13 「やはり」なんですか?
お久しぶりです~。
ちょろっと『勇者』視点です。
「どうでしたか?」
執務室で王子は天井に話しかける。
「はっ!どうやら、街では破格の人探しがかなりの噂になっております。しかし、出てくるのは、偽物ばかりで…」
「やはり…うまくは行きませんか…」
カティーラ王子は深いため息をついた。
上手くいくとはあまり思っていなかった。『黒翼』という王子の部下に行方を追わせていたが、ムカイは見つからない。そもそも、顔が分からない人間を追いかけるのは無理だし、まさか、右も左も分からないような異世界人を放逐したなどと、民に知られるわけにはいかない。だから、『黒翼』に探させる時、敢えて、「変わった服装」の少女とは言わないように厳命した。
それで、見つかるわけがない。そもそも『黒翼』をこんなことに長時間使うのは失策以外の何物でもない。
だから、ギルドに高額の人探しの依頼を出した。噂が広まれば、恐らく、本人が名乗り出てくれるだろう。『黒翼』も顔は知らずとも、あの服は覚えているから、本人さえ出てきてくれれば、わかるだろう。
そんな考えだったが、やはり、上手くいくわけもなかった。
本人は名乗り出ない。ギルドに来るのは、あわよくば高額の依頼料をかすめ取ろうという者ばかり…。
「あと3日。混乱するようなら、もっと早くても構いません。もしも本人が名乗り出ない場合は、依頼を取り下げてください」
「御意」
仕方がない。これ以上は探しようがない。勇者さまたちに何と説明すればよいだろう。
王子は頭を抱えていた。
「…最悪です」
つい呟いてしまい、蛍は慌てて誰かに聞かれていないか辺りを見回す。誰もいないようで、ほっと息を吐く。
そして、視線を戻した先には、城の中庭で勇者として召喚された亮介と大和が騎士団長直々に剣を習っているところだった。莉子は、その近くに立って、亮介に声援を送っていた。蛍がいるのは、中庭の入り口。少し段になっている場所に座って、頬杖をついていた。
はぁ、とため息しか出ない。
なぜ、こんなことに…。
蛍は黒く長い髪をうっとおしそうに後ろへ流した。
そもそも、自分が『勇者』だなんて、笑ってしまう。
この世界に来て、魔法の適性は高いと言われた。当たり前だ。ずっと、使ってきたのだから、下位世界に来ても、高いに決まっている。
本当は『魔王』といた方が安全だし、帰還確率が高いだろう。《怠惰の魔王》は、他の魔王と比べると、まだマシ…危険ではない。それでも、一般人がこんな厄介ごとに巻き込まれているのを、放っておくことが蛍には出来なかったのだ。
本当なら、パニックになってもおかしくない状況で、彼らがパニックにならなかったのは、蛍が秘かに意識を操っていたからに過ぎない。
パニックになり、騒ぎすぎると、《怠惰の魔王》は恐らくキレてしまう。ただでさえ、面倒に巻き込まれた彼女は、あの場でこの城を全壊させ、さっさと一人で地球に帰還していてもおかしくなかった。
「(ですが…なぜ、彼女は未だにこの世界にいるのでしょう?)」
蛍は、小さな魔法は使えるが、上位世界への帰還魔法は使えない。この子たちを帰すには、自分の力だけでは不十分だ。かといって、この世界に帰還魔法があるのかどうかも疑問だった。
「やはり…(帰還するには、彼女の力が必要…。ですが、一般人である彼らに、彼女の正体は話せません。なにより、この世界の人間に、彼女の正体を知られるわけにはいかない!だからこそ、私が付きまとうことも関心を寄せすぎることもできません)」
彼女を怒らせるわけにはいかない。使い魔も怒らせるわけには…。
蛍の脳裏に大きな狼の姿が思い起こされる。背筋が凍る。
「(恐ろしい神の子…。彼女を何より重視する彼を怒らせるなんて、考えたくもありません)」
すでに激怒させてしまった某村の村長がいることを知らない蛍は、フェンリルを怒らせることだけはするまいと秘かに決意をするのだった。
「…「やはり」…何ですか?」
急に近距離から聞こえた声に、蛍は振り返る。自分が座っているところより、少し離れた場所にカティーラ王子が笑顔で立っていた。
いつの間に、と思いつつ、にっこりと笑顔を返す。
「やはり、剣を使えるのはうらやましいと思っていたところです」
それを聞いて、王子は視線を他の勇者たちに向ける。ちょうど亮介が騎士団長と打ち合っている所だった。
「そうですか」
王子はにこにこ笑っている。
「あの…向井さんはお元気ですか?」
これくらいは聞いても不自然ではないだろう、と考えての質問だった。しかし、王子は困ったように笑う。
「すいません…。あなた方に話さなければならないことがあります」
嫌な予感に蛍は思わず立ち上がって王子をまっすぐに見つめる。
「ムカイは…現在行方不明なのです。用意していた住居に住んでいた形跡もなく…捜索している所なのですが…」
ひゅっと息を飲む。
行方不明…?!
急に知らされた事実に蛍は顔を取り繕うことができなかった。大きく眼を見開き、何かを言おうと口をパクパクさせた。
そんな蛍に王子は、おや?と不思議に思う。
先日の様子では、彼女はそれほどムカイに好意的ではないと感じていたが…。
だが、蛍はそんな表情を一瞬で笑顔に隠してしまう。
「そうですか…。もし見つかったら、また教えてください」
そして、さっと中庭を後にする。
だが、蛍の内心はほぼパニック状態だった。
「どうしよう…」
蛍は誰もいない廊下で呟く。
見失った!《怠惰の魔王》を…!
居場所を王子が用意していると思って、そのままにしてしまったが、よく考えたら、どうしてそこにいると思いこんでしまったのだろう?
どうやら今回下位世界に落ちて、自分で思っているよりも、混乱しているらしい。
《怠惰の魔王》を捜す?でも彼らを放っておくこともできない。
蛍は自分に薄くではあるが流れる血によって、『勇者』たちを放置して《怠惰の魔王》を捜すこともできず、どうにもならない状況にただ混乱するばかりだった。
「…どうすればいいの?
彼女を…見失ってしまった。
どうすれば…。
…お父さま…。
主…さま」
泣きそうなほどに震える声だった。
魔法が使える以外は、ほとんど人間である蛍は、気配を感じることもできず、王子の『黒翼』がその呟きを聞いていることなど思いもしなかった。




