11 詐欺ってなんですか?
「いない…?」
王子は報告を聞いて、眉間に皺を寄せた。
今は、勇者さまの剣の稽古が始まる時間に合わせて、廊下を歩いていたところだった。こんなところで話しかけてくることがめったにない部下が、緊急と言って、報告をしてきたのだ。
仕方なく、廊下の人目に付きにくい所で、報告を受けている所だった。
剣を持つ左手に自然と力が入る。剣に付いていた金具がかちゃりと鳴る。
「はっ!!地図の住宅には、人はおろか住んでいた形跡もありませんでした」
報告は、ムカイが指定された住居にいないというものだった。
どういうことだ?
「大臣に確認はしましたか?」
「怖くなり、逃げたのだろうと…」
王子は考え込む。
「それは…おかしいいですね。まったく知らない世界、知り合いもいないのに、逃げるなんて考えられないですが…」
おかしい!と王子は思う。
いくら、冷静に見えた彼女とは言え、全くわからない世界にきて、そんな無謀なことをするだろうか?
王子は、なにか胸騒ぎを感じていた。
「彼女が出ていった時の様子を門番に聞いてみてください。
とにかく彼女の行方を追ってください。
このままでは、彼女を死なせてしまうかもしれません。それは、勇者さまたちにしてみれば、あまり心象のいいものではないでしょう」
「はっ!」
一人になり、王子は頭を抱える。
なぜ、勇者ではない彼女をこれほど気にしなくてはならないのか…。
彼女の行方がわからない!それが、なぜこんなにも不安になるのか…。
理由のわからない不安感があった。
「ぶっ殺してやればよかった…」
ぼそっと言うと、前を歩いていたフェンリルが振り返る。
「イレイザの村長のこと?」
立ち止まって頷く。
「他に誰がいるの?」
イレイザを出たのはついさっきのことだ。
今なら、まだ間に合う!小さな村だった。たぶん50人もいないような…。やっぱり、あの村、全滅させてやろうかな…。
イレイザについて、村長に会い、狼の情報をもらって、狼の巣を全滅させた。地球の狼の群れは家族単位だったけど、こっちのは何家族もいっしょくたのかなり大きな群れだった。
苦労した。
そう、疲れるくらい苦労した。
一番大きな個体――群れのボス的な狼を最初に始末したまではよかった。
狼の群れは森の中の洞窟を住処にしているようだった。
臭いも足音も消すことなく、洞窟に近づけば、それを察知した見張りの狼は遠吠えを始める。
しばらく遠吠えを傍観していると、森の奥から、十数匹が戻ってくるのが見えた。
先頭を走ってくるのが、その大きな狼だ。
「あれがボスかな?」
「そうだね。ボスを殺せば、他の狼も止まるんじゃない?」
フェンリルが隣りに座り込んだまま、返事をする。
よし!
早い速度で近付いてくる狼を目がけて、足を踏み出す。低い姿勢のまま、何度か地面を蹴り、狼との距離を縮める。
右手に風の魔法をかける。
手が届く位置まで接近して、左に振りかぶった右手を思いっきり振り下ろす!
ざしゅ!!
ぼとっと落ちた首を見て、後に続いていた狼は足を止める。
やれやれ…とか思ていたら、唸り声が…!
周り中からしてくる。どうやら、ボスを先頭に波状攻撃を仕掛けてくる予定だったようだ。
あの村長!そもそも聞いていた数と違う!!何が10匹くらいですかね~、だ!!
そんなカワイイ数じゃないし!!
気配からして、洞窟の中も合わせると40匹くらいはいるよね?
…まぁ、確かに、ギルドに依頼した時点で、自分たちじゃどうにもならないからなんだろうけど…。
でも、これはひどい…!
ボスを倒したら、士気は衰えると踏んでいたが、なんだか復讐心に火を着けてしまったようだ。怒りの炎が見えるようだよ。
うん!どうやら、失敗したみたい!!
面倒くさい波状攻撃が始まりそうな…。
いっそ、森もろともぶっ飛ばそうか?
いやいや、いくらなんでも、それは目立つ…。
逆効果な事態にちょっとフェンリルを睨むと、黙々と刀を取り出す背中が見えた。
一応、軽率な提案を反省してはいるみたい…。
そこからは、地獄のような時間の始まりだ。
向かってくる狼を手で適当に薙ぎ払う。首がゴロンと落ちていく。
数匹ずつしか始末できない苦痛。半分も来ると、飽きたし、座りたくなった…。
でも、自分の軽率さが憎い!動きたくなくて、掛かってくるやつを切り捨てていた。足元、血だまり!座れない!!
…こんなところに座りたくない。
なんていうか…
だれか!だれか!!目立たなくて、敵を全滅させられるような都合のいい魔法を教えてください!!という気分だった。
こんなことなら、もっと細かい魔力の使い方を練習しておくんだった!
今まで、こんなにこっそり行動することがなかったから、そんなに細かい魔法の使い方が分からない。
フェンリルも飽きたのか、途中から欠伸をかみ殺しているのがわかった。
そんな作業を淡々と繰り返して、まぁ、時間にすると20分もかかっていないけど、終わったとき、思わず手を上に上げる。
フェンリルがびくっとなる。
…いや、お前は解っていただろ!!バンザイだって分かってて驚いたふりをするなんて…!
この使い魔めっ!!
そして、後で気付いてしまった…。
座りたきゃ、身体を浮かせるなりすれば良かったんじゃ…?
そもそも、自分に《重力》を使えば楽だったんじゃ?
いまいち頭の回らない自分に余計に疲れてしまった。
とまぁ、こんな感じで、苦労した!
苦労したんですよ!!
面倒くさい事態を我慢したし!!
なのに…。
『しっぽが討伐部位なのはわかりますが、これが本当に森にいた狼全部かどうかわかりませんよね?
そんな不確かな仕事しかできないような冒険者に払うお金はありませんな』
そんな寝言を言い出すから、ついムキになって、村の真ん中の広場に狼の死体を積み上げてやった。
村長の家の前にちょん切った狼の首を並べてやった。その数、40匹。血の匂いに別の肉食獣が集まってきそうだ。ざまあみろ!
青い顔で茫然と死体を見上げる村長を見て、さっさと立ち去った。
結局、達成証明はもらえなかった。
しっぽは討伐部位なので、40匹分持ってきたけど…。犬耳さんに相談してみようかな?
「そうだね…。僕も腹は立つかな…」
フェンリルが、懐に手を入れる。
「これはどう?ミュウ」
フェンリルが出してきたのは、小さな狼の子ども。首のところを掴んで、ぶらんと目の前に突き出される。
「どうしたの?これ」
「狼退治の時にひろったのさ。何かに使えるかと思って、取っておいた」
使い魔の使い魔にするつもりだったのかな?
じっと見ていると、きゃんと鳴く。
珍しい!真っ白い毛に赤い眼の狼。
「アルビノというヤツじゃないかな?」
お!なんて賢いんだ!
…アルビノってなに?
あ!!
「いいこと思いついた」
その言葉にフェンリルはにっこりと笑った。
王都に戻って、犬耳さんに尻尾を渡して、事情を話すと、怒って苦情を言ってくれると約束してくれた。
「おかしいわねぇ。あの村長、そんな話の分からないことを言うような人じゃなかったんだけど…」
「…でも、証明もらえなかった」
犬耳さんはしきりに首を傾げている。
なんで?
私が悪いの?!
「まぁまぁ、ミュウ。腹を立てないで。
あの村長には、いつか天罰がくだるよ」
お!うまいこと言うね。
にやりとあくどい顔をして笑うフェンリルにさっきまでの「楽しみ」を思い出す。
「種」は蒔いた。
さて、どんな結果になるか、楽しみだ!!
にやりと笑ったままのフェンリルと見つめあっている側で、犬耳さんは顔を真っ青にしていた。
犬耳さんだけじゃない。ギルドにいる人たちは震えたり、青い顔だ。
どうしたんだろ?
風邪かな?
お大事に!
なんなの?
なんなのよ!?
ミュウと連れの男が出て行って、犬耳さん――リアンナはしばらく震えが止まらなかった。
イレイザの村長を少し擁護するようなことを言ってしまい、ミュウが少し(表情が動かないのでわかりにくいが)不満を表に出した、直後―――
連れの男から、すごい殺気が溢れ出た。
ギルドに入ってきてから、隠していたけど怒りの空気を纏っていたが、表には出していなかった。
それが…。
汗をびっしょりかいている手の平を広げる。
あまりにも強烈過ぎる殺気に圧倒されて、震えることしかできなかった。
逃げ出したくとも、凍り付いたように身体が動かなかった。
強いなんてものじゃない。
ギルドの中を見渡しても、未だに誰も立ち上がれず、話もできないようだった。
しんとした空気の中、かちかちと震える音が響いている。
冒険者でなくとも普通の人ならば、誰しも気付くような異常な殺気。
私に向けてじゃない…多分、イレイザの村長に…。
なんて者を敵に回したの?!
あれは、決して敵に回していいような人じゃない!!
出入り口を見て、頭を振る。
ミュウは…あの殺気の中、平然としていた。
なぜ…?
気付かなかった?いいえ…。
殺気が出た瞬間、視線だけで後ろに立つ彼の方を見ていた。
だけど…。まるで、気にしないとばかりに普通に話していた。
慣れている…?
…そんな、バカな!!
あんな異常としか言えない殺気を慣れるだなんて…!!
あの男は、いったい何者なの…?
まるで……。
かつて戦場で一度見て、リアンナに冒険者としての自信も誇りも失わせた…『魔王』のようだ。
<フェンリル>
北欧神話、邪神ロキと女巨人アングルボザの息子。巨大な狼。
弟妹に世界蛇ヨルムンガンド、冥府の女王ヘルがいる。
弟妹は出さないかも…?




