62話 そうだ、浅い知識を披露しよう。
さて、空気は大分暖かくなった。
そしたらどうなるか?
山の麓へ必要なモノを買い付けに行くのである。
つまりリンのところの仕事だな。
かつては我が家の仕事でもあった。
あの頃は何とも思ってなかったけど、今になってちょっと考える。
ぶっちゃけ、冒険心皆無の俺にあの仕事は向いてないのでは……?
そういう意味では職業が移ったのは悪くない結果だったのかもしれない。
リンのところは冬に生まれたばかりの赤ん坊・スイがいるから、当然リンと彼女の母は共に留守番。
未熟児で生まれたスイは、正直かなり手がかかってる。
一年前の村であれば、そもそも生まれなかった命だろう。
んで、生まれたとしても……成長を諦められた類の子だ。
本来なら切り捨てられる側という点で、立場的にはセルジさんと似たようなもの。
セルジさんが「死を選ばなくても許された存在」だとしたら、彼女は村で初めての「生かす努力をされている」赤ん坊だ。
この村で望まれるのは、自力で生き残れる「強い子」。
というか、これも結果論かな。
強くないと生き残れなかっただけの話。
病で亡くなれば、「運命だった」で終わり。
ここで生き残ってもいつか死んでいただろう。そんな諦め。
だからこそ『新成』なんて区切りがあるし、それを大いに祝う。
まあ、誰だって好きで命を選別してたわけじゃないってこと。
余裕があるなら、生きて欲しい。
そんなワケで、何かと死にかけるスイはそれ相応の労力をかけられ、今もちゃんと生きている。
難産で体が回復して切っていない母はリンと村人たちのサポートを受けながら、日々を何とか乗り切っていた。
そんな状況だ。リンの親父さんは、それはそれは後ろ髪を引かれるような思いだっただろう。
出発直前まで全身で「行きたくない」を体現してたし。
結局、リンの母の代わりの同行者(男)に引きずられ、泣く泣く村を後にした。
余裕ができたとは言え、働かざる者なんとやらだ。
親父さんの働きは、彼の家族の支援の厚さに直結する。
彼に「行かない」という選択肢はまだ用意されてない。
一方、残ったリンは母と妹の面倒をよく見ている。
そもそも同年代の中でも大人びたヤツだったけど、てきぱきと家事をこなしてる姿は大人顔負け。
ってか兄姉が下の面倒を見るのはここじゃ普通なんだけど。それにしたって良く働く。
とはいえ、いつも明るく口数も多いリンだけど、たまーに無言で我が家の扉を叩くときがある。
扉を開けても何もしゃべらず、そういう時はひたすら俺にべったり張り付いて離れない。
あまり構うのもめんど、……良くないと思って、俺は俺の仕事を黙々と続けるのが常。
でも、ぐすぐすと人の背中で泣いてたりされるとな?
いや俺にどうしろと?
昔(前世時代)から空気を読むのは苦手だ。特に女の子となるとどうしていいかまるでわからない。
わからないなら仕方ない。好きにすんべ?
よいしょと背中のリンを抱きかかえ、赤ん坊のように背を叩きあやす。
「赤ちゃん返りですか」
「……ちがうもん」
子どももお疲れだな。
毎度リンは大体そのまま眠ってしまうのだけど。
「泣き疲れて寝るとか、マジで赤ん坊じゃん」
聞かれたら拗ねるか叩かれること必至な台詞を呟き、俺はいつもそのままリンを抱えて家まで届ける。
「とはいえ、重い!」
リンも確実に大きくなってる。
そして俺の筋力は上がってない。
死ぬ。毎度俺の腕が悲鳴を上げてる。
「あらあ、いつもありがとうイサーク」
「そろそろ俺の腕が限界なんで。これ以上大きくなる前になんとかして欲しいんですが?」
「そうは言っても、リンは頑張り屋な上にあんまり甘えたがらないから。……イサークが居てくれてよかったわ」
あ、そうすか。まだ続きますか、コレ。
俺は深いため息を吐く。
別に誰が悪いわけでもない。
わかってる。
でも俺だってそこそこ譲ってんだからな!
具体的には、翌日の仕事を!
筋肉痛で腕が一日使い物にならないのわかってんだよ。経験で。
「これを機に鍛えたら? 女の子はどれだけ成長しても、抱きとめて欲しいものだから」
遠慮します。
させてください。お願いします。
そっちの問題はそっちで解決してください。
俺の肩はうっすいので誰かが乗るのは向いてません。
自分一人で手一杯です。
リンの母は困ったように微笑んだ。
男としての矜持?
んなもん前世と共に死にましたが?
フン!
さて、閑話休題。
交易の話に戻ろう。
ちょっと面白いなと思ったのが、今回の買い付けの内容だ。
例年とはガラリと変わった。
だって一番数と量を買い入れてくる予定の商品がガラスだもん。
二番目は作物の苗や種。
三番目は調味料。
ガラスは言わずもがな。
溶解液が溶かさない唯一の物質だからね。
ナティアさんやグレッグさん、ヒュー爺みたいな専門家だけじゃなく、いまやペンを使う人――つまりほぼ村人全員が必要としてる。
需要がアホみたいに伸びたせいだ。
調味料も今までは塩一択だったんだけど。
だって塩は人間が生きるためには必須ですから。
あと塩漬けは冬の保存料として優秀なんで。
でも今回からその他が選択肢に入ってきた。
お? これはもしやグルメ方向が開拓される?
「生きるため」から「美味しく食べる」ためへの変換の兆しだったらこんなにうれしいことはない。わくわく。
ウマいものは人生を豊かにする。コレ世界の真理ですから。
問題は二番目の作物の苗もしくは種。
これは買うものリストに毎度載ってるんだけど、今年は少々買い方が特殊になった。
冬の食糧難で毎年のように食い物として消えてしまう来年分の種や苗。いつもはそれを補充する目的で買う。
ん゛ん゛っ!
…………そりゃ、いつまでたっても村が貧乏なワケだよ。
なんなら借金増えてんじゃね?
コワ過ぎるから聞かないけど。
で今年?
量というより種類と産地を増やすらしい。
いやぁなんか、村でいつの間にか作物の品種改良が始まっててさ。
品種改良の概念自体は元からあったっぽいんだけど。村組でも畑仕事を主にする連中がえらく張り切ってる。
しかもその主導がトーマス小父さんやテラーさんじゃないってのがまた……。
「あん? ああ、あいつ等か。……言われたら手伝う程度だな」
「うんうん。困ったらちゃんと聞きに来てくれるしね。普段の仕事をサボってるワケじゃないし。それならまずは好きにやってみたらいいと思うんだよ」
テラーさんとトーマス小父さん曰く、いつの間にかグループになってリーダーが居て、勝手にプロジェクトが始まってた、――らしい。
こういう人材って勝手に生えてくんのかね?
雑草か?
それにしては全部が生え抜きレベルなのは何事か。
オモロいのがこのプロジェクトのリーダーになったのが、畑組の中では比較的最後まで肥料やらイザベラやら学習やらの流れに逆らってたヴェルナーさんだってこと。
いわゆる保守派だった人だ。多分年齢はグレックさんと同年代くらい。
宗旨替えしたので「この裏切者!」と罵られながらクローディアさんにシバかれるのはまあ当然よな。
ヒステリー女がキイキイ叫びながら大の男を追いかけまわす光景は、……スルーに値した。
それでもまったく元に戻る気はなさそうなんだよな。
この前さ、そのヴェルナーさんが
「人生って楽しい!!」
って叫びながら、村の広場で両手を広げて空を見上げ、くるくる回ってたの見たんだよ。
しかも一人で。
怖すぎねえか?いい大人が。
「ほら、イサーク病だから。仕方ないんじゃない?」
「日に日に強力になってるのか、後から罹ったヤツの方が重篤化しやすいらしいな。ハハ」
ちょっと!
そういう納得の仕方良くないよ!!
「ま、実際の話。誰だって好奇心には勝てないだろ」
テラーさんが斜めに視線を飛ばしながらぼそっと言った。
なるほど?
なら「好きこそものの上手なれ」。これも近い?
好きなもの、興味のあるもの。そういうものに縁遠かったからな、みんな。
やりたいことは二の次、三の次。好奇心を抑えた生活、というより、好奇心を刺激する物事自体に出会えないような環境だ。
自分が何を好きか、興味があるのか、それすら知らないまま人生を終えるのが普通だったんだろう。今までは。
つまり経験がないせいで、それを見つけたら最後。ブレーキって何?みたいになってんのね。
じゃあ俺のせいじゃないじゃん!
イサーク病とか呼ぶのそろそろやめてくんねえかな?
まあいい、話を戻そう。
品種改良の話だ。
品種改良って聞いて、ふと授業を思い出した。
ほらアレだよ。遺伝的多様性の喪失による悲劇ってヤツ。
実際に人類が歩んだ歴史の話だ。
アイルランドジャガイモ飢饉なんて、「遺伝的均一化による悲劇」の最も有名な例だろ?
なんだが別世界の話のような気がしてたけど、よくよく考えるとこの世界にも起こり得るんじゃないか?
いやいや起こり得るってか、フツーにありそうじゃね?
ここでもさ。
おーこわ。
ズバリ原種は大切にしましょう。
あと遺伝子の多様性は大事です。
「い、でんし?」
こんなことが起こり得るよね、的な事をなんとなく話してた時。
ハテナマークを頭上に飛ばしてるみんなをよそに、飛びついたのは例のヴェルナーさんだった。
いや、俺としても別になにか反応が欲しかったとかじゃないんだよ。
だから逆に戸惑った。
「えーと? ……生物の中にはどんな姿になるかを決める見えない種のようなものがあって、それが親から子へ受け継がれるんだけど。それが遺伝子、かな?」
ひい、説明がムズすぎる!
「ほら、良い作物を選んで育てるとだんだん良いものが増えるじゃん? それがうまくいくのは性質のもとが親から子に渡るからでぇ。品種改良ってその「もと」を選び続けることなんだよね」
俺が話したのは、この先のあり得るかもしれない未来の一つ。
理解してもらおうなんて思っちゃいなかった。
いつも通り思考内容を声にして整理してただけともいう。
「でも遺伝子には、「良いもの」だけじゃなくて「うまく働かないもの」も混ざってるのが問題で、」
問題で……?
問題か?
いやー?
ぶっちゃけ事が起こるとしても俺が死んだ後の話だろうし。
ならこれは俺の課題じゃない。
そもそも「起こらないかもしれない」そんな不確実な未来にまで責任は持てない。
知らなんがな、なるようになるんじゃね?――それが本音だ。
「イサーク、続き! なんで止まるんだ。はやく教えてくれ!」
なのにむしゃぶりつきそうな勢いで食いついてきたヴェルナーさんにはさすがの俺もドン引き。
「んなの聞かれても詳しくはわかんないって!」
こちとらただの学生だったんだぞ。専門家でもあるまいし、事の概要知ってただけでも褒めて欲しいくらいだ。
「知ってることだけでいいから! 少しでいいから!」
なのに全然引き下がらないし、何なら俺の足にしがみ付いて、詳しく聞くまで離さないと駄々をこねる。
駄々……そんな可愛いものじゃなかった。あれはもはや狂気。目が血走って……ん? いや、最近ではよく見る光景、か?
日常、か?
もしや普通、か?
段々と俺の感覚まで狂ってきた。
なんか眩暈が。
「せめてさっき言ってた言葉の意味だけでも教えてくれ! 近交弱勢? 単一栽培?」
はよはよと手を招くヴェルナーさん。
……ええ?
授業の記憶が薄っすらあるだけの俺が何を教えられると?
ねえよ、一つも。
そもそも真面目な生徒でもなかったし。
でもなにか言わないと解放されそうにない。
ない頭を必死に捻って浅い知識を絞り出す。
「つまり同じ血筋ばかりで掛け合わせると、弱くなることもあるってこと! 良いものを選ぶだけじゃなくて、偏りすぎないよう混ぜることも大事になってくるよねって話だよ!」
……多分?
間違ってたらすまん。だがそれを正すのはあんたの仕事だ。
この先は俺の責任じゃねーっす。
そうして俺の穴だらけで表面しか知らない話を根こそぎ聞きだして、ヴェルナーさんはスキップをして帰っていった。
え、そんなんでいいの? 情報としてはほぼ無いに等しかったけど?
「無と一の差は、一と百よりも大きい」
は?
「わからんだろうな、お前には」
……はぁ。わかんないですね。
そんなやり取りがあった後、ヴェルナーさんは種の収集に走ることにしたようだ。
つまり今回の買い付け内容につながる訳だ。
俺は偉そうに腕を組んで頷く。
「あとは任せましたよ」
というか、任せるしかないというか。なにもわからないというか。もごもご。
「おう、任せろ!」
ついこの間まで口も利いたことがなかったヴェルナーさんが胸を叩いてにかっと笑った。
解決するつもりもなかった未来の問題を、勝手に解決しようとしてる人がいるらしい。
起こらない悲劇は、起こらない故に功績にもならんのだが……。
誰も知らない英雄になるおつもりで?
ご苦労なこった。
俺だけしか知らない偉業、か。
まあ。
……その努力を、せめて褒めるくらいはするか。うん。




