表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第三章「スリーピー・ホロウ」
27/30

全然わかってないわ


収穫祭が本格的に始まったことを、セリスは五感の全てで感じていた。

楽しげな装飾や人々のざわめき、美味しそうな食べ物の匂い。

それは昨日までもあったはずなのだが、知識のないセリスにも商人たちが本腰を入れ始めたことがわかるほどに、祭りの香りが濃厚だった。


「……セリスさん?」


「え?」


アリシアのに顔をのぞき込まれて、ふと歩みを止める。

自分でも気がつかないうちに、涙が頬を伝っていた。


「あ、あれ? 何かしら?」


「……少し静かなところで休みましょう。あっちの路地なら人が少ないと思います」


アリシアに手を引かれ、人々の中を抜けていく。

情けないほどに涙が止まらなくなって、鼻をすする。


薄暗い路地裏で、セリスは壁に背を預け、地面に座り込んだ。

アリシアに泣き顔を見られたくなくて、すぐに膝の中に埋める。


「大丈夫ですか? 私、お水買ってきますね。ラピス、セリスさんをお願い」


そう言って、アリシアはラピスを置いて、通りの方へと駆けていった。


セリスは自分の涙が止まらないわけがわからなかった。

心配そうに傍で寄り添うラピスをそっと手で撫でる。


「……温かい」


人の体温と同じ位の温度をしていた。

いつもアリシアの服の下に潜り込んでいるのだから、そこまで冷たいはずがない。

まるで人の心、優しさそのものだ。

そんなことを考えると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。


「私、これからどうしたらいいのかしら?」


セイレーンリングがすでに存在しないことを聞いて安堵したのだが、それとは別に、道半ばで大きな目標を失ってしまったことがじわじわと胸を締め付ける。

こんなことを考えるのは烏滸がましいが、まるで目の前でご褒美を取り上げられるような錯覚を起こしていた。


達成感などあるはずもなく、自分程度の小さな存在では結局何も為しえなかったのだという空虚な感情だけが心に残った。


この結果だけを受け入れるのは、すぐには難しい。

この結末を迎えるためだけに、多くの時間と労力を割いてきたのだから。


「私がこの手で壊してやりたかっただけなのね……」


今にして思えば、自分自身の復讐心や執着心と素直に向き合ったことはなかった。

大事な家族とそれまでの生活を奪われた憎しみを原動力にしていたことは自覚していたが、それを盾に正当性を得ていたことも事実としてある。


激しい感情には良い面と悪い面があり、生きるには両方が必要で、どちらかが欠けてもここまで来られなかったのは間違いない。

――そんなことはわかっていたが、まさかその両方を失うことになるとは思わなかった。

暖炉の火に水をかけるがごとく、瞬間的に奪われた熱は、まるで初めからそこには何もなかったかのように、薄れ、消えていく。


鼻をすすり、手のひらを見つめる。

もうこの手には何も残っていない。

思い出、家族、故郷、夢も目標も、全て奪い取られてしまった。


そうしていると、アリシアが帰ってきて、よく冷えた水の入った木のコップを差し出した。


「お水、買ってきました。どうぞ」


「……ありがとう」


セリスは少しだけ口をつけ、また項垂れた。


「どうですか? 少し落ち着きましたか?」


「ええ、だいぶ。はあ……」


ため息をついてもアリシアを困らせるだけだと思って抑え込もうとすると、彼女がセリスの頭を優しく抱き寄せた。


「私にはセリスさんが何を感じたのかわかりませんが、そこまで我慢しなくてもいいですよ。もっと本音で話してもらった方が、私も嬉しいです」


「……驚いたわ。あなた、私のことをよくわかっているのね」


セリスが袖で涙を拭いつつ無理矢理作った笑顔に、アリシアは頬を膨らませて抗議する。


「わかりますよ……! 先生があんなことになってしまったのがショックだったんですよね?」


「……前言撤回。全然わかってないわ」


自信満々に的外れなことを言うアリシアを見てると、自分の悩みがほんの少しだけ馬鹿らしくなり、涙が引っ込んだ。


「もう、違うわよ。私はセイレーンリングを破壊するために今まで頑張ってきたのに、もうとっくに壊れてたって言われたら、少しがっかりするでしょう?」


「――あ、ああ! なるほど! わかりました!」


「な、何が……?」


アリシアは自分の考えの何が間違っていたのかわかったらしく、すっきりした顔で手を合わせて喜ぶ。


「セリスさん、あの人の言うことを信じちゃったんですね!」


無邪気にそう言う彼女を見て、セリスはまばたきをすることしかできない。


「ダメですよ、獲物の命乞いに耳を貸しちゃ……」


「いや、どういうこと? その言葉選びはともかく、あなたたちは先生の話を全部嘘だと思ったってこと?」


「私はむしろ、信じられる部分の方が少ないと思いましたよ。グレイさんはどう考えてるかわかりませんけど、多分同じ印象は持っていると思います」


確信めいた表情で彼女は言う。


「あなたたちは、先生の話を命乞いだと思ったってことよね?」


「そうですね。だって、まるで自分には価値がないかのようなことを言っていませんでしたか? どう見ても擬態ですよ」


「擬態って、あの、毒を持っていない虫が毒を持っている虫に似せるやつ、よね?」


生物の話にはあまり詳しくなく、恐る恐る聞く。


「はい。要するに獲物としての価値がないって自己主張することなんですけど、今回もそれだと思います。エルネスト先生の記憶にリングへのヒントはないってことを言いたかったんじゃないですかね。尋問や拷問をする時間も無駄になっちゃいますし、理由をつけるにはもう破壊されてしまったってことにした方がちょうどよかったのかな……。いや、それとも壊されたことにしてもう追うのをやめさせようとしたのかも。どっちにしても私たちには破壊されたかどうかを確認する方法がありませんからね」


「でも、グレイさんも状態としては同じなのよね? 確認できるんじゃない?」


「リングの方から干渉するかどうか選べるんじゃないでしょうか?」


グレイ本人には聞いてませんけど、とアリシアは付け加える。


アリシアの発想が妙に冴えているのは、こういう思考回路が訓練によって根付けられているからだろう。

おそらくは論理的に行き着いた結論なのではなく、直感的にそう考えるようにできているのだ。


「──っていうことは、セイレーンリングはまだ存在しているってことなのよね?」


「高い確率でそうだと思います。確かめられないので、もしかしたらってことも考えられますけど、セイレーンリングが生き延びることに特化した性格なら、そっちの方が信じられませんか?」


返す言葉もなかった。

正しいのか、間違っているのか。

それはセリスにもわからない。

今わかるのは、セリスは本来の道筋を外れて、信じたい方を信じてしまったということだ。


「……ありがとう」


「何に、ですか?」


アリシアは意地悪そうに笑みを浮かべる。

セリスも「まったく」と苦笑した。


「――私が楽をしようとしたことに気がつかせてくれて。自分が頑張らなくても、望む結果を得られるかもしれないって、どこかで思っていたのかも。……よし! リングは私が絶対に壊す! 他の人にも手を出させない!」


「その意気です!」


「本当にありがとう。アリシアがいなかったら、私多分おかしくなってた」


誰にも話せず、自問自答を繰り返して、何もできなくなっていたに違いない。

学校にも通えなくなっていただろう。


「セリスさん、一度部屋に帰りますか?」


「どうして? メンタルも回復したし、まだ歩き回れるくらいには元気よ?」


「いえ、そうではなくて」


アリシアの目線が上から下へと動く。

自分が今、どういう姿をしているのか思い出した。


「そ、そうね。服を着替えるのも、悪くないかも」


「顔も洗いましょう。目の腫れはどうします? お化粧で隠しますか? ラピスなら多分治せますけど……」


「お願いしようかしら。っていうか、そんなにひどい?」


「まあ、暗闇で出会ったら魔物かと思われますね」


「言い過ぎでしょ!」


涙と鼻水でボロボロの顔を隠すことなく、満面の笑みを浮かべた。

その後、アリシアに手伝ってもらいながら誰にも会わないことを祈りつつ、こそこそと裏道を通って寮まで足早に帰った。

今日ほど、祭りで人が大通りに集中していてよかったと思うことはないだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ