61話 そうだ、近況報告をしてみよう。
騒がしかった兄妹が嵐のように去っていった。
最初滞在一週間とか言ってたけど、結局ひと月くらい居たかな。
「また来るから!」
「すぐ帰ってくるね!」
か、帰って……?
ここってあなた方の故郷だったりする? え?
二人は後ろを振り返り振り返り、実に名残惜しそうにそう言って村を出て行った。
なんかデジャヴ? 我が幼馴染たちを思い出すな。
あいつらもそうだけど、そんな未練を残すほどの何かがこの村にあったっけ?
そりゃあ目に見える勢いで発展はしてるけども。多分、文明的には麓の村々にすらまだ追いついてないだろうに。
キョロキョロとあたりを見渡す。
季節はいつの間にか春の爽やかな風を過ぎ、冒険者兄妹たちとごちゃごちゃやってるうちに、夏の気配が混じるようになってきた。
日も長くなり朝夕も活動しやすい気温になって、村はいよいよ活気づき誰もが忙しそうに走り回っている。
拡張した畑も、村を広げる大工たちも、勉強に取り組む子どもたちも、研究に没頭してる連中も、魔道具の作成に慣れてきた女性陣も。実に大変そうだ。けど楽しそうでもある。
あとみんな声がデカくなった。そのせいか人口は増えてないはずなのに村全体がうるさくなった気がする。
でも、くっらい顔でうつ向きがちに重い足を引きずって歩いてた頃のことを思えば、こっちの方が全然いい。
ああ、そういえば女性陣の話。
魔道具製作は魔道具製作でも、いつの間にか役割分担ができているようだった。
イメージ的には流れ作業みたいなものかな?
自分の得意な個所をそれぞれが受け持ってるらしい。
これがまた、製作にかかわった人たちの個性が出てて面白いんだよな。
具体例を挙げると、ランプだと色味や光量、消費エネルギーらへんが関わってくる。
赤味が強くて、暗くてもいいからなるべく長く持つヤツ。――これを作ろうと思うと職人が決まってくるワケよ。オモロ。
しかも知らないうちに、効率化が進んでてさ。魔法陣まわりだと、きちんと用語が定義されてたりする。
ちゃんと決まってると話が早く済むということに気付いたらしい。
ちなみにこの件に俺は関わってない。いつの間に、ってヤツだ。
例えば、直接法と間接法。
直接法は描かれた(溶解液で彫られた)線に直接硬化液を流して固める方法で、間接法(あるいは貼付法とも呼ばれる)は導線を別に作り、後から張り付ける方法。
張り付けるという工程が増えるけど、今の主流は間接法になる。
――ってコトらしいよ?
導線の種類もきちんと分けられてた。
知らない仕様とかあって、案外コレ系の読み物が面白い。
無孔導線:硬化液のみで作られた導線。耐久性に優れる。製作難易度が高い。導線同士の接着が比較的容易である為、長い脈路を埋める時はこちらがオススメ。
穿孔導線:ゴブリンの素材を芯として作られた導線。動力を通すと芯が焼け落ち、穴が開いたようになるためこう呼ばれる。無孔導線に比べて製作が容易。流路に流れる動力が無孔導線より大きくなるという特徴がある=耐久性に劣る。また芯素材の長さが作れる長さである為短くなりがち。導線同士の接続が少々面倒。
俺は用語集を見ながら、ひらひらと紙を振り回した。
コレを俺にくれたのはローザさんである。
自分用メモみたいなラフさが「らしい」っちゃらしい。
ちな、原本は図書館館長予定の村長がきっちり管理してるようだ。
諸々の用語説明はまだ続く。
一応これでも抜粋らしいんだけどね。知ってる必要があるものだけ最低限まとめてくれたみたいだ。
……てかこんなこと、俺が知ってる必要あるか?
芯素材:主にゴブリンの髪、筋繊維から成る。たまに腸を使う者もいる。
筋繊維:ゴブリンの筋肉から取れる白く丈夫な繊維状の組織。正体は知らない。イサークが筋繊維と名付けた。大きさ長さは千差万別。膜のようなものもあれば線状もある。これを芯素材に加工したものを筋芯と呼ぶ。
読み進めてたら、唐突に俺の名前が出てきたんだけど。
え、そんなこと言ったっけ。マジでおぼえてねーな。
まさか原本の方にも俺の名前が載ってんじゃ……? ふ、不安だ。
芯出し:無孔導線を延長する為に、導線端の芯素材を硬化液を取り除き露出させること。
結線:露出させた芯を繋げること。芯素材によっては熱により結合する
被覆:露出させた芯を再び硬化液で覆う事。
この辺になるとまったく知らない話になってくる。
そんな処理、ってか工程?してたの?ってレベル。
熱結線:筋繊維は熱を加えることで結合する
癒着結線:筋繊維以外の体組織は大体薄めた溶解液で溶かして乾かすと癒着する。髪の場合のみ、ヤスリで表面を削る必要がある。
それらを読んで、俺はふと天井を見上げた。
なんてーか、さ。
「……アレだな? ゴブリンってホント捨てるとこがなくなってきたな」
アンコウかな?
今やゴブリンとみれば、村人全員が目の色を変えて狩りにいく。
よだれを垂らす勢いで大興奮してる姿はまるで好物を前にした日本人。
血走った目で斧や鉈や、剥ぎ取り用のナイフを手に一斉に駆けていく様(比喩にあらず)ときたら。
「皮だ! 皮をくれー!」
「いいか、絶対に目玉を傷つけるな!」
「後生だからその腕を一本」
「まずは血を搾り取らせてよ~」
実に猟奇的。
正気じゃない。
かつて俺が、嫌悪感をあらわに遠巻きにされてた頃が懐かしい。
今となっては逆に俺がドン引き。
子どもたちはさすがに自ら立ち向かうことないけど、最近では恐怖の悲鳴より、逃げながら大人たちに発見の朗報を叫んでる始末。
きゃっきゃ、きゃっきゃと実に嬉しそうで、そこに恐怖の色はすでにない。
強くなったな、お前たち。
俺はゴブリンなんて遭遇しようものなら、いまだに一目散に逃げるけどな。
村の最弱ランキングを更新中の俺には、もう誰も触れられないみたいよ?
「にーちゃん! ゴブリンいるらしいから、家からでないで」
今や子どもたちにもそんな事を言われる始末だからな。へ、へへ……。
しかもさ。村の人々が逞しくなりすぎてもう必要なくなったのか、エライ防御力の高い衣服なんかが俺に回ってくるようになった。
「でもっ! 鎧とかマジいらねえから!」
そもそもそんなもの付けたら重くて動けん。俺の貧弱さをナメるな。
ってか鎧なんてウチの村あったか?
村長の家に飾ってあったの位しか見たことないんだが。
……まさかとは思うけど。とりあえず丁重にお返ししよう。そうしよう。
ええと、そーいやなんの話だったっけ?
ああ、そうそう。ゴブリンだよ。
もう最近は村の人たちも、ゴブリンをいかに無駄なく使うかに躍起になってる節がある。
この前はデロデロの内臓を持って家を訪ねてきたオルガさんに、「イサーク、これ例のヤツに使えたりしないかね?」とか言われた。
悲鳴は、……まあ上げたよね。
スプラッタ過ぎでしょ、普通に考えて。
あと、はやく処理しないと体が溶けますよ!?
大丈夫って、え? もう溶け出す時間がなんとなくわかる?
へ、へえー(棒)
村人たちはそんな感じでゴブリンに夢中。
他の話題は、といえば――。
あんま楽しい話じゃないのが一つばかし。
最近になって、やつれたセルジさんが片足で何とか歩こうと、自分の家の周りを壁伝いにリハビリしてるのを見かけるようになった。
片足を失ったと聞いてから結構経つ。傷がやっと塞がったんだろう。
ずっと姿を見なかったから気になってたんだけど、一応生きる気力はあるらしい。よかった。
でもそのリハビリってのが困ったもので。いや、セルジさんはいいんだよ。
ただ、補助具もなしにやってるものだから気になって仕方ない!
考えてみれば、まあ当然っちゃ当然なんだけど。
その概念がそもそもないんだと思う。
つまり、リハビリ的な。
だって、今まで足なんて失おうものなら死に一直線だったから。
無理に助けてもお荷物になるくらいなら、助けないという選択をする程の環境だったし。
けど今は多分、それを容認できるだけの余裕がある。
セルジさんは否応なく、その一人目となったわけだ。
村の人たちが腫れ物に触るように誰も声をかけないのは、本当にどうしていいかわからないからだろう。
感情としては「困惑」が一番近いんじゃないかな。
そんな中で、一人試行錯誤しながら不自由な体を動かしてるセルジさん。
感心しちゃうよね。
好奇の目。同情のまなざし。囁かれる揶揄の言葉。陰口。
そんなものに一切目を向けず、ひたすら訓練に励んでるんだもの。そのメンタルは素直にすごい。
でも。
セルジさんが片足で飛び跳ねながら一歩進んでは転んでを繰り返していると、そのうちクローディアさんが飛び出してきて怒鳴るのだ。
「やめてって言ってるでしょ! いい加減、私に恥をかかせないで。そんな姿で外に出るなんて、一体なにを考えてるの!?」
お、おう。えっぐ。
自分が刺されたような気分になって思わず呻いちゃったよ。
説明させてほしい。わかるんだよ、クローディアさんのその怒りも。一応ね?
カツカツの村では確かに一人分の働きをしない人間は恥と無能の象徴なのだ。
なんなら、俺がいい例。
でもさ。
俺は周りを見る。
広がった畑。害をなすスライムを一々駆除する必要のない囲い。
村を囲みつつあるイザベラ。
一足飛びで加工できるようになった材木。夜も灯る明かり。
数え上げたらキリがない。
正直、良くね?と思ってしまう。
そこまで背負わなくても、許されるんじゃない?
だって歩こうとしてるじゃん、一人でさ。
半人前くらいになれるなら、それでいいじゃん。
クローディアさんに突き飛ばされ、安定感のない足は簡単に地面を離れる。
尻もちをついたセルジさんは、そこから顔を上げたことで遠巻きで見ていた俺に気付いたらしい。
その顔に何らかの感情は見い出せなかったけど、代わりに小さな目礼をくれた。
あ、ども。
うーん、気まずい。
一応、野次馬じゃねーっす。
と弁解したいけど、状況的に言い訳に聞こえるか?
言えば言うほど怪しくなるやつだ、コレ。
そんなわけで俺は口を閉ざした。が。
あ。
う、おっと。
しまった。
セルジさんの視線を追ったクローディアさんが後ろを振り返る。
怪訝な顔から一瞬で鬼の形相へ。
ド、迫力。ちびりそう。
「なに見てんのッ! 笑いに来たの? それとも哀れみ!? 見世物じゃないのよ、さっさとどこかに行って! ――あなたもいつまでそこで座り込んでるつもり!?」
あばばば。
俺は一目散に逃げだした。
あっかん!ああいうのは関わらないに限る。退散退散。
そのまま俺はヒュー爺の所に行って、松葉杖の製作をお願いした。
そして次に見たとき、セルジさんは家の壁を離れ、ゆっくり慎重にではあったがでこぼこの道を歩いていた。杖を支えに。
よかった、ちゃんと本人に届いて。ワンチャン捨てられるかもと思ってたから、これなら上出来、成功。
それからなんとなく声もかけずに眺めるだけだったけど、セルジさんの最終目的地はお婆の家だったらしい。
毎日少しずつ歩ける距離をのばし、そこそこな日数をかけてお婆の家にたどり着いた彼は、自分の薬を自分で受け取り帰っていく。
やがてお婆の家で過ごす時間が増え、この前はついにお婆の家で遭遇してしまった。
別に狙ったわけではない。俺も用事があったんだよ。
……まあ、この時間に行ったら、居るかなとは思ってたけどさ。
セルジさんが一体お婆の家で何をしてるのかと思ってたけど、どうやら自分に処方されてる薬の作り方を教えてもらってるらしい。
俺が疑問を顔に張り付け、彼の手元を凝視したせいだと思うけど、本人がそう教えてくれた。
「……あまり、人の手を煩わせたくはない」
それにしてもセルジさんの声を久々に聴いたな。
くたびれた声で、口角が小さく動く。
いい男が台無しだ。肩を丸めた姿は一気に十歳くらい老け込んだみたいだ。
対面のお婆は何も言わず、黙々と薬を練っている。
「せめて自分のことは自分でやれれば、と。なにより妻に苦労を掛けてるのが申し訳なくてな」
声は小さく、最後は消え入るようだった。
あの高飛車だったセルジさんが懐かしいぜ。正直、話すならまだあの頃の方がいい。
偉そうに怒鳴り散らしてくれた方がマシだ。
きっとセルジさんだって、俺みたいなヤツに哀れまれたくはないだろう。
――足手まといは罪。
わかる。この村の人たちにこびりついた脅迫観念みたいなものだ。
生まれたときから刷り込まれた環境由来の価値観ともいう。
自分で自分の面倒をみれて初めてプラマイゼロ。
何か役に立たなければ、無価値。そこがスタート地点。
俺だって前世を思い出さなきゃ、自ら魔物のおとり役にでも手を上げて、早々に死んでたんじゃないかな?
だから。頑張ってるじゃん。それでいいじゃん。
と言っても、きっと響かないんだろう。とは思う。
俺はセルジさんに気付かれないように深く息を吸う。
まだ。
もっと。
走らなきゃ。早く速く。先に、前に。上に。
進んで、登って、手をのばして。
そうすれば。
もっと豊かになれば、
この強固な鎖も溶かせるかもしれない。
いつかそうなるといいなぁ。




