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保健室を入って奥の方に置かれているベッドやソファに三原達は座っていた。突然、現れた俺に驚いているのか警戒しているのかこっちをじっと見てきている。
俺はというと何を言えばいいのか考えが纏まらずに固まっていた。これ以上、西宮を傷付けるようなことはさせないと衝動的に体が動いてしまったが、いきなりそんなことを言われても三原達は誤魔化してくるかもしれない。一方的に聞いていたのは俺の方だ。言ってないと言い張られたら何も出来ない。
「……何?」
「あー……先生から突き指の具合を見てくるように頼まれて。どう。痛む?」
ひとまず、三原達の出方も伺おうと本来の目的であったことを聞いてみる。すると、三原達は納得したような声を漏らしながらお互いに顔を見合わせてはニヤニヤ笑い始めた。
「痛いよー。そりゃ、ちょーいたーい。もしかしたら折れてるかも」
ぜんぜんそんな風には見えないけど、そんなに酷いらしい。
「なーんてね。突き指なんてうっそ。サボりたいから理由に使わせてもらっただけ。痛くもかゆくもなんともない」
どうやら、突き指そのものが嘘だったらしい。とことん腹が立つ女子だ。
「じゃあ、先生にそう言っとくよ」
「はあ? 空気読んでよ。先生にチクるとかあり得なくない?」
「俺は俺の頼まれた用事を済ませるだけで別に、あんたのことなんてどうでもいいし。それとも、骨折してたって大事にした方がいいならそう言うけど。救急車呼んでもらおうか」
「意味分かんないこと言わないでくれる。こんなのただの冗談ってちょっと考えれば分かるでしょ。先生には上手く言っといてくれたらいいから」
「……分かった。そう言っとくよ」
言い訳も考えず、人任せにしたこと後悔させてやる。何もかも、自分の思い通りになると思うなよ。
「ねえ、ちょっと待って」
保健室を出ようとしたところで呼び止められた。
「私達の話、聞いてた?」
「西宮のこと?」
嘘をつく必要もなくて、聞き返す。
「聞こえてたか。で、西宮にチクるの?」
「わざわざ西宮が傷付くようなことしない」
「あ、内緒にしてくれるんだ」
「そのかわり、西宮に変なことするのやめろよ」
「え〜どうしようかな~。別に、言われたところで私達は困らないし」
三原達からは焦った様子なんていっさい見られない。俺が西宮に告げ口したところで本当に困らないんだろう。厄介だ。
「なんで、そこまで西宮のことを嫌うんだ。西宮に何かされたの?」
「何もされてない。けどさ、見てるだけでイライラする相手っているじゃん。それが、私達にとっては西宮ってだけ」
「ふーん。それで、八つ当たりしてるんだ」
「八つ当たりじゃなくて、むしろ、親切心から言ってあげてるんだよ」
「親切心?」
「そう。あーんな、男子みたいな子がさ、可愛くないのに可愛いなんて言われてさ。誤解したままじゃ可哀想でしょ」
「西宮が可愛いのは事実だし、それ必要ないだろ」
「あーなるほどね。あんたもそっち側なの」
「そっち側?」
急に三原達が呆れるような眼差しを向けてきた。
「そういう無責任なことは言わない方がいいよ。そんなんだから西宮が自分は可愛いんだって調子乗っちゃうんだから。西宮に可愛いとか不相応でしょ」
「俺はそう思わないけどな。それに、西宮が調子に乗ってるとも思わないし」
「えーあれは、天狗になってるでしょ。男子に優しくされてさ。前まではそんなことなかったんだし」
「確かに、あれは酷いよな。急に西宮に態度変えるんだから。西宮は女の子なんだから、いつでも優しくするべきだよな」
「あのさ、話噛み合ってないんだけど。言ってること分かってる?」
「分かってるよ。要するにあれだろ。西宮が男子に優しくされだしたからズルい。私にもそうしてよ、って言いたいんだろ」
「……はあ!?」
三原が大きな声を出した。図星なのか。全然違うのか。分からない。たぶん、図星だと思うんだけどな。どっちにしろ、初めて三原の余裕ある態度が崩れた気がする。
「あれ、違った?」
「ぜんっぜん違うんだけど」
「ぜんっぜんってことはないだろ。さっきから聞いてた話を要約すれば、自分も男子と仲良くしたい。西宮だけズルいって言ってるようなもんだし。それに、そうじゃないと西宮が男子と仲良くしてたって関係ないはずだからな」
「っ」
「ていうかさ、さんざん西宮のことを男好きだのなんだの言ってたけど、自分の方がよっぽど男好きじゃん。西宮を傷付けるようなことまでしてさ。どんだけ男に飢えてんだよ。キッツいわ」
おえーっと舌を出してみる。すると、三原の顔が赤くなった。俺に言い当てられて屈辱的なのか。それとも、めちゃくちゃ怒っているのか。どっちでもいいや。まだまだ言い足りないし。
「そこまでして男子と仲良くしたいならすればいいだろ……って、無理だったのか。だから、西宮に八つ当たりしてるんだしな」
「だから、八つ当たりなんかしてないって」
「まあ、何だっていいよ。要は言いようだし。それよりさ、そんなに男子と仲良くしたいなら協力してやろうか」
「何するつもりなの?」
「さっき言ってただろ。西宮が男となら誰とでも寝るって噂を流してみるって。それを、そっくりそのままお前達で流す。そしたら、体目当てで近付いてきた奴と仲良くなれるんじゃねえの?」
「や、やめてよそんなこと」
「なんで? 自分達がしようとしてたことじゃん。いい案だと思うだろ。な?」
自分達がしようとしていたことの結末を三原達も考えてなかった訳ではないのだろう。じゃないとそもそも案として浮かんでこないだろうし。だから、俺にそうされるのを拒んでる訳だしな。
「さ、さっきからなんなの? 好き勝手なこと言わないでほしいんだけど」
「あのさ、それブーメランだって分かってる。お前達もさんざん西宮のこと好き勝手に言ってただろ。自分達はよくて、俺はダメだなんて言わないよな」
「っ……そもそも、そっちが勝手に入ってきただけでしょ。私達は私達で話してただけだし。勝手に聞いて入ってこないでよ。気持ち悪い」
「別に、俺のことなんてどう思ってくれたっていいよ。実際、愚痴を聞かれて、他人に介入なんてされたくないだろうし。けどさ、愚痴を言うだけにしとけよ。西宮が傷付くことはしないでくれよ。西宮のことなんにも知らないんだから」
西宮のことを悪く言うな、とか偉そうなことを言うつもりはない。西宮だって人間だ。好かれもするし嫌われもする。
だからって、これまで西宮が抱えてきた辛さや悲しさを知りもしないで傷付けるようなことだけはしてほしくないだけなんだ。
「西宮のこととか興味ないし」
「じゃあ、関わるなよ! 近付くなよ! 放っておけよ!」
思っていた以上に大きな声が出て自分でも驚いている。息が荒い。三原達も俺の声量に驚いたのか肩を震わせたのが見えた。
「きゅ、急に大きな声出さないでくれる」
「さっきからずっと我慢してたんだよ、こっちは。それくらい、俺はお前達にイライラしてるんだよ」
「てゆーかさ、さっきからずっと思ってたんだけどどうしてあんたが西宮のためにそこまで怒るわけ? もしかして、好きなの?」
「好きだけど」
「ふーん。あっそう。そうなんだ」
ニヤニヤと唇を緩める三原達。弱みでも握ったつもりなんだろう。
「じゃあ、西宮にそれバラそうかな〜」
「バラされたところで困らないから好きにすれば」
「どうせ強がってるだけでしょ」
「いや、隠すような恥ずかしいことじゃないし」
「あ、あっそ。本当にバラしてやるから」
「しつこいな。好きにしろって言ってるだろ!」
また大きい声が出た。どうにも俺は三原のことが癪に障るらしい。なんだろう。声かな。顔かな。存在かな。全部が嫌だ。
「けど、一つだけ言っとくと俺が西宮のことを好きだからここまで怒ってるんじゃない。友達を傷付けられたから腹を立ててるんだ。西宮を好きじゃなくても、変わらなかったからな」
「やっぱり、言ってほしくないんじゃん」
「違う。誤解してほしくないだけだ。好きって気持ちだけじゃないってことを」
例え、西宮のことを好きだと自覚していなくても俺は三原達に腹を立てていたと思う。ここまで仲良くなった友達は俺には西宮だけなんだ。そんな西宮が傷付けられたら俺は凄く嫌になる。
「まあ、何を言ったって変わらないだろうからこれだけは言っておく。今後一切、西宮が傷付くようなことをするな。それさえ守るなら、俺もお前達が困るようなことは言わないし、好きにしたらいい」
俺が言いたいのはそれだけだ。三原達が西宮を嫌うことを変えられるとも思ってないし、変えようとも思わない。これ以上、西宮が嫌な思いをしなかったらなんだっていい。
「じゃ、それだけだから」
三原達は何も言ってこない。これ以上、三原達と同じ空間にいたくなくて足早に保健室を出る。どれだけ三人に釘を差せたか。もしかすると、何も伝わらずに反感を買っただけかもしれない。
「まあ、そうなったら俺も容赦しないけどな。アイツらがどうなろうがどうでもいいし。西宮のことは何があっても守る。傷付けたりさせない」
願わくばこれ以上、何も起きないでほしい。そんなことを思いながら廊下を歩く。
「ゲホッ……あー、喉いた」
あんなにも大きな声を出したのは初めてだ。喉の奥が腫れたような気がする。咳も出るし、何か飲みたい。
「……西宮?」
向こうからこっちに向かって来る形で西宮が走りながらやって来る。あっという間に西宮が正面に立った。かなり急いでやって来たのか膝に手をついて肩で息をしている。頬には汗が垂れてきていた。
「試合は?」
「に、二試合目は終わったよ……先生が十分、休憩時間にするって」
「そうなんだ。で、西宮はどこに行こうと?」
聞かなくても分かるけどな。こんなに急いでるんだし。どうせ、三原達がいる保健室だ。……トイレとかだったら、聞いてごめん。
「保健室。三原さんにちゃんと突き指のこと謝りたくて。だから、もう行くね」
そう言って走り出そうとした西宮の手を俺は掴んだ。




