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西宮が住んでいるのはマンションだった。西宮の案内でエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込む。全部で六階まであるらしい。西宮は二階のようだ。
すぐにエレベーターは二階に着いて降りる。廊下を歩いて一番奥がそうらしい。玄関扉を開けて西宮が一言。
「ただいま」
「お邪魔します」
すると、すぐに奥から旭日さんがやって来た。
「いらっしゃい、深夜くん。体育祭ぶりだね」
「今日は誘ってくれてありがとうございます」
「いやいや、俺が遊びたかっただけだから……それはそうと。日向。ちゃんと道案内したか?」
「シタヨ……チャント」
「ふーん。そのわりには時間がかかり過ぎじゃないか」
「お兄ちゃんはうるさいなあ……細かいこと気にしてるとモテないよ」
「いいし。モテなくてもいいし。っていうか、大学になったらモテるとかもうないし」
「強がっちゃって。お兄ちゃんはほっといて上がって東野くん」
旭日さんには冷たい西宮が俺には優しい。笑顔で招き入れてくれようとしている。そんな西宮の表情が旭日さんのひと言で一瞬で崩れた。
「何を勘違いしてるんだ、日向。深夜くんは今日、俺と遊ぶために来たんだぞ」
「え?」
「そうだよね」
「まあ……」
西宮に案内してもらっておいてなんだけど、旭日さんの言う通りだ。俺は今日、旭日さんと約束をして来ている。西宮とは遊ぶ約束をしていない。
「そっか……ボクとは約束してなかったもんね」
西宮から笑顔が消えて、寂しそうに俯いた。
「安心してくれ。ドーナツは大量に買ってきたから西宮の分もあるよ」
「……うん、ありがとう。一人で食べるね。部屋にこもって一人で」
西宮は体を震わせながら、絞り出すように声を出した。
「日向がどーしてもって言うなら、混ぜてやってもいいんだぞ。昔みたいに。いいよね?」
「そりゃあ、もちろん」
西宮も一緒の方が絶対に楽しい。旭日さんの案に反対なんてするはずがない。
「深夜くんもこう言ってくれてる訳だけど、どうする?」
ニヤニヤとやらしい笑みを浮かべた旭日さんが西宮に詰め寄る。西宮は鬱陶しそうに旭日さんを睨んだ。俺には見せない顔だ。こんな顔も西宮もするらしい。
「背に腹は代えられない……お兄ちゃん、ボクも混ぜて」
「えーどうしようかなあー」
「うざっ。もういい。東野くん、ボクも混ぜて」
「いいよ。西宮も一緒に遊ぼう」
「やった。じゃ、お兄ちゃんは無視しよ、無視」
「おっと。無視していいのかな〜。今日の昼は俺の奢りなんだけど、日向だけ仲間外れでいいのかな〜ん〜?」
「お昼食べたら無視しよーね」
仲良い兄妹だなあ。目の前で西宮と旭日さんがする兄妹喧嘩を見ながら俺はしみじみ思った。
それと、そろそろ中に入れてほしいなあ、とも。
「お昼はピザでも取ろうと思うんだけど、深夜くんはいい?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「なんのなんの。大学生だからね。パーッと注文してよ」
「お兄ちゃんバイトしてるんだけどね、奢るような相手がいないんだ。東野くん、お兄ちゃんの財布を空にしちゃっていいよ」
「いや、そんなには食べられないよ」
「日向……さっきから冷たくない?」
「お兄ちゃんが意地悪するからでしょ」
「意地悪……?」
「うわっ。本気で分かってない顔してる」
ということで、リビングに置かれている四人がけのテーブルに座ってピザのメニューを見る。配置的にはこうだ。旭日さんが俺の正面に座っていて、西宮は俺の隣に座っている。
「何食べようか?」
旭日さんのスマホを三人で覗きながら注文するピザを選ぶ。
「このコーンがたっぷり乗ってるピザがいいです」
「オッケー。サイズはどうする?」
「Mサイズで」
「りょーかい。日向は?」
「ボクはベーコンポテト。サイズはS」
「はいよ。俺はこれにして。後は、ナゲットとポテトと……飲み物は昨日、色々買っておいたからそっちでいいかな?」
「はい。至れり尽くせりでありがとうございます」
「じゃ、注文っと。二十分くらい掛かるらしい」
ピザが届くまで三人で話しているとチャイムが鳴った。旭日さんが確認に向かうとピザが届いたらしい。オートロックを解除するから部屋の前まで届けてもらうよう旭日さんが指示して数分後、旭日さんのスマホに置かれた写真が送られてきた。
「取ってくるから日向は飲み物の用意しといて」
「分かった」
西宮がキッチンに。旭日さんが玄関にそれぞれ向かう。高い位置に設置されている食器棚から西宮がコップを取り出す。俺だとなかなか届きそうにない高さでも西宮は余裕だ。
けど、ただじっとしてるだけなのは落ち着かないな。
「何か手伝えることある?」
「じゃあコップ運んでもらおうかな」
「分かった」
西宮からコップを受け取ってテーブルに置く。
「誰がどのコップ使ってるとかある?」
「ボクがピンクでお兄ちゃんが青だよ。東野くんは赤色を使って」
座っていた位置にそれぞれのコップを並べる。その間に西宮は冷蔵庫から飲み物を取り出して床に置いていた。その量、五本。お茶と色々な種類のジュースがある。
「よっと」
一度に抱えるのは大変なようで西宮が苦戦している。そりゃそうだ。こここそ、見てないで手伝いにいくべき場面だろ。
「俺も運ぶよ」
「ありがとう……あ」
西宮が床に置いていたジュースに足を当てた。ペットボトルがゴロゴロ転がる。転がるのはよりによって炭酸だ。開けたら大変なことになりそう。急いで止めないと。
しゃがんでペットボトルを手のひらで止める。同じように考えたのか西宮もまったく同じことを同じタイミングでした。
その結果、西宮の顔が目の前にあった。
「っ、ごめ」
「こ、こっちこそ……あ、止めてくれてありがと」
「い、いや、これくらい」
さっさと離れたらいいものの体が石のように固まって動けない。西宮の大きな瞳に視線が吸い込まれてしまう。
やっぱり、西宮って可愛いな。目は大きいし、肌は白くて綺麗だ。桃色の唇も柔らかそう。顔だけで可愛いと思うのはどうかと思うけど、西宮は顔も可愛い。
動けないのは西宮も同じなのかピクリとも動かない。
「ピザ〜ピザピザ〜ピッザ〜」
謎の歌を歌いながら旭日さんが入ってきた。その瞬間、俺と西宮は弾かれるように離れた。何となく顔を見合わせづらくてそっぽを向いてしまう。
「ん、どうかしたの?」
「あ、いや。炭酸が転がったから開けるのはしばらくしてからがいいなって話してて」
「そ、そう。ボクが足を当てちゃって」
「どんくさいなー」
「お兄ちゃんがいっぱい買ってくるからでしょ」
「お客さんが来るんだから普通だろ」
「それはそうだけど!」
西宮と旭日さんが言い合ってる間にジュースをテーブルに置く。まだ、ドキドキしてる。びっくりした。西宮とあんなに顔が近付くなんて。
「あ、ボクも手伝うよ」
西宮も一緒にジュースを並べる。西宮は気にしてないだろうか。そう思って西宮を見てみれば、長い黒髪から覗く耳が赤くなっていた。気にしてる、のかもしれない。平然を装ってるようだけど。そう意識すると俺まで恥ずかしくなってテーブルに視線を落とした。
そんな俺の視界にピザが入った箱が置かれる。顔を上げれば笑顔の旭日さん。
「さ、冷めない内に食べよう」
何も知らない旭日さんに救われる。そうだ。今日は遊びに来たんだ。ここで、さっきのを意識しすぎて緊張しっぱなしになって楽しめないのは嫌だ。切り替えよう。
着席して箱を開ける。熱々のピザから出る湯気が解放されたように天へと昇っていく。チーズとコーンの香りが鼻腔をくすぐり、食欲をそそられる。
「うわあ……美味しそうだね」
「腹が減ってきた」
ピザに目を輝かせた西宮が微笑みかけてくる。西宮の嬉しそうな表情と言ったらそれだけで絵になりそうだ。
三人で手を合わせて、それぞれ一切れずつ口に含む。コーンの甘みとカリカリに焼かれたベーコンの食感が口いっぱいに広がった。
「ん〜美味しい〜」
ピザを食べながら西宮が幸せそうな声を出す。ふにゃりと顔は緩んでいて幸せそうだ。
「俺に感謝しろよ」
「ありがとっ、お兄ちゃん」
こういう時は素直に感謝するらしい。仲が良いというか単純というか。あ、俺も礼を言わないと。
「ありがとうございます」
「いや、深夜くんはいいんだ。気にせずたくさん食べてね」
西宮もそうだけど、旭日さんも俺に優しくしてくれる。美味しそうにピザを食べる西宮と旭日さん。とろとろチーズが伸びる様に目を細めている。流石は仲良し兄妹だ。
そんな光景を見ながら俺はこういうことが幸せなんだろうなと思った。俺は恵まれている。




