第4話 『不器用/告白擬き』
大和の提案で四人掛けのテーブルに移動した俺たちはそれぞれ、正面に座る異性とやり取りをしていた。
組み合わせはもちろん、俺と秋月、大和と赤森の二組だ。
「は、ハルたちも来てたんだね」
「あ、ああ。中学の頃もよく学校帰りに寄ってたんだ」
「わ、私と紅葉もね。部活終わりによく来てたんだよね」
二人してテーブルの上を見たまま、お互いの顔をまともに見れずに言葉を交わす。
俺が目を見れないのはいつものことだけど、秋月が相手から目を逸らすなんて珍しい。それぐらい、廊下でのあれが尾を引いてることなのか?
それにしても俺が一番気になるのは――
「富山君‼ 今日はどうしてこんなところに‼」
「うん。ここにはハルとよく一緒に来るんだ」
「なら今度はアタシと一緒に来ましょう‼」
隣で別の思惑が動き始めていることだ。
しかも大和のやつ、適当な返事ばかりしやがって。
せめて口にポテトを運ぶのをやめろよな。
それと赤森――
「ところで富山君。隣の彼は一体どちら様かしら?」
お前はなんでさっきから俺に敵意丸出しなわけ?
まさか俺を恋敵と勘違い――冗談じゃない‼
俺は前世も来世も全世すべて秋月一筋だ‼
そもそも俺にそっちの気はないし。
大和もたぶん、ノーマルだと思う。
「夏陽ハル君だよ。ほら中学も同じだったし、高校でも同じクラスになったでしょ」
「悪いけど記憶にないわね。私、顔面偏差値が低い男は見ないようにしてるから」
「なら……春香ちゃんのお兄さんって言えばわかる?」
少しだけ面白くなさそうな顔をして、秋月が自分のドリンクへ手を伸ばす。
「ああ。あの紐兄の……」
さらに赤森の声を聞いて、ドリンクをブクブクさせて。
ただ俺としては、絶妙に間違ってないから否定できない。
掃除も料理もたしかに全部、春香任せだし。入試の時の家庭教師も春香だった。
あいつ、俺の妹の割に頭良いし。
赤森の発言に棘があるのはわかるけど、全部正解だから反応に困るんだ。
これがすべてあからさまな言いがかりなら、俺も文句の一つぐらい言え……無理だな。言ったら真顔で顔面スパイクとかされそうだ。
「そういえば今日の入学式、アンタのせいでウチのフユが遅刻したんですって?」
「……まあな。それに関しては俺もある程度の罪悪感は抱いてるつもりだ」
体裁を保つため、俺が一人遅刻しそうになったので秋月が気を利かせて残ってくれたということにした。正直俺のその提案に秋月はあまりいい顔をしてなかったけど、俺としては無難な落としどころだと思ってる。
「本当、これだから迷惑男は。それとこれはアタシの勘だけどアンタ……」
何かを言い掛けた赤森は隣に座る秋月を一瞥して、意を決して続きを言おうとした。
でも彼女が続きを口に出すよりも先に――
「そういえば赤森さんって今日暇?」
ウチの親友がその邪魔をするように声を掛ける。
すると赤森はあからさまに期待の眼差しを大和に向け。
「う、うん。も、もしかしてデートのお誘いかしら?」
「……まあそんなところだよ」
大和の声を聞いて、俺は背筋をピーンと正す。
今ではもはや条件反射だけど、俺にこの反応が出るってことは――
「良ければこれから一緒に遊びに行かない?」
大和は普段、滅多に笑わないクール男子でお馴染みだ。
その大和が今、満面の笑みを浮かべて赤森を誘ってる。
しかも声には一切、笑っているという雰囲気はなくて。
「じゃあ行こうか? 残り物はハルが処分してくれるからさ」
席から立ち上がり、赤森を連れ出そうとする大和を見て俺は狂気すら覚えた。
赤髪ポニテ少女は気づいてないみたいだけど、今の大和はかなりの不機嫌状態。
「おい、大和。色々とやりすぎるなよ。お前、それでよく女子を泣か――」
「心配しなくてもいいよ。たぶん今回は喧嘩にすらならないと思うからさ」
「そういう意味じゃ――」
「本当、ハルは人が良すぎるよね」
小声で少し内緒話をしたけど、大和に俺の話を聞く意志は一切なし。
声音からして赤森を――女の子を泣かせる気満々だ。
「ハルは気にしなくていいよ。君にとってはそっちの方が重要だからさ」
大和はたぶん、俺が知る中で一番の友だち思いだ。
いきなり俺に大量の悪口を言ってきた赤森に不満を覚えても不思議じゃない。
「じゃあ行こうか、赤森さん」
「うん、富山君‼ アタシ、すっごい楽しみ‼」
大和の了承もなく、大和の右腕に抱きついて店を出て行く赤森。
いつもならブレーキ役は俺なんだけど、たしかに秋月との時間も大切で――
「……富山くん、すごい怒ってたね」
「そうなんだよ。あいつ、怒ると笑顔が増してデビル大和に……よくわかったな‼」
「うん。私もちょっと紅葉には怒ってたから」
「……だけど、赤森の言葉は的を射てたと思うぞ」
「でも紅葉の場合、ただの子どもっぽい嫉妬だもん。それに知ってるはずなのに……私の……」
口籠りながらブクブクと、秋月が自分のドリンクのストローに口を付ける。
だけど嫉妬? あんな本音女子が、俺の何に嫉妬するって言うんだよ。まったく以て意味が分からん。
「それに紅葉が本当に富山君を好きなら、紅葉を変えられるのは富山君だけだもん」
「……まるで体験したみたいな口ぶりだな」
「うん。私もだいぶ変えられちゃったっ‼」
満面の笑顔だった。
喜びというよりは、『幸せ』と言い表せそうな笑顔。
ただ秋月を変え、こんな顔をさせている男がいると思うとちょっと嫉妬する。
というかできるだけ早く、その『好き』って気持ちに気づいてほしいところだ。
たしかに俺も秋月が好きだよ。
でもその秋月が本当に好きな相手と一緒にいて幸せなら、それが一番正しいことだろ?
まあ俺も振り向かせることを諦めるつもりは毛頭ないわけだけど……。
「秋月はいい恋をしてるんだな」
「そういうハルは? いいできてる?」
「そうだな……傍から見れば、いい恋なんじゃないか?」
進捗状況さえ見なければ。
「ならさ。試しに、それぞれお互いの好きな人の好きなところを話さない?」
「なっ……さすがにそれは――」
「私はね――」
オーイ、聞く耳なしかよ。
「面倒くさいところが大好き‼」
「……それはまた随分と変なやつが好きなんだな」
面倒くさいところが好きって、さすがにクセが――
「最後まで聞いてよ。その人って面倒くさいって言うよりはすごく不器用なの。自分のことを話すのが下手で、空気を読むのも苦手。だからよく空気を読まないで喋るけど、逆にそれで気持ちが軽くなることもあって……わかりやすいのにすごくわかりづらくて、だから真っ直ぐな人しか、その人の好さに気づいてくれない。本人はすごく迷惑そうだけど、遠くから見るだけの私にはそれがすごく楽しそうで……」
秋月は顔をピンク色に染めて、好きな人について語る。
本当なら好きな相手の好きなやつの話なんて聞きたくもないのに、俺の鼓動は妙に早くなって。
「実は最初ね、私その人のことが嫌いだったの」
「それはまた盛大なカミングアウトだな……」
「うん。でもちゃんと理由があるんだよ。だってその人、私が転校してきた初日に間違って私の名前を呼んだんだから」
そういえば小学校の頃、ウチのクラスだけ名前呼びが強制されてたっけ。
あだ名はもちろん。苗字読みもダメ。しかも男女問わずとか、どれだけ女子に声を掛けないように細心の注意を払ったことか。
そんな環境で転校生をいきなり名前呼び……間違えても無理ない。
「誰だって名前を間違えて呼ばれたら怒るでしょ? それでそれ以降、その男の子のことばかり目で追って生活してたの。当然、いい印象なんて一切なくてね」
まあ名前を間違えられたのに、好印象を抱いたら大問題だもんな。
それってちょっとしたMだよな。かなり特殊な性癖だけど。
「でも毎日見てたら、その男の子の生き方が子どもの私でもわかるぐらいに不器用で……」
不器用と口にするたび、秋月の眼差しが暖かくなっていく。
「その男の子はとても、人付き合いが得意そうには見えなかったんだよね。だからいつもクラスで道化を演じてて、中学校でまた同じクラスになってもそれは変わってなくて。みんなが笑うたび、自分の存在を実感してるみたいな……そんな感じだったの……」
秋月の話を聞いて、少しだけ自分と似てると思った。
でも一つだけ違う点がある。だって俺、そんなことで存在を噛み締めたりしないから。
むしろ格好いいところを見せて、周囲の度肝を抜いてやるぐらいの心意気だ。
まあ結果的に、三枚目になることはよくあるんだけど。
「そしてたぶん、私がこんなことを言ってもその人はそれを違うって一蹴すると思うの。そういうところも含めて――本当に大好き」
言い終わった時、秋月はトロっとした目をしていた。
現実では俺に向けられているけど、それはあくまでも好きな相手へ向けられたものだ。そこまで思ってもらえるとか、果報者にもほどがある。
俺なんて格好つけるつもりがいつも、すごい格好悪いところしか見せてない。でもだからこそ俺は、秋月フユという可愛くて格好いい女の子が好きなんだろう。
だって普通ならまず言えないだろ?
第三者にこんな赤裸々に、自分の好きな相手に対する素直な気持ちなんて。
「私の方はこんな感じ……ハルの方は?」
「そうだな……お前も結構話してくれたし、普段は大和や春香ぐらいにしか話さないんだけど特別だ」
まあ予行練習と思えばいいだろう。
あまり核心を突かなければ、気づかれないはずだし。
「でも言っておくけど、俺はお前みたいに過去を振り返りながら説明なんてできないからな」
「素直なハルの気持ちを聞かせてくれれば十分だよ。難しく考える必要なんてないもん。だって『恋』は基本、自由なものでしょ?」
ウィンクして伝えてくるとか、そんなことされたらさらに惚れるだろうが。
俺なりに秋月の好きなところを上げるとすれば――
「笑った顔と笑い声が好きだ。話してる時、自分の言葉で笑ってくれると嬉しくなる」
無意識に秋月の顔色を伺ってしまう。
「スポーツをしてる姿が好きだ。運動神経抜群で見惚れて憧れるのはもちろん。逆境にも負けず部活を続けてるところが格好いいと思う」
思わずバレーをやるには不向きな、秋月の小柄な体躯へと目が行った。
「テストで褒められてるところを見るのが好きだ。部活をやりながらも、その子が勉強を頑張ってるのが誰かに認められた瞬間だから」
サラリと動いた秋月のボブショートの髪に視線が奪われる。
「スタイルが好きだ。傍からするとマニア向けなんて言われるかもしれないけど、それでも俺にはそれ以上に魅力的なスタイルなんてない」
テーブルに乗った二つの大きな塊を見て、すぐに照れて視線を逸らしてしまう。
そして一通り言い終わったところで俺は最後に――
「結婚してずっと一緒にいたいぐらい、俺はそいつの全部が大事でそいつの全部が好きなんだ」
俺は自分の素直な気持ちを吐き出した。
正直、スタイルのところは余計だったかもしれないけど、それも含めて好きなところなんだから仕方がない。
容姿も中身も全部揃って初めて、俺が好きな女の子――秋月フユなんだから。
「……俺はそんな感じだ」
器用なら別のやり方があったかもしれない。
賢ければもっと色々な言葉で攻めれた気もする。
でも今はこれが精一杯……まだまだ俺が求める告白レベルには、達してすらいない。
「……それがハルの気持ち?」
「まあな。俺的には赤点レベルの告白擬きだったけどな」
「そっか……えへへ~」
秋月がビックリするぐらいに顔を緩ませた。
さっきのトロンなんて目じゃない。もはやとろとろの領域に達している。
「本当、ハルはあれだよね……」
「あれってどれだよ?」
首を傾げて尋ねると、テーブルを乗り越えて秋月がこちらに手を伸ばしてくる。
そして暖かい両手が俺の頬を優しく包み込むと――
「ナイショ‼ そこは自分の力で気づいてくれなくちゃっ!」
こちらが目をパチクリさせている間、秋月は今日一番の笑顔を浮かべる。
……なんだよ、滅茶苦茶可愛いじゃねぇか。
その後に飲んだストロベリーシェイクは想像以上に甘く、ストロベリーチョコパイはビターさなど一切感じなかった。
だって気づいた時には口いっぱい、世界で一番甘い味が広がっていたから。
それは時に苦く、酸っぱかったり、辛いこともあるけど、今日は特段甘い。
きっと人はこれを――『恋の味』と呼ぶのかもしれない。




