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8 どうすればいいんだよ

第8話です。


父親のその後と、現実に向き合う時間を書いています。


気づけば、二週間が経っていた。


ハローワークにも、何度も足を運んだ。


中はいつも静かだった。


人はいる。だが、誰も話していない。


番号札を握りしめたまま椅子に座る。呼ばれるまでの時間が、やけに長く感じた。


やがて番号が呼ばれ、立ち上がる。


職員が何かを説明している。仕事の内容、条件、必要な書類。言葉は耳に入ってくるが、頭には入らない。


うなずく。それだけだった。


紹介された仕事はいくつかあった。


工場。現場。配送補助。


どれも、自分にできそうで、できなさそうだった。


面接も受けた。


一社目は工場だった。


「経験はありますか?」


「……ないです」


面接官の視線が、履歴書の途中で止まる。


それだけで、空気が変わった。結果は後日と言われたが、分かっていた。ダメだと。


別の日に受けた面接も、同じだった。


言葉が続かない。視線を合わせられない。過去の仕事のことを聞かれるたびに、喉が詰まる。


終わる前から分かる。


――ああ、これもダメだ。


それでも、通い続けた。


行くしかなかった。


部屋に戻る。


静かだった。


電気はついているが、部屋は暗かった。


冷蔵庫を開ける。何もない。パンが一つ。それだけだった。


机の上を見る。


生活保護申請書。ハローワークの案内。そして、封筒。


手を伸ばして、止まる。もう一度、伸ばす。


封筒を開ける。


「パパへ

ぼくはげんき

またいっしょにいたい」


目を閉じる。息が詰まる。声は出ない。ただ、肩だけが震えた。


「……くそ」


かすれた声が漏れる。


紙を折る。一度では折れない。折って、また折って、ポケットに入れる。


そのとき、コンコン、と音がした。


「……誰だよ」


ドアを開ける。


そこにいたのは、高田と――竹井だった。


一瞬、目が合う。


空気が止まる。


「……またかよ」


「何度かお電話したんですが、なかなかつながらなくて」


高田が落ち着いた声で言う。


「俺も何回か電話したけど、いなかったじゃねえか」


「行き違いになってしまって、申し訳ありません」


父親はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……とりあえず入れ」


部屋に入る。


机の上には、いくつかの封筒が置かれていた。面接結果の通知だと分かるものもあった。


「お仕事、探されているんですね」


返事はない。ただ、父親の視線が落ちる。


「……見つかりそうですか」


少し間を置いて、父親が口を開く。


「難しいな」


短い言葉だった。


「工場とか、現場とか……そういうの探してる」


「今も日雇いで、なんとかやってる」


竹井が口を開きかけて、止まる。


何を言えばいいのか、分からなかった。


少し迷ってから、ようやく言う。


「……そう、ですか」


ぎこちない言い方だった。


父親が、わずかに笑う。


「なんだその喋り方」


「前みたいに来いよ」


竹井は少しだけ苦笑する。


だが、言葉は続かなかった。


「……けどな」


父親が続ける。


「気持ちだけじゃ、どうにもなんねえんだよ」


「子どものためなら、なんだってやるつもりだった」


「そのつもりだったんだ」


言葉が止まる。


沈黙。


父親は、机の上を見ている。


封筒。申請書。ハローワークの紙。


視線が揺れる。


そして――


「……俺は働く」


低く言う。


「人の金で生きるなんて、できねえ」


高田は、すぐには否定しない。


「そう思われる方は多いです」


静かに言う。


「……簡単な話ではないですが、お子さんと生活を立て直すための手段の一つです」


父親は、何も言わない。


ただ、視線だけが机の上を行き来する。


そして――


「……やってるって言ってんだろ」


誰に向けたのか分からない声だった。


「仕事も探してるし……」


「ちゃんと、考えてる……」


言葉が、途中でほどける。


握った拳だけが、わずかに震えていた。


やがて、小さく息を吐く。


「……どうすればいいんだよ」


前にも口にした言葉だった。


だが、あの時とは違う。


誰かに聞いているんじゃない。


――自分で答えを出さなきゃいけない。


そう分かってしまった言葉だった。


その言葉を、竹井は聞いていた。


前にぶつかったときと、似ているようで――

まったく違う意味の言葉として。


――次は、逃げない。


そう思った。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。

次回は、竹井側の動きも少しずつ進んでいきます。


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