最後の一枚
この物語を書いたのは、蓮見修一が殺された夜、彼と食卓を囲んでいた五人のうちのひとりです。
誰が書いたのか、当ててください。
殺人犯を当ててほしいのではありません。
少なくとも、最初は。
推理のために、三つだけ約束をします。
私が直接見聞きしていない出来事は、その出所を断らずには書きません。
私以外の人間の心の中を、知っている事実のようには書きません。
ただし、登場人物がついた嘘は、そのまま記します。
嘘を消してしまったら、一緒に消えてしまう手掛かりもありますから。
署名は、最後のページにだけ入れました。
それでは、始めます。
床に倒れた名探偵は、帽子の縁を血で汚していた。
青銅製のブックエンドだった。
パイプをくわえ、背中に回した手に拡大鏡を持っている。
その拡大鏡は、いま、天井を向いていた。
少し離れたところに、小説家の蓮見修一が倒れていた。
こちらは天井を見ていなかった。
顔の半分を絨毯に押しつけ、机の脚に向かって片手を伸ばしていた。
「夏帆さん、救急を」
元刑事の犬飼誠が、修一のそばに膝をついた。
書店主の水野夏帆が携帯電話を取り出す。
何度か画面に指を滑らせてから、ようやく耳に当てた。
修一の妹、紬は、ドアの取っ手を握ったまま立っていた。
壁の時計が十時を告げた。
夏帆が住所を読み上げた。
通話がスピーカーに切り替わり、犬飼は電話口の指示に従って救命処置を始めた。
紬の視線は、机に向いていた。
小さなランプ。
蓋の開いた万年筆。
半分ほど残ったコーヒー。
積み上げられた原稿用紙。
一番上の右肩には、「200」と書かれていた。
「一枚、ありません」
声は、通話の声と重なった。
夏帆が紬を見た。
「原稿が」
紬は、もう一度言った。
「最後の一枚が、ありません」
「紬さん」
犬飼が呼んだ。
「玄関を開けておいてください。救急隊が来ます」
紬は取っ手から手を離した。
廊下へ出たところで、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、濡れた傘を差した男が立っていた。
「先生、お待たせしました」
編集者の真壁慎二だった。
彼は傘を畳みながら紬を見て、それから、廊下の奥へ顔を向けた。
書斎から聞こえる声に、足を止めた。
「……どうしたの」
傘の先から、水が落ちた。
その夜、夕食の席にいたのは五人だった。
家主の修一。
妹の紬。
編集者の真壁。
書店主の夏帆。
元刑事の犬飼。
そのうちのひとりが、書斎で倒れている。
そして、最後の一枚がなくなっていた。




