第2話 『足音』
「――なるほどね。それで入学式からそんなにゲッソリしてるんだ?」
衝撃の同居生活がスタートした翌日、同じクラスになれた親友と俺は朝から教室で駄弁っていた。
「昨日は一睡もしてない。というか今時ありかよ。こんなラブコメみたいな展開……」
「親の仕事の都合で知人宅に居候。それでハルの気持ちを知ってる春香ちゃんが、気を利かせて――」
「気の利かせ方が間違ってるし。普通、両親が海外転勤とか主人公ポジの役目だろうが」
「でもハルの場合、秋月さんの家に預けられることはないよね? 良くて僕の家とか?」
「ハハハ。四六時中イケメンと一緒とか……お前、俺に現実を叩きつけるつもりか?」
亜麻色の柔らかい髪に整った顔立ち。
普段あまり笑ったりしないクールなウチの親友、富山大和。
中学時代はサッカー部のエースだったこともあり、高校生活初日だというのに――
「あ、あのう‼ 一緒に写真とか撮ってもいいですか‼」
「ごめんね。今はそういう気分じゃないんだ」
さっきから大和のところには、入れ替わり立ち代わり女の子たちがやってきている。しかもウチのクラスだけでなく、他のクラスからも。
たぶん大和の後ろに座る俺は、彼女たちの中ではすでにモブキャラ扱いされている。
折角教室の真ん中にある席に座ってるのに、高校でも日陰者ルート確定かよ。
そんな大和とは対照的に、俺の周りに集まってくるやつらといえば――
「夏陽も同じクラスなんだな‼」
「夏陽‼ 今期はやっぱりあのアニメが――」
「夏陽ってたしかこのマンガ、全部持ってたよな?」
全員男。それも体育会系からオタク系まで勢ぞろい。
もう嫌だ。こんな灰色の青春……。
ちなみに同居の件は大和だけにしか話してない。
他のやつに話したら、絶対に大騒ぎするに決まってる。
「AIに質問。このモヤモヤとした感情をどこにぶつければいい?」
『とりあえず盗んだバイクで走り出しましょう。それで校内の窓ガラスをすべて割れば、オールオッケーです』
「……悪い。俺、自転車も乗れないんだ」
このAI、本格的に俺をバカにしてないか?
折角秋月とも同じクラスになれたのに、誰がそんなバカな真似するかよ。
こっちはそのために、近所の神社まで御百度参りに行ったんだぞ。
「最近よく見るよね。ハルがAIに質問してるところ」
「俺、友だち少ないからな」
「そういえば、そうだね」
「いやいや、そこはツッコめよ。自分は友だちだって」
日頃から寄ってくる男子は基本、知り合い以上友だち以下の関係。
それに対して大和は、ちゃんと親友と言える位置にいる数少ない友人だ。
まさかそう思っているのは俺だけとか?
「いや、僕の場合は友だちって言うよりも親友だからさ」
「……お前、俺のこと好きすぎない?」
「ハルの恋心には負けるさ」
こいつはまた、サラリとすごいことを。
「それ、本人の前では決して言うなよ。今バレたら洒落にならん」
居候先にいる同い年の男子が好意を寄せている? そんなもん、即退去命令だわ。
秋月が両親を追って海外に行ったら、俺も海外留学するしかなくなるじゃないか。
「……アメリカってどれぐらいの学費がかかるんだろう」
「ハルって時々、すごく変な思考の飛躍の仕方するよね」
「そうか?」
腕を組んで思考を巡らせる。
たしかに秋月が絡むと基本、スペック以上の働きを見せるのが俺だ。
思考どころか身体能力まで飛躍する、『その名もラブヒーロー‼』――みたいな。
……うん、相変わらずネーミングセンスだけはクソだな。
「あれ? なんで急にみんな廊下に並びだしてるんだよ?」
「今先生が言ってたよ。そろそろ入場だから廊下に並べって……聞いてなかったの?」
「昔から教師陣の言葉は、右から左に聞き流す頭の構造になってるんだよ」
「ハルの場合、先生に言われるとしたら小言ばかりだもんね」
「俺、そんなに問題なんて起こしてないのにな」
「…………」
「……何か言えよ」
サッと立ち上がり、教室の出入口の方へ歩き出した大和を追いかける。
女子の皆さん。彼、親友に対してもこの通り塩対応なので、結構頑張ってアピールしないと無理そうですよ。
「じゃあ自由でいいから二列に並んで――」
廊下に出るなり各教室の前から聞こえる教師陣の声。
俺もその指示に従い、列に並んだ大和の後ろに並ぼうとしたけど――
「悪い、大和。間に合わなかったら周りには、適当に腹痛とでも言っておいてくれ」
「……またいつもの病気? ハルも面倒くさい性格だよね」
「その面倒くさいのも含めて、この病気の醍醐味だろ?」
そう。恋煩いっていう病気の。
***
廊下からいくつもの足音が聞こえていた。
たぶん、体育館への移動が始まったんだろう。
あとは任せた、大和。ほどいい言い訳をしておいてくれ。
「にしてもまさか……入学式をこんなところで迎える羽目になるとはな……」
一人、男子トイレの個室でポツリと漏らす。
次第に廊下から聞こえる足音は遠のいて行き、しばらくして完全に人の気配も消えた。
ただしそれは廊下に限っただけの話で案の定、隣の女子トイレの出入口が開く音が。
俺は一応個室の水を流し、手を洗ってから独り言を呟きながら廊下に出た。
「あれ~? やっぱりもうみんな、体育館に向かった後かよ? ツイてないな」
「……え⁉ なんでハルもここにいるの⁉」
一人取り残されたと思い、一瞬反応が遅れつつもオロオロする女の子がいた。
その子は俺と同じ黒いブレザーを着ていて、首元には赤いリボンをしている。
朝も着ている姿は見たけど、やっぱり改めて見ても『可愛い』と素直に思ってしまう。
今俺と秋月フユは、二人きりで教室前の廊下に取り残されている。
「も、もしかしてハルも置いてかれちゃったの?」
「まあな。俺、影が薄いからよくあるんだ。移動教室で取り残されたりとか」
だからなんとなく、勘だけで残った。
大和と駄弁っている時から教室に、秋月の姿がないのには気づいてたし。真面目なはずの秋月が、先生の指示にも従わず列に並んでいなかったから。
それでもしかしてトイレにいるんじゃないのか? と思ったら本当に予想通り。
……ただこんな推理、本人に言ったら『気持ち悪い』って一蹴されそうだけど。
でもまあ、入学式から一人ぼっちは寂しいだろ?
「どうせ遅刻なんだろうし、ゆっくり行こうぜ。むしろ置き去りにした教師たちが悪い」
「ハルって意外とポジティブで肝が据わってるよね」
「意外とってな、お前……」
言われて思わず、反応してしまう。
でもそれは不満を伝えたいわけじゃなくて。
「そもそも……そこまで深く関わったことないだろ……俺とお前って……」
自分で言ってて、すごくむず痒くなった。何を言ってるんだ、俺はよう‼
たしかに秋月とは基本、春香経由でしか話したことはないさ。
つうかなんでこいつ、いつも俺のことを名前で呼ぶんだよ‼
あれか? 春香と区別するためか? 変に勘違い――
「おい……」
気づいた時、俺の手は自然とズボンのポケットに伸びていた。
理由はわからない。だけどたぶん、普通なら絶対にそうする。
だって自分の好きな子が、目の前でホロホロと涙を流していたんだから。
足音一つ聞こえない廊下に響くのは、床を叩く涙の足音。
それも一つや二つじゃない。ウチのクラスの40人という人数はすでに超えている。
すでに涙はホロホロからボロボロに切り替わりつつ、その姿に思わず心を奪われてハンカチを渡すタイミングが遅れた。しかも昔、限定弁当についてきたアニメハンカチだし。
「……なんで突然泣いてるんだよ?」
俺はハンカチのことには敢えて触れず、差し出したハンカチを受け取った秋月から背を向ける。だって泣き顔とか、女の子的にはあまり異性には見られたくないだろ? それがウソ泣きとかじゃない限り。
「勘違いしないでよね。別に泣いてなんかないんだから」
「いや、誤魔化すのは無理だろ。つうかなんで泣いたりして――」
「私は‼」
笑い声以外では、今まで聞いたこともない秋月の大きな声が廊下に響く。
その声に思わず背筋を伸ばすと、ふと背中に柔らかいものが触れた。
さらに息遣いもかなり近距離から触れていて。
「なぁ? 何して――」
「こっち見んな、バカハル‼」
後ろの様子を確認しようとしたら、すごい罵倒。
しかも秋月からバカハルとか呼ばれるなんて、ご褒美なのか罰なのか迷う場面だ。
でもここは真面目な態度を見せるべきだと、俺の直感が訴え続けている。
「なんで『バカハル』なのか? 理由を聞かせてもらってもいいか?」
「私はハルとのこと、そんな浅い関係だなんて思ってないから」
背中にポスッと何かがぶつかるのを感じた。
そして同時に、さらに秋月の息遣いが近づいた気もする。
「いやいや。たいして関りはないだろ、今のところ。せいぜい、一月に会話するかどうかの関係だぞ」
「だとしても。私にとってハルはすごく大切な位置にいるの……この鈍感」
「一月に一回会話するかどうかの関係でどうして――」
「大事なのは回数よりも話した内容でしょ……」
たしかに秋月と言葉を交わす時、俺は決まって自分なりのルールを設けていた。
それはなんとなく、彼女の元気がなさそうに見えた時だ。
いつも確信はなかった。でも悩んでるなら、軽く背中を押す手伝いぐらいはしたいだろうが。
「だから私にとってハルは、心の深いところにいる人なの。それなのに……」
「悪かったよ。まさかそんな風に思われてるなんて、思いもしなかったんだ」
「……自己評価の低さ。そこがハルの悪いクセ」
「否定できないな……」
たしかに自己評価が低いことに定評のある夏陽さんだ。
仮に正確な自己評価できてるなら、わらわらと周りに男子が集まる謎も解けている。
そこを言われると返す言葉もない。
でも――
「そっか……」
秋月にとって、いつの間にか俺は重要な位置にいたのか。
たぶん友だち枠としてだけど、それはそれで嬉しかったりする。
……なら一歩踏み込むなら、今なんじゃないのか?
「だ、だったらさ……俺と連絡先の交換とかしないか?」
俺が提案した途端、秋月がギュッと俺のブレザーを掴んだ。
今、俺の背中にはすごいシワができていることだろう。
もしかして俺の提案がまずかったのか?
「い、いや。別に変な意味じゃないぞ‼ ほら‼ 同じ家に暮らすのに、互いの連絡先も知らないとか不便だろ。それに今なら、連絡先経由でゲームに誘うだけで特典が――」
「聞き方がワザとらしいし、後半は詐欺みたい。おまけに声が上擦りすぎ。それに……」
背中に触れていた暖かさが離れていく。
これはさすがに拒絶と見るべきか。
そりゃあそうだ。こんな聞き方で教えてくれるはずが――
「それに遅すぎだよね」
後ろから差し出されたのは、白いクマの耳が付いたスマホケースだった。
透き通るような白い小さな手が、それを右手で弄ぶ姿を眺めていると。
「こっちは連絡先ぐらい、ずっと教えるつもりだったんだから」
スマホの持ち主である秋月が、決してこちらに顔を見せることなく言った。
「登録はハルがやってよ。もうロックは外してあるからさ」
「別にいいけど、勝手に見てもいいのかよ?」
「見られて恥ずかしいものとかないもん。そういうハルは?」
「ああ、俺もない」
良かった……まだ隠し撮りとかに走ってなくて。
後ろで秋月が顔を拭く間、俺は俺で自分の連絡先を秋月のスマホに登録していく。
電話番号はもちろん。メッセージアプリ、メールアドレスなんかも。
さすがに三つ全部使えなくなるなんてことはないかもしれないけど、『ありえないなんてことはありえない』と、どこかの強欲さんも言っていたから。一応念のためだ。
「ほいっと、登録完了」
「意外と早く終わったね」
「結構慣れてるからな」
主に相手は男子だけど。
でもそっか、つまり女子の初登録相手は秋月か……。
「これは……」
普通にニヤケるな。
よし、今日を交換記念日に制定しよう。
あくまでも俺が、記念日を制定できる立場にいたらだけど。
「はい。はい。登録が終わったら、早く体育館に行こう。これ以上遅れたら、本当に怒られちゃうもん」
俺の手から自分のスマホを回収して、秋月がやや目元を腫らしたまま歩き出す。
泣いたのはちょっと誤魔化せそうにないけど、俺が強引に花粉症とでも言えば済む話だ。
俺は歩き出した秋月を追いかける。
そして次第に歩幅を彼女の歩幅に合わせ、並んで歩き出す。
高校の入学式真っ最中。廊下には俺たちの足音しか響かない。




