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少女とスライム、テイマーを目指して  作者: 上辻樹
第三章「スリーピー・ホロウ」
20/23

そこまでは言えない


――収穫祭の一週間前。


アストレイアの町は収穫祭の準備のため、本番さながらの賑わいを見せていた。

遠方の村から農作物を売るために来ている人も少なくない。

近隣の村の人たちも、もうじき集まってくることだろう。


飾り付けの手伝いのため、アリシアたちは町中を走り回っていた。

ボランティアの志願者に立候補したのは、アリシアとセリスだけでなく、アルヴィンなどの見知った顔もいる。


学校での評価とは無関係だと説明されたが、それでもアリシアが参加したのは、一つでも多くのことを体験したかったからだ。

ここ最近の閉塞感を打開するためのきっかけも欲しかった。

学校を卒業すればこうして関わる機会もないだろうと、セリスも賛成してくれた。


動機はどうあれ、お祭りは楽しまなければ損だ。

アリシアはラピスと一緒に通りの屋根へ木の蔓と色鮮やかな落ち葉、どんぐりや松ぼっくりで飾られた可愛らしいリースを等間隔につけていく。

全て町内会のご婦人方が作ったらしく、それぞれ個性があって、見ているだけで楽しい気持ちが沸く。


「結構進んだわね」


手にたくさんの小さいカボチャが入ったカゴを持ったセリスが、通りから屋根の上のアリシアを見上げて言う。


「私がお願いされた分はもうすぐ終わりますよ。セリスさんの方はどうですか?」


「私はこれからこのカボチャの飾り付けよ。東の区画の民家の窓に置かせてもらうの」


「これが終わったら一緒に行きましょうか?」


「いいえ、大丈夫よ。ありがとう。行ってくるわ」


セリスは上機嫌で去って行く。

彼女も楽しんでいるようでアリシアは嬉しくなる。

作業を続けていると、角のとれた灰色の四角い岩に太くて短い手足の生えたゴーレムが農作物の乗った荷車を引いて歩いてきた。


「あっ、エルネスト先生の……」


先生の姿はないが、この丸っこいアイアンゴーレムがエルネスト先生のパートナーであることは知っている。

たしかクローカーという名だったはずだ。


「クローカー? 先生はどうしたの?」


アリシアが話しかけると、クローカーは「ウ」とだけ短く答える。

どうやら一緒には行動していないらしい。


クローカーをよく見ると、魔力の繋がりが弱々しい。


「もしかして、先生、体調悪い?」


「ウ」


「そっか。わかった。お仕事の邪魔してごめんね」


学校で見かけた時はいつも通りに振る舞っていたが、空元気だったのかもしれない。


エルネスト先生の住んでいるところはこの近くだったと記憶している。

教員も学生と同じく、学校の敷地内に住んでいる人と、町に住居を構えている人がいる。

エルネスト先生はその後者だ。


「ラピス、先生の魔力探せる?」


ラピスはふよふよと身体を触手のようにいくつか伸ばすと、ゆっくりとアリシアを誘導し始めた。


「あっ、待って。これ、付け終わらないと!」


まだいくつか残っているリースを持って、アリシアは先走ろうとしたラピスを止めた。


――全ての作業を終えたころには夕方になっていた。

本当はすぐに向かうつもりだったのだが、そもそも人が足りていないのか、体力のある若者の仕事はいくらでもあったのだ。


頼まれたら嫌とは言えず、さらに皆がラピスを頼ってくれることが嬉しくて、ついつい引き受けているうちに、先生のところを訪問するには遅い時間となってしまった。


今日はもう寮へ帰ろうかと悩んでいると、目の前を同じく仕事を終えたクローカーがのそのそと歩いていた。


「ねえ、私も先生のところについていってもいい? お見舞いしたいんだ」


そう聞くと、クローカーは少し考えたあと、ゆっくりと頷く。

彼も主人の身を案じているようだった。


家の場所はラピスにも調べられるが、泥棒のように忍び込むわけにもいかない。

訪れるには理由が必要だと思った。


大通りを少し歩き、やがて商業区から離れた住宅区へと入る。

先生の住居はクローカーが出入りしやすいように、大通りに面したところにあるようだ。


クローカーが足を止めたのは、青い屋根の小さな戸建てだ。

一人で住むには少し大きすぎる気がするが、クローカーのことを考えると、大きいくらいでちょうどいいのだろう。


玄関の扉にはライオンの顔があしらわれたドアノッカーがついており、アリシアは恐る恐るそれを鳴らす。

しばらく待っても、中から返事が返ってくることはなかった。


「……入っていいんですかね?」


このままではクローカーも閉め出されてしまう。

ドアノブをゆっくり回してみると、鍵はかかっておらず、扉は簡単に開いた。


「ごめんください」


声をかけても、誰の返事もない。


「クローカー、先生は家の中にいるんだよね?」


「ウ」


クローカーが先導して家の中へ入り、アリシアはその後ろについていく。

もし、返事もできないくらい体調が悪かったらどうしようと心配でならなかった。


クローカーは太い指で二階を指す。

彼自身は身体が大きすぎて階段を通れないのだ。


「先生の部屋、二階なの? 私が行ってもいいの?」


「ウ」


なんとなく、肯定された気がして、アリシアは勇気を出して階段を上がる。

他人の家でこうも堂々と歩き回るのは少し抵抗がある。


奥には部屋がいくつかあるが、扉が閉まっているのは一カ所だけだった。

アリシアは小さく深呼吸をして、扉をノックする。

返事はない。


「失礼します」


そっと扉を開くと、ベッドで毛布にくるまる人影があった。

顔は壁の方を向いているが、エルネスト先生に違いない。


「……あの、先生? 大丈夫ですか?」


驚かせないように声をかけながら近寄っていく。

ベッドの隣まで来た時だ。


エルネストが素早く起き上がり、アリシアの腕を掴む。


「――誰だっ!?」


アリシアと目を合わせるよりも早く、彼は大きな声で威嚇をした。

そしてその一瞬の後に、アリシアに気がついたようで、ため息をつきながら項垂れた。


「……夢か?」


「いえ、夢ではありませんよ。落ち着いてください」


アリシアは恐れてはいなかった。

その防衛本能のような反射的な行動は、手負いの獣に似ている。


だから、エルネストの状況をすぐに理解して、安心させるために、屈んで目線の高さを合わせた。


「クローカーが心配していましたよ」


「……クローカーと会話を?」


「会話というか、言いたいことが分かるというか……」


「そうか。すまない。僕らしくないところを見せた」


目を伏せ、落ち込んでいる様子の彼は、いつもの教師としての顔ではなく、一人の成人男性だった。


「いや、待て。頭が冴えてきたぞ。なんで僕の家にいるんだ?」


「えっ? だから、クローカーが案内してくれて……」


「そうじゃない。女生徒が異性の教師の家を訪ねるのは、色々と問題がある。それもこんな時間に、僕の知らないうちに……」


「……ああ」


そこまでは考えていなかった。


「すぐ帰りますから。お見舞いに来ただけです。体調が悪そうだったので、もし意識を失っていたらいけないと思いまして」


「クローカーが言ったのか?」


「いえ、魔力の調子で、なんとなく」


「君は、すごいな」


こうして会話していると、先生ではなく、エルネストという一人の人間と会話している気分が強くなる。

だからこそ、先ほど彼が言ったことの言葉の意味がよくわかってくる。


「ここ最近、ずっとなんですか?」


「……どうしても話さないとダメかな」


「いえ、話さなくても構いませんけど、話した方が気が紛れるんじゃないですか? 私、口は硬いので、他の人にも話しませんよ」


「余計まずいって……。秘密の共有って、一番ダメだよ?」


「そうなんですか?」


アリシアは不思議に思い、首を傾げる。

一体何がいけないのだろう。

その様子を見て、エルネストも考えが変わったのか、重々しく口を開く。


「……少しだけ話すよ。最近、昔の悪い記憶を思い出すことが増えてね。そのせいで体調も悪いし、魔力も安定しない。クローカーには迷惑をかけてるよ。彼は賢いから、助けてもらってる」


「その、悪い記憶については、話せませんか?」


「……うん。ごめん、そこまでは言えない。でも、心配されるくらい表に出てたか。反省だね。大丈夫、アリシアが来てくれて元気が出たよ。まあ、しばらくはゆっくり休もうと思ってるから、ほとんどクローカーだけしか見かけないと思うけど、気にせずに収穫祭を楽しんで」


エルネストは覇気のない青白い顔で、力なく笑ってみせる。

もう体面を取り繕う気力もないのだ。

これ以上は長居するだけ迷惑になると考え、アリシアは帰ることに決めた。


「今日のことは誰にも話しませんから、何か困ったことがあったらこっそり言ってください。私にできる範囲ならお手伝いしますので」


「ありがとう。本当に、何かお願いすることがあるかもしれないね」


それを聞いて、アリシアも満足してエルネストに突然訪ねたことを謝罪して、住居を後にした。


いつの間にか、空には月が浮かんでいる。

秋は夜が来るのが早いな、なんてことを考えながら、アリシアも自分の寮への帰路についた。

少しだけ肌寒い夜の風が、そっと頬を撫でた。

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