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ある日の放課後、俺は体育祭の打ち上げという名目のカラオケにクラスの一員として参加していた。
席の端に座りながら思う。早く帰りたい、と。
そもそも、俺は参加する予定じゃなかったんだ。打ち上げをするのは知ってたさ。クラスでそういうのが好きそうな連中が音頭を取って計画を練っていたから。
けど、参加する人ーってクラス全員に声を掛けていたとはいえ、個人的に誘われた訳じゃないし、向こうからしても俺は参加してほしいメンバーでもないはずだった。
だから、知ってるけど知らないフリをして帰ろうとしたのに西宮が声を掛けてきた。西宮の中では俺も一緒だと思っていたのか帰ろうとしていると知ってかなり驚いていた。俺がそういう集まりに参加するようなタイプには見えないと思うんだけど、西宮の驚きようったらとにかく激しかった。
そして、落ち込み具合も酷かった。あからさまに肩を落として「東野くん来ないんだ……」とか言われたら参加しちゃうに決まってるだろ。え、マジでって他の皆には見られたけど、西宮に来てほしそうに言われて参加しない訳がない。他の皆とかマジでどうでもいい。
と、俺が参加すると決めて喜んでいた西宮にくすぐったい気持ちになりながら、いざ参加してみたのはいいものの。帰りたい。物凄く帰りたい、とこのざまだ。
カラオケに来たんだから歌でも歌えばいいんだけどマイクが回ってこない。そもそも、歌自体あんまり歌われてない。話がメインなのかあちこちで雑談している。誰かが歌っても会話は止まず、歌なんて聞いてない様子だ。それなのに、歌い切って満足そうにしているのはほとんど自己満だろう。メンタルが強くて羨ましい。とにかく、こんな状況では俺は歌えない。というか、歌う気にもならない。
なら、俺も誰かと会話を楽しもう、と思っても周りに誰も話せる相手がいない。クラスの半数近くが参加していて。その中には、西宮と南條がいるのに西宮は男子と南條は女子とそれぞれ話していて既に相手がいる。とても俺が割って入れそうな状況じゃない。
という訳で俺は一人、端の方に座りながら注文したポテトを黙々と食べている。せっかく、来たんだし滅多に来ないカラオケのポテトを堪能してやるつもりだ。それにしても、カラオケのポテトはポテトで美味いな。カリッとした食感で食べてて面白い。飲食店のポテトとは違った美味しさだ。
「楽しめてる?」
無心でポテトを食べていれば隣に座った西宮が声を掛けてきた。一人でいる俺を気遣って抜けてきてくれたのだろう。
「案外、楽しんでるよ」
「無理したり、してない?」
西宮からすれば不安なのかもしれない。自分が誘ったようなものなのに俺を一人にしていると。外から見たら楽しんでるようには見えないだろうしな。
でも、それは西宮が気にすることじゃない。参加すると決めたのは俺だ。それに、こうしてポテトを味わえてる。じゅうぶんだ。
「してないよ。帰りたくなったら先に帰るし」
「その時はボクにも声を掛けてね。一緒に帰ろ」
「え、西宮は残ってた方がいいだろ。俺とは違って西宮はこの場にいてほしい側なんだし」
西宮がわざわざ俺に付き合う必要はない。こういう場で盛り上がれないのは俺の性格がそうだからであって、西宮はこの場に必要な人間だ。西宮が帰ってしまえばがっかりする人だってここにはいるだろう。
それに、俺は俺に気遣って西宮が楽しめないのが嫌なんだから。
「あ、そ、そう、だね」
いや、俺は間違った選択をしたのかもしれない。明らかに西宮の表情が暗くなった。俺の所に来てくれるまで笑ってたのにだ。俺に話し掛けてくれた途端、笑顔が消えるなんて確実に俺が原因だろう。
「いや、もし西宮に何か用事があるんだったら一緒に帰るけど」
「ううん、そういう訳じゃないんだけど……ボクは東野くんがいてくれないと楽しくない、から」
不思議だ。カラオケに来て西宮とは一言も話していない。それでも、西宮は見ていて楽しそうにしていた。実際に楽しんでいたはずなんだ。そこには、俺がいるかいないか関係ないはずなのに。
「そっか……じゃあ、二人で抜け出してみる?」
「え!?」
っ、俺は何を言ってるんだ。西宮も目を丸くして驚いてるだろ。
「ぼ、ボクはいい、よ……」
西宮が乗ってくるとは思わなくて口が開きそうになる。西宮はこっちを真っ直ぐ見てきて。その目はやけに真剣で。
「そ、それじゃ――」
出る、と聞こうとしたタイミングでそれを遮るように「ここいい?」と西宮が声を掛けられた。西宮の隣を指差しているのはクラスで容姿が整っていると女子がよく口にしている男子だ。名前は佐伯だった気がする。喋ったことがないからはっきりとは覚えていない。
佐伯は西宮が返事をする前に座って西宮に話し始めた。
「この前は大活躍だったな西宮」
「え、そ、そうかな」
「普段から運動とかしてんの?」
「運動ってほどじゃないけど、走るのは好きだよ」
「へー。どの辺り走ってんの?」
スゲー、グイグイいくな。佐伯はマシンガントークとでもいうのか西宮に絶え間なく質問を続ける。圧を感じているのか西宮が俺の方へと寄ってきた。後退ってる感じだろう。それでも、一つ一つ真面目に返事をしていて西宮は会話に向き合っている。いい子だ。俺ならそんなグイグイ来られても拒絶するだけなのにな。
端の方に追いやられながら、そんな西宮を見ていて思う。あのまま、邪魔が入らなかったらどうしていたんだろう、と。本当に西宮と二人で抜け出していたんだろうか。
正直、俺は今の状況を無理に楽しんでるって思い込もうとしてる。本音はあんまり楽しくない。早く帰りたい。けど、西宮はそうじゃないはずだ。俺以外にも話す相手がたくさんいて、暇になる瞬間がない。今のように。
なのに。それなのに。俺が一緒に抜け出そうって誘えばついてきてくれたかもしれない。邪魔さえ入らなかったらそんな未来があったかもしれない。そんなの、一緒にいたいのがこの中の誰よりも俺みたいじゃん。っ!
そんなことを考えては全力で走り切った後のようにドキドキしてきた。ドッドッと体の内側から音が聞こえてくる。漏れないか心配だ。ジュースでも飲んで落ち着こう――って、ない。ポテトをつまみながら飲んでたからコップが空だ。入れてこないと。
部屋を出てジュースを入れて戻る。西宮はまだ佐伯と話していた。
「そういや、普段は髪型そのままにしとくの?」
「あーうん。運動する時だけでいいかなって」
「もったいない。せっかく、可愛かったのに」
「あのシュシュ可愛いよね」
「ああ、違う違う。可愛かったのは西宮。ストレートもいいけど、もっと違う髪型にも挑戦してみたらいいじゃん。こんな立派な髪なんだし――」
佐伯は西宮の髪を触ろうとしたのか。手を伸ばしたのを目が捉えた瞬間、気が付けば俺の体がひとりでに動いていた。
「あのさ、ここ座っていい」
西宮と佐伯の真ん中を指差しながら二人に声を掛けていた。
「他にも空いてる席いっぱいあると思うけど」
佐伯は嫌そうに言ってきた。西宮との会話を邪魔されたくないのかもしれない。
「けど、ここのポテトを見てくれ。これは俺が頼んで食べてたやつだ。で、その前の位置にいるのがお前ってわけ。俺が移動するのっておかしいと思わないか。っていうか、勝手につまんだりしてないだろうな」
ここぞってばかりに馬鹿みたいな理屈を並べている俺がいる。何をムキになっているんだろう。分からない。けど、ここを譲りたくないと思ってしまうんだ。
「たかがポテトくらいでうるさいやつ……」
「すまんね。これくらいしか楽しみがないもんで。ってことでお邪魔します」
これ以上、佐伯に何も言わせないように無理やり西宮と佐伯の間に腰を下ろした。西宮の方に寄れば西宮がソファから落ちてしまうため、佐伯の方に身を寄せる。
「ちょ、何だよ。くっついてくるな」
「まあまあ、そう固いこと言わずに。俺達の仲じゃん」
「どんな仲だよ。気味が悪い」
ひどっ。確かに、佐伯とは仲良くなんてない。むしろ、仲良いか意識する間柄でもない。けど、そこまで言う必要あるもんかね。
だからといって、傷付くような俺ではない。気にもしないで佐伯に気味悪がられ続けているとふいに体の逆側に熱を感じた。視線を向ければ西宮が俺にくっつくように距離を詰めてきている。え、何してんのっ!?
驚く俺のことなんて見もせずに西宮は目を閉じたまま肩を寄せてくる。柔らかい肌をグリグリと押し付けてくる様はまるで動物が甘えてくるみたいで。
「もういいや。あっち行こ」
よっぽど俺のことが嫌になったのか佐伯がどこか行った。
「……あの、西宮。どうしたの?」
大きな声を出せなくて、小声で聞く。すると、西宮の動きがピタリと止まった。なのに、離れようとはしない。
「落ちそうだったから東野くんに身を寄せてた」
「落ちたら危ないもんな。もうちょっとスペース確保するよ」
単に西宮はソファから落ちないように対策していただけらしい。それなのに、甘えてきてるなんて勘違いして恥ずかしいな。と、そうだ。もうちょっとこっちに移動して西宮を座りやすく――。
「……うそ。ボクの方が東野くんと仲良いもんって見せつけたくて」
「佐伯に?」
「そう。二人でわちゃわちゃしてたから」
「佐伯となんてぜんぜん仲良くないから見せつけたって佐伯には効果ないと思うぞ」
「でも、なんか嫌だったから」
「そっか。嫌なら仕方ないよな」
西宮が嫌だったんなら仕方がない。仕方がない、とはいえだ。それだけで、こんなことしてくるなんて可愛過ぎか。また心臓の音が大きくなりだした。この位置だと確実に西宮には聞こえてそうだ。
「迷惑じゃなかった?」
「迷惑なもんか」
「よかった」
嬉しそうに頬を緩める西宮。これで、終了。もう佐伯はいないしくっついて見せつける必要はない。ていうか、佐伯は見てすらなかったと思うし。
それなのに、西宮はぜんぜん離れてくれない。そろそろ、離れてくれないと冷静を装うのも限界なんだけど……あぁぁぁ。
そんな俺の苦悩なんて知りもしない西宮はお開きになるまでずっとそのままでいた。おかげで、残っていたポテトを楽しめなくなった俺だった。
唯一よかったのは誰も西宮に声を掛けて来なかったこと。見られて問題になるようなことはしてないとはいえ、何となく誰にも見られたくなかった。
部屋が薄暗くて誰も気付いてなかったんだろう。あーよかったよかった。




