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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第三章「スリーピー・ホロウ」
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よく知っているな


日が暮れ、アリシアはセリスを連れて、以前訪れた酒場のような飲食店へと到着した。

あの時食べた魚の香草焼きのような料理は、あれ以来口に出来ていない。

いつも寮で食べるマルタの料理は美味しいのだが、それはそれ、これはこれだ。


店の前でグレイの到着を待っている間、セリスがそわそわとしきりに前髪をいじったり、落ち着きなく服の裾を気にしたりしているのを、アリシアはしばらく放っておいたが、気になってついに聞いた。


「緊張しているんですか?」


「当たり前でしょ!? センスのない女性だと思われたくないもの!」


「……もしかして、セリスさん、グレイおじさんのことが好きなんですか?」


「あんた、なんで、そんな」


セリスは顔を赤くして、わなわなと震えながらやっと言葉を発する。


「いえ、とてもわかりやすいので……」


「でも言うことないでしょ! そうよ、一目惚れしたの。だから、わかるわよね?」


「えっと、慰める準備ですか」


「――殴るわよ?」


おっと、とアリシアは話題を切り上げ、グレイがまだ来ていないか通りを見渡す。

ちょうどこちらに向かっているようで、手を振っているのが見えた。


「あっ、来たみたいですよ」


「えぅ」


呼吸なのか声なのか判断に困る音をセリスが出しているうちに、グレイは二人の目の前までやってきた。


「悪い、待たせた。腹減っただろ。入ろうぜ」


そう言いながら、グレイはセリスを一瞥すると、一気に目つきが鋭くなった。


「セリス、学生服とは随分と印象が違うな。そのドレス、ウール生地だな。ネイビーを選んだのも雰囲気に合ってる。ショールはアイボリーなのも組み合わせとして綺麗だ。カシミアの、混紡か。しかし質がいい。靴は……レースアップブーツか。よく手入れされている」


「あ、あ、あの、そんなに近寄られると……」


「ああ、悪い。俺の癖でな。良いものを見るとどうしても度が過ぎてしまう。すまなかった。香水も良いものをつけているな。センスがいい。せっかく綺麗なのに、こんな店を選んだのが申し訳ないな」


綺麗と言われたセリスはもう爆発寸前の様子で、手をあわあわと忙しなく動かしている。


「いえ! 私はグレイ様の選んだお店がいいのです!」


アリシアは何を見せられているのだろうと思いつつ、無言で店の扉を開いて、二人に中に入るよう促す。


アリシアに恋愛はわからない。

一定の理解はあるが、共感はできない。

誰かと寄り添いたいという気持ちになったことがないのだ。


もちろん、セリスと一緒にいるのは楽しいし、ずっとこのまま友達でいたいと思う。

しかし、それは恋愛とは違うと理解している。


四人掛けの四角いテーブルにつき、グレイのおすすめのヤマメの香草焼きが運ばれてくると、セリスの口元が緩むのが見えた。


「遠慮せずに食べてくれ。俺は酒でも飲んでるよ」


そう言ってアリシアに聞き馴染みのない酒を注文したグレイは満足そうな顔をして笑っていた。


セリスの食事の所作は、アリシアの見たことのある彼女の姿とはまるで違っていた。

一つ一つが丁寧で、美しい。

どういう教育を受けてきたのだろうと、不思議に思うほどだった。


「おじさん、なんでこの町に帰ってきたんですか?」


「なんでってお前、俺は商人だぜ?」


「素性がバレていないとでも?」


「……ハハハ」


グレイは気まずそうに目を伏せる。

テイマーではないとの嘘は言っていないが、本当のことも話していないことを、今のアリシアは知っている。


食事が運ばれてきて、すぐにグレイは酒を口に運ぶ。

アリシアとセリスは果物のジュースを注文して、雰囲気を味わっていた。


「……どこまで聞いた?」


「そういう駆け引きはいいですよ。面倒です」


「ハッ、よく言う。セリス、お前はどう思う? 俺のことは?」


「は、え、私ですか!? そうですね……」


セリスは眉間に皺を寄せて真剣に考えている。

アリシアよりも観察力や洞察力に優れていることを考えると、情報がなくてもある程度当てられるのではないかと期待する。


「立ち振る舞いから、熟練の冒険者であることは推測できます。ここへ向かってくる時も、常に周囲に気を配っていましたね。日常的に危険に身を置く人間特有の警戒の仕方だと感じました。でも、噂に聞いていたようなA級テイマーであるかどうかはわかりませんでした。もしよろしければ、パートナーの魔物について伺ってもよろしいでしょうか?」


「テイマーにパートナーについて聞くのは御法度だと知っていての質問か?」


グレイの隻眼がじろりとセリスを睨めつけた。

彼女は一瞬だけ動揺する様子を見せるも、すぐに冷静に持ち直す。


「失礼しました。私の好奇心を抑えきれず……」


「気をつけろよ。煽りだととられても仕方ないからな。で、俺のことだが、それはここで言う必要ないだろ。アリシアがだいたい知ってるから好きなだけ聞けばいい」


「あなた様の口から聞きたかったのですが、おっしゃる通りですね。あとでアリシアに聞きましょう。せっかくこうして、実際にゆっくりとお話しさせていただける場をもうけてもらっていますのに、私ったらテイマーのことばかり……」


「好きなんだろ? 恥じることはねえ。それ以外に聞きたいことでもあったのか?」


「あっ、それは、えっと……」


アリシアは察する。

恋愛小説で見たことがある。

グレイに恋人がいるかの確認をしたいが、その勇気が出ない。


ここは友人として助け船を出すべきだろうか。

いやしかし、余計な手出しをするのも違う気がする。

それが原因で、セリスが失恋することだって考えられる。


もし、呆気なく、グレイが「妻子がいる」なんて答えた日には、目も当てられない。


しばし思案した末、アリシアは違うであろう話題を切り出す。


「グレイさん、セイレーンリングって知ってます?」


そう聞いた途端、グレイの動きが明らかに止まった。

ゆっくりと酒の入った木樽型のジョッキを置き、天井を仰いだあと、落ち着いた低い声色で言葉を発した。


「……見たのか?」


「いえ、噂だけ」


「お前らがなんで興味を持ったのかは知らんが、見つけても触るな。近寄るな。調べるな。このままその名前は忘れろ」


真剣な眼差しでグレイは言う。


「人間という種に対して天敵であり、有害なんだ、アレは。専門の追跡チームが組まれていたこともある」


「過去形ですか?」


「壊滅した。優秀な猟犬で、リングにたどり着いたせいでな。最初に操られたやつは仲間を殺し、リングを持って逃走、そんでその辺で見つけた人間に鞍替えして、さらに遠方へ逃げた。アレに操られた最初のやつは全ての生命力と魔力を吸い尽くされて、発見された時には死んでいた」


それは凄惨な現場だったに違いない。

触れてはいけないものとして認定されるには十分な被害だっただろう。


「……少し掘り下げてもよろしいですか?」


セリスが静かに聞く。

先ほどまでの感情の全てが深いところへと沈んでいったかのように、冷たく落ち着いていた。


「……アリシアが興味を持つとは思えなかったからな。原因はお前か。いいだろう、俺が知っていることなら答えてやるよ」


「ありがとうございます。その追跡の話については私も調べました。その後、海を渡り、一つの島国を内乱で壊滅させ、行方知れずになっていることも」


「よく知っているな」


「ただ、妙なことに気がつきました。あなたはどこで、この話を知ったのですか?」


「それはお前……」


あからさまに失敗したという顔を、グレイがする。


「私の父は北部の貴族で、狩人の異名を持つ家系です。ここまで言えば、わかりますよね? あなたの話に登場した、腕輪に操られて追跡チームを皆殺しにした人間は、私の父です」


え、とアリシアも声を漏らす。

ただならぬ因縁だとは思っていたが、そこまで直接的に関わっていたとは思っていなかった。


「ただ、あなたの話には間違いがあります。父が殺したのは自身の家族――私の母、兄弟姉妹、使用人、その全てです。そして、隠れた私を見つけ出せずに父という名の魔力の供給源が力尽き、次の人間へと乗り移り、立ち去りました。枯れ果てた父の遺体の、枯れ枝のように痩せ細った手足を私は今も鮮明に思い出せます」


「……で、俺の話のどこが違うと?」


「チームじゃないのですよ。私の家族なのです。狩りは集団で行うものという原則に基づいて組み立てられてはいたのですが、役割分担をしていただけの家族だったのです。それをチームと表現するのは、当事者的な視点でなければあり得ない。伝聞で知ったのなら、チームではなく家族と表現するはずですから。当時この件を事件だと認識していたのは私だけ。地元では調査されることもありませんでした。状況だけを見れば、父が精神に異常をきたしたと判断するのが当然でしたので、それに対して文句はありませんが」


話についていけないアリシアはじっと黙って、頭の中で情報を整理する。

集団で狩りを行っていた家族のことをチームだと言ったことを変だとセリスは言っているようだが、それがなぜなのか、アリシアにはわからなかった。


「ずっと不思議だったのです。――――グレイ様、どうして何の匂いもしないのですか?」


「……やるな。しかし、そうか。そこまで気がつけるくらい賢いが、まだ子供か」


グレイはクックと笑う。


「セイレーンリングにはいくつかの追跡方法がある。魔力の残滓を追うのもそのうちの一つだが、お前は影響の欠片のようなものを匂いとして認識できるようだな。狩人の才能もあるんだろう。お前みたいなのは早死にするぜ」


「私の問いに答えていただけませんか?」


「お前の予想通りだよ。俺は昔、リングに触れたことがある。その結果、体に残された影響のせいで事件のことを感覚的に知っている。そしてお前みたいな鋭いやつから逃れるために意図的に一部の魔力を閉じている」


「やっぱり――」


「お前の視点で見れば俺は怪しく写るだろう。だが、環境も整えずに、闇雲に追い詰めるのは良くないな。アリシアにも説明してないんだろ? もし俺が今の所持者だったらどうするつもりだったんだ? よほど腕前に自信があるんだろうが、相手の方が強い可能性は十分にあるだろ」


「で、でも……」


「まあ、一概に悪いとは言わない。復讐心を理性で抑えるのは難しいからな。良い練習にはなっただろ」


グレイがそう言って酒を煽る。

セリスは口を一文字に結んで下を向いたまま、黙ってしまった。


「――アリシア、お前はどう思った?」


「すみません、話の半分くらいがわからなかったんですけど、結論だけ聞いた感じ、勝てる状況を作ってから戦えって話でしたよね?」


「……だいたいそうだな」


「じゃあ、別に勝てばいいじゃないですか。難しい話ですかね?」


「だからよ、お前。相手を逃がさないための準備とかあるだろ」


「いや、それが変なんですよ。足を折っちゃえば逃げられないじゃないですか」


「…………」


グレイは目を閉じて過去のことを思い出すように天井を仰ぎ、眉間に深いシワを寄せたまま、大きなため息をついた。


「相手が獣なら足を折る。鳥なら羽を折る。そういうやり方を教えたのは、俺か……」


「そうですよ」


何も変なことは言っていないと自信を持って答える。

他の二人が暗い顔になってしまったテーブルで、アリシアはただ一人、運ばれてきたヤマメの香草焼きに手をつける。

香しい匂いだけが虚しく漂っていた。

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