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「でも、どうしてシュシュなの? ボクにも必要ない物だと思うけど」
「運動する時の西宮って髪をいつも服の中に入れてるだろ。だから、髪留めで使ってもらえたらいいなと思って」
南條から西宮に可愛いと言ってあげたら、と提案された日、俺は南條に聞いてみた。服の中に髪の毛入れてるのってどうだと思う、と。
南條も西宮と同じくらい髪が長い。普段は何もせずに伸ばしているが体育の時は後ろ髪をヘアゴムで纏めていることが多く、西宮が気になった。西宮はいつも後ろ髪を服の中に入れているだけで、何も手を加えない。
それが、西宮にとって楽なスタイルなのか俺は知らないし、俺が気にすることでもないのかもしれない。でも、クラスの女子も髪が長い子は色々アレンジしているのに西宮だけはいつも真っ直ぐなのが何でだろうって思うんだ。
俺の質問に対しての南條の返答は「邪魔で鬱陶しいに決まってるじゃん」とのことだった。ついでにこうも言われた。「顔とかに落ちてきた髪の毛が張り付いてたら痒くてイライラするでしょ」と。例えが上手くて分かりやすく、俺は激しく同意した。
「ボクのこと考えてくれたんだ」
「そりゃ、西宮に贈る物だし考えるよ」
「嬉しい……けど、ごめんね。せっかく考えてくれたのに使えないや」
「気に入らなかった?」
「ううん。見た目がドーナツ柄になっててボクがドーナツ好きっていう要素も入れてくれたんだろうなって分かるから凄く嬉しいよ。本当の本当に。本当に凄く嬉しい。けど」
言い辛そうにして西宮は口を閉ざした。言いたくても言えないのか。言いたくないだけなのか。どっちなのか俺には判断がつかない。西宮のことだからどっちもあり得るからだ。
「と、とにかく。使えないけど、気に入ったから部屋に飾るね。東野くんから貰った物だから大切にする。ずっと」
胸の前でシュシュを愛おしそうに握る西宮。その表情からは本当に喜んでくれていることがこれでもかと伝わってくる。ただ、シュシュを使えないだけで。
「西宮さ。シュシュを使ったらまた馬鹿にされると思ってる?」
ビクッと西宮が体を強張らせた。当たりだろう。南條は流石だな。俺は服の中に髪の毛の話を南條にしている時、一度も西宮の名前を出していない。
それなのに、南條は「嫌なことでも言われたんだと思うよ。似合ってない、とかね。西宮さんなら経験してそうなことだもん」と俺が西宮の話をしていると分かったうえで言ってきた。
西宮の反応からして南條の言ったことは的中だ。
「……だって、柄じゃないでしょ。ボクなんかが髪の毛をアレンジしても。見た目も変になるだけだし似合わないよ」
「そんなの分かんないじゃん」
「分かるよ。休み時間みたいなことになるだけだもん。笑われたりすることには慣れてるけど、わざわざ笑われると分かったうえで笑われることはしたくないよ」
あ、これ以上は言えない。言ってはいけない。言ってしまえば西宮が泣き出してしまいそうだ。そう感じるほど、西宮は嫌がっている。こんなになるには西宮にとって本当に嫌なことがあったのだろう。
「俺は笑わないよ」
これ以上はもうやめておけ。西宮が嫌な思いをする時間をこれ以上、続けるな。冷静な部分では冷静な判断が出来ているのに、俺は勢いを止めることが出来なかった。いや、しなかった。
だって、思うんだ。西宮だって女の子でいたいんじゃないかって。本当に男子扱いされて慣れているなら悲しそうになんてしないし、俺が女の子だと言った時に本気で嫌がっていたはずだ。髪の毛だってわざわざ服の中に入れたりせず、ショートの長さに切ればいい。
でも、西宮はそうしない。女の子って言えば戸惑いはするものの、嫌そうな顔はしない。髪の毛だって伸ばしたまま。長い髪の方が何となく女の子っぽいと思ってるんじゃないか。
「もしも、西宮にしたいことがあるならしたっていいんだよ。みんなの前でってのが怖いなら、俺の前で練習すればいいし。俺の前では何も我慢なんてしなくていいから」
別に、シュシュを使ってほしいとかはこれっぽっちも考えてない。俺が思っただけで、西宮は髪を服の中に入れたところで問題ないのかもしれないし、そもそもの俺の行動がズレている可能性もある。
俺と西宮の感じ方が全く同じだなんてあり得もしないんだ。西宮が嫌なことは嫌なままでいいし、俺がそれを矯正しようだなんて偉そうなことはしもしない。正解なんてないんだし。
ただ、これだけは伝えておきたかったんだ。西宮が我慢するような姿は見たくないから。
「っと、ごめん。西宮のことよく知りもしないのに偉そうなこと言って。ただ、俺はそうだってだけだから気にしないで」
「……東野くんはよく知らないからそんなこと言えるんだよ」
「き、気に障った?」
西宮を怒らせたいとかそういうつもりは一切ないとはいえ、ここまで言ってしまったんだ。西宮からすれば一方的に言われて感じも悪いだろうし嫌われたかもしれない。
もしも、これが原因で西宮に避けられることになったら……嫌だな。うん、嫌だ。訂正したい……けど、間違えたことを言ったつもりはないんだ。訂正しないぞ。
「見せてあげるよ……ボクが髪の毛をアレンジしたらどんな風になるのか。東野くんだって笑いたくなるはずだから」
手で後ろ髪を纏めた西宮は適当な位置にシュシュを持っていき髪を通した。ポニーテールの出来上がりだ。
「どう? 変でしょ?」
首を左右に振って見せつけてくる西宮。その度に作られたポニーテールの束が動きに合わせて揺れている。笑ってほしそうな。どこか投げやりな感じがひしひしと伝わってくる。
「変じゃないよ」
「お世辞でしょ。笑わないってさっき言ったから我慢してるだけで」
「逆に聞きたいんだけど、西宮はどの辺が変だって思うのか教えてくれ。どれだけ考えても分からないんだ」
本当に分からない。髪を纏めている西宮は新鮮で目新しさはある。だからって、変ってことは決してない。
「ど、どの辺がって……そんなのボクにだって分からないよ。でも、変だって。似合ってないって。笑われたんだもん。だから、変なんだよ」
西宮の目から静かに涙がこぼれ落ちた。ついに泣かせてしまった。やってしまった。どうしよう。どうしよう。泣いてる女の子を前にしたことなんてない。何て言えばいいんだ。ていうか、言っていいのか。泣かせたの俺みたいなもんなのに。
「に、西宮。ごめっ。ごめん」
みっともなくオロオロするだけの俺に西宮は手で目元をごしごしと擦った。
「ううん、ボクの方こそ……感情的になっちゃってごめんね」
「西宮が謝ることとかないから、ほんと……」
西宮が泣き止んでくれたとはいえ、気まずい空気が流れている。
「……西宮が大丈夫そうならそろそろ出よっか?」
「そうだね。帰ろ」
髪からシュシュを取った西宮は元々入っていた小袋に入れ直すとカバンの中にしまった。もう使われることはないかもしれない。それでも、俺はいい。西宮の自由だ。
そのままコンビニを出て駅を目指す。
さっきの今で何を話したらいいのか分からない。何か気の利いたひと言でも言えたらいいのに俺の頭にはそんなワードが存在しない。気まずくて西宮の顔も見れない。クソだせえ。
「あのさ、西宮。変って誰に言われたか俺は知らないけど、気にする必要ないから。ポニテの西宮が変に見えたりとか、本当になかったし。何なら似合ってて可愛かった」
「……うん、ありがとう」
「あの、お世辞でもなんでもないからな。西宮って顔も可愛いし、言動も仕草も全部可愛いし」
「う、うん。ありがとう?」
「ほんと、自信持っていいと思う。俺、西宮のこと事ある事に可愛いなあって思ってるし」
「ひ、東野くん?」
「いい加減、西宮とは何回も話してるんだから慣れないと友達として申し訳ないのに西宮のこと可愛いなって思う度に今でも緊張しっぱなしになるし」
「ひ、東野くんっ!」
「え、な、何?」
大きな声で呼ばれて西宮を見る。すると、西宮は手で顔を隠したままそっぽを向いていた。手の隙間から見えるのは赤く染まった頬。
「も、もうやめて……恥ずかしいから」
「あ、ごめん……また西宮を困らせたな。西宮に嫌われたんじゃないかと思うとこの空気に緊張して思ってること全部口に出してた」
「ぜ、全部……?」
「全部だ全部。全部出てた。西宮にどう思ってるか筒抜けになってちょっと恥ずかしい」
「は、恥ずかしいのはボクの方なんだけどっ!?」
「そ、そうだよな」
西宮がムキになって言ってくる。さっきまで、物静かだった西宮に元気が戻ったような気がした。
「……さっき言ってくれたこと、嘘じゃない?」
「嘘なんか付くもんか」
「そっか……そうなんだ……東野くんってそう思っててくれたんだ……ふーん。ふぅーん」
靴のつま先で小石を蹴飛ばしながらいじけた様子の西宮。しかし、声は弾んでいて、どこか楽しげな様子だ。こっちを見ては目が合う。すると、そっぽを向いて「ふふっ」と笑い声のようなものまで聞こえてくる始末だ。
「……東野くんはボクでもやってみたいことをしてもいいと思う?」
「誰の許可も必要ないよ。西宮がやってみたいことをすればいいんだから」
「じゃあ、ね。もしも、それでまた笑われたら東野くんはどうしてくれる?」
「そんなの気にならなくなるくらい西宮のこと肯定するな」
「それじゃあ、何でもやれそうな気がするね」
目を細めて笑い掛けてくる西宮。泣いたのを見た後だからか西宮の笑顔がよけいに眩しく見える。すっかり元気になったみたいだ。
西宮に可愛いと言ってみる。そんな話になった原因の西宮に女の子としての自信を付けてもらうことは何も解決していないはずだ。
むしろ、西宮を泣かせて傷付けた。そのはずなのに、西宮はなぜか元気になっている。やっぱり、俺には女の子の心理の揺れ幅を理解するのは難しい。
もしも。もしもだ。俺の今日の行動が西宮にとって少しでも意味があったのなら、西宮のためになってほしい。
西宮の笑っている姿を見て俺はそう願った。




