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晩ご飯を食べて、西宮の制服を入れた乾燥機が業務を終えた頃には九時を過ぎていた。明日も学校があるし、いつまでも西宮を家にいさせる訳にはいかないからと西宮を母さんの運転で送っている。
本音はもう少し、いてほしい。なんなら、泊まっていってもらっても構わない。夜通し遊んでいたいから。けど、流石にそんな訳にもいかないってのは分かってる。
それに、もっと遊びたいなら今度は俺から西宮を遊びに誘ってみればいいんだ。そう自分に言い聞かせた。
「雨、すっかり止んだね」
「西宮が帰る頃には止んでくれてよかったよ。この調子なら明日は晴れるだろうから、傘持たずに済むし」
家を出た時、空にはいくつもの星が浮かんで光を放っていた。このまま、急な変化がなかったら明日は快晴だろう。天気予報も晴れだと出ていた。
「面倒がってないで折り畳みくらいカバンの中に入れてよ。梅雨の時期でいつ雨が降るか分からないんだから」
「……分かった」
母さんに痛いところを突かれ、しぶしぶ答える。隣では西宮も同じような反応で顔をしかめていた。
そんなこんなで車が走ること約二十分。西宮が住んでいるマンションに到着した。西宮を降ろすために駐車場に一旦入り、車を停止させる。駐車場からでもエントランスへと続いているらしい。
「あ、お母さんだ」
車に乗る前、西宮はお母さんに今から帰る連絡を入れていた。だから、西宮が帰ってくるのをエントランスの外で待っていたのだろう。
西宮が気付くと同時に車の音が気になったのか西宮のお母さんがこっちを向いた。西宮が手を振ったのが見えたようで歩いてくる。
俺達は三人とも車を降りた。
「はじめまして。西宮です。娘がお世話になりました」
「はじめまして。東野です。いえいえ。たいしたお構いも出来てませんので」
母さんと西宮のお母さんがペコペコ挨拶しながら頭を下げ合っている。大人同士の。それも、初めて会う友達の親とのやりとりって大変なんだな。
そんなことをぼんやり考えながら西宮のお母さんを見る。西宮のお母さんも西宮に負けず劣らず背が高い。母さんとはかなり差がある。西宮に旭日さんにお母さん。西宮は四人家族。その内の三人が高身長。西宮のお父さんがどんな人か気になってしょうがないな。
「東野くん」
「あ、はい」
西宮のお父さんもきっと背が高いんだろうな。と想像していたところで西宮のお母さんから声を掛けられた。
「今日はありがとね。日向が風邪を引かないようにしてくれて」
「俺は特別なことなんて何も」
「日向から聞いてた通り、優しいんだね」
西宮のお母さんが笑顔を向けてくる。その隣で西宮が得意気な顔で頷いていた。西宮はどんな風に家で俺のことを話してるのか。身の丈に合ってないことでも言ってないといいけど。
「あ、そうそう。この前はドーナツありがとう。家族で美味しく頂いたよ」
「ああ、いや。そうだ。この前はお邪魔しました」
「また遊びに来てね。今度は私もいる時に」
「東野くんはボクの友達だからお母さんがいない時でもいいと思うんだけど」
「私も東野くんと仲良くなりたいんだけどなーダメなの?」
「ダメじゃないけど、なんか抜け駆けされそうで嫌だ」
「抜け駆け?」
「お兄ちゃんはボクより先に東野くんと連絡先交換してた。しかも、内緒で」
明るい声をワントーン落として口にする西宮。ガチだ。前のことなのに、まだ何か西宮的には気に食わないらしい。俺が旭日さんと連絡先を交換したのがそんなにも嫌だったんだろうか。
「ごめんね、東野くん。日向が嫉妬深くて」
「そ、そんなんじゃないよ」
「嫌なことは嫌ってはっきり言ってくれていいからね」
「はあ」
正直、あんまりピンと来ない。西宮に今まで嫌なことをされた記憶がないから。
「あ、そうだ。東野さん、今日のお礼は後日必ず」
「そんな。気を遣ってもらわなくて大丈夫ですよ。深夜もこの前、お家にお邪魔させてもらったようですし」
「いえ、そういう訳には」
母さんと西宮のお母さんが話し始めた。ほんと、保護者になると色々と大変なんだな。改めてそう思っていると裾を引っ張られた。西宮にだ。西宮は俯きがちで弱々しく裾を握ったまま。
「西宮?」
「……ボク、東野くんに迷惑とかかけてない、よね?」
不安そうに聞いてくる。さっきの西宮のお母さんとの会話から何か思うところでもあったんだろう。
「ぜんぜんないな。西宮といると楽しいことばかりだよ。今日も西宮と長い間一緒にいれてさ、スゲー楽しかったから今はちょっと名残り惜しい気分になってる」
「あ、な、なら、よかった。うん」
西宮に迷惑なんてかけられてないとちゃんと答えただけなのに、急に西宮は焦ったように目を泳がせ始めた。変なことを言ったつもりはないけど、誤解はちゃんと解けたんだろうか。
「ちゃんと伝わってる?」
「だ、だいじょぶ。うん!」
「ほんとかなあ」
「ボクも同じ気持ちだし」
同じ気持ちってなんのことだろう。西宮はニコニコしてるけど。まあ、ちゃんと伝わってるならなんでもいいか。
「そうだ。東野くんの服、ちゃんと洗って返すからね」
「ああ、うん。よろしく。今さらだけど、サイズとか大丈夫だった?」
「うん。問題ないよ。ほら」
両手を広げて全身を見せつけるようにしてくる西宮。肌が出そうになったりはしなくても、あんまり派手に動かれるとお腹が見えそうで直視しづらい。
こういうところなんだよな。西宮は女の子なんだからもうちょっと自分がどんな風に動けば肌が出るかとか考えてくれないと。
「ふふ。こうやって東野くんの服を着てると東野くんに包まれてるみたいだね。今日はボクが東野くんとお揃いの香りだし」
服や髪を嗅いで嬉しそうな西宮。前から思ってたけど、西宮は匂いに関して口にすることが多い。しかも、嗅いでは嬉しそうにするし。なんだか、犬みたいだ。
「東野くんのお家のシャンプー、いい香りで好き。だから、東野くんからはいつもいい匂いがしてたんだね」
「え、そんなに匂ってたの?」
「うん」
西宮が顔を近付けて頭の匂いを嗅ぎにくる。風呂上がりで汗もかいてないとはいえ、流石に恥ずかしい。
「東野くんの匂いってなんだか安心するから好きなんだ〜」
「それは、ありがとう……でいいのか微妙だけど、これ、いつまで続けるんだ?」
「嫌?」
「嫌っていうか……その、母さん達もいるし、見られたら恥ずかしいじゃん」
「でも、お母さん達、お話に夢中でこっち見てないよ」
確かに、母さん達は母さん達で話が盛り上がっているのかこっちを見る素振りがない。
「それより、人目のないところに行く?」
「そこまでして続けたい!?」
「あはは。冗談だよ」
「と言いつつやめはしないんだ」
「だって、東野くんの香り嗅いでいたいんだもん」
そう言う西宮から俺と同じボディーソープの香りが鼻に届いた。西宮の言うことが分かる。好きな人と同じ香りってのは、なんだか嬉しい。西宮が安心してくれるのも俺と同じ理由だったらいいんだけどな。
「そろそろ帰るよー」
母さん達の話が終わったらしい。母さんが呼ぶのと同時に西宮が俺から距離を取る。西宮も母さん達に見られるのは恥ずかしかったんじゃないか。
「……ドキドキしたね」
「心臓に悪い」
耳元で囁かれて答える。本当に心臓に悪い。
母さんは既に車に乗っていて、俺も助手席に乗り込んだ。窓を開けて、母さんが西宮に声を掛ける。
「また遊びに来てね」
「はい、ぜひ。チャーハンの作り方、教えてください」
「うちにも遠慮しないでまた来てね」
「はい」
西宮のお母さんからも言われたので返事した。
「じゃあ、東野くん。また明日」
「うん、バイバイ」
手を振って車が発車する。駐車場を出て、来た道を帰っていく。
「西宮さんと随分、距離が近いようだけど……いい感じなの?」
「はあ? 何のこと?」
「さっき、何してたの?」
見られてた。見られてた。母さん達、気付いてたじゃん。西宮ーーー。
「別に。何も」
「ふーん」
俺が窓の外を眺めながら素っ気なく答えたからか母さんはそれ以上、何も聞いてこない。あんまり、触れてほしくないと悟られたんだろう。
ただ、何度も西宮がいい子だと言われた。
そんなこと、俺の方がよっぽど知ってるよ。




