビ作ってるとか、そんな感じ」

「そんなことが……。それで恭平さんが倒れちゃったんですか?」

「ひとりで行こうとしたから私の作った弛緩剤を打ったのよ。皆も恭平が暴走したら使ってね。赤い注射器よ。入口の棚に十本くらい置いてあるから」

「そゆこと。で、私たちは戦えそうな人が誰かいないかなって相談しに来たの。一人じゃ無理でも人数が多ければ取り返せそうかなって。あ、もちろん強制とかじゃないよ」

「菊間や山口に使ったウイルスで人外の膂力が手に入るけど、もう人には戻れないわよ。それでもよければ」


 鈴鹿の話を聞き終えると、明穂が思い切り机を叩いた。


「許せない!」


 険しい顔の明穂が勢いよく立ち上がった。


「なに? そのウイルスを入れれば戦えるようになるの? なら私やるよ! そいつら絶対に許せない」

「あたしも。美香さんには恩返ししたいからな。ここしかないだろ」

「さすが奈津実。そう言うと思ってた」

「ふたりとも……」


 美香の目が潤む。

 しかし俺は反対だ。


「おい、よく考えろ。人を捨てるんだぞ。そんな簡単に決めるもんじゃない。気持ちだけで十分だ」

「あのさあ恭平、これからも外にはそんなクソたちがいっぱいいるんだよ。私たちが味わった地獄を誰かが強いられてるかもしれない。そんなの許せるわけないでしょ」

「戦える力があればそれを回避できる。誰かを助けられる。あたしらがそれを望むのはおかしいことか?」


 明穂と奈津美の言葉になにも返せなかった。

 自衛隊員たちにしかMウイルスは使用していない。

 ミシェルは簡単に可能だという。

 でも本当にそれでいいのか。

 それこそ命を冒涜しているのでは。


「私は力が欲しいよ。戦える力が。ダメなんて言わないでよね」

「だが、それでも、お前らには俺のような怪物にはならないでほしい……」

「恭平さんは怪物じゃないですよ!」

「そうそう、たまちゃんの言う通り。だったら山口さんや美香さんも怪物? 恭平の子を産むためにウイルスを入れて変異した私らは?」


 頭では理解していても納得はできなかった。


「キョーヘイは難しいする考えしすぎデスネー。すぐ戻るクスリをミシェル作るできマス。Amirite Michelle?」

「ん-、まあ時間をかければできるかもしれないわね」

「だったら皆で強くなるべきだ。あたしや明穂も協力して美香さんの子を取り返す。いいだろ、恭平?」


 奈津美の言葉に返事をすることはできなかった。


「あ、でもあたしそのうちお兄さんの子産みたいからパスかも。そっちのウイルスだと産めないんでしょ?」

「あたしも。ほんとごめん美香さん。気持ちはすっごいあるんだよ、めっちゃ助けてやりてーって思ってんの」

「ふふっ、いいのよ。気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとう」

「美香さんごめん……私もまだ怖いかも」

「私も……。助けてもらったのに、恩返しできなくてごめんなさい」

「気にしないで。恩返しは恭平のこと支えてくれてるからそれで充分よ」


 香織と直美のふたりは人のままでいることを選んでくれたようで安心したが、双子の言葉は衝撃だった。

 双子の子供産む発言に面食らっていると詩織が「あ、じゃあ自分は戦うッス」と手を上げた。


「自分、子どもとかはいいんで大丈夫ッスよ。陸上で鍛えてるし頑張るッス」

「いや、高校生はダメだろ。まだ成人もしてないんだぞ」

「はあ? お兄さんまだそんなこと言ってんスか? こんな世界になって成人も学生もないッスよ」

「そうそう。恭平はどこか平和ボケしてるのよね。一番苛烈にこの世界に順応してるっていうのに。この百貨店だけは以前の日常のままにしておきたいとかそういった感じかしら? でもそれって恭平の独りよがりというか自己中心的な考えなのよね。他の子たちの気持ちをないがしろにしているって気づいているかしら?」

「はは、ミシェルさんめっちゃ早口」

「ウケる」


 正論を言われぐうの音も出ない。

 それでも簡単に決めるべきことではない。


「皆、倫理観がおかしくなっていないか? 人外の膂力を得る代わりに子どもができなくなり太陽の下を歩けなくなるんだぞ」

「それはUVクリームを作ってるのでそのうちなんとかなりそうね」

「……とりあえず今日一日しっかり考えろ。明日もう一度意見を聞く」


 俺の言っていることを聞いているのかいないのか、皆は好き勝手に話し始めた。


「別に夜歩けばいいだけだから平気ッスよ」

「それなー。でもやっぱベイビー欲しいからなー。赤ちゃんしか勝たん」

「ゆーりんだけずりーっしょ。あたしらあとまわしされてっし」


 結愛に話を振られた友里がおどおどしながらも話に入っていく。


「それは無理言ってお願いしたから……。それにふたりとも欲しいって言ってなかったじゃない」

「だってちょっと恥ずくない? ピュアピュアなゆーりんマジ尊いわー」

「それな。りょこは? どうするー?」

「私は今のままで不便してませんのでこのままでいいです。自慢ではありませんが非力なので」


 涼子がウイルスで強くなっても『そこで穴熊です! からの棒銀!』とか叫んでるだけでなにもできそうにない。


「ウケる。りょこオセロだと鬼なのにな」

「もうちょい手加減してもろて。ちーは?」


 千恵が「あたしは……」と言い淀む。

 そういえばいつの間にか髪がプリンじゃなくなり金髪になっている。

 ブリーチで染めたのか。


「あたしは子ども欲しいから、戦えない。ごめん……」

「えー!? 全然いいっしょ! あ! お兄さん好きぴなの? フゥー! バイブスあげみざわ~!」

「エモいわー。理由は理由は?」

「あ、えっと、子どもとか、憧れてて……」

「それは俺以外でもよくないか?」


 思わず会話に入ってしまった。


「ちゃんと恋愛して、付き合ってそれからでも──」

「この世界でそんなことできるわけなくない? あたしは恭平さんがいいの」

「恭平、あなた、ほんとそれはダメよ……」


 美香が呆れている。

 また俺はなにかをやってしまったらしい。

 でも今回は俺は悪くないだろう。

 高校一年生とかまだ全然子どもだ。


「恭平あんたさ、鈍感系主人公極めようとしてんの? 千恵のハートのやじるし、誰が見ても明らかだったじゃん」

「キョーヘイ頭イカれてるネ。ミカしか頭にいないヨ」

「そうね。自分のことを客観視できていないわね。残酷な真似を平気でやって無自覚って一番タチが悪いわね~。さすが色男、女泣かせね」


 鈴鹿とマキシーン、ミシェルに好きなように言われている。

 もう俺が悪くていいからここから連れ出してくれないだろうか。

 とても居心地が悪い。

 体は未だに動きそうにない。


「恭平さんにはもっとはっきり好意を伝えないとダメですね」

「たまちゃん先生、それマ!? だったらナウしかねーじゃん! あー、お兄さん好きぴ好きぴ好きぴ!」

「あたしも! 肉球しか勝たん! ラブラブちゅっちゅ!」


 そう言いながらこちらへと駆け寄ろうとする。


「お゛い゛」

「ヒッ」


 鈴鹿のドスの利いた声で双子が収まった。

 かのように見えたが今回は諦めが悪かったらしくじりじりと近づいてくる。


「お二人とも。恭平さんが困ってるようなのでその辺でやめましょうね」


 珠子の横顔しか見えないが、きっとまたあの目が笑ってない笑顔をしているのだろう。


「お、あ、えー、あ! 結愛! きなこ探し行こうぜ~」

「う、うい~。それじゃお兄さんまたね~」


 へたくそな口笛を吹きながら二人が去っていくと、美香が「ふふっ」と笑った。


「あの二人、相変わらずよね」

「騒がしいったらないよ」

「うん、でも少し元気出た。恭平は?」

「俺も。毒気抜かれた気がする」

「そっか。皆がこんなに思ってくれるってさ、幸せなことだよね」

「……そうだな」


 うるさくてわずらわしいと思っていた双子だが、美香を笑顔にできたのだから花丸をあげねばならない。

 怒りに身を任せてはまた愛する人を失うか、自分が死ぬかするところだった。

 ひと晩しっかり考えて冷静にならなければ。


 あくる日、ひと晩しっかり考えたはずの皆の意見は、昨日と同じままだった。

 駅ビルに行くメンバーは、俺と美香と鈴鹿、マキシーンに小池さん、斎藤、山口と菊間の自衛隊員たち。それから奈津美と明穂と詩織。

 合計十一人となった。


 これなら我が子を取り返せるかもしれない。

 気持ちばかりが焦ってしまう。

 そんな俺に優子ちゃんが「お兄さん!」と話しかけてきた。


「ん? どうした、優子ちゃん」

「私も! お兄さんが好き! なので子供産みます!」

「いやいやいやいや、それはダメだ。さすがにそれは本当にダメ」

「そうよ優子ちゃん、まだ体ができあがってないんだから。焦らないで」

「いや美香、そういう問題かこれ?」

「恵理奈も! 恵理奈も美香おねえちゃんと恭平おにいちゃん好きだよ!」

「あはは、ありがとう、私も好きよ、恵理奈ちゃん」

「えへへ!」


 なにもわかっていなさそうな恵理奈ちゃんが、幸せそうに笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ