第9話:聖母にロックオンされたんだが?
──ギルドの受付で、バッグから『スライムの核』と『薬草』を出す。
「すいません、これでランク上がりますか?」
俺が聞くと、受付嬢さんが驚いた顔になった。
「しょ、少々お待ちください……!」
受付嬢さんが、奥に引っ込む。
他の職員さん達と、何やら話しているようだ。
「核の量が多いんですけど……!」
「いや、『薬草』だって結構あるぞ……」
「『裏の森』でしょ?みんな取るから『薬草』減ってるのに……」
しばらくボーッと待っていると、やがて受付嬢さんが戻ってきた。
「お待たせしました……!
ハルトさま、Eランクに昇格です!」
ザワッ……!
ギルド内が、ざわめきに包まれる。
「あいつ、ついこないだ登録したばっかじゃなかったか……!?」
「ハッ。公爵家の腰巾着さまは、順調で羨ましいなぁ!」
「あー、なるほどなぁ。騎士サマサマってことか……!」
明らかなヒガミだ。
……クエストふたつ受けて、一気に納品すればいいだけだし、そもそもまだ低ランクなのになんでこんな言われなきゃならんのだ。
まぁ、いちいち目くじらを立てる必要もあるまい。
それより、防具を固める方が俺には大事だった。
スタスタと歩いて、ギルドを後にしようとしたとき──
「そういえば最近、回復レベルがおかしいやつがいるらしいな」
「しかも、対価取らねぇんだと」
「“聖母”って呼ばれてるやつか?」
(……聖母?“聖女”じゃなく?)
俺は、ちょっと歩みを緩めて耳を澄ませる。
「あ! 俺会ったことあるぞ!
傷治してくれたと思ったらよ、なんと! 服の汚れまで落ちてたんだ」
「そんなことあるか〜?」
「で、“あんた! もう無理しちゃダメよ”って言われた。でよ、帰り際に弁当まで持たされたんだよ。“ちゃんと食べなさい”って」
「それ、お前の母ちゃんじゃねぇの?」
「ちげぇって!!」
ギルドのざわめきの中で、
その言葉だけが、妙に耳に残った。
(……いや、まさかな)
(そうだよな、そいつの母ちゃんで確定)
俺は外に出て、馬車へと向かった。
中に入り、座ったところでふと呟く。
「聖母って何だと思う?」
「……さぁな」
ほんの一瞬だけ、言葉が遅れた。
視線が、わずかに逸れる。
──あれ、レオン??
馬車が動き出す。
それでも──“聖母”のことだけが、頭から離れなかった。
防具屋に到着した。
「……で、どんな防具にしたいんだ」
店内に入り、レオンが聞いてきた。
「とりあえず、皮系かなぁ。
なんか軽くて丈夫なやつ」
「……確かに、今の筋力ならそれがいいな」
うっ。
それは嫌味か!?
身体は急には変わらんのだって!
内心をよそに、レオンが俺の装備を見繕ってくれた。
「……試着してみろ」
「サンキュー、レオン!」
俺は、初期装備であるベストを脱いで、その上から皮の防具を着用した。
横のベルトで調節できるらしい。
腰と足の防具もあって、いかにも『セット装備です』って感じだった。
「ちなみに、これなんの皮?」
「……ストーンスケイルの皮だ。軽いが、刃は通りにくい。サンドリザードでもいいが、すぐに物足りなくなる。無駄だ」
「……無駄って。
会ったことないけど、なんか今のでサンドリザードに親近感湧いたわ」
かと言って、「すぐに物足りなくなる」なら、今回は素直に『ストーンスケイル』装備にしておく。
防具屋でまたレオンに借金して、慣れるために着たまま店を後にした。
「ちょっと、そこのあなた!
そんな装備で無理してない!?」
(……この声、まさか)
「あーもー、こんなに汚して……!
ちょっと待ってなさい、今キレイにしてあげるから……!」
「相変わらずお優しい……“聖母様”」
(……“聖母様”?)
思わず声の方を見る。
──見てはいけないものと、視線が合った。
ロックオンされた。
それは、どんどん近づいてきて──
「やだーーー!陽翔じゃない!
こんなところで会うなんて、思わなかったわ!」
俺もですが?
「……お久しぶりです」
レオン、いま少し下がったろ。
「陽翔! もー、ここ! 緩んでるわよ、もっと締めなさい!」
「人を、だらしないみたいに言わないでくれ……」
「ちゃんと食べてるの? ちょっと痩せたんじゃない? ほら! これ持っていきなさい」
……痩せたんじゃなくて、たぶん筋肉ついて引き締まったんだ。
そして、俺の手になんか乗せられ、ギュッと握りしめされられた。
(……ああ、逃げたい)
俺の心が、叫びたがっている。
(……逃げるか)
(いや、無理だ。ロックオンされてる)
脳内会議が始まった。
「あら、陽翔! ちょっとじっとして!ケガしてるじゃない!」
そうだった、金のウサギのやり合った時の傷──!
「『家事EX』!」
ぱぁん、と軽い音がして、俺が眩い光に包まれる。
傷が塞がる。ついでに──こびりついていたスライムも落ちた。
シャツのシワまでピンと伸びた。
「おい……あれ、聖母だぞ……!」
「あれが“聖母様”……!」
今の光で、さらに人が集まってきた。
(……議決。逃走──可決!)
(……やっぱり、逃げるしかない!)
俺はこの人混みを利用して、脱兎のごとく逃げることにした。
踵を返して、走る。
背後からは、声。
「陽翔ぉー! 待ちなさーい!」
「……待て」
レオンがスタスタついて来る。
母さんは、信じられない速度でダッシュしてくる。
俺は、裏の森へと駆け込んだ。
背後の声は、森の入口までついてきた。




