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7 また一緒にいたい

第7話です。


「また一緒にいたい」という言葉が、どう届くのか。

読んでいただけたら嬉しいです。


鉛筆を持った。


白い紙の上で、手が止まる。


何を書けばいいのか、分からない。


でも。


「パパへ」


それだけは、すぐに書けた。


部屋の中は静かだった。


保護所の職員は急かさない。


ただ少し離れたところで、龍斗が書き終わるのを待っていた。


龍斗は何度か鉛筆を止めて、また動かした。


消しゴムも、少しずつ丸くなっていく。


うまく書けているのかは分からない。


それでも、一文字ずつ書いていた。


その日の午後。


高田と係長は、龍斗の家を訪れていた。


リビングに通される。


少しだけ片付けようとした様子が、部屋のあちこちに残っていた。


「で?龍斗からなんだって?」


父親が、ぶっきらぼうに言う。


高田は封筒を差し出した。


「今日、保護所でお父さん宛に書いてくれました」


父親の手が、一瞬だけ止まる。


だが、すぐにそれを受け取った。


封筒を持ったまま、開こうとはしない。


一度だけ、指が動く。


だが、すぐに止まる。


「龍斗君と一緒に生活することを目標に、まずはお父さんの生活を安定させましょう」


「龍斗君も、それを望んでいます」


父親は何も言わない。


ただ、机の上の書類に一瞬だけ目をやる。


「これは……ハローワークの書類ですかね」


父親は否定も肯定もしない。


ただ、下を向いている。


「……それで、いつ龍斗は帰ってきますか?」


「やはり、お父様の経済的な基盤、そしてお子さんが安定して生活できることが必要です」


「だから、それがいつかって聞いてるんだよ」


突然、父親が声を荒げる。


部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。


高田は、表情を変えない。


「それは、お父さん次第です」


静かに、言葉を続ける。


「ただ、私たちとしては――働くこと。

それが難しければ、生活保護も含めて考えていただきたいと思っています」


父親は何も言わない。


視線を落としたまま、動かない。


「本日は、これで失礼します」


高田と係長は、部屋を後にした。


ドアが閉まる。


部屋に、静けさが戻る。


父親はその場に立ったまま、動かなかった。


やがて、ゆっくりと椅子に座る。


机の上に、封筒を置く。


その隣には、生活保護の申請書。


そして、ハローワークの案内。


視線が、その三つを行き来する。


しばらく、手を伸ばせない。


やがて、ゆっくりと封筒に手を伸ばす。


一度、止まる。


もう一度、伸ばす。


そして、開ける。


中の紙を取り出す。


「パパへ

ぼくはげんき

またいっしょにいたい」


その一文で、手が止まった。


息が詰まる。


何も言えない。


拳で口元を押さえる。


声は出ない。


ただ、肩だけがわずかに震える。


「……くそ……」


かすれた声が、漏れる。


紙を持つ手にも、力が入らない。


しばらく、そのまま動けなかった。


机の上を見る。


生活保護申請書。


ハローワークの案内。


どちらも、現実だった。


逃げようのない、現実だった。


父親は手紙を折る。


一度では折れない。


折って、また折って、ポケットにしまう。


そして、立ち上がった。


翌日。


ハローワークは思ったより人が多かった。


入口で、少しだけ足が止まる。


だが、そのまま中へ入る。


番号札を取る。


椅子に座る。


周りには、同じように黙って座っている人間が何人もいた。


誰も話さない。


ただ、自分の番を待っている。


時間だけが、ゆっくりと流れる。


やがて番号が呼ばれる。


父親は立ち上がり、カウンターへ向かった。


職員が何かを説明している。


必要な書類。


求人票。


条件。


言葉は耳に入ってくる。


だが、頭にはうまく入らない。


父親は何度かうなずいた。


それだけだった。


外に出る。


空は明るい。


だが、何も晴れた気はしない。


ポケットに手を入れる。


紙の感触がある。


取り出して、開く。


「パパへ

ぼくはげんき

またいっしょにいたい」


目を閉じる。


「……どうすればいいんだよ」


声は、小さく消えた。


その頃、所では――


竹井が記録を前に、手を止めていた。


画面の文字が、頭に入らない。


キーボードの上に置いた手も、動かない。


昨日の父親の顔が浮かぶ。


龍斗の言葉が浮かぶ。


「パパ来るの?」


あの声が、離れない。


――正しさだけで、いいのか。


竹井は、小さく息を吐いた。


「……どうすればいい」


誰に向けたものか分からないまま、

その言葉だけが胸の奥に残った。


第7話です。


今回は、子どもと父親、それぞれの視点から描いています。


「また一緒にいたい」という言葉が、どう届くのか。

読んでいただけたら嬉しいです。


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