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これから行われる体育祭に向けて、更衣室で体操服に着替えて教室に戻ってきた。そこで目にしたのは西宮の周りに女子が密集している光景。何かあったのかと不思議に思っていると密集している女子の隙間から西宮がチラッと見えた。
その一瞬で俺は西宮が髪の毛をアレンジしているのを目ざとく見逃さなかった。自分があげたシュシュを使ってくれているからという訳ではない。それが全くないかと言われればそうでもないけど、信じられなかったんだ。
昨日は最後の二人三脚の練習をしたけど、西宮はシュシュをせずに髪の毛を服の中に入れていた。前日にあんなことがあった訳だし、使わない選択をしたんだと思っていた。
なのに、今日は違う。シュシュで後ろ髪を纏めていて西宮はポニーテールをしている。昨日と今日とでえらい違いだ。正直、なかなか受け入れられない自分がいる。
「髪型どうしたの?」
西宮を取り囲む女子からそんな声が聞こてきた。イメチェンとまでは言わないけど、これまで髪の毛をアレンジしたりすることがなかった西宮が急にポニーテールにすれば俺と同様、驚くのは当然の反応だ。あの集団はポニーテールにした西宮が気になって仕方がない集まりということらしい。
「今まで我慢してたけど、服の中に髪の毛を入れるのって邪魔になるし肌も痒くて辛かったんだ。だから、ちょっとやってみようと思ったんだけど……どう、かな。ボク、変じゃない?」
「ぜんっぜん変じゃないよ!」
「そうだよ。新鮮だから見慣れないけど、似合ってるよ」
「運動するってなればどうしても髪の毛が邪魔になるのはロングの宿命だよね。気持ち分かるなあ」
「前から西宮さんって整った容姿してると思ってたけど、髪型一つでかなり化けるね。すっごく可愛いよ」
口々に西宮を褒めるようなセリフが飛び交う。ほらな。やっぱり、そうなんだ。ポニーテールだって変どころか似合ってるくらいだし、容姿だって整っている。可愛いんだ、西宮は。女子から言われることで西宮も少しは自信が付くだろう。否定的な意見がなくてよかったな西宮。
俺は西宮に話し掛けたい気持ちをぐっと堪えて、席に戻った。あの女子の輪に割って入るほどの勇気はない。
それに、西宮が楽しそうだ。きっと、女の子同士での方がオシャレに関して話も盛り上がるだろう。俺が邪魔をするなんて野暮なこと、したくない。ふふふ。よかったなあ、西宮。
「西宮ってさ案外可愛くね?」
後ろの席からそんな声が聞こえてきた。言ってるのは男子だ。
「は? お前、西宮だぞ。あの西宮だぞ」
「いや、俺だって分かってるんだよ。相手はあの西宮だって。男みたいな女子だって。でもさ、なんか可愛くね?」
「うっ……そ、そりゃ、あれだろ。髪型がいつもと違うから見慣れてないだけで」
西宮を可愛いって言うだけなのに何を抵抗しているのか。西宮は可愛いんだからさっさと認めればいいのに。
「そんなこと分かってるよ。けど、じっくり見てみろよ。なんか、可愛いだろ」
「う……確かにぃぃぃ……」
いや、認めるのかよ。けど、よかった。男子から見ても西宮が可愛い女の子として認識されたなら、男扱いされることもこれから減っていくかもしれない。
そうなってくれたらいいな、と俺は楽しそうにしている西宮を眺めながら思った。
体育祭が始まった。校長先生の話やら体育祭実行委員の選手宣誓やらを済ませた今、俺はクラス毎に割り当てられた位置で座っていた。
俺には体育祭で一緒に盛り上がれるような友達がいない。クラスの大半が競技に出ているクラスメイトを応援している。俺も頑張れとは思う。けど、声援を送るほど関係を築いている訳でもなく、ただ見ているだけになってしまう。暇だ。
「ひ、東野くん。隣、いい?」
「北上か。別にいいぞ」
隣に北上が腰を下ろした。
「……この前はごめん」
「謝られるようなことされたっけ?」
「西宮さんのこと侮辱するようなこと言って気分を悪くさせたから」
「ああ、あのことね。そうだな。まあ、いい気はしなかった」
「そう、だよね。友達が侮辱されていい気なんて誰もしないよね。本当にごめん」
「もういいよ。西宮にさえ言わなかったら」
「い、言えないよ直接なんて。僕にそんな度胸ないし」
両手を必死に振る北上。そんなことされなくても北上の性格を考えれば分かる。西宮に嫌な思いをさせないなら、俺が気を悪くするくらいどうってことない。
「それに、西宮さんのこと女の子だなって感じたから……東野くんの言う通り、西宮さんって可愛いんだね」
可愛いと言い慣れていないのか競技に出る準備としてここに西宮はいないのに照れ臭そうに頬をかく北上。教室での西宮を北上も見ていたのだろう。すごく賑わっていたからな。
「……髪型一つで心変わりし過ぎだよな、みんな」
「え?」
「え……あ、違う。何でもない。そう。そうなんだよ。西宮って可愛いんだ。やっと、分かってくれて嬉しいわ」
俺は何を言ってるんだ。みんなから西宮が可愛いと言われて。女の子として見られて西宮が嬉しそうにしていて俺まで喜ばしいはずなのに。なんで、髪型だけで手のひらを返すんだ、と微妙に納得出来ていないんだろう。
「いやー、よかったよかった」
「……東野くんってもしかして――」
北上が何か言おうとした時、北上を呼ぶ声が聞こえてきた。クラスの男子だ。俺とは関わりが全くない二人組。北上とよく一緒にいる北上の友達だ。北上は女の子を相手にすると緊張してしまうだけで、人付き合いが苦手という訳ではない。俺より友達の数はぜんぜん多い。
「あ、呼ばれたから行くね」
「りょーかい。二人三脚、頑張ろうな」
「う……が、頑張るよ。今日で最後なんだし」
北上が友達の元へ向かい、また一人になってしまった。暇だ。ぶらぶらしてちょっと体を動かそう。
クラスを離れてその辺を適当に散歩する。途中で足を止めた。西宮が競技に出ていたからだ。今、行われているのは女子選抜二百メートル走。一年生から順に三年生までの各クラスから出場する選手が並んで出番を待っている。
西宮の前に人が少ないあたり、もうすぐ出番というところだろう。
「もうちょっと近くに行くかな」
人が少なく。かつ、最前で見れる場所まで移動する。ちょうど着いたところでスタートの音がして西宮が走り出した。
最初の内は西宮を含めた五人が横並びで走っていたがすぐにバラつきが生まれた。前に二人、後ろに三人だ。西宮は前の方。後ろとはかなり差が付き抜かれる心配はなさそうだ。
でも、共に前を走るもう一人とは接戦している。ほとんど差がない状態がずっと続いたままだ。解説を聞くと相手は陸上部らしい。西宮は部活に入っていないから相手にするのはキツそうだ。
「頑張れ……頑張れ、西宮」
陸上部を相手に負けたところで誰も文句は言わない。西宮はこの他にもいくつか種目に出る予定だ。最初から体力を使い切る必要もない。
それでも、俺は勝ってほしくて。西宮が勝った姿を見たくて、応援していた。
「っ、やった……!」
最後の最後で西宮が前に出て、僅かに早く先にゴールテープを切った。少しだけ歩いた後、急に背中が丸まった。膝に手をついて息をしているようだ。頑張ったんだなあ、おめでとう。心の中で称賛し、気付いた。西宮が一位でゴールしたことにガッツポーズを取っていたことに。
誰にも見られていないというのに何だか無性に恥ずかしい。冷めていると自覚しているからこそ、熱中した姿を見られるのが何となく恥ずかしいんだ。
西宮の結果さえ知れたら後は興味がなく、急いでその場を離れる。それからは意味も当てもなく散歩で時間を潰した。
その間に女子選抜二百メートル走も終わり、次の競技が始まっている。
そろそろ西宮も戻ってる頃だしクラスに戻ろう。大活躍の西宮のことだ。きっと、クラスメイトに囲まれていることだろう。ちょっとでも話せたらいいな。話したいな。
そんなことを思っていると校舎の近くで陰に紛れる西宮を見つけた。それと、もう一人。西宮よりも背が高い男の人を。
西宮が絡まれていた。




