南へ
清々しいほどの青空。
日の光を遮る雲もなく、空気も乾いている。
グリフォネア学院の今年の卒業式は天候に恵まれた。
卒業生代表として送辞を述べたのはアリシアやセリスでなく、一年生のころから学年代表だったアルヴィンだった。
能力の優秀さだけが必ずしも人を惹きつけるものではないとアリシアはこの三年で学んだ。
特にアルヴィンは人望が暑く、学院を一枚岩にできる人材だった。
卒業後は教職を目指すらしく、アリシアやセリスに教えを請うこともあった。
いつしかアリシアは彼のそんな勤勉な姿勢を尊敬するようになっていた。
卒業式を終え、寮へ戻るとマルタが卒業祝いのためにご馳走を用意していた。
今日だけは入寮していない生徒にも食事が振る舞われ、食堂はいつも以上に賑やかだった。
羊肉のソテーや魚介類をふんだんに使ったパエリアなど、食べ盛りの年頃の人間には魅力的な料理が多く、皆がそれらに夢中になっている中、アリシアはそれらの料理の中から川魚の香草焼きを見つけて、手に取る。
あのお店のものとは全く違うが、この町に来て初めて口にした料理で、思い出深い。
「あなた、それ本当に好きなのね」
セリスがブールを一つ手に取りながら言う。
「セリスさんだってそのパンばっかり食べてるじゃないですか」
「マルタのパン、好きだもの」
「おいしいですよね」
マルタの焼いたパンは普通のものとは少し違う。
サラマンダーによる徹底した温度と湿度の管理により、熟練の職人のような仕上がりとなっている。
これに慣れきってしまったことが恐ろしくなるくらいに、おいしいパンなのだ。
二人がそうした様子で談笑しながら食事を進めていると、アルヴィンがやってきた。
「やあ、楽しんでるかい?」
「アルヴィンさん、学年代表の最後の挨拶お疲れ様でした」
「ありがとう。でも結局卒業まで君たちに一度も勝てなかったのが心残りだよ」
「これだけ人に好かれる方が凄いですよ」
「それしかできなかった、の間違いでないことを願いたいね」
アルヴィンが自嘲気味に笑うと、セリスがすかさず釘をさした。
「こういうところでネガティブな発言は場にそぐわないわよ」
「確かに、君の言う通りだ。慎むよ。ところで、君たちはこの後どうするつもりなんだ? 半年前の進路相談の時には未定だって言ってたけど、さすがに今はもう決まっているんだろ?」
アリシアはセリスの顔を見る。
察したセリスが水を一杯飲んでから言う。
「――まあ、決まっていなくはないわ。とりあえず、アリシアと一緒に南へ行ってみようかと思ってるところね」
「南へ?」
「国境の付近に遺跡があるのよ」
「ルルブ遺跡かい? 僕も行ったことはないけど、一体何をしにいくんだい?」
「あの遺跡の中で起きた事件に興味があるのよ。面識のない十八人の人間による殺し合い。生き残りも自害していて、証人はいない」
「聞いたことはある……。それってたしか百年も前の話じゃないか?」
「そうよ。だからもう今更調べようとする人もほとんどいないわ」
遺跡で起こった不審な事件。
どういういきさつで集まったのか、何が起こったのか。
結果だけしか今はわかっていない。
アリシアとセリスが引っかかったのは、その被害者の中に一級の彫金師がいたことだ。
その人物は人生のほとんどをかけて特殊な装具を作ったと言われているが、それが何であるかは秘匿されている。
そして、それより南方の海域では、人を唆し海中に引きずり込む魔物の伝承が残っている。この二つの事柄に関連した小さな情報の欠片を組み合わせた時、セリスはその人がセイレーンリングと関係のある人物だと考えた。
「それを君が解決するとでも言うのかい? ――いや、いいんだ。君らのことだから何か理由があるんだろう。僕があえて触れることでもない。今後何か困ったことがあれば連絡をくれ。僕が力になれることだったら、力を貸すよ」
「ありがとう。そうやってみんなを誑かしているのかしら?」
「とんでもない。でも、コネクション作りの一環であることは否定しないよ」
彼はそれだけ言うと去って行った。
人間社会での立ち回りの上手い彼のことだ。
いずれ世話になることがあるかもしれない。
宴もお開きとなり、最後の夜を部屋で過ごす。
明日にはここを引き払う準備をすでにしている。
家具や寝具は最初から備え付けられていたものだ。
それ以外の消耗品や衣服も最低限のものだけを手元に残してあとは処分してしまった。
これから根無し草になろうとしているのだから身軽な方がいいだろうと話し合った結果だ。
「まるで入学してきた時みたいね」
セリスがそう言って、はにかむ。
「あれだけたくさんあったものが全部なくなると、少し寂しいですね」
がらんどうとした部屋の中は、見慣れたはずなのに知らない場所のようだ。
腕の中でラピスがもぞもぞと動いた。
「ラピスも落ち着かない?」
環境の変化というより、アリシアの気持ちに反応しているのだろう。
すぐにまた動かなくなった。
「そういえば私も南の方について調べたんですけど、魚介類が有名らしいですよ」
「あなた食べ物ばっかりじゃない?」
「そういう楽しみ方を知ってしまいましたから」
アリシアは嬉しさを隠しきれずにそう言う。
知らない土地を訪れる楽しみはいくらでもあるのだ。
目的など何でもいい。
一番重要なことは『誰と行くか』だ。
「それじゃあ、そろそろ寝ましょう。明日は早いわよ。さすがに初日から野宿するつもりはないし」
「はい。おやすみなさい、セリスさん」
「おやすみ、アリシア」
アリシアは目を閉じる。
思い浮かぶのは未だ見ぬ景色、動物、人。
そうしているうちに、やがて意識は深いところへと落ちていく。
そこは心地よく、そして温かかった。




