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3 魔王ってなんですか?

「カティーラ殿下、彼女には住む場所と、生活費をお渡しして城から出てもらいました」


 書斎にいた王子はちょびひげ…大臣の言葉に顔を上げた。


「なに!?


 ただ巻き込まれただけだろう、彼女は…。


 勇者さまたちと同じ服を着ていた。それは…」


「いえ、彼女が自分から城を出たいと申したのです」


 少し驚きながらも王子は、頷いていた。


 地下でも、一番冷静だったのは彼女だったな。

 侍女の報告では、他の勇者さま4人はまだ興奮し混乱しているらしい。

 だが、いきなり異世界に連れてこられて、なぜああまで冷静だったんだ?ふつうは、泣いたり、叫んだり、混乱するのではないか?最初の勇者さまたちのように…


 王子は自分の手のひらを見る。

 最初、地下で挨拶したときに握手をした。その時に魔力量を秘かに測らせてもらっていたのだ。


 他人の魔力量を測ることができる。それは、王子である自分だけが持つ特殊能力だ。

 彼女の魔力量は、異世界から来た者とは思えないくらい低かった。

 だから、彼女は勇者さまではないと考えたのだ。


 初め、見た時、なぜか5人いることに驚いた。

 王女である妹が見た予知能力では、召喚で現れる勇者は4人。

 であるならば、1人は何らかの突発的な出来事で、一緒にきてしまった一般人ということになる。


 他の4人が、混乱している中、彼女だけは周りの様子を伺っていた。

 辺りを見回して、他の4人を見て、ため息までついていたのだ。


 とりあえず、ここがどこか話をしなければ、と思ったのだが、彼女は別段、王子である自分を見ても何の関心も示していないようだった。


―――私はちまたで騒がれるほどには、女性受けがいい顔をしていると思っていたのだが…


 王子は自分の顔を撫でながら考えた。

 

 確かに、王子は女性に騒がれるほどに男前ではあった。出会った女性が全て恋に落ちるとさえ噂される王子さまは、さらさらの金髪に綺麗な緑の瞳、鼻筋は真っ直ぐで高い、シミ一つない肌と整った顔立ち。

 そして、この王子さまは、下の者にもよく気を使い、にこにこと笑いかけてくれる優しい性格をしていた。まさに、外見的にも内面的にも理想の王子さまだと言える。

 だが、相手が悪すぎる。《怠惰の魔王ベルフェゴール》は、そもそも容姿についての興味はほとんどない。ある一点のことを除いては、彼女が恋に落ちるなど、まず有り得ないのだ。


 そんなこととは知らない王子は、さらに考え込む。


 もし、今回、《暴食の魔王ベルゼブブ》を倒せたなら、彼女を元の世界に戻す時にまた会うこともあるだろう。

 それまで、街で平和に暮らしていてくれればいいか。住むところもお金もあるなら、生活には困らないだろう。


「一応、この世界の勉強もしておいてもらおう。あと、月々の生活費の手配も…」


「では、教師と生活費の手配をしておきます」


 大臣がそう言ったので、王子は頷きながらほほ笑む。

 実際は、住むところどころか、お金さえもなく、着の身着のままで追い出しているのだが、王子はそんな事とは知らない。


 そこで、王子は彼女の名前も聞いていないことに気付いた。

 勇者との話が先だと思い、後で聞くつもりだったのだ。

 王子は彼女の顔を思い出そうとするが…


「ん?」


 そう言えば、どんな顔をしていたんだ?

 黒く短い髪、だが、前髪だけは長かった。眼どころか鼻まで伸ばされていた。唇がえらく赤かったのだけは覚えている。髪のせいで、表情は全く読めなかったが、恐らく、無表情だったのだろう。


 しばらくしたら、様子を見に行ってみるか…。その時に名前も聞いておこう。明日からは勇者さまたちのためにいろいろしなくてはならないことがある。


 王子はそう決めて、神王である父と勇者との食事会に向かうため、書斎を出ていった。




 この時の選択が間違っていたとは言えない…。

 

 しかし、勇者と共に帰そうと考えず、すぐに送還していれば…と言えなくもない。


 ただ、送還には魔力の蓄積が必要になるため、すぐに帰すのは難しくはあった。


 そう考えると、そもそもの原因は、彼女の近くにたまたまその日に限って居てしまった勇者たちだろうが、それさえも予期しろというのが無理な話である。






 さて、ここで、補足のようだが、魔王について説明をしておこう。


 地球には、昔から《7つの大罪》と呼ばれる7人の魔王が存在している。



  《傲慢の魔王ルシファー


  《強欲の魔王マモン


  《嫉妬の魔王レヴィアタン


  《憤怒の魔王サタン


  《暴食の魔王ベルゼブブ


  《色欲の魔王アスモデウス


  《怠惰の魔王ベルフェゴール


 

 以上である。


 有名なもの、名前を聞いた事のある者もいるだろう。


 彼らは人類と永きに渡り、戦いを繰り返してきた、恐るべき魔王だ。


 強大な魔法と呼ばれる自然や人を操る不思議な力、けして死なない身体。


 時に歴史に現れ、時に暗躍するように、彼らの名は人類の記憶に刻み付けられていった。


 その名は恐怖の代名詞のようでもあった。


 彼らは、自分たちの欲に忠実であり、そのために幾度となく戦争が起こり、多くの人が命を落としていったのである。


 彼らは人類の、世界の敵…


 しかし、大衆にその存在を知られることは、絶望を与えるに過ぎない。


 そう悟った人類は、彼らの存在をあくまで、物語、神話、伝説として扱うことにしたのである。


 そして、人類は、上位世界よりひそかに人を呼び出し、彼らの退治を頼むことにしたのだ。


 上位世界というのは、重なり合った多重世界の上の世界のことだ。


 下位世界から、上の世界、つまり上位の異世界に穴をあける。


 そこから人が落ちる場合もあれば、人類とは異なる者が落ちる場合もある。


 落ちてきた者は、下位世界の者よりも何もかもに優れているのだ。


 魔法も然り、超能力も然り、知力、体力もである。


 だからこそ、人類は上位世界の者の力を頼ろうとしたのだ。 


 そうして呼び出された者、それこそが、後に《天使》もしくは《救世主》と呼ばれる存在であった。


 呼び出された者が戦いに参加し、なんとか人類は彼らに対抗するまでに至ったのだが、あくまでようやく対抗できる程度…


 強大な魔王の一柱も倒すには至らなかったのである。


 人類は、なすすべを失いつつあった。





 そんな中、彼らの中の一柱が放った一言で、世界の命運が変わったのである。


「飽きた…」


 まさに、絶句の一言だった。


 戦争に飽きた、そう言ったのだ。


 しかし、その一言で、魔王たちは変わった。




 

 ある者は、人類世界に巻き起こした戦争から手を引いて、無人島で隠居生活を始め…


 ある者は、人類世界の食べ歩きと食い逃げに走り出し…


 ある者は、なぜかオタクと化しゲームとアニメにはまり込み…


 

 全てではないが、魔王の何人かは争い事から手を引いたのである。


 驚いたのは人類だった。


 しかし、せっかく眠った獅子を起こすこともないだろうと、その何人かは監視はするが、手を出さない方向で話はまとまったのである。




 そして、最初に「飽きた」と言い出した魔王は、人類世界の争いに手を出さない代わりに、「理想の寝床と飽きない生活と美味しいごはん」を要求したのだ。


 人類は喜んで、その約束を了承した。



 だが、大変なのは、ここからだった。


 要求をしてこない魔王はよかったのだが、この魔王の要求は、抽象的すぎたのだ。

 「理想の寝床」も「飽きない生活」も「おいしいご飯」も全ては、主観の問題であり、個人によって好みは千差万別なのである。

 要求の達成が困難であることに人類が気付いた時には、手遅れだったのだ。


 魔王は、理想の生活を手に入れるために、自らの欲望を発揮したのである。


 その中の一つに、「高校に通う」というものがあった。

 理由は、おもしろそう!だからだ。


 そして、朝の教室、昼休憩の屋上、放課後の茶室、寝床として提供したその場所が、どんなホテルよりも好評だったのだ。


 表情は全く変わらない魔王が、毎日のように高校に通う姿は、見ている者を驚愕させたのだが…


 とりあえずの平穏な世界は続いていたのだ。






 そして、いつもの朝…になるはずだったこの日。


 おりしも、たまたま《勇者召喚》の場に、最悪にして災厄の魔王《怠惰の魔王ベルフェゴール》が居合わせ、巻き込まれるという、誰にとっても最低としか言えない日となったのである。



 

 こうして、どちらの世界にとっても、「人類史上最悪な運勢」の日々は幕を開けるのであった。




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