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アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺と終末家族~   作者: 鬼管いすき


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第四十話 母

 吉岡さんの話を聞いた俺はとても一人で判断すべき内容ではないと思い、答えをいったん保留させてもらった。


「いいさ、仲間がいるんだろう? 相談して決めてくれ」

「そうさせてもらう」


 腰に付けた無線機を取り、送信ボタンを押す。


「皆、聞こえているか。ちょっと集合してくれ。避難者を見つけた。場所は初成の信号交差点、コンビニとコーヒー屋のとこだ」

『OK、すぐに向かうわ。保護したのは何人?』

「一人だ、成人男性。駅ビルからの避難者だ」

『わかった、待ってて』

『おい、避難者にケガはないか?』


 菊間の問いに吉岡さんを見る。

 見るからにケガはなさそうだし本人も首を振っているので大丈夫そうだ。


「ない、変異体に襲われていたところを俺が救助した。敵意も騙そうとするにおいもない」

『すぐに向かう』


 無線での応答を終えると、数分もしないうちに全員が集まった。

 吉岡さんは菊間の持つサバイバルナイフを見てごくりと喉を鳴らし、山口の持つマグロ包丁や血の滴る美香のグローブを見たのか少しだけ体が震えていた。

 特に美香のグローブはインパクトが強すぎる。

 吉岡さんは、美香から視線を外せないでいた。


「こいつか?」

「そうだ、駅ビルからの避難者、吉岡俊一さんだ」

「どうも……」


 ぺこりと頭を下げる吉岡さんに、三人も頷き返す。


「駅ビル内で起きていることを聞いたんだが、俺一人じゃ判断できない案件だった。専門的な知識を持つミシェルなんかにも話を聞いてほしいんだが、百貨店まで連れていくべきか悩んでいる」

「ん-、私は連れていかない方がいいと思うわ。あそこ、男にトラウマがある子多いじゃない」

「そうだな、あたしもそれがいいと思うぜ。近くに比較的きれいなテナントビルがあったよな。そこにいてもらうのは?」

「ん、それがいい」


 俺もその案には賛成なので頷きで返す。


「というわけで吉岡さん、うちの拠点の近くに住んでもらう形になるけどいいか?」

「構わないよ、寝るところがあればそれで充分さ」


 そういう吉岡さんは力なく笑った。


 吉岡さんを守るように真ん中に挟む形で、テナントビルへ向かう。

 前を歩くのは美香と山口。

 俺と菊間は後ろを守っている。


 ふと気になったので横にいる菊間へと「なあ」と声をかける。


「男にトラウマがあるならなんで俺はいいんだ?」

「はああぁ? 恭平お前本気でそれ言ってんのか?」

「自慢じゃないが俺は見た目も言動も怖いだろ。前から不思議ではあったんだが」

「はあ……。お前そんなこと言ってると馬に蹴られて死んじまえって思われてもしかたねえからな。マジで気をつけろよ唐変木」

「どういうことだよ……」


 そんな俺と菊間のやり取りが聞こえたのか美香が笑いながら「昔からこうなの」と言い、それに山口が「これは苦労する」と返した。

 俺以外の皆がなにかわかっているようで、少しだけ居心地が悪かった。

 吉岡さんは興味深そうに俺たちの話を聞いていた。

 あまり人に聞かれたい内容ではないな……。




 三人には吉岡さんと一緒にテナントビルで待っていてもらい、俺一人で百貨店へと戻ってきた。

 既に空は白みがかっている。ミシェルたちは起きているだろうか。


 ミシェルの住居兼ラボである改造トレーラーは、百貨店に横付けされ店内から直接行き来できるようになっている。

 一度拠点の中に入らなければならず、そうするには誰かに百貨店入口のシャッターを開けてもらう必要がある。

 まだ起きているかどうかもわからないのにインターホンを鳴らすのは忍びない。

 そのためトレーラーの横についている、普段は閉めっきりになっているドアをノックし声をかけた。


「ミシェル、起きてるか。恭平だ。ちょっと来てほしい。出てきてくれないか」


 数秒が経過すると入り口のシャッターがガラガラと音を立てて開いていった。

 ミシェルのほかにマキシーンと鈴鹿もいる。

 既に起きていたのか、寝ていないのかは判別がつかない。


「おはよう恭平。私の知識を借りたいということかしら?」

「おはよう。ちょっと専門家の意見が欲しくてな。マキシーンと鈴鹿もおはよう」

「グッモーニン、キョーヘイ。なにが起きるしましたカ?」

「いつもより帰り遅いから心配したよ。他の皆は?」

「ああ、避難者を見つけてな」


 駅ビルからの避難者がいたことや、駅ビルで想像もつかないことが行われていることなど、三人へ状況をかいつまんで説明した。


「ふぅーん、わかったわ。話を聞きに行きましょうか。ちょっと興味あるわね」

「ワタシも行くマース。ニューZの弱み知るチャンスかもデス」

「私も行く。その保護者っての直接見てクズかどうか確かめてやる」

「男だからって全員がクズじゃあないだろ」

「だいたいはクズでしょ」


 鈴鹿のその思想はちょっと過激だが、この世界じゃこれくらいがちょうどいいのかもしれない。

 倫理観が失われ死がすぐ隣にある世界では、人間の薄皮一枚剥いだ下にある獣性が簡単に出てくる。

 弱肉強食のルールの中、女性や子どもは自衛のためにあらゆることをしなければならない。

 都合よくピンチに駆けつける正義のヒーローは、実際にはいないのだから。


 テナントビルは二キロほど歩いた先にあった。ミシェルや鈴鹿の歩調に合わせて三十分弱といったところか。

 俺や美香などのMウイルスに感染した人の足だと五分もかからない。


 俺たちが到着すると、テナントビルの一室は会議室もかくやといった具合に椅子が並べられていた。

 軽く挨拶を済ませたあと椅子のひとつに腰掛ける。

 皆が着席した頃、吉岡さんが「では話しますね」と語り始めた。




「僕たちのいた駅ビルは最初はただのコミュニティでした。それがいつの間にか宗教コミュニティに変わっていたんです。今のこの世界は不死の女神による試練だと皆が言い始めていました」


 質問は最後に受け付けると言っていたので皆は黙って聞いている。

 俺は吉岡さんの発汗具合やにおいの変化を確認し、敵意や嘘などがないかをチェックするようにした。


「あるとき、教祖となった人物が外からひとつの箱を持って帰ってきました。それは『真なる母より産まれし神の御子』だと。中には妊娠十五週目くらいの胎児が動いていました」


 未熟児にしても早すぎる気がする。

 四か月の胎児はまだ人の形もはっきりできていないのではないか。


「『今すぐ胎に入れなければ!!』と信者たちの声が大きくなって、産婦人科医をやっていた僕がひとりの女性の子宮へとその胎児を入れることになりました。人道に反しているのはわかっている。でも信者たちの声もありやるしかなかった。死ぬのが怖かったんだ……。僕がやらなくても誰かがやる、だから僕がやった。しかたなかったんだ……」


 嘘をついているにおいはしない。

 ここにいるのは狂気に迫られ死に怯え悪事を強要された一人の被害者だ。


「胎児を宿した女性が数日でおかしくなった。子宮が異様に膨らみ、最終的には巨大な肉塊へと変化してしまったんだ。少しして胎児が産まれる際に変異した母体の血を浴びた信者のひとりが感染した疑いで隔離された。その男は見たこともないくらい強靭な肉体になり、二日も経つと理性を失い暴れるだけの怪物へとなってしまった。数人の犠牲を出しながらも、僕らはそれをビルの外へと追い出した」


 俺たちが変異体と呼んでいるゾンビだ。

 ゾンビが変異したのではなく、人間が化け物に変異したものだった。


「胎児はまた別の女性に移されることになりまた僕が手術をしたよ。胎児はなぜか二十五週くらいの大きさになっていた。妊娠半年くらいといえばわかるかな」


 吉岡さんは通常の十倍近い成長速度だと説明した。


「女性の子宮は裂けたよ、そんな大きなものがいきなり入るわけないからね。でも僕は死ぬのが怖かったから無理やり入れた。悪いとは思っている、でも信者の女性は嬉しそうに笑っていたんだ」


 神の子を身に宿すのが光栄とか、狂気以外のなんでもない。

 なんとも悍ましい話だ。


「変異した母体はその血を抜かれ肉を削がれ、教祖に反抗的な人間へ入れられていたよ。頭から遠い位置に肉を埋めると変異しても理性がしばらく持つんだ。教祖はそれを利用して『神の兵を作るのだ』と捕らえた人や信者を化け物へと変えていった」


 それは今も続いているのだろう。

 俺たちがいくら倒しても減らないのはそのせいだ。


「教祖は『神の兵を増やし真なる母を迎え入れる』と言っていたよ。そして僕は頃合いを見て駅ビルを出た。だけど追手がかかって連れ戻そうとされたんだ。その時に山下さんが助けてくれてね」


 食われていたのは吉岡さんを追っていた教団の信者だったか。

 変異体がうようよいる危険な場所なのに、吉岡さんもよく出ようと思ったものだ。

 戦う力がなければただ食われておしまいだ。


「僕がやってほしいのはその変異した母体の殺害だよ。これ以上偽物の母がいてもいいことなんてない」


 そう言って吉岡さんの話は終わった。


「それもそうだ。ちなみにその胎児の入った箱ってのはどこから持ってきたんだ?」

「自衛隊の駐屯地近くだったような。僕もあまり覚えてないけど、不死なる女神が埋めていたとか」

「それは……」


 声に振り向けば美香の顔が真っ青になっていた。

 子どもができたら結婚しようと約束した俺と美香だが、ついぞ子供には恵まれず交際七年目にして結婚したのだ。

 そんな美香だからこそ、今の話はこたえるだろう。

 青ざめた顔でうつむく美香の背を、山口がそっと撫でている。


 美香は子どもが好きなんだ。

 優子ちゃんや恵理奈ちゃんのことも我が子のように接している。


 不憫な赤子には俺も胸が痛んだ。

 あまりにも命を冒涜している。


「肉が埋まる場所で変異のしかたも変わるのかしら? 血だけの場合も同じように?」

「血だけのときは全て同じような変化のしかたをしていたよ。肉は埋めるとその場所が異様に発達していた」

「へえ、場所によって進化の方向も変わるのね。おもしろいわね」


 ミシェルが吉岡と専門的な話をしていた。

 ある程度して話の区切りがつくと、一度話は持ち帰って検討する形に収まった。

 皆できちんと相談するべきだ。


 テナントビルには二週間は過ごせる物資が入っている。

 定期的に様子を見に来れば、変異体に襲われない限りは無事に暮らせるだろう。


 帰り道、美香と山口はちょっと用事があると別行動となった。

 夜の変異体狩りは探索も兼ねているので、見つけた戦利品を取りに行ったのだろう。

 隣を歩く菊間のリュックには毎回高そうな酒瓶が詰まっている。

 それはもちろん今日もであった。


「なんかさ、私はあいつ嫌いだな。自己正当化っていうか、やってることマッドのそれじゃん」

「ワタシも同じ思うマス。ミシェルとはちょっと違うEgg headネ」

「ナッティなのはあなたも同じじゃなくて、マキシーン? なによ恭平、なにか言いたげね?」

「いや、ミシェルはよくやってくれてるよ。それに俺も自分が生きるために他人を犠牲にしてしかたなかったで済ますのはちょっと好きじゃない」

「そうだぜ、ミシェルの作ってくれたUVクリームのおかげで昼もある程度の活動ができるようになったんだ。超優秀の天才科学者だろ」


 菊間は「あ、そうだ」と続ける。


「ちょっとあたし小池さんのところに行ってくるわ。確か今日も人探しに出るって言ってたし」

「あ、ヤタガラスごっこね。葉子も好きだねえほんと」

「困ってる人も助かるんだからいいことじゃねえか。じゃ、あとでな」


 鈴鹿のちゃかしも平然と流した菊間は、そう言うと颯爽と去っていった。

 正義のヒーローはここにいたか。




 百貨店につきそのままミシェルのトレーラーで会議を始めた。

 鈴鹿はずっと「あいつ胡散臭くて嫌いだ」と言い続けている。

 男だから、知らない人だから、そういった色眼鏡で見ている節はあるが、吉岡さんのやっていることもことだから否定はできない。


「ああいうマッドは頭おかしくなって狂ってるから平気な顔で残虐な行為ができるのよ。普通望んだからって女の胎開いて異物入れる? まともな精神じゃできないでしょ」

「キョーヘイは望んでない男捕まるしてクスリ打ってジッケンしたネ」

「それを言ったらお前だって嬉々として手足折ったり切ったりしてたじゃねえかよ」

「どんぐりの背比べって言葉を知っているかしら? もしくは同じ穴の狢」


 ミシェルのやっていたことが一番えげつなかったのにどの口で言うのだろうか。

 ジッと見ると「あら? なにか言いたげね、恭平?」と言われたので「なんでもねーですよ」と答えておいた。


「まあ実際、産婦人科医だから、できるからってやるかね。でも命の危機があったらやるのかな」

「わかんない。でも警戒はしといた方がいいよ。発信機とかあって駅ビルのやつらが来るかもだし」

「Oh、シツネンしてマスた。今度調べるしておくマス」

「そうね。でも恭平、あの人からいやなにおいはしなかったんでしょ?」

「そうだな。嘘もついていないし騙そうともしていない。敵意は感じられなかった。歓喜とか安堵とか、そういった感情が強かったな」

「ほんと便利だよね、その鼻。そのうち犬の鼻になっちゃうんじゃない?」

「やめろよ鈴鹿。この世には言霊と引き寄せの法則がある。言ったことはそのうち実現するかもしれないんだ」

「起こりうることはいつか必ず起こる。マーフィーの法則ね」


 起こりえなかった全世界を巻き込んだゾンビパニックが起きたんだ。

 なにが起きても不思議ではなかった。


「とりあえず警戒はしとくよ、あと観察も。怪しい動きをしたら即拘束をすべきだろうな」

「うん、駅ビルもちょっとほっとけないよね。なんとかするべきだよ」

「そうね。変異体がこの辺にまで現れて危険度が上がっているし、根本を叩くべきね」

「だな、じゃあ皆が集まったらもう一度作戦会議といこう。俺は美香たちが帰ってくるまで少し仮眠する」

「わかった。帰ってきたら起こすね」


 最近は夜に狩りに行っているせいか、短い睡眠を日中に何回かする生活になっている。

 それでも不調が出ないのはこのウイルスや変異した体のおかげなのか。


 自分のベッドに行き着替えを持ち風呂へ向かう。

 百貨店内には朝食のいい匂いが漂っている。

 あとで食べに行こう。珠子の作る料理はいつも美味しい。


 人間の体だったころと違って、体中の毛が多い今は乾かすのが大変だ。

 眠気がマックスのときは背に腹は代えられないとある技を使うことにしている。


 脱衣所である程度の水分を拭きとりボクサーパンツをはく。

 そして「誰かー!」と叫んだ。


「誰か乾かすの手伝ってくれー!」


 非常に情けないがこの方法が一番早い。

 走る足音が大きくなっていき、現れたのは双子の結愛と愛理だった。


「やったー! あたしやるやる!」

「たまにしかないこのモフりフェス、乗るしかないっしょ!」

「あー、よろしくたのむわー」


 はずれを引いてしまった。

 心を無にしてドライヤーの風を毛に当てる。


「結愛、もう耳はいい、乾いてるだろ」

「おっ! お兄さんもうあたしらの見分けつくようになったん?」

「見分けというかにおいでな。ほんと耳はもういいから、こそばゆい、さわるなって」

「においとかお兄さんエッチじゃーん。あたしのにおいはど? 好きぴになる?」

「あー好きぴ好きぴ」

「塩対応ウケる」


 愛理はけたけたと楽しそうだった。

 双子の宇宙人語に晒されながら乾かされると、全身の毛がふわふわになり少しだけ誇らしい気持ちになった。

 毎回なるこの誇らしさはなんなのだろう。


 双子に礼を言い別れ、自分のベッドにダイブする。

 十五分でも寝れればある程度の疲れは取れる。

 便利な体になったものだ。


 意識がまどろみ沈んでいく。




 体が揺らされる感覚で目を覚ました。

 誰かに触れられるまで目を覚まさないとか、よほど深い眠りに落ちていたらしい。

 目を開ければ山口がいた。眉間にしわが寄っている。なにごとだ?


「寝ているところをすまない。ちょっと来てくれ」

「あ、ああ」


 山口からは焦燥や怒りといったにおいがした。

 なにが起きた?


 山口のあとをついていくと、ミシェルのトレーラーハウスへやってきた。

 そのソファの上に美香が座り、涙をぽろぽろと流している。

 なんだ、本当になにが起きたんだ。


 美香の横に座り背を撫でていた鈴鹿がこちらに気がついた。


「あ、恭平……」


 眉尻を下げた鈴鹿は、今まで見た中で一番悲しそうな顔をしていた。

言い訳は割烹にて

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