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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第三章「スリーピー・ホロウ」
24/30

学習の機会をください


――――収穫祭当日。

アリシアは当初の予定通り、セリスと一緒に町を巡るつもりだったのだが、グレイとの一件以来、彼女は塞ぎ込んでしまって、今朝も誘いはしたものの、謝罪と共に断られてしまった。


誰のせいでもないのに、とアリシアは思っていたが、セリスはそうではないようだった。

今までのことを思い返して反省するところがあったと彼女は少しだけ胸の内を話してくれたが、それ以上は何も語ってくれなかった。


準備の時はあれだけ明るく楽しげだった飾りつけが、少しだけ色褪せて見える。


――――とはいえ。

セリスがいなかったせいで楽しめなかったなどと言うのは、アリシアの主義に反する。

むしろ、彼女がくよくよせずに一緒に行けば良かったと後悔するくらいに楽しんでやると意気込んで歩いていると、諸悪の根源が遠くからやってきた。


「おお、早起きだな」


「グレイおじさん、まだ町にいたんですね」


「俺を恨むのはお門違いだろ。まあ、こういう時期も必要だ。お前らみたいに中途半端に優秀な奴らは特にな」


「ふーん、まるでセリスさんのことも事前に知ってたみたいですね」


「あいつが思っているより有名だぞ。家族全員死んだあと、自分の力で立ち直った貴族の娘なんて、物語性もあるし、民衆が放っておかねえよ。まあ、リングや事件そのものは知られてないがな」


「支援を受けないと生活できませんから、それはわかりますけど……。で、他に、あとは何を隠してるんですか?」


「言わねえよ。隠してるんだから」


「ケチ」


それより、とグレイは続ける。


「俺の本当の目的については話してなかったな」


「結構もうどうでもいいんですけど」


「お前はそうだろうよ。でもあの子への土産話にはなるだろ」


セリスのことも考えているんだ、と感心していると、グレイはそれを察したのか怪訝そうな顔をした。


「……この前話した内容で、セリスの父親からリングは別のやつの手に渡った話はしたよな? その運び屋になったやつが、この町にいる。今は症状も落ち着いているはずなんだが、定期的に様子を見るよう頼まれててな」


「島国を滅ぼしたって人ですか?」


「それはまた別のやつだ。その間だな」


「誰なんですか?」


「一緒に行くか。どうせ予定ないんだろ?」


アリシアの問いには答えずにマイペースに話を進めていくところに少し不満を覚えて眉をひそめる。


「失礼な。でも、お店が開くまでならいいですよ。まだ時間も早いですし」


「じゃ、さっさと済ますか。先に言っておくが、何を見てもみだりに話すなよ。他人に話す時は後始末まで考えて話せ。いいな?」


「誰にも言うなよ、ではないんですね」


「その線引きを学校生活で学んだんじゃないのか?」


「う……」


人のことを見ているのか、見ていないのか。

アリシアにもよくわからないが、グレイの他人の中身を見透かす能力が本物であることは、一番よく知っている。


グレイに連れられて歩いていくうちに、見覚えのある路地へ到着する。


「あれ? ここって」


「こっちだ」


グレイの指す民家は――エルネスト先生の住んでいる家だった。


ーーーーー


頭の中の声が鳴り止まない。

それは命令ではないし、語りかけているわけでもないし、ましてや自身を否定しているわけでもない。


ただ、声がする。

それが耐えられないほどに苦痛だった。


夜になるとそれは酷くなり、やがてエルネストの手を離れた。

追い出したという方が正確なのかもしれない。


毎年、収穫祭が近くなると症状が悪化するのは、ちょうどセイレーンリングに洗脳されていた時期だからだ。


正しさの基準が曖昧になり、自分の行いがどれだけ間違っていても全て自分の意思決定によるものだと思わされる。

アレを一度体験した者は、二度と以前の身体には戻れないと聞く。

自分自身でもそうだと思う。


扉をノックする音が聞こえた。

この説明は他人には難しいが、耳から入ってくる音に関しては、幻覚と現実の区別がつく。

きっと、音の響きや振動と関係があるのだろう。


「クローカー、出てくれないか……?」


エルネストは寝室でそう呟く。

声の大きさは問題ではなく、そういう意図で音を発したことが重要なのだ。

しかし、クローカーからの反応はない。


「……クローカー?」


不思議に思いつつも起き上がり、眼鏡をかけ、寝癖を適当に手で直しながら、玄関へ向かう。

こんなに朝早くからいったい誰が来たんだろう、と扉を開くと、そこには黒い眼帯をした初老の男が立っていた。


「よう」


彼はそれだけ言う。

ぼやけた頭が段々と冴えてくる。


「……グレイさん?」


そういえば、今はそんな時期だったと思い出す。

収穫祭が始まると彼が家を訪ねてくることを、毎年忘れている。

それくらいに、この時期は体調が悪いのだ。


「随分元気そうだな。中に入ってもいいか?」


「どうぞ。――あれ?」


「すみません。私も、来ちゃいました」


グレイの影に隠れるようにして、アリシアがいた。

その姿を見て、そういえば二人が師弟関係だったことを思い出した。


中へ案内するも、エルネストにおもてなしをする元気はなく、どうしようかと動かない頭で考えていると、アリシアが私がやると言って道具の場所だけ聞いて手早くお茶を淹れ始めた。


「どうだ? 声がするか?」


「ええ、ずっと。起きていても、寝ていても」


「あと、お前のゴーレムの姿が見えないが」


「クローカーは収穫祭の間は町の人たちの手伝いをするよう言ってありますからね。彼の怪力は助けになるはずですから」


「でも、この時間にいないのは変だろ?」


「……ええ。僕も今、そう思っていたところです」


そう答えると、グレイは訝しげな顔をした。


「魔力の繋がりはどうだ? 離れすぎていると切れることもあるが」


「それが……」


手繰ろうとしたヒモの先が切れているような感覚に陥る。

魔力の繋がりが完全に切れているようだ。


しかしそれはあまり問題ではない。

それくらいで制御不能になるほど、クローカーは馬鹿ではない。


「夜には帰ってくるはずなんですけどね……。おかしいな……」


「――やられたな」


「え?」


「あー、そうだな……。アリシア、お前も聞いておけ」


そう声をかけると、アリシアは手を止め、席に着いた。


「セイレーンリングは人を操る呪具だ。大抵は精神に作用すると言われているが、実際は少し違う。魔力そのものに寄生するんだ。魔力の流れを遡って、人間の心を支配する仕組みだな。そして、リングを手放しても、その影響の一部は魔力の中に残り続ける。俺たちテイマーは魔物と魔力で深い関係を結ぶ。その流れを利用して、魔物の方に流れてしまう場合がある」


「じゃあ、今は、クローカーの中に?」


エルネストは頭痛を感じ始めた。

あんなものが入っているとは考えたくない。


「恐らく、な。だがリングに魔物の精神を完全に乗っ取ることはできない。寄生虫の中間宿主と終宿主の違いのようなもんだ」


「クローカーはどうなっているんですか?」


「町に目立った被害が出ていないところ見るに、暴走というよりは、お前のように体に不調を感じて身を隠しているようだな。もしもお前が好戦的な性格の人間だったら、今頃この町は消滅していただろう。お前が滅ぼしたあの島国――ノルディアのようにな」


アリシアが少しムッとした顔でグレイを見た。

意地の悪い言い方をするなと言いたいのだろうが、エルネストからすると、滅ぼすことに加担した事実は変わらない。


「ゴーレムの行き先に心当たりはあるか?」


「この町から出ないように命令してありますから、出てはいないと思います。でも、本当に苦しくて、人に危害を加えそうだと判断したなら、郊外にいる可能性もあります」


「十分だ。アリシア、行くぞ。話の続きは、ゴーレムを連れ戻してからだ」


「僕も行きます」


「病人は家で寝ていろ。生徒の前でいい格好をしたいのなら、学校ですればいい。お前は不治の病にかかった患者が寛解してるだけにすぎないという自覚を持て。俺やローディウスのサポートはお前らみたいなやつのためにある」


「……すみません」


「謝るな。寝てろ」


ぶっきらぼうに言って、グレイはアリシアを連れて出て行った。

気が抜けて、椅子に座り込む。


毎年会っているはずなのに、あの威圧感にさらされると、嫌でも体の芯が強張る。

アリシアもよくあの『隻眼の大鷲』と行動を共にできるものだ。


彼女のやりかけたお茶の続きを自分で続けながら、エルネストは考えていた。

何か力になりたいが、グレイにしてみれば何もしないことが一番の協力になるのは間違いない。

せめて、クローカーの気配を感じたら、すぐに手元に戻ってこさせるよう構えておくしかない。


ーーーーー


エルネストの家を出て、グレイの後ろについて歩きながら、アリシアが聞いた話のことを考えていると、突然グレイが歩みを止めた。


「お、なんだ?」


彼の前にいたのは学生服を着たセリスだった。彼女は挨拶もなく、ただ深々と頭を下げた。


「申し訳ございませんでした」


「何がだよ」


「自分の過ちを認めることがすぐにできなかったことです。そして、そのせいでグレイ様の貴重な時間を浪費させてしまったこともです」


「そうか。それで、何をしに来たんだ?」


セリスは小さく息を吸って、はっきりと答える。


「私にも学習の機会をください」


「……ああ、なんか色々勘違いしてそうだな。今は時間が惜しい。歩きながらでいいか?」


「――はい!」


同行を許可された、とセリスは受け取ったようで、ぱあっと明るくなる。

グレイがどこに向かっているのかはアリシアにも分からないが、早くもなく遅くもない一定の速度で、彼は歩き始めた。


「正直、俺は人に教えるのは上手くねえんだよ。アリシア見ればわかるだろ?」


「ですが、アリシアは学校でトップの実力です」


「……マジ?」


信じられないという顔でグレイはアリシアを見る。

そういえば学校での話は一切していなかった。


「……私の人生の目的はセイレーンリングの破壊です。それは叶うと思いますか?」


「どうだろうな。お前次第だろ」


「できないとはおっしゃらないのですね」


「そりゃあな。そのために俺のところに来たんだろ? 手段を選ばないことに決めたんだろ? お前は内心相当悔しかったはずだ。出来ているつもりだったのに、ガキ扱いされたんだからな。俺に頭を下げて学びを得た方がいいと気がついていても、プライドがそれを邪魔する――」


グレイの推測に、セリスが苦い顔をする。


「ええ、その通りです。私のプライドなんて大したことないと自分に言い聞かせるのに時間がかかってしまいました」


「だろうと思ったぜ。実はそれも少し間違いがある。お前のプライドは大したことがないなんてことはない。小さなプライドがどれだけの力を生むか、まだ自覚がないか? お前はプライドを捨てたんじゃない。プライドがあるが故に、俺のところへ来たんだよ」


「……言葉遊びですか?」


「そう思うならそれでいい。きっかけなんてどうだっていい。結果が全てだ。さて、ここからが本編だ。俺たちは今、エルネストの魔物を追っている。痕跡はないに等しい。お前ならどうする?」


「――ああ、そういうことですか。詳細を聞くのは後で構いませんわね? ガルム」


セリスの呼びかけで、ガルムが影の中から姿を現す。


「……ケルベロスか」


「さすが、よくご存じですわね」


「まあ、稀少な魔物はだいたい覚えているからな。しかしこの種は追跡に特化しているわけじゃないだろ」


「だから、鍛えましたの。ガルム、エルネスト先生の魔力は探せますか?」


周囲を匂い、やがてガルムは風上の方を向いて固まる。


「こっちのようです」


「正解だ」


「え?」


「お前の能力を試しただけだ。俺はもう見つけている。あてもなく動き始めるわけないだろ。これから少し魔力を使うが、狼狽えるなよ」


そう言うと、グレイの身体から、凄まじい量の魔力が噴き出し、空へと上がっていく。

アリシアも久しぶりに見たが、少し勉強をしたことで彼の凄さが理解できる。


必要な時だけパートナーと繋がることで魔力の消費を最小限に抑えていながら、その繋がりはまるで太い鎖のように強固だ。


「空……。グレイ様のパートナーは鳥族なのですか?」


「アリシア、代わりに説明してやれ」


「おじさんのパートナーは大鷲ですよ。種族は、何でしたっけ?」


「……ロック鳥」


「ロック鳥です!」


それを聞いて、セリスは目を見開いた。


「ロック鳥を扱うテイマーは、一人しか知りません。その情報のほとんどが謎に包まれているA級テイマーの……」


「そこまでだ。少し走るぞ」


グレイが駆け出すと、アリシアたちは慌てて跡を追った。

とても初老の人間とは思えない速さで走るため、身体能力には自信のあるアリシアでも、見失わないのがやっとだ。

セリスの方が心配になって後方へ目をやると、どうにかついてこれているようだった。


「おい! ついてこれないなら置いてくぞ!」


「大丈夫です!」


グレイも一応は意識しているようだ。

しかし、速さを緩めることはしない。

その様子を見て、アリシアは懐かしさを感じていた。


彼はこういう人だったと思い出す。

自分もよく、森の中に置き去りにされた経験がある。

あのころはどうやって家まで戻ったか覚えていない。


そうして進んでいると、やがて一行は郊外へ出た。

町の外の、草原地帯になっているところに、それはいた。


紫紺色の鎧を着た、首のない異形の騎士。

日を浴びて輝くその鎧は、キラキラと輝いて見えて、少しだけ格好良いと思ってしまった。


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