第10話:戻らないんだが?
しばらく前に、『金のウサギ』と死闘を繰り広げた森で、俺は母さんに捕まった。
「もう、陽翔ったら……! こんなところまで来て! ほら、靴が汚れて…!」
「……やめてくれ」
母さんが、また『家事EX』を発動させる前に、言った。
「もう。なに言ってるの? 陽翔は、母さんがいないと──」
「母さんは、母さんだ」
遮る。
「俺は、戻らない」
一歩、下がる。
「陽翔、待ちなさい」
もう一歩。
「……危ないのよ、ここは」
森の奥に向き直る。
「母さんは、陽翔のことを心配してるのよ?」
振り返らない。
「知ってるよ」
だからこそ、言う。
「それでも、俺が決める」
それだけ言って、森の奥へ進んだ。
「陽翔……!」
「“聖母” 様! 見つけましたぞ……!」
母さんが、はっと振り返る。
「さぁ参りましょう、今日も哀れな子羊たちが待っています……!」
「……っ、陽翔!!」
呼ぶ声が、背中に刺さる。
──それでも。
俺はもう、振り返らない。
レオンが、静かに頭を下げて、俺の後を追ってきた。
「……ところで、レオンは知ってたのか」
「……何をだ」
ざくざくと森の中を歩きながら、聞いた。
「母さんが、“聖母”って呼ばれてること」
「……これでも公爵家で、騎士だからな」
なるほどそうか。
そのうえで、俺に話さずに居てくれたんだな。
「……それで、この後はどうする」
「……それな。……まだ森から出たくないし」
勢いで森の中に来たはいいものの、まだ出る気にはならなかった。
「なら、ここを使うか」
「……使う?」
レオンの提案に、首を傾げた。
「拠点にする。少なくとも、今はな」
レオンが周囲を見回す。
「水場は近い。見張りも立てやすい」
「……いいな、それ」
誰かに決められた場所じゃない。
俺が選んだ場所。
公爵邸でもない、ただの森の中。
それでも、これが “自由” なんだって、急に現実味が増してきた。
「てことは、まず火を起こす……?」
そういえば、この世界では俺も魔法が使えるんだろうか?
「……できるか、試してみるか」
手のひらを見つめる。
「魔法はイメージだ。火種を作るだけでいい」
レオンの声に頷く。
──熱。
指先に、じわりと集まる感覚。
次の瞬間、ぱち、と小さな火が灯った。
「……できた」
「初めてにしては、上出来だ」
その時。
森の奥で、何かが揺れた。
──スライム、とか弱いのだったらいいな。
俺は剣の柄に手を掛けた。
茂みが揺れる。
「……来るぞ」
飛び出してきたのは、白い小さな影。
「……一角ウサギ」
だが──金じゃない。
「……いける」
踏み込む。
剣が、届く。
ザシュッ
剣が通った──
一角ウサギが力なく倒れる。
あっさりと、仕留めた。
「……なんだ。こんなもんか……」
一応、後続を警戒したが、気配は無かった。
息が、思ったより乱れていない。
俺が警戒を解くと、レオンが頷く。
「……油断すれば、普通にやられる相手だ」
……俺、ちゃんと成長してんだな。
「……とりあえず、食うか」
仕留めた一角ウサギを見下ろす。
「レオン、解体教えて」
「……わかった」
レオンについて、水辺に行く。
ツノや皮の剥ぎ取り方を教わる。
肉は切り分けて枝に刺し、火にかける。
ぱち、と枝が弾けた。
自分で起こした火で、焼く。
「……変な感じだな」
「何がだ」
俺は、パチッと弾ける火を見ながら呟いた。
「ちゃんと、生きてる感じがする」
焼けた肉をかじる。
「……うまい」
思わず、笑った。
……次は、野営セットを買おう。
空を見上げる。
森は、静かだった。




