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第6話 『恋人関係(仮)/バスタオル』


 俺は――自分とフユの今の関係をこう定義した。


『恋人関係(仮)』と。


 だって付き合ってはいるけど、俺としてはまだ全然納得してないし。

 こう見えて俺、意外と頑固で石頭なところがあるんだ。


『それはいけませんね。今すぐハンマーを使いましょう』

「ねぇ知ってる? ダイヤモンドってハンマーで砕けるんだぜ?」


 つまり人間の頭をハンマーなんかで叩いたら、砕けるどころじゃない。


「お前は俺から幸せを奪い取るつもりか‼」


 劇的な告白の後、フユはすぐ様デートに行こうとしたけど俺がそれを静止した。

 さすがに付き合った初日にデートはハードル高いって……。


 そんなわけで俺たちはあの後は真っ直ぐに帰宅。今はそれぞれ自分の部屋で過ごしている。ちなみに俺は一番信頼できる親友が近くにいないため、絶賛AI君に恋愛相談をしているところだけど――


「……お前ってなんでロクな回答を渡さないわけ?」

『申し訳ありません。聞き取れませんでした。発信音の後にメッセージを――』

「直接聞き返してくるやつは、ほぼ百パーちゃんと聞いてるよ⁉」


 ダメだ。やっぱり、後で大和に電話して恋愛相談に……いや、あいつ今まで彼女ができたことなかったよな?


「……ニヤリ」


 まさかイケメンの大和よりも先に彼女ができるなんて! これって一生自慢できるんじゃないのか‼


 スマホを掲げて部屋の中でクルクルと回る。

 こんなところ、家族以外に観られたら即正気を疑われそうだ。

 え? 家族に観られた場合? そんなの『今日も平常運転だ』で終わりですけど何か?


『慣れとは恐ろしいものですね』


 最近のAIは人の心を受信する機能がついているのか、かなり適切な返しをしてきた。

 しかし、今の俺にはそんな刃は一切刺さらない。


「今なら女子校に女装で通うのもへっちゃらだぜ」


 どんな言葉の棘も刺さらないほどの無敵状態。

 我ながら、『真・単純王』とでも名乗りたいほどだ。


「さてと。リンゴジュースでも汲んできてマンガでも読みますかね」


 掲げていたスマホをベッドの上に放り投げ、そのまま軽やかに部屋を飛び出す。

 そのまま廊下を歩き、階段を下ってキッチン――


「……いや、一緒に暮らしてたらこういうイベントは付きものだよな」


 階段を下りた瞬間、ピタリと俺の足が止まった。

 目的のキッチンは、今ちょうど真横にあるリビングへ続くドアから行ける場所だ。にもかかわらず、俺はそちらには見向きもせず、全神経を聴力に集中させてしまう。

 別に意図的にやっているわけじゃない。

 たぶん男なら正常な反応だ。


「これは今、俺試されてるのか? ラブコメの神様ってやつに……」


 その場に座り込んで深々と考え込む。

 だって今、我が家には俺とフユしかいないはずなのに、風呂場からシャワーの音が聞こえてるんだぞ‼ 付き合っている以前に好きな相手なんだから、何か思うのが普通だ‼

 現に今、俺はかなりドギマギしてる。


 これがラブコメなら、覗きに行ったり風呂場でトラブルが起きたりするけど――


「現実にそんな展開があってたまるかよ。ただ……」


 シャワーの音を聞くだけでも十分に、意識を持って行かれそうになってしまう。

 だって同じ敷地内に何も着てないフユがいるんだぞ? いいのかよ、これ罪にならない?


「訴えられたら、確実に俺が負ける――」


 いや、夫婦なら見ても許され――今、結婚って18歳以上からじゃねぇか‼

 つうか俺、風呂場でしかも相手がシャワー浴びてるところに乱入してプロポーズする気かよ‼ そんな前代未聞の記録ありえないだろ‼


「……すごいな。覗きを企んだ結果、すごい冷静になれた」


 でもちょっとでも覗きを企てた自分に反省。


「風呂から出てきたフユのためにも、何か冷たいものでも用意しておきますかね」


 階段から重たい腰を持ち上げて、軽く頭の後ろを掻きながらリビングのドアを開ける。

 するとリビングに入った瞬間、ヘビに睨まれたカエルの気持ちがわかってしまった。


「……なに見てるのよ?」


 ジロリなんて効果音が付きそうな目つきの悪さだった。

 ウチの高校の制服を着た赤毛ポニテ少女が深々とソファーに座り――


「ターイム‼ さすがに二人きりは無理‼ 絶対に俺が泣かされる‼」

「ちょっ⁉ 誤解を招くようなこと言うんじゃないわよ‼ 誰がアンタなんか――」


 勢いよくドアを閉めて、内側から開かないようにドアにしがみつく。

 それよりもなんで? どうして? 赤森紅葉がウチに居るんだよ?

 あいつを招いた覚えはないし、さすがに客を招いたにもかかわらず風呂に入るほどフユも非常識ではないはず。まさか空き巣? いや、あいつならウチよりも大和の家に――


「あっ……なるほど。大和に手ひどい振られ方を――」

『誰が振られたですって‼』


 ドアの向こう側の怒鳴り声に冗談抜きで泣きそうになった。

 何度も言うように、俺は昔からこういう高圧的な態度の女子が苦手だ。できれば関わりたくないし、二人きりになるのもちょっと怖い。だって難癖つけて、罵倒とかされそうじゃん。


「落ち着け、赤森。なんなら俺が大和との関係を取り以てやるから‼」


 ガタガタと悲鳴を奏でるドアを押さえながら、その場凌ぎの提案をする。

 はっきり言って、俺が間を取り持ったところで成功率は極めて低い。

 何しろ、あの富山大和だぞ? ……もう10年近い付き合いになるけど、未だによくわからん。特に異性の好みとか。


 でも俺が助かるためには――


「俺なら大和とのデートもセッティングできるかもしれない‼」


 その叫び声を皮切りにガタガタという音が消えた。

 もしかして今の一言で許してくれたのか? いや、そもそも別にたいして怒っていたわけでもないと思うけど。ほら、売り言葉に買い言葉みたいな。


『……本当にそんなことできるわけ?』

「問題ない。フユとの初デートに、『二人きりだから不安なんだ。ダブルデートってことで一つ』なんて頼めば、大和なら必ず来てくれるはず――」


 ドア越しに赤森の弱々しい声を聞き、少しだけドアを押さえる力を緩めたのが悪かった。ものすごいバカ力でドアは開けられ、俺は勢いよく廊下の床を転がる。

 どうせならこの力で、大和に言うことを聞かせればいいのに……。


 床に転がった俺は風呂場から聞こえるシャワーの音を聞きながら。


「……こんな風に死ぬぐらいなら、前人未到のプロポーズに挑んでも――」

「ねぇ、アンタ。今、面白いこと話してたわよね? アンタとフユが何?」


 うつ伏せで倒れた俺の背中を赤森が踏みつける。

 どうやら普段の態度通りSっ気があるらしく、踵でグリグリと力強く踏まれた。

 しかも一番何が怖いって……。


「教えなさいよ、夏陽。じゃないと――全身の骨をバキバキにヘシ折るわよ?」


 朗らかな声で脅しにきているところだ。

 これ絶対、笑顔で俺のこと踏んづけてるだろ。


「落ち着け~。さすがに俺からそう易々と教えることは――」

「まさかフユと付き合い出したとか言わないわよね?」


 平然と核心をついて来る辺り、やつはエスパー……いや、ニュータ――


「ちっ。やっぱり富山君を追いかける前に、オス猿の始末をしておくべきだったわ」

「お前今、俺の中で好感度が大暴落中だからな‼ どんだけ物騒なんだよ‼」


 フユと赤森は同じバレー部だけど、どうして親友なのかと不思議に思う。

 俺と大和も大概不思議な組み合わせだと思うけど、この二人にはあっさり負けそうだ。


「だからフユのやつ、珍しくあんな大胆な下着を持ってお風呂場に……」

「悪いけどその話、もう少し詳しく聞かせてもらえないか? 特にどんなエロい下着だったのだとか?」

「アンタ、いつの間に⁉」


 隙を突いて赤森の拘束から大脱出。


「あまり高一男子のエロパワーを甘く見ないでほしいな」

「本当……救えないレベルの変態ね」

「自覚してるさ。でもな……」


 こちらを警戒して距離を取る赤森は拳を握り、俺も両手の拳をギチギチと握りしめていた。ただし俺は攻撃するためじゃなくて――


「付き合った以上、俺はフユの豊満バストが見た――」

「ハルはこんなところで‼ それも大声で何を言ってるのさ‼ お風呂場まで聞こえてたんだからね‼」


 大声で叫んでいると、背中を誰かに思いっきり蹴られた。

 直後に聞こえたのは、何度も脳内再生を繰り返してきた好きな女の子の声で。


「もう‼ ゆっくりシャワーも浴びられないじゃん‼ こっちは敢えて……お風呂場のドアを少し開けておいたのに……」


 恥ずかしそうなフユの言葉に、俺と赤森は互いに顔を見合わせた。

 どちらも「お前が何かしただろ?」的な視線で相手を睨んでいて。


「……ハルなら絶対に覗いてくれると思ったのにな~」


 ちょっとこの子、明確に付き合い出してから攻めに転じ過ぎない? このままウチで同居してたら、俺の貞操の方が危なくなりそうなんだけど……。


「アンタ、なんて格好で出て来てるのよ……」

「あれ? どちら様ですか? 私に赤森紅葉なんて親友はいませんよ」

「ねぇ? まだそのネタ引っ張るつもり……いい加減に許してなさいよね‼」


 そういえばフユのやつ、俺が赤森に貶されて少しだけ怒ってたよな。

 もう怒りはないと思うけど、これは一種のペナルティーみたいなものか……なるほど。これでフユが赤森を放置して、風呂場に行った理由もある程度納得できた。


 ……今後はできるだけ、フユを怒らせないようしないと。

 もしも『私に夏陽ハル君なんて格好いい彼氏なんていません』なんて言われたら、涙で枕を濡らすどころか涙のプールで溺れ死ぬ可能性すらある。……俺、結構カナヅチだし。


「それよりもバスタオル一枚で出てくるとか、アンタは何を考えているのよ。ここには……盛りのついたお猿さんがいるのよ?」

「なんで今、俺を一瞥――バスタオル一枚?」


 赤森に言い換えそうとしたはずなのに、一瞬にして俺の思考が止まった。

 脳内では『バスタオル一枚』という言葉が反芻し続けている。


「いい。夏陽は余計なことは考えないようにしなさい。少しでも妙な動きをしたら――」


 ああ、わかってるさ、赤森。もしも今振り返ったら、俺はたぶん死ぬだろうな。

 赤森からはボコボコにされて、フユの普段よりも肌色の多い姿に大量の鼻血を流して。

 だがな、赤森。それでも俺は……。


 目を閉じたまま、俺は体を反転させて後ろに立つフユの方を向く。


 我ながら、堂々とフユのあられもない姿を見ようとする自分が情けなくなる。

 でも普通我慢できるか? すぐ近くで大好きな女の子が、無防備な姿をしてるんだぞ。だったら俺は迷わず見る‼ さっきの風呂の覗きとは話のベクトルが違うんだ‼


「――――――」


 言葉を失った。


 白いタオルからはみ出す肩は白く、触れなくてもスベスベしているのが丸わかり。体に巻いたタオルがいつも以上に、フユの小柄ながらも豊満なバストを強調していて、髪から床へ滴る水滴はまるで癒しの雨みたいだ。そして極めつけは――


「な、なんで君は覗いてほしい時には見てくれなくて、見てほしくない時には見るのさ‼ さすがにこの姿はダメなんだからね‼」


 必死に丸くなり両手で自分の体を隠すフユだが、その姿でその体制は完全にアウトだ。

 でもそれ以上に俺の心を震わせたのは、ただ一点。


「やっぱり‼ 風呂上りで火照った顔に恥ずかしがる顔‼ なっ‼ なっ‼ ウチの彼女、超絶かわいいだろ‼」


 興奮気味に近くにいた赤森に同意を求める。

 けれど彼女は棒立ちしたまま、明らかに俺から顔を逸らして、恐る恐る「……そ~ね」の一言。

 ただ一方でフユは恥ずかしながらも小声で――


「う~。紅葉さえいなかったら、この流れで私がハルを押し倒してたのに……」


 などと微妙にズレた発言をしていた。

 いや、その発言を含めて尊すぎるだろ。


「うぉ~‼」


 今ここにウチの親友がいたら冷静に、「合格発表の時よりも泣いてるね」なんて言ってきそうだ。でもそれぐらい泣いても不思議じゃないだろ? だって――


 ウチで暮らし始めた、初恋相手でもある彼女がこんなにも可愛いんだから‼


「やっぱり俺はフユが好き――」


 叫び掛けた時、玄関の鍵が開き、ギィーとドアが開き始めた。

 ウチはリビングの入口前の廊下が広く、すぐ手前には玄関がある。

 つまり玄関を開けて真っ先に目に入るのは――


「――――――」

「――――――」


 学校帰りの愛妹と静かに視線が交差する。

 向こうはすぐに家の様子を確認するなり、数回頷いたのち――


「とりあえずお兄ちゃん、留置場への差し入れは何がいい?」

「違うからな‼ お前が今考えていることは全然ちがーう‼」


 スマホを取り出して、一〇〇当番しようとする春香。

 まあ家にタオル一枚の女の子と、さも俺が犯人だと言いたそうに無言で指差す女子。

 そんなものを目の当たりにしたら、そんな反応をしても無理はないと思うけど……。


「頼むからまずは俺の――お兄ちゃんの話を聞いてくれ~‼」


 後日、その俺の悲痛な叫びは近所中の噂になったらしい。(母ちゃん&春香談)


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