39
「はい、これ。西宮さんの着替え。あんたが持っていってあげて」
「絶対俺じゃないだろ」
母さんが俺の部屋から服やタオルを持って降りてきた。母さんが買ってきた時に一度だけ見たことがあるジャージの上下セット。それと、やや大きめのシャツ。こっちは何回も着てるやつだ。
とはいえ、洗濯は母さんがしてくれてるから汚くはない。西宮は汚れててもいいって言ってたけど、本当に汚れてる服を貸すわけにもいかないからな。
と、ここまではいい。母さんの選択は最適解だろう。これなら、西宮と服のサイズが合わなくて肌がが見える、なんてことも起きないはずだ。けど、それを俺が持っていくのは違うくないか。西宮が風呂に入ってるんだぞ。
「母さんは忙しいの。車の座席にもタオル置いて乾かさないといけないし、ご飯の用意もある。深夜も手伝いなさい」
「だからって、俺に持ってこられるのは西宮も嫌がるだろ」
「今日初めて会った友達の親ってのも嫌でしょ。まだあんたの方がまし。っていうか、別に覗くわけでもあるまいし、服を置いてくるだけなのに何を意識してるの?」
「別に、そういう訳じゃないけど……ああ、もう。分かった。置いてくる」
「そ。お願いね。車にタオル置いてくるから」
母さんは手短に告げると家を出て行った。普段、あんな風に忙しそうにしているところは見たことがない。どっちかと言えば、のんびりしてる方だ。その母さんがあんな風に動いていると俺も文句を垂れてないで手伝えることは手伝おう。
「それはいいんだけど、やっぱ役割逆だよなあ」
母さんが西宮に服を持っていって、俺が車にタオルを置いてくればいいと思うんだよ。俺だってそれくらいのことは出来る、はずだから。たぶん。
「ごちゃごちゃ考えてないでさっさと持っていこ。風呂から出ても着替えがなかったら西宮も困るだろうし」
重たい足取りで洗面所まで移動する。西宮と鉢合わせする訳にもいかないので閉められた扉をノックした。西宮に声を掛けて、返事がないのを確認。風呂に入ってるだろうと信じてゆっくり扉を開けた。
「……まあ、そうだわな」
案の定、西宮は風呂に入っていた。シャワーの音がしない。湯船に浸かっているのだろう。裸の西宮とうっかり鉢合わせ、みたいなマンガでよくある事故は起きなかった。そんなのはフィクションの中での話だけだ。現実じゃ起こり得ない。残念じゃないぞ、別に。残念じゃ、ない。
西宮の制服も見当たらず、脱いだ物は洗濯機に入れているんだろう。中を覗く訳にもいかず、なるべく見ないようにして風呂の近くに置いてある棚のスペースに着替えとタオルを置いた。それから、風呂の扉を開けない力でコンコンと叩く。
「風呂中にごめん。タオルと着替え、棚に置いてるから」
中は見えないとはいえ、見られていると知ったら西宮も嫌な気になると思って背中を向けて声だけ掛けておく。
「うん、ありがと〜」
呑気な返事が返ってくる。温まって気が緩んでいるのだろうか。もうちょっと驚かれると思ってたんだけどな。俺だけ意識してるみたいでなんか負けた気がする。
だからって、長居する訳にもいかないけど。
「東野くんの家は体洗うタオルが別々に用意されてるんだね」
さっさと洗面所から出て行こうとすれば西宮の方から話し掛けてきた。早く消えてほしくないのか。
「俺と母さん、父さんで用意されてる。西宮の家は違うの?」
「ボクはお母さんと一緒に使ってるよ。お兄ちゃんはお父さんとだね」
「そういう家庭もあるよな」
「肌質に合うとか色々あるよね。何色が東野くんなの?」
「俺は青。母さんが白で黄色が父さん。母さんのが一番柔らかめで肌に優しいよ」
俺と同じタオルを使うっていうのも西宮は嫌だろう。ここで母さんのタオルを推しておけば自然な形で西宮も母さんのタオルを使うはずだ。
「それじゃ、ゆっくりしてくれ」
「はーい」
ちゃぷちゃぷ音を立てながら西宮が答える。ゆっくりしてほしいし気を使ってほしくもない。けど、自分の家のようにリラックスし過ぎるのもなんていうか。
言葉に出来ない変な気持ちになりながら俺は洗面所を出た。
母さんがご飯の用意をし始めた頃、西宮がリビングにやって来た。風呂上がりの西宮だ。髪が長くてまだ濡れているのかタオルを首にかけている。
「お先でした」
「ちゃんと体は温まった?」
「はい。もうぽかぽかです」
「それは、よかった。じゃ、ご飯出来るまでゆっくりくつろいでてね」
「あ、ボクも手伝います」
「その前に西宮は髪を乾かした方がいいよ。風呂に入ったのにこのままだとまた冷える。洗面所にドライヤーあるし持ってこようか」
「ボクは後でいいよ。それよりも、東野くんの方が先にお風呂に入らなきゃだよ。体もだいぶ冷えたでしょ」
そう言って西宮が両手で俺の頬に触れた。体温を確かめるためだと思う。優しい力加減で手を押し当ててくる。
「あれ、あんまり冷たくないね」
「……もう、だいぶあったまったから」
突然のことで反応に困る。とはいえ、俺は顔に熱が一気に集まってくるのを感じ取った。間違いなく赤くなっていることだ。
そんな俺を見てなのか西宮が慌てたように手を離した。
「ご、ごめんね」
「だ、大丈夫……とりあえず、風呂入ってくるわ」
逃げるように風呂の用意をまとめて部屋を出ようとする。
「あ、深夜が脱いだ服は袋に入れておいてよー」
そんな母さんの声を背中に受けながら、洗面所に閉じこもった。鏡に映った俺の頬はやっぱり、赤くなっている。
「西宮っていきなりなんだよな……ビビるし、恥ずいし。はあ……」
着ていた物を脱いで袋に詰めていく。素っ裸になって風呂の扉を開けた。そこで、ふと足が止まる。あれ、これって普通に入っていいやつ? クラスメイトの女子が入った後の風呂に入って捕まったりしない? 急に不安になってきた。
別に、そんなに気にすることじゃないのかもしれない。けど、考え出したからキリがない。
「……さむ。入ろ」
せっかく、温まっていた体が素っ裸でいたことによってまた冷えてきた。こんなことで体調を崩すようなことがあればあまりにも馬鹿げてる。
「さっと入ってさっと出たらいいや……えっ」
いきなり、扉の開く音がした。入ってきたのは西宮だ。ドライヤーでも取りに来たんだろう。
「あっ」
西宮は俺がまだ風呂に入ってなかったことを知らない。西宮と目が合う。西宮が突っ立ったまま固まった。俺もまさかの事態に体が動かない。
まさか、見られらるのが俺の方だったとは……いや、どうしようこの状況。




