第1話 「お土産」
俺は昔から女子が苦手だ。
男子相手なら案外あっさりと仲良くなれるが、女子相手だとつい苦手意識が出てしまう。親友曰くどうやら俺は異性を意識し過ぎらしいけど、別にそういうわけではないと自分では思う。
なんていうか拒否反応? みたいなものだ。
ガキの頃は今以上に怒られることが多く、特に女子から責められることが多かった。
つうかなんだよ、間違って女子の席に座ったら泣かれるって……泣きたいのはこっちだ。おかげで今も、席移動とかで一時的に女子の席を借りる時はヒヤヒヤものだぞ。
そんな感じで昔から俺にはそういうトラウマが多い。いや、女子関連以外のトラウマも多いんだけどさ。
ただその中で唯一、別の意味でどう接していいのかわからない女子がいる。
その子の名前は秋月フユ。恐らくというかたぶん、俺が恋を――初恋をしている女の子だ。
根拠はいくつかある。
その子の前に出ると鼓動が早くなり、離れていても同じ空間にいるとつい目で追ってしまう。おまけに四六時中、頭の中ではその顔を思い浮かべていて。街中では意味もなく、会えないかと期待してしまう。
AI先生に診断してもらったから間違いない。
本当は病院に行って診察してもらおうと思ったけど、それは親友に全力で止められた。
ただAIの診断を鵜呑みにするなら、俺が恋をしているのは明白で。
結論――
「高望みするにもほどがあるだろ?」
いつものように自室の勉強机に足を乗せ、口の中で棒付きキャンディーをガリガリと噛み砕く。
明日から高校生だというのに、何一つ変化した気が一切しない。
むしろ小学生の頃から変わってない気さえしてくる始末だ。
「ハッ……これで秋月とどうにかなりたいとか人生舐めすぎだろ?」
自分のことを鼻で笑い、残った棒部分を軽く噛んでから机近くのゴミ箱へ落とす。
「AI先生に質問。恋とはなんぞ?」
『恋‼ それは躊躇わないことです』
「いや、そんな宇宙刑事みたいなこと言われても……」
最近、公開された使用者に合わせて性格を変えられるAIさんだが、たぶん俺のだけ我が強すぎる。たぶん今のAIに診断してもらったら、『それは青春の病気ですね』とでも言ってきそうだ。
「大和と言いAIと言い、どうして俺の周りのやつはおかしな解答ばかりするんだ?」
『類友です』
「お前、間違いなく自我とかあるよな?」
スマホをスリープモードにして、勉強机に突っ伏して項垂れる。
高校は一応秋月と同じ高校に合格できたけど、この不安定な気持ちを俺はいつまで引きずるつもりなんだ? しかも一目惚れスタートで6年以上も片想いとか、いい加減に前進しろよ、夏陽ハル。そもそも妹経由で、好きな子の合格を確認してる時点でダサすぎるぞ。
「最初は転校生なんて珍しいから。ちょっと興味を持っただけだと思ってたのに……」
秋月フユと出会ったのは小四の春。彼女がウチのクラスに転校生として現れた時だ。
思えば当時から恋をしている気配はあったんだ。なにしろそれまで登校が面倒で不登校気味だった俺が、秋月が転校してきた途端に、ほとんど休まずに学校へ行っていたんだから。もちろん、秋月と同じ教室に居たいがために。
恋は人を変えるとはよく言うけど、まさか俺のサボり癖まで治すとは。
まあクラスが分かれた小五と小六、中一の頃はまたサボりガチになったけど。
でも一方で中二、中三で同じクラスになったら地味に皆勤賞。単純にもほどがある。
おまけに学年最下位だった成績をトップまで押し上げたのも、秋月と同じ高校へ行きたいがため。割と人生のほとんどを恋に左右されているのかもしれない。
案外、胸を張って言える。
「俺は恋の奴隷だ」
ただし、未だに片想い。完全なる一方通行。
それどころか向こう的には、単なるクラスメイト扱い。
むしろ部活の後輩でもある、ウチの妹との方が親交は深いぐらいだ。
下手をしたら、惣菜のパセリレベルかもしれない。
「ゼロどころか、数字を刻むところからのスタートかよ」
まだ好感度マイナスの方がマシだった。
それなら多少は認識されてるってことだし、『嫌いは好きに変換可能』と偉い人も言っていた気がする。それで好きの反対は無関心とも。つまり今、俺は最悪の状態にいるわけで。
「あ~‼ 俺はどうすればいいんだよ‼」
『とりあえず、今晩一杯付き合いましょうか?』
「勝手に起動するなバカAI‼」
頭を掻きむしり、青春らしい悩みに耽る俺にAIなりのアドバイス。
というか慰めること前提なのが微妙に腹が立つ。
「質問。気になる子の記憶に自分を植え付けるにはどうすればいい?」
『そうですね。とりあえず、このアニメを参考にしてみるのはいかがですか?』
スマホに表示されたのは、『こんなものを見たら、頭がおかしくなる』と言われた不条理ギャグバトル作品だった。うん、世代じゃない俺でも知ってる作品だけどさ。
「別の意味で記憶に刻み込む気満々だろうが‼」
さっきの質問的に、植え付けるとしたら好感の持てる印象に決まってるだろうが。たっく、最近のAIは何を考えているんだか……。
体を起こして再び勉強机の上に足を乗せるなり、椅子を傾けてグラグラとさせる。
学校でも家でもこの体勢が一番、思考が纏まりやすい。
「問題はちゃんと話せるかだけど――」
『お兄ちゃ~ん。ちょっと話があるんだけど』
俺が恋の作戦を立てようとしていると、部屋のドアが数回ノックされた。
部屋の外から聞こえたのは一つ年下の妹、春香。
はて? あいつは今朝から出掛けてたはずだが?
「なんだよ? 今日は夜まで帰らないんじゃなかったのか?」
目一杯体を仰け反らせて、ドアの方を見ながら声を掛ける。
今はまだ午後の3時過ぎ。夜というにはまだ明るすぎる時間だ。
概ね出掛けたものの、途中で飽きて帰ってきたという感じだろう。あいつ、俺に似て結構飽きっぽいところあるし。
「土産があるならリビングに置いておいてくれ。兄ちゃん今、すごく重要なことを――」
こちらが話しているにもかかわらず、ゆっくりと傾くL字のドアノブ。
どうやら直接俺に用事があるらしいけど、基本『不安でお前に家事は任せられねぇ』精神の春香が俺に、どんな用事があるって言うんだ?
ちなみに金を貸せとか言われても、今俺の財布には500円しかない。明日の小遣い支給日までは完全に金欠状態だ。
だからあらかじめ、無理難題を言われたら断ろうと考えていた。
少なくてもドアが完全に開ききる、その時が来るまでは。
「なっ……」
あまりの驚きに、つい絶妙な体勢で傾けていた椅子のバランスを崩した。
バシン‼ という大きな音とグキッという小さな音を出しながら、俺の体は青いカーペット上へ打ち付けられる。
「痛てぇ‼ 絶対に折れた‼ 絶対に折れた‼ つうか頭取れてな~い?」
あまりの痛みに床をのたうち回り、あまりにも滑稽な姿で一人大騒ぎ。
すると誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
ドアに焦点を合わせて見れば、そこにはヤレヤレという顔で春香が立っている。つまり今、部屋に入ってきているのは春香じゃない。とすると、自ずと侵入者の答えは浮かんでくる。
そもそもどうして俺が椅子のコントロールを誤ったか。
それはひとえに、予想外の登場人物に動揺したからだ。
「ハルって家でもそんな感じなんだねっ‼」
床に寝転がる俺の顔を覗き込む女の子がいた。
俺はその声に導かれるように、ドアの方から視線を移動させる。
「なんでお前がここに……」
ただしこんな近距離で直視なんてできないので、視線はやや逸れた状態だ。
それに声音も弾んだりしないように、敢えて抑え目にしている。
「う~ん……なんて言うかね……」
悩まし気な顔を覗かせるボブショートの黒髪の女の子。
膝を折り、体を俺に近づけていた彼女はやや小柄な体を真っ直ぐにする。
そして顔の前で数回右手の人差し指を振って、考える素振りを見せてからやや照れくさそうに――
「今日からお世話になります。春香ちゃんが所属する女子バレー部の先輩で、明日からハルと同じ高校に通う秋月フユです。三年間、夏陽家で居候させてもらうことになりました」
この展開にポカーンと口を大きく開いて困惑した俺は、思わずドアの方を見た。
そこでは妹の春香がニヤニヤとした顔つきで、口をパクパクと動かしていて。
【ね? 春香のお土産センスってたいしたものでしょ?】
兄妹だからこそわかる、妹の口パク。
素直にその口パクに返事をするとすれば。
【俺長男なのに、何も聞いてないんだけど⁉】
こうして高校入学前に、期せずして俺と秋月フユの関係が一変した。
ちなみにこれって、前進と後退のどっちの変化なんだ?




