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「家に寄ってくっていきなり過ぎるだろ」
「二人ともかなり濡れたようだからさ、少しでも早く着替えた方がいいんじゃないかと思って。期末テストも近いんでしょ?」
「そりゃそうだけど」
俺は母さんに学校でのことを何も話さない訳じゃない。この日は早く帰ってくる。この日はこういうのがある。伝えておいた方がいいことはちゃんと言うようにしている。
期末テストだってそうだ。テスト期間は早く帰るから弁当は大丈夫だとこの前、言っておいた。だから、母さんは俺と西宮がテスト前に風邪を引かないように提案してくれているのだろう。
「けど、西宮にだって都合があるだろうし」
「分かってるって。だから、無理にとは思ってないし。もし、西宮さんの家までの近道があるならそっちを通って送っていくつもり。もちろん、暖房もつけてね」
母さんが程よい温度の暖房をつけ始めた。体が冷えるのをこれで、少しは防げる。とはいえ、制服に染み込んだ雨が完全に乾くのには時間が掛かるはずだ。その間、冷たい感触が肌を刺激して体調を悪くさせる可能性は大いにある。
「あくまでも私はどうかなって言ってるだけだから西宮さんが決めてね。もし、寄ることになっても迷惑だとか気にしなくていいから。誘ったのはこっちだし」
西宮が困ったようにこっちを見てくる。西宮からすれば当然の反応だ。無理もない。
「母さんの言う通り、西宮がしたいようにしてくれたら助かる」
「いいの? 急にボクが家に行って、東野くんは嫌な気になったりしない?」
え、そっちで悩んでたのか?
てっきり、家に誘われたことに困ってるもんだと思ってた。けど、そうじゃないらしい。西宮が家に来ることになって、俺が嫌な思いをするかどうか悩んでいた。西宮にとって俺の家は行ってみたい場所になんだろうか。
よく見ると西宮の目から期待しているようなものが感じられる。
「ぜんぜん、嫌じゃないけど」
「じゃあ、寄る。お願いします」
即答した。悩む素振りなんて見せもしなかった。
「オッケー。じゃあ、出発しよっか。そうそう。お風呂入っていくでしょ。そのままじゃ寒いだろうしね。服が乾くまで時間も掛かるしついでにご飯も食べていく?」
「そ、そこまでしてもらうのは気が引けるというかお願いって範囲を超えてるような気が……」
「気にしなくていいんだよ〜深夜だって西宮さんが一緒だと嬉しいでしょ」
「そうなの?」
まるで、そう言ってほしいかのように目をきらきらさせながら西宮が見てくる。そりゃ、西宮が一緒だと嬉しいよ。好きな子と少しでも長くいられて嫌になんてなったりしない。
けど、親の前でいかにも西宮のことが好きだって分かるような前のめりで返事をするのも照れ臭くて抵抗がある。
「嬉しいよ」
それでも、変に濁して好きな子に嫌な思いをさせるくらいなら我慢なんていくらでも出来る……けどお、やっぱり、ちょっと照れ臭い。
「そう言ってくれるなら、お言葉に甘えようかな」
ほんのりと頬を赤くして呟く西宮。口角が上がっている。
「じゃあ、家の人に連絡だけは入れておいてね。遅くなると心配するだろうから」
「電話しておきます」
「うん、それがいいね。家まではちょーっと時間掛かるから待っててね」
「はい」
ということでようやく車が動き出した。ここから家までは母さんの運転で二十分位掛かるはずだ。その間、西宮と何話してよう。母さんの前だから、変に緊張してしまうぞ。普段、どんなこと話してたっけ。
「先に電話しちゃうね」
「うん、早い方が助かると思うし静かにしてるよ」
西宮がスマホを取り出して電話を掛け始めた。邪魔にならないように口を閉じる。西宮が電話してる間、どんな話をするか考えていよう。
「あ、もしもし。お母さん? 今ね、雨が降ってるからって迎えに来てくれた友達のお母さんの車に一緒に乗せてもらってるんだ。……え、誰って。東野くん。東野くんと一緒に帰ってたから。そしたら、急に雨が降ってきて二人とも傘がなかったから雨宿りしてたら東野くんのお母さんが車で迎えに来てくれて」
お母さんに説明を始めた西宮。西宮のお母さんには会ったこともないのに、当たり前のように俺の名前を出している。旭日さんに会った時もそうだったけど、会ったこともない人がそれで伝わるくらい、俺の名前を家で出してるんだと分かる。くすぐったいな。
「それで、東野くんのお母さんが家に寄って晩ご飯を食べて行くって誘ってくれて……寄りたいんだけどいい? え、いいのっ!? うん、分かった!」
とびきりの笑顔を向けて西宮がピースサインを見せてきた。それから、母さんに声を掛ける。
「あの、お母さんがひと言だけ挨拶したいって言ってるんですけど、スピーカーにしたら運転に支障出ないですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「分かりました。もしもし、お母さん。東野くんのお母さん大丈夫だって。うん、準備する。でも、運転してくれてる最中だから手短にしてよ」
西宮が通話をスピーカー状態にした。そして、画面を母さんの方に向けた。少しでも話しやすい状況を作るためだな。
『はじめまして。西宮です。いつも、娘が息子さんと仲良くしてもらってます』
「はじめまして。東野です。こちらこそ、いつも息子が娘さんと仲良くさせてもらってるようでありがとうございます」
『それで、娘から話はだいたい聞いたんですけど、ご迷惑じゃないですか?』
「迷惑だなんてとんでもない。私から持ち出した話ですし、お気になさらず」
『そうですか。声からして娘がよっぽど行きたがってると分かりますのでお手数ですがよろしくお願いします』
「いえいえ。大切な娘さんを大事に預からせてもらいます。安全に家まで送らせてもらいますので」
『ありがとうございます。運転中にすみませんでした』
「いえいえ〜」
『日向。東野くんにも変わってもらっていい?』
え、俺にも?
「うん、分かった。はい」
スピーカー状態をオフにして、西宮がスマホを渡してくる。な、なんの用だろう。緊張するな。
「も、もしもし」
『あ、東野くん? いつも、日向と仲良くしてくれてありがとうね』
電話から聞こえてきた西宮のお母さんの声は西宮によく似ていて、明るくてはきはきしている。
「い、いえ」
さっきの西宮みたいに背筋を伸ばして返事する。そんな俺の様子が面白いのか西宮がニヤニヤしながら見てきた。あんまり見られてるのも癪なので背中を向ける。
すると、西宮は身を乗り出して俺の顔を覗き込んできた。そこまでして見たいもんなのかね。
『日向ね。本当に東野くんのことが好きみたいで家でしょっちゅう話してくれるんだ』
心臓が大きく跳ねたのが分かった。開いた口を閉じられない。そのまま、西宮の方を見る。西宮はきょとんとしている。
西宮の好きな人って俺、なのか……?
『旭日も東野くんのことが好きみたいで二人でよく楽しそうに話してるの』
「あ、そ、そっすか」
び、びっくりした。西宮のお母さんが西宮が俺を好きだって言うもんだからてっきり、西宮の好きな人が俺なんじゃないかと思った。たぶん、今のは友達として好いてくれてるってことだ。そうじゃないと母親が娘の好きな人をその相手に暴露したことになる。そんなこと、しないはずだ。
『二人と仲良くしてくれてありがとうね。特に日向に関しては本当に感謝してるの。東野くんが日向のことを女の子として見てくれるから、少しずつ日向が変わってきてね。最近、毎日が楽しそうなんだ』
教室で見ていた西宮はいつも楽しそうだった。男友達の中で騒いで笑って元気で。でも、内心はそうじゃなかったのかもしれない。それを、西宮の家族は見抜いていたんだろう。
西宮を見る。今も西宮は目を細めていて楽しそうだ。お母さんの気苦労も知らずに呑気だな。
「今も楽しそうにしてますよ」
『東野くんのお家に行けることが凄く嬉しいようなの。日向のこと、よろしくね』
「はい」
『急にごめんね。ありがとう』
「いえ。西宮に代わりますか?」
『ううん、大丈夫だからもう切る感じで』
「分かりました。じゃあ、これで」
『うん。またね』
通話を終了させて西宮にスマホを返す。西宮は元の位置に戻った。俺も座り直す。
「お母さん何だって?」
「西宮が毎日、楽しそうだって」
「え〜何それ」
笑顔を見せる西宮。お母さんの意図はあんまり分かってなさそうだ。けど、それでいい。西宮が笑っていられるなら。西宮のお母さんもきっとそう思っているはずだ。
だって、西宮には笑顔が似合うから。




