64話 そうだ、種族の違いについて考えよう。
「く、苦しいっ。気が、狂いそう!」
頭ん中が線と記号で埋め尽くされてる。
チラと前もって書き出しておいた計算式と、メモっていた答えを確認。
よし合ってるな。その答えをここに配置して、分岐を作って、ここを収束記号でまとめて、線を伸ばして。
「――で、これをこの五層とつなげ、て……あ~? つながんねぇや♪」
ッぐぅ!?
ハアハアハアッ。
ヤバイ。マジで息が苦しい!
奇声を上げて、暴れまわりたい衝動を必死に抑える。
「落ち着け、深呼吸だ」
スゥ、ハァ~。
おし、まだ大丈夫。まだいける。
アンガーマネジメント、大事。
「気を取り直して。過程を少し戻ろう。うーん、なんで繋がんないんだ? ええと、コレが四層目だから、いやこれじゃないな。もっと前か? 三層、……え、ここでもないの? 嘘だろ、どっからやり直し? ぅあ゛あああ゛ぁぁっ! 勘弁してくれぇ!」
机に頭を打ち付けそうになって、はっと踏みとどまる。
いや実は、前に同じことやったんだよな。
その時の記憶がよみがえる。
あん時は机から無理やり引きはがされて、三日位座るのを許されなかった。
なぜか早朝から森組が俺を迎えに来て、一日中森の中を引きずり回されたんだったっけな。
……ッんでだよ! 足手まといでしかねーだろ、俺なんて!!
案の定あっという間にへろへろになって、彼らの足取りに全然ついていけない俺は、彼らに白い目で見られたもんだよ……。
いやいや、わかってただろ。結果なんて、火を見るよりも明らかだったじゃん!
ぜってぇ俺を連れてきた方がわりーだろ!?
――という文句も出なかった。息切れで。
そのあとどうなったかって?
森の奥までイザベラが迎えに来た。
皆から贈られた例のドレスを着てなかったから、(そもそも枝の集合体であるイザベラは森では保護色になってて)目の前にいきなり現れて腰を抜かしたよ。
ドレスは森の中に入るときは破く恐れがあるから着ないんだってサ。多分そんなことを言ってたんだと思う、うん。
で、そのイザベラに背負われて、最終的に寝ながら村に運ばれた。
イザベラの体は固いけど、弾力のあるイムがわざわざ間に挟まってくるから……乗り心地が快適だったんだ。
一定の振動と疲労のコンボまで受けた俺が睡魔に勝てるわけない。
多分あれは罰だったんだろう。
敗因はやっぱ、額に傷を作ったせいでどうにも誤魔化せなかったせい。
またやったらもっと重い罰を食らうかもしれない。
そもそも俺の罰のはずなのに、巻き込まれて俺より罰ゲームさせられてた森組の人達に涙を禁じ得ない。俺のお守りはちょっと可哀そ過ぎる。
ので、それからは結構気を付けてる。
そんな経験が思い出されて、俺は衝動的自傷をこらえた。
視界の端に映ったイムが身構えるようにちょっと縦に伸びてる。
あれか、お前。俺が机に頭突きしてたら、間に飛び込むつもりだったか?
……あ、違う?
なに、自分じゃなくてロフを滑り込ませるつもりだった?
お前あんまりロフを雑に扱うんじゃないよ。
ロフもたまには拒否してもいいんだぞ? イムが調子に乗っちゃうだろ。
ん? 別にいいって? ……ハア、優しいのも考えもんだな。そんなんだからイムに良いように使われんだぞ。
もそもそと俺の腕に這い寄ってきたロフが、素早い動きのイムに突き飛ばされて、ぼよんと机の下に落とされた。
……あ~、言わんこっちゃねぇ。
俺はイムをべしっと叩き潰して、ロフを床から拾う。
デカい、重い、の二重苦だから片手じゃ掴めないんだよな。……言えないけど。ロフ、普通に凹みそうだし。
ロフを拾い上げる時に見つけたのはミディ。
机の裏に張り付いてた。どこにいるのかと思ったら、こんなところに……。
ミディはどうも引っ込み思案の気があるのか、いつも探さないと見つからない。
一応呼べば出てくるから困ることはないんだけど。
じろとイムを睨め付ける。
どうせお前が邪険にしたか、威圧的に接したんだろ。あんまり怖がらせるなよ、仲間だろ。
イムが心外だと震えた。
ううむ、無自覚の強者か。
……仕方ない、イムが強いのはイムのせいじゃないし。
「ってか、お前もイザベラみたいにいつか人型とかになったりすんの?」
「なりたいの?」とは聞かず、「なるのか」と聞いたのは、アレだ、どうせイムは自分のしたいようにするだろうと思ったから。
止められないけど、心構えはしておきたいじゃない。
だが予想外にイムがイヤイヤと体を振り回す。全力拒否だ。
あれ、そんな嫌なんだ。ふ~ん、同じ魔物でもイザベラとはだいぶ違うんだな。
イザベラの進化は人間方向特化。
イムは、……なんだ?
何となくイムを突いてたら、時が来たのかイムが体の中の異物をペッと吐き出した。
「あ、できた? サンキュ。じゃ、次な」
ぶすっと吐き出したのと同じ板状の木片をイムの体に突っ込む。
イムは体中の異物のポジションを整えるようにぐるぐると体を回す。
居心地のいい場所に無事収まったらしい。イムが大人しくなった。
早速イムから吐き出された木片をランプの光にかざして、レンズでよくよく覗き込む。
「プログラムが欠けてる……。これも失敗か」
俺がさっきから発狂しそうになりながら書いていた魔法陣。
時計関連だと思っただろ?
違うんだな~これが。
じゃあ何してるのかって?
答え:みんなの憧れ、冒険者カードもどきを作ってる。
「まあ、まだまだ試作段階だけど」
俺は机に頬を着けてだらりと力を抜いた。
「なんでココだけ欠けたんだー? 高負荷? もうちょっと分散、って言ってもこれ以上どうしたら」
都市計画をイチからやるようなもの、と表現した時計の要。
その時計とどっちが大変かと聞かれたら、断然こっちだと主張する。
――というか、時計の云々があったから、こっちに手が付けられたとも言う。
完全自立型の魔法陣。
そのヒントを貰ったのが、時計の魔法陣を組んでるときだったから。
あれ? これってもしかして、もしかするんじゃ?
こうやったら、魔石なしでも動く魔法陣が作れるんじゃ?
と、まあ。気付いたら抑えられないのが好奇心。
手早く時計の方を終わらせたくなって、俺は多重魔法陣の一番面倒な個所を少し端折る方法を考え出した。
それもまた多重魔法陣ではあるんだけど。亜種とでも呼べばいいんだろうか。
名付けて、「鍵層構造」。
多重魔法陣の何が大変かって、次の層への移行だ。
これを先に書き込むのは同じなんだけど、書き込む内容を変えた。
つまり階層がバラせる鍵を設置した。
多重魔法陣の欠点であるメンテの難しさもこれで解決。
いやはや一気に楽になった。これ一つで内容もかなりすっきり。整理整頓がうまくいった部屋みたいで気分的にも随分良い。
欠点は、……ちょっとセキュリティが甘くなったところか?
鍵さえ見つければ階層を分解できるってことでもあるからね。
代わりに設置できる鍵の幅は広い。
だから解析が簡単って話にはならない、……ハズ。
本当にセキュリティが心配なら、最強のバリア、ブラックボックス化を施せばいいだけだ。
そしてもう一つ。
冒険者カードもどきを作るにあたって必要になったのが、鍵層構造とは逆方向の魔法陣。
こっちは個人情報を扱う性質上、絶対的なセキュリティが必要になる。かといって、ブラックボックス化はできない。だって開示や書き込み閲覧が前提だから。
んで、今作ってるのがソレよ。
名付けて、圧層構造。その名の通りプレスするのだ。層を完全にくっ付けて、剥がれるという前提を失くす。
こうなるとメンテが難しいなんてレベルじゃなくて、不可能になる。
基礎プログラムをこの圧層構造で作り、シンプル多重魔法陣でルールを書き込み、表層の個人情報を鍵層構造にする。
どうよ、この計画。
まあ、ね?
「いまだに基礎プログラムを組み込むところで足踏みしてるけどもっ!」
俺の独力で可能なのは鍵層構造までだ。だってプレスなんてできない。
理論上は可能なんだよ、理論上はね。
必要なのは外部からかける力。それと魔法陣を動かさない程度に活性化させる魔力。しかも全階層均等に。
……なにその鬼畜みたいな難易度。
そもそもプログラムを組むのにすら苦労してるというのに。
と、嘆いてたら、手を挙げてくれたワケよ。
誰が、って?
そりゃ、イムが。
…………やばいねぇ~。
イザベラを当たり前に受け入れてる村人たち並みに俺もヤバい。
イムだし。で済ませそうになったもん、一瞬。
存在が禁忌だよ、多分お前。
神様が見咎めるレベル。
しかもさ。チラ。
気付かない振りしてたんだけど、お前テレパシーもどきな能力あるだろ。
イムは「ん?」みたいな顔(?)してとぼけた。
言葉が無いにしてはあまりにもコミュニケーションが取れ過ぎる。
明確な言語ではない、なんとなく程度の感情の押し付け。それをイムからひしひしと感じる。
イムの協力の申し出は俺だってちょっと悩んだよ。
スライムがコレでいいのかって。
でも、立ってるものは親でも使えって言うじゃん?
最終的に言ったね。
「お願いします」
もちろん頭も下げた。
それからイムは圧層構造の魔法陣制作に一緒に取り組む共同研究者になった。
――で、今に至ってるワケよ。
木片にプログラムをプレスする過程を、嫌がりもせず永遠と実験に付き合ってくれてる。
ちなみに、ちゃんとフィードバックもくれる。
うーん、これはさすがに優秀過ぎ。
あのさ、イム。ちょっと頼みがあるんだが。
「……俺が死んだら、お前も死んでな?」
だってお前、魔物だし。
しかもごらんの通り、あまりにも知能が高すぎる。いるだけで人類にとって明らかな危険要素。
危ない危ない。
正直、俺がイムと関わりがない中でこんな魔物の話を聞いたら、断固たる意志で討伐を進言したと思う。
でも、俺個人にとっては今のところ圧倒的、利なんだよねー。
危険性を自覚しながら、便利過ぎて手放せない。これ、なんて麻薬だよ。
人類にとって危険で、俺にとっては助かる存在。
なら俺と一緒にこの世から消えればいいんだよ。
イムが少し考えるように間をおいて、元気に縦に伸び縮みした。
俺は思わず顔を顰める。
「なんで喜んでんだ、お前」
え、俺、良い事言ってないよね?
ちゃんと死んでって言ったよな?
畜生発言した自覚はあるぜ。
そしてどうやらイムも俺の発言の意味を取り違えたりはしてない模様。
……やっぱ魔物って理解できん。
死ぬまで分かり合えない気がする。
ま、種族の違いってのはそうゆーもんか。
俺はイムへの理解を諦めて、矯めつ眇めつ魔法陣がプレスされた木片を観察する。
「魔法陣が細かすぎる、かぁ」
主線は生きてるけど、端の導線がくっついてたり消えてたり。
こーれは、層を更に増やすしかないか? め、面倒すぎる。
更に層を重ねるとなると、設計図ごと書き直さないと……。
「絶対に無理なんか? 圧層前とまったく同じ形の魔法陣を保つってのは。お前の技術が上がればどうにかなるとかではなく」
イムをじっと見ると、少しうねって半々の答えを出した。
「……なるほど。プレスである程度潰れる前提ってことね」
ゼロには絶対にできない、と。
ああ? いや、別にガッカリしてないしてない。
なんだよ、落ち込んでんの?
変なやつ。
ぺしぺしとイムを叩く。
だったら最初から細かくない魔法陣を書けばいいだけじゃん。
お、それマジでいいかも。描きなおすより改善方向に舵を切るのは全然アリ。
できるのかって?
知らん。
でもきっと方法はあるだろ。
そんくらいの気持ちでいよう。思いつめてもいいことはない。これ今世の経験値な。あ、前世の学びはもち謙虚だ。
さて、イムの技術はまだ上がるとして、俺が受け持つのはあと半分。
全部ならともかく、半分か。心理的ハードルはぐんと下がる。
……ふむ、ちょっとおもろい事考えついた。
よし次あたりで試してみよう。
「また素材貰ってこないとな」
実はプログラムを書き込んでるこの木片、これもユニーク素材。ってか、イザベラの欠片だ。
それをカード状にスライスしてもらって使ってる。
いやぁ、ただの木片だとどうにもならなくてさ。
魔物由来のユニーク素材は魔法陣と馴染みがいい。
でもあまりにも集めるのが無理ゲーじゃん。特に俺だと。
そこで登場、身近な魔物もどき。
お願いしたら快く分けてくれた。
でも体の一部だからね、ダンおじさんとかに知られたら多分殴られる。身を切らせてるのヤバい。
そんなわけで最近は秘密裏の取引をコソッとしてた、……んだけど。
この前、そのダンおじさんに「最近イザベラとコソコソ会ってるようだが?」と凄まれた。
ひい、逢引きじゃ無いっす!
つまり俺に隠し事は向いてない。
いつかすべてを告白した上で殴られる覚悟をしなきゃなんないか。




