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第5話 『好き』


 ハンバーガーショップからの帰り道は静かなものだった。

 一緒に住宅街を歩く秋月は俺の様子をチラチラと伺い、俺は俺である疑問に触れていた。だけどその間も俺たちは、無意識に並んで歩いている。本日の体育館移動の再来だ。


 それからしばらく――家の近所に差し掛かったところで、俺はついに沈黙を破る。


「なぁ、秋月」

「どうしたの‼ 何か私に言いたいことでもあるの‼」


 期待の眼差しとやや興奮気味の声。

 何かを欲しているのはわかるけど、ヒントがないからさすがに無理ゲーだ。

 ここは大人しく、当初の予定通りの質問をしよう。


「単刀直入に聞くけど」

「うん。うん。なんでも聞いてよ‼ 私、なんでも答えちゃうからさ‼」

「じゃあお言葉に甘えて……なんでウチだったんだ?」

「はい?」


 まるで予想外の質問が来たという感じに、秋月の目から期待が消えた。

 おまけに声からは弾みまで消えて。


「……つまりハルは何が言いたいわけ?」


 今にも黒い感情が見えてきそうだ。

 でも気になったからには、聞かないわけにはいかない。


「いやさ。居候するんなら他の家……たとえばさっきの赤森の家でも――」

「ハルの意地悪‼ それって私がいると迷惑ってことだよね‼」


 両手で顔を覆い、その場で蹲る秋月。

 これが春香とかなら『置いてくぞ』で済む話だけど。


「わ、悪い‼ そういう意味じゃないんだ‼ ただその……秋月的には嫌だろ? 同年代の男……それも俺と一つ屋根の下――」

「ハルってすぐ自分のこと悪く言うよね?」

「いや、そんなことは――」

「あるよ‼ 私、ハルのそういうところは少し嫌かも……」


 よし、今後はもう少しナルシストになることを目指そう‼

 いや、さすがに二時間近くも鏡の前で決め顔をし続けるのはちょっと……。


「ねぇ? またちょっとズレたこと考えてない?」


 地面にしゃがんだまま、こちらを見る秋月から無言で顔を逸らす。

 断じて、ズレたことなんて考えてない‼ せいぜい、大和の姉ちゃんを参考に考えただけだ‼ いや、たしかにあれをモデルにしたのは極端すぎるけど。


「もしかして、ハル的には迷惑だったの? 私が急に――」

「そんなことねぇよ‼ 秋月は普通にいいやつだし‼ 昨日や今日だって進んでメシの用意とか手伝ってただろ? むしろ、俺が何もやってなくてすいません」


 無意識に秋月に向かって、頭を下げていた。

 すると秋月も「うん。それに関しては今後気をつけてください」と軽く注意。


「つまり俺が聞きたいのは『なんで同級生の赤森じゃなくて、後輩で同級生の兄貴がいる春香を選んだか?』っていう話で……」


 自分で言っていても、下手な聞き方だと思う。

 これだけ聞くと、『なんで赤森の家に行かなかったの?』と高圧的な態度にも見える。

 もちろん、俺にそんな意図はない。むしろ秋月が来たことで、「俺の青春ラブコメの幕開けじゃー‼」みたいな気分だし。


「……やっぱりハルは優しいよね」


 質問の解答を待つ俺に、秋月が静かに口を開いた。

 そのまま彼女はゆっくりと立ち上がり、穏やかな表情で答える。


「たしかにね、紅葉の家も候補には挙がってたんだよ。でも私が本当に日本に残りたい理由をママとパパに話したら、パパがね『標的は近い方がいい』ってハルの家に住むのをOKしてくれたの」


 日本に残りたい理由……。

 たしか昨夜、夕飯の席で聞いた時は『日本でバレーを続けたいから』って話だったはずだ。

 でも標的は近い方がいいって……ウチは別にバレーチームとか所持してないぞ。せいぜい、古いゲームにそんなのがあるぐらいで。


「秋月の父ちゃん、だいぶ変わってるな。しかも少年漫画好きが出てるし」

「うん。でもね、パパの言う通りにハルの家に来たのは良かったと思うよ」


 こちらに向かって歩き出しながら、秋月は朗らかに笑っていた。

 ただその顔を見ながらも、俺はまだその話を続ける気満々だ。

 だってよくよく考えてみれば――


「でも恋愛関係にない同級生の男女が同じ家で暮らすとか、仮に学校でバレたら――」

「ならいっそ、私と付き合っちゃう?」


 秋月の顔がものすごい近くにあった。

 今までの経験からすると、秋月の背は俺の胸のあたりぐらい。

 それが今急激に伸びて、下手をすると簡単に唇が触れ合うぐらいの距離にいる。

 よく見なくても背伸びしているのは明白だ。


「……冗談でもやめてくれ。男子は意外とバカな生き物なんだ。あっさりその気に――」

「私、結構本気だよ。それもこれも相手がハルだから……」


 俺と秋月の視線が一直線に交わる。

 今、冗談抜きに俺には彼女の姿しか見えていない。

 おかげでマジマジと、秋月の幼いながらも綺麗と言える顔を至近距離から見る羽目に陥っていた。別に嫌じゃないけど、むしろ嫌じゃないからこそ困るっていうか‼ ……うっかりキスとかしたら、後日警察に突き出されそうだぜ。


 いや、ちょっと待てよ?

 秋月のやつ、なんかすごいこと言わなかったか?


「私が日本に残った本当の理由はね、君が――夏陽ハルっていう男の子がいるからだよ」

「どうして……」


 その言葉はほとんど無意識なものだった。

 さすがに自分を前向きに捉えると決めたとはいえ、そんなすぐには変えられない。

 だから言葉の意味がなんとなくわかっても、つい聞かずにはいられなかったんだ。


 そんな俺の不器用さを改めて体験した秋月は、俺にもわかるようにはっきりと告げる。


「私が君を――夏陽ハルが好きだから」


 頭が真っ白になった。

 いや、白というより混乱。

 だって。だって。だって。


「ちょっと待て‼ なんでそんな急に⁉」


 秋月から指を指され、名指しで「好き」って言われた。

 それは素直に嬉しいけど、きっかけが――好かれるきっかけが見つからない‼


「あれか? 最初に会った時に俺のマスクに――」

「言ったでしょ? 最初は嫌いだったって」

「うっ……その節は名前を間違えて申しわけありません」


 ペコリと謝罪をしてからさらに続ける。


「なら体育の授業で格好良かったとか、授業中に難しい問題を解いて格好良かった――」

「ハル、体育の時はいつも息切れ状態だったし。授業中はほとんど寝てたよね?」


 ダメだ‼ 改めて言われると、マジで惚れられる要素が一つもない‼

 どうして秋月はこんなダメ人間を――


「言ったでしょ。私が好きになったのは、不器用で面倒くさい生き方をしてる君だって」

「……改めて考えるとそれ、ものすごい悪口だよな? キャメラマンどこ?」


 キョロキョロと周囲を確認して、隠しカメラや『ドッキリ』と書かれた看板を探す。

 だけどそんなものどこにもなくて――


「もしかして俺って今、マジで告白されてる?」

「それ以外に何があるっていうのさ~。さすがにそこまで疑われると……」


 揺れる秋月の黒い瞳を間の当たりにして、俺はヘタリとその場に座り込んでしまう。

 ただ一言言わせてもらうなら――


「せめて、俺を好きになった理由を教えてくれないか?」

「それこそナイショだよ。私から告白したのも特別処置なんだから」

「……特別処置?」

「だって私が告白しない限り気づかなかったでしょ……私の気持ちに」


 返す言葉もなかった。

 ハンバーガーショップであれだけのヒントをもらってたのにだ。


「ちなみに私はすぐに『私だ』って気づいちゃったから。なんだっけ? 笑った顔が好きで、スポーツしてる姿が好き。褒められてるところが好きで、マニアックなスタイルも好きで。最後に結婚してずっと一緒にいたいぐらい、私の全部が大事で全部が大好きなんだよね?」


 幼い顔立ちには似つかわしくない艶やかな表情。

 自分で言いながら顔を赤くしてるのはどうかと思うけど、俺への攻撃力は『明き』にして『らか』だ。


「お前、俺になんの恨みが――」

「恨みじゃないよ。好きだからからかいたいだけ」

「……ッ」


 屈託のない笑みでなんて強烈なことを。

 少しは自分の笑顔の破壊力を考えるべきだ。

 ちなみに俺に対しては効果抜群どころか、一撃瀕死技に値する。


「それでハルの返事は?」


 膝を曲げた秋月が地面に座る俺の顔を覗き込む。

 この表情、俺が答えるまでもなく、返事を理解してる顔だ。


「秋月って以外と性格悪いよな?」

「じゃあ、私のこと嫌い?」

「バーカ。それぐらいで嫌いになるほど、簡単な男じゃない。むしろ俺はそれも魅力の一つだって包み込むわ‼」

「じゃあ――」


 再び、俺に期待の眼差しを向ける秋月。

 もしかしたら最初、チラチラと俺を見てたのもハンバーガーショップでの件を経て、俺が彼女の好意に気づくのを期待してたのかもしれない。ごめんねー、メチャクチャ鈍感な男で。

 だからこそ、ここは迷わず秋月の手を取るべきだとはわかってるんだ。

 でも俺も自分の気持ちには嘘を吐けないわけで。


「悪い。俺も今すぐ付き合おう……って言いたい気分ではあるんだけど……」

「何? もしかして他に好きな女の子でも――」

「悪いけど俺にとって、お前以外の女子はただの『人類』枠でしかない」

「それ、人前では絶対に言わないでよ。絶対にハルが痛い目に遭うから……」


 俺的には今のは、『お前以外の女に興味ない』くらいのニュアンスだったのに、どうやらお気に召さなかった様子だ。

 いい感じの雰囲気だったはずが、プイッと背中を向けられた。


「それで? なんていきなり断る雰囲気なの?」

「いや、断わりはしないよ。俺、普通にお前にゾッコンだし。ただ二つほど条件が――」

「いいよ‼ じゃあ今すぐ初デートに――」

「さすがに聞けよ‼ それとここから初デートはさすがに早すぎだ‼」


 俺の手を掴み強引に連れ出そうとする秋月を宥め、俺はようやく本題に入る。

 まさか条件を言う前に、初デートに誘われるとは思わなかったけど。


「一つは『俺からお前に告白する機会をくれ』って条件だ」


 そしてこんな条件を持ち出した理由は、俺から告白したいという心残りがあるからだ。

 正直、俺の我儘なので却下されるとも思ったが――


「いいよ。私も告白を受ける側を体験したいし……でもハルの場合、もう両想いが確定してる状態だけど大丈夫?」


 口元を手で隠した秋月が俺の顔をみつめる。

 正直に言えば、今のところ不安しかない。

 というか両想いスタートの告白ってなんぞ? それどころか交際してるのに告白するってことだよな? 我ながらどうするんだ、俺?


「それで? もう一つのお願いって?」


 戸惑う俺を置き去りに、秋月がもう一つの条件を尋ねてくる。

 俺としてはむしろこちらが本命。この条件を受け入れてもらえるか次第で、俺と秋月の関係性は大きく変化してしまう。無論、その条件に挑んだ時も同様なわけだけど。


「じゃあ、包み隠さず言うぞ」

「うん。ちょっとだけ期待しておくね」


 ここまで二回、秋月の期待を裏切った。

 さすがに三回も裏切るわけにはいかないだろ。

 俺は意を決して、ある遠い未来の予約をする。


「告白はお前からしてくれたからな。せめて――プロポーズは俺からさせてくれ、頼む」


 床に座ったまま、深々と頭を下ろした。

 一言で言うなら『土下座』。

 まさかプロポーズの約束と同時に、土下座をすることになるとは。

 まあ基本、格好悪い俺としては通常運転とも言えるな。


「う~ん……」


 顔を少し上げて見れば、秋月が口元に人差し指を当てて考え込んでいた。

 さすがに土下座状態の男に何を言われたところで、響いたりはしないよな。

 むしろ熱が冷めた可能性まで――


「ところでハル」

「へ~い。今すぐ近くに穴を掘って一時間ぐらい入って――」

「なんでそれが付き合う条件になるの? そんな条件なんてなくても好きにしていいのに。たしかにハルからも告白してほしいし、プロポーズとかされたら幸せだけど。条件にまでする必要はないよね?」


 ……たしかに。

 秋月の言う通りだ。

 あれ? あれ? あれ?


「ねぇ~。もしかしてハル、告白やプロポーズは男からするものだとか思ってな~い?」


 言われた途端、顔が熱暴走した。

 穴どころか、棺桶に入りたい気分だぜ。


「意外と……ロマンチストなんだね」


 耳元で囁かれた甘い声に骨抜きになる。

 恥ずかしいのはもちろん、秋月の声って言うのもあると思うけど。


「本当に君って面倒で不器用だよね?」

「でもそういうところが……好き……なんだろ?」


 逆に秋月の方を恥じらわせようと、敢えてそんな言い方をした。

 だけど彼女の方が一枚上手で。


「うん‼ 大好き‼」


 なんの裏もない普通の笑顔が、俺の心に一番ダメージを与えた。

 どこまで可愛いんだよ、俺の初恋相手はさ。

 俺が攻略されるどころか、逆に攻略されちゃったじゃん。


「秋月って色々とすごい女の子だよな?」

「まあね。私の言動力の一つはハルへの愛だから」

「それを言うなら俺だってな‼ 人生と書いて『秋月フユ』と読むだぞ‼」

「なら私だって――」

「俺はもっとな――」


 住宅街に響く俺と秋月――フユの叫び声。

 それは口喧嘩というよりは暖かくて、愛を語らうというにはあまりにも大きすぎる声だった。


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