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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第三章「スリーピー・ホロウ」
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妙な気配だ


イグナートは収穫祭に対して心の底から興味がなかった。

それどころか、町中が妙な興奮に包まれ、普段と違う雰囲気がイグナートの精神を常に緊張させる。


「繊細ですね、イグナート」


夜の学校の上空をゆっくりと旋回しながら、ルベルナが背中のイグナートに喋りかける。


「学校の奴らも浮かれやがって」


「楽しむべき時に楽しむことも必要では?」


「俺には必要ない」


ふてくされている様子が面白かったのか、ルベルナはクスクスと笑う。


「こう人の出入りが多いと、わけのわからんやつが入ってきてもわかんねえだろ」


「それも収穫祭の楽しみの内では?」


「人間はそこまで野蛮じゃねえよ」


昼間なら人間の放つ魔力の流れが濃霧のように立ちこめていて、ルベルナの目を持ってしても細かな違いまで見分けられない。

夜になればいつもよりは見づらいものの、ある程度人の動きが見える。


少し治安も悪くなっているのか、衛兵たちの巡回は朝まで行われている。

大通り沿いを見張られるだけでも、犯罪は行われにくいようで、いつもよりトラブルも少ないような気がする。


今やイグナートの夜の見回りはただの趣味のようなものだ。

特に必要ないと思いつつも、それをやめるにはすでに習慣になってしまっていて、やらなければ気持ちよく床につけない。


月が上がってから一時間ほど町を見ていたが、今日も何も起こることはなさそうだと感じ、ルベルナに帰宅を提案しようとした、まさにその時だった。


「――――イグナート」


「ああ、妙な気配だ。人間じゃなさそうだな」


最初は路地裏から感じた微量の魔力は、少しすると別の場所へと移動している。

誰かを襲っているような雰囲気もなく、ただ彷徨っているような印象を受ける。


ただし、その魔力の濃度は元々そこにあったかのように濃く、しかし性質はまるで夜の闇のようだった。

それはまるで、あの日感じたセイレーンリングなるものと酷似している。

違うのは悪意の有無といったところだろうか。


「……探るだけ探るか」


「危険なものだったらどうするのですか?」


「この町に俺より危険なものがあるのか?」


自信満々に言うイグナートに、ルベルナはやれやれと小さくため息を漏らす。


夜の町へ降り立ち、ルベルナを魔石へ還し、魔力の痕跡のあった辺りを調べていると、小さな鉱石をいくつか見つけた。

普段目にする石ころと変わらないような見た目だが、その数が不自然に多い。

仕事帰りの炭鉱夫のポケットを逆さまにしてもこれほどまでには出てこないだろう。


「足跡があるな……」


靴の足跡のようだが、サイズは四十センチほどありそうだ。

足の大きさがそれだけあると、身長は二メートルを超えているに違いない。

そんな大きな人間が道を歩いていれば嫌でも目立つ。

だから夜に活動しているのだろうか、と考えたところで、ふと違和感を覚えた。


「こいつの目的は何だ?」


目立たないよう行動したいのは理解できる。

しかし、収穫祭の期間になってから姿を現したことがどうも納得できない。


元々この町にいて、隠れ住んでいたと考えられないのは、毎晩見ていたから間違いない。

この生物はここ数日のうちにこの町に発生して、理由はわからないが、徘徊している。

それもわざわざ人の目が多い、この時期に。


「ルベルナ、お前はどう思う?」


「魔物だとしても、やけに理性的ですね。もしかして目的がないのでは?」


「目的が、ない?」


徘徊そのものが行動の理由なのだろうか。


「わからないことが多いな……」


そんな会話をしていると、ふと、近辺に魔力が発生したのを感じた。

正体不明で不気味。

その一言に尽きる。


イグナートは周囲に気を配りながら、気配の方へと向かう。

出現条件も消える理由もわからない以上、人目を避けて素早く会合すべきだと考えた。


民家の屋根へ上がり、音を立てずに走る。

目的地はおよそ人の通りのないであろう裏路地だった。

行き止まりになっているところに、それはいた。


紫紺色の甲冑に身を包んだ騎士。

頭部がなく、手には剥き出しのロングソードを携えている。


「おい、お前。話はできるか?」


イグナートの問いかけには反応せず、首のない騎士はただ何もない壁の方を向いたまま動かない。

痺れを切らしたイグナートが一歩近づく。

すると、騎士は剣の切っ先をゆっくりとイグナートへと向けた。


敵意は感じないが、警告であることは理解した。

これ以上近寄れば、攻撃、もしくは逃走を試みるだろう。


「俺に剣を向けたってことは、そういうつもりだって受け取るぜ?」


イグナートはルベルナの特性を身体に巡らせる。

召喚せずとも、魔力の繋がりだけで身体能力の強化は行える。


イグナートは力強く一歩を踏み出し、素早く騎士の懐へと入り込む。

竜の鱗を纏った拳で、騎士の腹部を狙った裏拳を放つ。

鈍い音がして、空気が震えた。


イグナートの拳は、鎧を砕くことはできなかった。

それどころか、体勢を崩させることすらできず、大きく弾き飛ばされる。


「……マジか」


今の一撃で痛感した。

体格差もあるだろうが、何より重量が違いすぎる。


ルベルナの力を纏ったイグナートでも、体重はせいぜい九十キロから百キロといったところだ。

今の感触だと、この謎の騎士の重量はイグナートを遙かに上回る。

正攻法では後ずさらせることすらできない。


この攻撃を受けても、騎士は全く動かなかった。

大きな隙をさらした間の反撃に備えていたイグナートの気が緩む。


――それを狙っていたのだろう。

次の瞬間、騎士はイグナートの顔へ掌底を放ち、同時に足払いをかけて、頭から地面へ叩きつけた。


勘で咄嗟に防御の姿勢をとったイグナートは意識を失うことこそなかったが、衝撃で身体が痺れて動けない。


「つえーな、お前」


イグナートがゆっくりと身体を起こしている間、騎士は追撃をしてこなかった。

あくまで攻撃をされたから、仕返しただけのようだ。


そのルールを理解したイグナートは、さらに挑戦を続ける。

手も足も出ないことはわかっている。

しかし、だからこそ、せめて一撃くらい与えてよろけさせたい。


朝日が昇るころ、傷だらけで気を失ったイグナートだけが、その裏路地に残されていた。

どこかのタイミングで気絶していたらしく、その間に立ち去ったらしい。


「……ルベルナ、どうだった?」


「今のままでは勝ち目はありませんね」


「クソ、わけのわからんやつだったが、強かったな」


自分よりも強かったことは事実として認める。

それよりも、イグナートには気になる点があった。


「あいつ、人間だな」


騎士の鎧の中に人が入っているという意味ではない。

繋がっているテイマーがいると、イグナートは確信を持っている。

制御できているかはともかく、アレが野生の魔物であったなら、最初の一撃で剣を使っていたはずだ。


殺さないという選択と、まるで人間が人間を制圧する時に使うような技術のある足払い。


「……やめた」


「勝たなくていいのですか?」


「アレが本気なら勝負を挑む価値もあると思うが、正気を失っている浮浪者相手に戦う気はない。簡単に言えば、萎えた。病人は病人らしくしとけ――」


服についた土の汚れを手で払う仕草が止まる。

何気なく口にした言葉で、ふと浮かんだことがあった。


「あー、そういうことか。じゃ、余計に俺は関わらん」


「何か気がついたのですか?」


「思い当たる節があったって感じだな。まあ、推測だから話す必要もない。俺は手を引く。それだけだ」


イグナートは自分の怪我の具合を確認しながら、とぼとぼと帰路につく。

消化不良ではあるが、今回の件は仕方のない部分がありすぎると感じ、口を噤むことに決めた。

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