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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第三章「スリーピー・ホロウ」
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お願いがあるのです

収穫祭に夜の部があるなんて知らなかった。

夜の闇を照らす柔らかな灯りが幻想的で、アリシアの心に強い感動を残すことになった。

この時間が永遠に続けばいいのに、と願ったのも生まれて初めてのことだった。


昼に別れたセリスとも合流すると、やはり彼女も大いに感動を覚えたようで、力のない緩みきった顔で大通りの風景を眺めながら歩いた。

自分の感情を咀嚼することに必死で、あまり言葉を交わすこともなかった。


あのあと、グレイやエルネストとは会っていない。

恐らく家に帰ったに違いない。

グレイはその付き添いだろう。


夜が更け、アリシアたちはくたくたになりながら寮へ帰った。

同じような状態の生徒たちを何人も見かけ、皆楽しかったのだろうと想像すると不思議と可笑しくなって、笑みをこぼす。


部屋へ戻ると、示し合わせたわけでもないのに、ほとんど同時に、ふたりはベッドへ倒れ込んだ。


「あー……。疲れた……」


セリスがぼやくと、アリシアも同調する。


「ですね……」


今日一日でどれだけのことがあっただろうか、思い出すのも嫌になるくらいだ。


「でも、楽しかった」


セリスのその感想を聞いて、アリシアも無言で頷く。


「こんなに楽しいのなら、毎日やってほしいくらいです」


「王都だとあるらしいわよ」


「えっ、本当ですか?」


「町自体が大きいのも理由としてあるけれど、一番は見栄のためでしょうね。来賓に自国がどれだけ栄えているか見せつけるための」


「なるほど……。行ったことは?」


「ないわよ。噂だけ」


そもそも貴族は招かれないと行けないとセリスは付け加える。

勝手に王都へ侵入することは無礼と見做される。

そういうものらしい。


「ところで、例のモノは買えた?」


「はい、もちろんです」


グレイに提案された、お互いへの贈り物を探すイベント。

昼間に時間を決めて別れ、無事に購入し、見つからないようベッドの下に隠しておいたのだ。


二人ともそっと背中に回して、向かい合う。


「こうしてみると、少し恥ずかしいわね」


「私もです。誰かにプレゼントをするのは初めてで……」


「私もよ」


照れながらもふたりは、せーの、とかけ声をしながら取り出す。


アリシアがセリスのために買ったのは、羊皮紙で作られた栞だ。

白い押し花が挟まれていて、とても可愛らしい。


セリスが用意したのは、小さな銀のイヤリングだった。

セリスはアリシアの出した栞を見て、少し呆気にとられたような顔をした。


「あ、あの、言いたいことはわかってます。値段が釣り合わないってこと、ですよね?」


「……違う。どうして、それを?」


「セリスさん、いつも本を読んでいましたから」


「いえ、そうではなくて。その花……」


セリスが気になっているのは、栞に挟まれている押し花のことらしかった。


「ああ、これは、商人の方に聞いたんです。北の方の花で、スノードロップって言うみたいです」


「私の屋敷のお庭にあった花だわ。でもこれの押し花って、すごく難しいのよ? 値段にどうこう言うつもりはないのだけれど、この栞、すごく高価だったんじゃないの?」


「予算は越えてませんよ。なんでも、普通の押し花と違って、花を一度分解して、綺麗な形に整えてあるそうです」


スノードロップについては、いくつか説明を聞いた。

北の方の花であること以外に、花の持つ『冬の終わりに訪れる春の使い』であるということも。

彼女にこれ以上相応しいものはないと思い、これを選んだのだ。


「次はセリスさんの番ですよ。そのイヤリングは、どうだったんですか?」


「あなた、装飾品を身につけていないでしょう? 魔石も持っていないし。だから、これを選んだの。指輪や腕輪も考えたのだけれど、動く邪魔になりそうなものは、あなたはつけてくれないかと思って。あっ、それに、これ、すごくシンプルに見えて――」


アリシアは言い訳のような擁護を続けるセリスの手からそれを取ると、すぐに自分の耳につけてみせた。


「可愛いイヤリング、ありがとうございます。どうですか? 似合います?」


「ええ、とても似合っているわ。この栞も、ありがとう。私、大事にする。でも、この勝負は完全に私の負けだわ」


「どうしてですか?」


「故郷の花を持ってこられたら、勝ち目ないじゃない……」


セリスは栞を胸元でぎゅっと抱きしめる。

スノードロップの花言葉は『希望』。

彼女にはすごく必要な言葉だと思ったのだ。


「なんだか、胸がいっぱいです」


「私も。ちょっと、外に行ってくるわ。今日はまだ、門限もないでしょうから」


そう言って彼女は出て行った。

その目には涙が浮かんでいた。

泣くところをもう見られたくなかったのだろう。


「ラピス、おいで」


声をかけると、一日中大人しくしていたラピスが袖口から顔を覗かせ、アリシアに寄り添い、頬を撫でる。


「私、こんなに幸せでいいのかな」


楽しいことや嬉しいことがあると、ふと、不安になる。

それを失う辛さを知っているからだ。


しかし、楽しいことだけを積み重ねていくこともできるかもしれないとアリシアは希望を持っていた。

学校に来てからは、それを強く実感していたし、現にこうして上手くいっている。


「卒業してからのこと、本気で考えないといけないね」


ラピスと暮らしていくだけでなく。

もっと欲張ってもいいのだ。

幸せで人生を満たしながら歩いてもいい。


そうしているうちに、うとうとと眠気に襲われ、アリシアは眠ってしまった。


――夢を見た。

昔の家――まだ両親が生きていたころの家だ。

父の狩猟道具や、母の調理器具などが、昔のまま残っている。


もう思い出そうとしても思い出せないはずの幼いころの記憶が、今どうしてこうも鮮明に浮かんでいるのだろうと不思議に思っていると、隣にいたラピスが足を撫でた。


「ラピスも、夢の中に?」


今までこんなことはなかった。

夢はもっと夢らしいもので、あやふやで、形のないものだった。


顔を上げると、そこには女性の姿をしたスライムが立っていた。


「こんばんは、初めまして」


彼女が挨拶をするも、アリシアは警戒して軽く会釈するに止める。


「私とこうして会うのは初めてのことですね。私はマザースライム。その子の母です」


「ラピスの、お母さん?」


彼女は小さく、ゆっくりと頷いた。


「ラピス、と名をもらったのですね。我が子を可愛がっていただき、感謝します。こうして夢寐の地で出会うことが叶ったのは、あなたがこの構造――魔力の可逆性を認識できるようになったからです。今の私の弱い力では、意識に介入することは不可能でした」


「えっと……。言っていることはよくわかりませんが、ここは私の夢の中で、マザースライムさんは、私に会うために夢の中に出てきたってこと……でいいですか?」


「ええ、その認識で概ね正しいと言えます。私はその子の中で、あなたのことを感じていました。温かく、そしてかけがえのない存在として。隷属の契約も結ばずにこれだけ強い結びつきを得られたのは、あなたが防人の血を引いているからに違いありません」


『防人の血』という聞き覚えのない言葉に首を傾げる。

彼女の言っていることの半分も理解できなかったが、アリシアのことを知っていることだけはわかった。


「それで、あなたはなぜここに?」


「あなたにお願いがあるのです」


彼女は続ける。


「――あの男を殺してください」


その声色は、凍てつくように冷たかった。

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