第12話:森に入るんだが?
ギルドに戻り、改めて掲示板でサンドリザードの駆除依頼を受ける。
ドン、と音を立てて、納品カウンターに置いた。
「丸ごと持ち帰るとは……」
またギルド内が、ざわついた。
「……やり方は荒いが、結果は出しているな」
「公爵家の後ろ盾を得るほど、ということか……」
俺への評価も、だいぶマシになってきたみたいだ。
「さて、と──」
『毒消し草』のクエストを受けるべく、受付嬢さんのところに行く。
「森ですか……」
受付嬢さんの、歯切れが珍しく悪い。
「いつもの、裏の森で取れますよね?」
「実は……」
最近、帰ってこない奴がいるらしい。
「奥はやめとけ」
「おい、怖がらせるなよ」
軽口で返して、依頼書を受け取る。
……森は、いつもの森だ。
それでも。
“帰ってこない奴がいる”。
その言葉が、妙に刺さる。
ギルドを出る。
外の空気は、変わらない。
──なのに。
森の方が、少しだけ、静かだった。
「……確かに、なんか変だな」
森に入った。
いつも、どこか湿気のある空気が、少し乾いているような──
風が、通る。
葉が、揺れる。
……それだけのはずなのに。
音が、足りない。
鳥の声が、しない。
小さな虫の羽音も、ない。
俺の、経験の浅い冒険者センサーが赤点滅だ。
なんか、ヤバい。
「……おい」
レオンが、低く呼ぶ。
地面に、視線を落とす。
土が、荒れている。
爪で抉ったような、跡が、複数。
「……群れ、なのか?」
その時。
遠くで、ひとつ。
──低い、唸り声。
風が止む。
視線の先。
木々の間に、影が揺れた。
ひとつじゃない。
──囲まれている。
「こんな、浅いところで……!?」
答えは、ない。
木々の間。
影が、ゆっくりと形を持つ。
低い姿勢。
地面すれすれに沈む体。
──狼だ。
だが。
目が、光っている。
金でも、赤でもない。
濁った、灰色。
こちらを見ているはずなのに。
焦点が、合っていない。
「……なんだ、あれ」
「普通じゃないな」
風が、また動く。
それでも。
──匂いが、来ない。
獣の、臭いがしない。
ひとつが、前に出る。
音が、ない。
枯れ葉すら、鳴らさない。
「来るぞ」
次の瞬間。
影が、消えた。
「うおっ!?」
嫌な予感と共に、横に避ける。
「これチートだろ!」
さっきまで立っていた場所を、黒い影が切り裂いた。
遅れて、土が弾ける。
「見えねぇ!」
「音もねぇ!」
──なんか、そんな曲あったな!
レオンが、剣を構えたまま舌打ちする。
右。
反射で、腕を引く。
空気が裂ける。
──当たっていた。
「くそっ……!」
見えない。
いや、違う。
“見えてからじゃ遅い”。
「動きで読むしかないか!」
足を止める。
耳を澄ます。
風だ。
葉の、わずかな揺れ。
その瞬間。
「そこだッ!」
振り抜く。
手応えは──浅い。
だが。
低い唸り声が、確かに近くで上がった。
「効くには効くのか……!」
影が、また散る。
──囲まれている。
数が、多い。
「逃げるか、やるか……!」
その時。
森の奥から。
ひときわ低い、声が響いた。
──ォォォ……
空気が、変わる。
「……上、か?」
木の上だ。
気配が、ひとつ。
今までのやつとは、違う。
濃い。
重い。
──来る。
「なんなんだよ!」
木の上。
影が、ゆっくりと形を持つ。
濁った灰色の目が、こちらを見下ろしていた。
「……シャドウウルフ、いや」
レオンが、低く呟く。
「あれは──群れの“主”だ」
確かに、別格だ。
「灰眼の主……なぜ、そんな上位種がこんな森に……」
レオンが考え込む。
いや、それどころじゃなくね!?
「どうする! これ、二人じゃ無理だぞ!」
「──退く」
レオンが即答した。
「数が多すぎる。主までいる」
「だよな!」
踵を返す。
その瞬間。
風が、逆巻いた。
左右から、同時に気配。
「くそっ、来る!」
見えない。
だが、分かる。
斜め後ろ。
身体を捻る。
爪が、肩口を掠めた。
「っ……!」
血が、滲む。
「走れ!」
レオンの声に、地面を蹴る。
木々の間を縫うように走る。
背後で、気配が増える。
ひとつ、ふたつ──
いや。
もっとだ。
「増えてるだろこれ!?」
「群れだ!」
群れが過ぎる!!
前方。
──塞がれた。
影が、木の根元に沈んでいる。
退路を、切っている。
「前もかよ……!」
足を止める。
その時。
頭上。
──落ちてくる。
「上だ!」
振り上げる。
灰色の瞳が、至近距離でこちらを捉えた。
音もなく、牙が迫る。
「──チッ」
レオンが、一歩前に出た。
剣が、光る。
火花。
重い衝撃。
弾かれたのは──
こちらだ。
「……嘘……だろ」
レオンの剣が、弾かれた。
あれは、受ける相手じゃない。
空気が、沈む。
木の上。
灰眼の主が、ゆっくりと姿を現した。
逃げ場が、ない。
──詰んだか?
……いや。
まだだ。




