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「行かなくていいよ」
保健室へと向かおうとした西宮を止めてそう告げる。西宮はきょとんとした顔になった。不思議に思ってるんだろう。
「三原の突き指だけど、嘘なんだって」
「う、そ……?」
「そう。バレーをサボりたかったから突き指したって言って保健室に行ったんだと。実際に、ぴんぴんしてた」
三原から先生には上手く言うように頼まれた。けど、西宮にはどうしろなどと言われていない。責める必要のないことで西宮が責任を感じ続けることになるくらいなら、本当のことを教えて解放する。それが、一番だ。
すると、西宮が突然、その場にしゃがみ込んだ。
嘘だと知ってショックを受けたんだろうか。もしそうなら、黙ってた方がよかったかもしれない。
「だ、だいじょ――」
「――はあ〜〜〜〜……よかったぁ……。三原さんが怪我してなくて」
両手で顔を覆いながら、西宮は心底安心したような声でそう漏らした。もしかすると、怪我させたことでまた三原達から酷いことをされると怖がっていたのかもしれない。それが、嘘だと分かってこれ以上、何もされないと安心して――いや、違うな。
今の感じは、心から三原のことを心配しているような声音だ。
なんで、そんな風に思えるんだろう。
俺には西宮の優しさが理解出来ない。
正直、三原が痛い思いをしていたとしても自業自得だ。向こうから先にちょっかいを出してきたんだから、少しくらい痛い思いをして反省するべきだと思う。
それに、俺の場合、自分にちょっかいを出してきた相手が痛い思いをしているとさぞかしこう思ってしまう。ざまあみろ。やっほい。って。
けど、西宮は違う。
「……あ、他に何か言ってなかった?」
しゃがんだまま西宮が見上げるような形で聞いてくる。その目はどこか不安げで。十中八九、自分に対してのことだろう。
「先生にはいいように言って誤魔化しといてだと」
「それだけ?」
「それだけ。人使いが荒い奴らだ」
西宮のことを好き勝手に言っていたことは俺からは絶対に言わない。知らないでいいことは知らないままでいい。
「……そっか。じゃあ、ボクも一緒に言い訳を考えるよ。原因を作ったのはボクだし」
西宮は立ち上がってなんでもないように振る舞った。俺が何も知らないと思っているからなんだろうな。誰にも何も言わずに。一人で戦い続けて、頑張って。
「……強いなあ、西宮は」
「え?」
ヤバい。心の声が漏れてた。
「いや、なんでも。西宮がいれば心強いなって」
「まあ、悪いのはボクだから」
「西宮が悪いってことはないだろ。もしも、怪我してたとしても運動してたらしょうがないことなんだし。それに、三原達ってバレー部らしいから、あんなのしょっちゅうのはずだよ」
今は幽霊部員らしいけど。
「それにしても、西宮のスパイクはいい一撃だったな。見てて気持ちいいくらいだった」
「本当?」
「うん。しびれた」
「男っぽかったでしょ」
両手を腰に当て、胸を張って得意気な顔をする西宮。やっぱり、西宮はスパイクをカッコよく決める=男っぽいって認識らしい。
「まあ、そうっちゃそうなんだけど……その後の喜んでる姿がぜんぜん男っぽくはなかったからな。はしゃいで喜んで。見てて微笑ましかった」
「じゃあ、もう喜ばない方がいいね。よく考えたらクールに決める方がカッコいいもん」
「え、それは俺が嫌だけど」
「東野くんが?」
「だって、喜んでる西宮って可愛いいからさ。無理にクールぶってるよりも大はしゃぎしてる西宮の方が見てたい」
「ぼ、ボクはカッコよくなりたいんだよ。だから、か、可愛い、とか言わないで」
ムキになって西宮が言ってくる。なんだか、コンビニでのやり取りをもう一度、しているみたいだ。
「それ、西宮の本音? 本当にカッコよくなりたいって思ってるならさ、俺の協力出来ることは俺もするよ。可愛い部分よりもカッコいい部分を探すように努力する」
「……言ってること、無茶苦茶じゃないかな」
「……え、そうか?」
事あるごとに西宮のことを可愛いと思うんだからそうならないためにはかなりの努力が俺には必要なはずだ。だって、西宮にはカッコいい部分よりも遥かに可愛い部分の方が多いんだし。
「そもそも、ボクがカッコよくなるのに東野くんの協力は必要ないと思うんだけど」
「言われてみればそうだ。俺、カッコいいとかよく分からんし」
今まで女の子からイケメンとして名を挙げられたこともないし、男女両方から見て惚れらるようなことをしたこともない。そもそも、どうやったらモテるのか気にしたこともなかった。西宮が男だった場合、明らかに俺よりも女子人気があるだろうな。
「カッコいいとか俺には縁のない言葉だった」
反省とそれだったらどうしよう、と考える。いい案が浮かんでこない。まずったな。
「……カッコいい、よ」
「え?」
「東野くんはカッコいいよ」
目を見ながら西宮が言ってくる。
「あー気を使ってくれたのか。ありがとな。でも、そんな必要はないんだ。俺は俺だから」
自分の立場というか、状況というか。俺はどういうものなのか理解しているつもりだ。それが、悲しいとも感じてない。それが、俺ってもんだから。
「ううん、違う」
グッと力強く西宮に肩を掴まれた。そのまま、西宮が顔を近付けてくる。
「ボクにとって東野くんは誰よりもカッコいいよ」
真っ直ぐな瞳には少しも揺らぎがなくて。ストレートにぶつけてくれる言葉からは微塵も嘘だとは感じ取れなくて。西宮が本当にそう思ってくれていることが伝わってくる。
「あ、りがとな……」
西宮のことを話していたはずなのに、なんで、いつの間にか俺が西宮からこんな恥ずかしいことを言われるようなことになってるんだ。嬉しいけど。好きな子からそんな風に言われてこの上なく嬉しいけどもっ!
「……あ、ご、ごめんね。いきなり掴んだりして。痛くなかった?」
「いや、ぜんぜん」
「そっか。よかった……」
西宮が離れていく。居心地悪そうに体を揺らしている。その頬は僅かに赤く染まっていた。
「……やっぱ、西宮はカッコいいよりも可愛いが似合うよ」
「え?」
「俺のことをあんな風に言ってくれる女の子をさカッコいいなんて俺は思えない」
さっきの西宮は正直、カッコよかった。けど、もしも。赤くなっている理由が恥ずかしさからきているのだとしたら、俺には愛おしさしかない。
「西宮がさ、なんで男っぽくなりたくなったのか理由は知らない。けど、それがもし。自分のためじゃなくて。誰かに何か言われたからなら気にしなくていいよ。西宮は西宮の好きなようにするべきだ」
三原達の言うことなんて気にはしても、言うことを聞いたりする必要はない。それこそ、今後、西宮に対して色々なことを言う人だって現れるだろう。
それでも、それで西宮が我慢するようなことはしなくていい。傷付いたとしても、俺が励ます。俺が西宮を肯定する。西宮がそれしか思えないように。そう約束してるんだから。
「……ほんと、東野くんはカッコいいなあ」
「立ち場が逆なだけだよ。西宮だって同じことを言うと思う」
「どうだろ。ボクって気にし過ぎるし、ずるずる引きずるし、落ち込んだり、悩んだりもするし、ぜんぜん強くもないから。東野くんみたいには言えないかも」
「……なんか、俺が能天気みたいだな。間違っちゃないけど」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないよ?」
「分かってるから焦らなくていいって。気にしてないし。あ、やっぱ、能天気だわ、俺は。それで、西宮は気にし過ぎ」
とぼけた風に言ってみせれば西宮が口を開けて固まった。それから、ぷっと言葉を出すとお腹を抱えて笑い始める。
「西宮が気にするってのも分かるんだよ。人から言われたら誰だって多少は気にするもんだし。俺も。けど、変える必要があれば、ないこともあると思うんだ。西宮が誰かのために男っぽくなる必要なんてないよ」
「……うん、そうだね。だいたい、こんなボクじゃちっともボクが想像するような男っぽさとはかけ離れてるし。もうやめた」
西宮がズボンのポケットに手を突っ込んで何か取り出した。その手に持っているのは俺があげたシュシュだ。そのまま、シュシュを使って西宮は服の中に入れていた髪を一つにまとめる。動きやすいポニテになった西宮が目の前でくるくる回った。
「どう?」
「よく似合うよ」
「それだけ?」
「あっと……可愛い、です」
「にしし」
歯を見せて嬉しそうに笑った西宮。ずるいなあ。
「そろそろ体育館に戻ろっか」
背中を向けて西宮が体育館を目指す。その後を俺がついていく。視線の先では西宮のポニテが左右に揺れている。
「シュシュ、持ってきてたんだ」
「うん。東野くんに貰った物だからね。持ってると安心するんだ」
なんだよ、それ。てっきり、三原達に似合ってないと言われてもう二度とシュシュなんてつけないんじゃないかと思ってた。だから、家に置いてきたんだと。
けど、三原達に言われていてもちゃんと持ってきてくれてたんだ。
それってなんか。それってなんかさあ。
「あ、そうだ。三原さん用の言い訳を考えないとだったね。どんなのがいいかな。東野くんは何かいい案あ――」
「――西宮、俺と付き合おうよ」




