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放課後、二人三脚の練習を終えた俺は制服に着替えに向かった西宮を正門の近くで待っていた。俺も体操服から制服に着替えているけど、男の俺の方が圧倒的に時間が掛からない。西宮は汗ふきシートで汗を拭いたり、他にも何かすることがあるかもしれない。待つのは当然だ。
今日の練習もいつも通りの出来だった。明後日が本番だけど、この調子なら問題なく戦えそうだ。あとは、周りがどれだけ速いかだけど、西宮となら一位も夢じゃない。どうせなら、勝ちてえな。
そんなことを考えていれば西宮がやって来た。
「お待たせ」
「普段と同じ、ぜんぜん待ってないよ」
「ふふっ。このやり取りばっかりだね。でも、このやり取りももうおしまいかと思うと少し寂しいね」
明日は体育の授業がない。一応、体育の授業がある時だけ練習しようってことになってるから練習は今日が最後になる。
「どうする? 明日も練習する?」
「ボクは構わないけど、東野くんはいいの? 荷物になったりしない?」
「やれることはやって本番に臨みたいから。西宮と一位になりたいし」
「じゃあ、明日も練習しよっか。ボクだって東野くんと勝ちたいもん」
「決まりだな。じゃあ、行こ」
「あ、待って。その前にはい。あげる」
西宮が使っている汗ふきシートの香りを褒めてからというもの毎回、西宮が汗ふきシートをくれるようになった。
「ありがとう……毎回、くれるけど俺って汗臭かったりする?」
「そ、そんなことないよ。ボクが東野くんと同じ香りになりたいだけで……」
目を細めながら西宮が言ってくる。特に深い意味なんてないはずなのに、西宮が頬を赤くするから俺まで顔が熱くなってしまった。
「く、臭くないならよかった……うん」
汗ふきシートで腕や首を拭いていく。ひんやりとした感覚が肌を覆い、冷たさを体で感じる。だというのに、どうにも顔に集った熱は下がらない。
「と、とりあえず、行くか」
「そ、そうだね」
西宮と他愛のない話をしながら通学路を歩く。しばらく歩いていれば、落ち着いてきた。よし、今なら誘えるだろう。
「小腹空いたんだけど、コンビニ寄ってもいい?」
「うん。ボクも何か買おうかな」
通学路にあるコンビニに入る。空腹度でいえば、そんなに空いてはない。暑いからここはアイスでいいか。
「東野くんはアイス? ボクもアイスにしよ。東野くんは何味が好き?」
「俺は王道だけどバニラかな。ソフトクリームのコーンの部分が好き」
「さくさくしてるのが美味しいよね」
「アイスが溶けて垂れてくるとちょっと食べづらいんだけどな」
「手がベトベトになっちゃうからね。でも、食べたくなるから不思議だな〜って思うよ。話してたら食べたくなっちゃった」
「俺はクッキーサンドにしよ。今日はこれが食べたい」
そうして、お互いにアイスを手にしてレジに向かう。
「ここで食べて行きたんだけど、西宮は大丈夫?」
「ボクもそうしたいな。溶けるのも嫌だし」
ということで会計を済ませてイートインスペースへ。少ない座席には他の客は誰もいない。奥側の二席に座って早速、アイスを食べ始めた。
俺が選んだクッキーサンドは量もそこまでなく、すぐに食べ終わった。体の内側からひんやりした気分になれて涼しい。
西宮はというと、うずを巻いているアイスを下から上にかけて、舌で舐めている。一舐めする度に美味しそうに頬を緩めていて可愛らしい。時間は掛かりそうだけどゆっくり待とう。いつまでも西宮を眺めていられそうだし。
「あ、急いで食べるね」
「ゆっくりでいいよ。焦る必要なんてないし」
「そ、そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
ゆっくりとアイスを舐めて、最後のコーンまで堪能した西宮。丁寧に手を合わせてごちそうさまをしている。
「そろそろ帰ろっか」
「あ、もうちょっとだけいい? 西宮に渡したい物があるんだ」
「ボクに?」
不思議そうにする西宮に俺はカバンの中から小袋を取り出し、西宮の前に差し出した。
「練習終わりに毎回、汗ふきシートくれただろ。そのお礼にと思って。よかったら貰ってくれ」
「え、い、いいよいいよそんなの。あれは、ボクの下心みたいなものだし……それに、お金なんてぜんぜんかかってもないから。ほんと、貰えないよ」
「でも、俺じゃ使えない物だし西宮が受け取ってくれないと困るな」
「それって、強制じゃん。よかったらって言ってたのはどこいったの?」
「バレたか。でも、ほんと。俺のほんの気持ちっていうか貰いっぱなしなのは嫌だからさ。気にせず受け取るだけ受け取ってほしい。あんまり言いたくはないけど、贅沢な物じゃないからお金とかも気にしないでいいし」
「ズルいよね、東野くん」
少しだけ恨めしそうに頬を膨らませて西宮が見てくる。拗ねると西宮はこんな風になるらしい。新しい発見だ。
「今回は俺の頭がよく働いたってことにしてくれ」
「……ん、分かった。ありがたく貰うね」
まだ納得し切れていなそうな西宮だが小袋を受け取ってくれた。これで、一段階目はクリアだ。次が最も不安な中身だ。女の子にプレゼントするのなんて初めてだし、誰からもヒントも聞いてない。本当にこれでよかったのかどれだけ考えても答えなんて分からない。うーそわそわする。
「中見ても、いいかな?」
「もちろん」
本当は家で確認してほしいところだけど、西宮の反応は見ておきたい。嫌な思いをさせるかもしれない物なんだ。緊張に耐えろ、俺。
「シュシュ?」
中身を取り出し、袋に入ったままの物を見て西宮が小さく呟いた。俺が西宮に渡したのは正しくシュシュ。髪を束ねるのに使う髪留めだ。
西宮にこれを渡そうと決めた理由はある。けど、その前に西宮の反応は見ておかないといけない。ゆっくりと覗き込んだ西宮の顔はどうともなかった。笑ったり歪めたりせず、ただただ無表情。ぼーっとしたままシュシュを見つめている。
「西宮?」
「あっ……っと、と、とりあえず、ありがとう」
声を掛ければハッとして西宮が笑顔を見せた。でも、あんまり嬉しそうじゃない。やっぱり、シュシュは失敗だったかもしれない。




