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西宮と一緒に学校を出て少し経った頃、雨が降ってきた。最初はポツポツと小雨だったものが急変。土砂降りに変わった。
雨が降るなんて聞いてもいなかった俺は当然、傘を持ち合わせているはずもなく。それは、西宮も同じだったようで俺達は逃げるように走って通学路にあるコンビニに向かった。
「うう〜ぐっしょりだ〜……最悪」
「この感じだと通り雨っぽいけど、しばらく止みそうにないな」
屋根の下から空を見上げる。すっかり濁りきった灰色をしていた。
「スカートまでぐっしょりしてる。気持ち悪い」
そう言って西宮はスカートを捲って絞る。ボタボタと水が落ちた。下着が見えそうになっているとかそういうことはない。身長を考えてなのか、西宮のスカート丈は長くなっているからだ。
それでも、なんとなく見ていることに罪悪感を覚えそうになる。視線を逸らせば、西宮の髪が頬にべったりと張り付いていることに気が付いた。
西宮は俺よりも髪が長い。濡れたままだと風邪を引くかもしれない。この時期に風邪なんて引いたら大変だ。早く帰ってあったまってもらわないと。
「傘が売ってるか見てくるよ」
「うん、お願い。売ってたらボクの分も買っておいて。後でお金は返すから」
「分かった……っと、電話だ」
中に入ろうとした直前、スマホから着信音が鳴り響いた。ポケットから取り出して相手を確認する。母さんだ。
「もしもし」
『あ、深夜。そっちも雨って降ってる?』
「降ってる。濡れた」
『げ、最悪。制服乾かさないとか〜明日、仕事なのに』
「だから、今から傘買ってなるべく早く帰るようにする」
『あ〜いいよ。ちょうど今、買い物に出てたところだから迎えに行ってあげる。どこ?』
「学校近くのコンビニ」
『あ〜そこね。すぐ行くから待ってて』
「分かった。待ってる」
買い物に出てたってことは母さんは車だ。車で迎えに来てくれるならもう濡れずにも済む。俺は。西宮の方を見る。西宮と目が合った。
「よかったね」
母さんとの会話を聞いて、なんとなく推測出来たのだろう。小声で西宮が言ってくる。俺の心配はもうなくなった。けど、西宮はどうだ。いつ雨が止むかも分からない。家に着くまで濡れたまま電車に乗って、まだまだ時間も掛かるだろう。
「あのさ、母さん。ちょっと待って」
『何?』
「いや、すぐ言うからこのまま切らないでくれ」
母さんとの通話をそのままにして、俺は西宮と向き合った。
「今から母さんが車で迎えに来てくれることになったんだけどさ……西宮も乗ってく?」
誘ってみれば西宮が目を丸くした。スカートを絞っていた手が止まる。驚いているのか固まっているみたいだ。
「え……い、いいの? 迷惑じゃない?」
「迷惑だなんてないよ。それに、一緒に帰ってる女の子を一人にして自分だけ車に乗るってのはなんか嫌だし」
「ラッキーだったってだけで、東野くんが嫌がるようなことじゃないと思うけど」
「そうなんだけどさ。こう、上手く言葉には出来ないけど……とにかく、西宮も一緒がいいと思ってるんだ」
一人にしたって西宮は家に帰れる。そんな心配をしてる訳じゃない。けど、ずぶ濡れの西宮を一人にすることにどうしたって抵抗している自分がいる。
「あ、そ、そうなんだ。えと。じゃ、じゃあ、お言葉に甘えてもいい、のかな」
「うん……って、今から母さんに聞いてみるんだけどな。もし、難しいってなったら俺も迎えに来てもらわないから一緒に帰ろう」
「え、それは、迎えに来てもらいなよ……って、聞いてない」
「あ、もしもし。母さん。今、友達といるんだけど一緒に乗ってもいいか?」
『あんたに友達? 友達いたの?』
顔を見なくても分かる。物凄く疑っているということを。高校に入ってから誰かと遊んだりとか西宮と話すようになるまでなかったからな。当然の反応だろう。
「ちゃんといるよ。まあ、数は多くないけど」
『てっきり、一人もいないんだと思ってたから少なくてもいると分かって安心したわ。挨拶したいし、乗っけるのは全然いいけど、その子もいいって言ってるの?』
「迷惑じゃないならって」
『しっかりしてる子ねー』
「そう。しっかりしてる子なんだ」
『オッケー。いいよーって伝えといて』
「分かった。ありがとう」
『深夜の友達だしね。じゃ、切るから』
母さんとの通話を終えて、スマホをポケットに押し込む。
「いいってさ」
「そ、そっか。助かるけど、き、緊張してきた」
「人の親に会うのって緊張するよな。まあ、難しいタイプの親じゃないから、肩肘を張ったりはしなくていいよ。気楽で」
「そ、そういう訳にはいかないよ。東野くんのお母さんだもん。失礼のないようにしないと」
俺の母さんだからってそんなに畏まる必要なんてないんだけどな。西宮は随分と気にしてるようだけど。
「あ、そうだ。何か買わないと。コンビニ商品だけど許してもらえるかな……」
「いい。いい。そういうの」
「でも、車に乗せてもらうんだし」
「俺から誘ったんだし、西宮がそういうの気にしないで本当にいいから。むしろ、母さんも困ると思うし」
「確かに、ボクのお父さんも同じことされたら困るかも」
「だろ」
親同士が知り合いならまだしも、俺と西宮の場合はそうじゃない。それなのに、いきなり物を渡されても逆に遠慮させてしまうはずだ。この前、西宮の家に遊びに行く時に買っていったドーナツはまた別として、こういう場合は甘えておけばいい。
「ずっと外で待ってるのも冷えるしさ、コンビニの中で待ってよう。すぐ行くって言っても安全運転で母さんゆっくりだから」
「風邪でも引いたら大変だもんね」
「さっきまでマンガ読んでたやつが何を言ってんだって話だけど、一応、テスト前だしな俺達」
そんなことを話しながらコンビニの中に入る。建物の中でなら雨風を凌げて暖かい、と思っていたものの考えが甘かった。若干とはいえ、冷房が掛かっている。
「中も冷えるね」
「もうじき七月だから店内は涼しくしてるよな、そりゃ……ごめんな。西宮が寒かったらすぐ出よう」
「東野くんが謝ることじゃないよ。それよりも、何かあったかいものでも食べようよ……あ、でも、晩ご飯も食べないとだもんね。どうしよう」
良かれと思ったことが失敗して情けない。そんな俺に対しても西宮は嫌な顔を一瞬たりとも浮かべない。そんなことよりも、ホットスナックの前で難しい顔をして悩んでいる。
気を使われているというよりも気にしていないんだと分かる様子に気が楽になる。西宮の中じゃ失敗にも入ってないのかもな。ありがたい。
「分けられるものでも食べよ。二人で食べたら満腹になったりはしないはずだし」
「妙案だね。何食べる?」
「西宮が食べたいのでいいよ」
「うーん。そうだなあ……あ、肉まんは? これなら、半分こしやすいし、熱いからあったかくなれそうだよ」
「オッケー。すみません、肉まん一つください」
店員に伝えて肉まんを用意してもらう。お金を払って受け取った。手があっちい。
「座って食べよ」
「う、うん。けど、お金……」
「いいよ、これくらい。肉まん一つを折半ってのも変な話だし」
「……ありがとう。嬉しいよ」
幸せそうに頬を緩めた西宮。肉まん一つで大袈裟だなあ。そんな風に思いながら西宮と一緒にイートインスペースへ。席に座って熱いのを気合いで我慢して、肉まんを二つに分けた。
「はい」
「東野くんが買ったんだもん。大きい方を食べて」
片方を西宮に渡せば突き返される。綺麗に真っ二つ、とはいかなかったとはいえそんなに大きさに差は……ないことはないか。
「気にしなくてもいいのに」
「こういうことはちゃんとしないとなんだよ。じゃないとボクが東野くんに甘えてばかりになって嫌気が差されちゃうかもしれないし。だから、ボクはこっち」
西宮が俺の手から小さい方の肉まんを奪っていった。そのまま、パクパクと食べ進めていくことはなく。熱かったようでふーふーと息を吹いて冷ましてから口に含んだ。その瞬間、たちまち笑顔になっていく。
「美味しいね」
この笑顔を見ることが出来るならいくらでも甘えてくれていいんだけどな。そんな、寒いセリフが口を通らないようにしながら肉まんをかじる。もっちもちの生地と大きな肉の塊が口の中で合わさって美味しい。そして、熱い。ハフハフ。
「東野くんと一緒だから、より美味しく感じるね」
照れ臭そうに聞いてるこっちが照れてしまうようなことを口にする西宮。頬が赤くなっているのは肉まんが熱いからなのか。それとも、恥ずかしくなっているからなのか。
俺には分からない。けど、俺の体は二つの熱でぽっかぽかになった。冷房の寒さなど、どこかへ消えていた。




